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29・英雄はルーツを独白する

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 …現在スコルピオ帝国と呼ばれて統合されている国は、元々は土地を守護する地神の名を冠した部族ごとの集落の集まりであった。
 そこでは部族間の紛争が絶えず起きており、周囲の国々が魔法科学による近代化を遂げていく中、このままでは時代に取り残されると集落の統一化を提言したのが、最大部族の『蜘蛛族』の族長ラミスだった。
 …方針は間違ってはいなかったのだろうが、取った手段が強引すぎた。
『蜘蛛族』は全ての部族に戦いを仕掛け、族長とそれに連なる血筋の男たちを殺して、若い女たちを蜘蛛族へ引き入れた…と言うとまだ聞こえはいいが、要するに親や夫を失った女たちを捕らえて自身の部族の男たちに与え、生みたくもなかっただろう子を無理矢理孕ませただけのことだ。
 その『蜘蛛族』のやり方に恐れをなした小部族の部落は、『蜘蛛族』の次に大きな部族『蠍族』に助けを求めた。
『蠍族』の族長クルガンは、助けを求めてきた他部族陣営の力を借りて『蜘蛛族』に戦いを挑み、ラミスとの一騎討ちの末に、これを討ち果たして勝利を収める。
 奇しくもラミスが提言した集落の統一化は、この瞬間、彼自身の死によって為されたのである。
 統一されたこの国は以後『スコルピオ帝国』を名乗り、クルガンはその初代皇帝となる。
 だが皇帝となったクルガンは、その時点で50を過ぎていた事もあり、たまたま転がり込んだ地位に執着しなかった。
 故に、すぐにその座を息子のクレス=クルガンに譲り渡す。
 彼はそれから間もなく流行り病で、あっさりとこの世を去った。
 今よりちょうど40年前のことである。

 …その、帝国設立の1年半前。
『蜘蛛族』との戦いに敗れた『百足族』族長の娘バルナは、背中に父親の断末魔の声を聞きながらも、まだ幼い弟の命だけでも守ろうとそれを連れて逃げ、ライブラ王国との国境に差し掛かる寸前で『蜘蛛族』の追手に捕まった。
 守ろうとした弟を目の前で斬り殺され、自身は凌辱されかかった彼女を救ったのは、辺境伯ディーゼル家が抱える国境警備隊に所属していた、カイル・イルージオという兵士だった。
 彼はバルナを国境の内側、辺境の街エリーモアに連れてきて保護し、心に傷を負った彼女を慰めるうち、2人は緩やかに恋に落ちていった。
 やがて、芽生えたその絆は形となる。
 かつての故郷が『スコルピオ帝国』という名で統一された報を耳にしたバルナは、生まれたばかりの我が子を抱いて、夫であり子の父であるカイルに、その強い目を向けて言ったという。

「私を生かし、愛し、幸せをくれたのは、貴方とこの国です。
 たとえ戦乱が終わったとしても、二度と故郷に戻るつもりはありません。」
 そして彼女は息子に、ライブラ王国の民としての誇りを教え、それを生涯守る事を誓わせて育てる事となる。

 この俺…息子であるバアル・イルージオは13の年に、両親と暮らしたエリーモアの街を離れて王都に出てきて、最初は見習いからだったが、王宮の近衛騎士団に所属する事となった。
 王都の者から『何もない春』と揶揄されるエリーモア出身の俺は、当時は蛮族上がりの新興国という見方のほうが強かった帝国の血が入っていると判る褐色の肌(部族によってかなりの差があるので、正確には帝国人全員がこの肌の色であるわけではない。少なくとも現皇帝であるランス=クレスと、母の身分故生まれた時点で既に臣籍に下されていたが一応はその腹違いの弟にあたるアンダリアスは、こちらの人間とそう変わらない肌色だ。が、少なくともこの大陸では、帝国出身かその血族以外にはまず出ない特徴であるのは確かである)も加わって、王都の貴族出の同じ騎士見習い達から見下されていた。
 だから、見下されないために強くなろうと思った。
 幸い、素質にも体格にも恵まれていた俺は、すぐに剣技では同輩の中で一番の腕になった。
 だがある時、盗みを働いたと疑われた。
 割と俺に好意的だった先輩の持ち物が、俺の荷物の中から出てきたのだ。
 もちろん俺に覚えはなかった。
 幸いにも被害者である先輩騎士が、そんな筈はないと信じてくれた事と、それにより真犯人が自爆した事で、すぐに濡れ衣であると証明できたが、俺にその疑いがかかるよう仕向けた真犯人は、剣技の練習試合で俺に負けた、騎士見習いの貴族の令息だった。
 その事から、技に於いて勝るだけでは誇りは守れない事を学んだ。
 剣技の修業を怠る事はなかったが、その日からありとあらゆる勉学に力を入れた。
 何より貴族の常識やマナーを頭に叩き込み、立ち居振る舞いを改める事で、周囲の目が明らかに変わり、それはいつしか俺の周囲の人間関係を変化させた。
 同じ世代の見習い騎士達の中で、いつのまにか俺はリーダー格となっていた。

 翌年、東の島国からの宣戦布告があった。
 単一民族で構成されたその国の民は酷く好戦的で、またフォルタン信仰を独特な形で捉えていた。
 フォルタンに捧げた剣で戦い、勝つ事は、その者が神に認められた証。
 戦い、勝ち続ける事でその正義が証明されるという信念。
 彼らは船でこちらの大陸にやってきて、まずライブラ王国の貿易の要となる港町テコダーハを制圧した。
 更にそこを拠点として、王国の中心を走る、夏でも雪の解ける事のない険しい岩山が連なるテネッツ山を迂回して、ユキジルスを通って王都へ攻め入ろうとしていた彼らは、山越えは不可能だとされていたそのテネッツ山から奇襲をかけてきた僅か十数騎の人馬に背後を取られ、あっという間に陣形を崩された。

 …思い返せば若気の至り、馬鹿だったとしか言いようがない。
 少なくとも今やれと言われたら、控えめに言って絶対にできない。
 そのくらい無謀な策で、むしろそれだからこそあちらの虚をつき、動揺を誘えたのだ。

 この作戦は、俺と他の初陣騎士たちの独断で行われた。
 単純に地理のわかっていなかった俺が、『この山をまっすぐ越えていくのが一番近いのでは?』と提案し、当然一笑に伏された事に納得のいかなかった仲間たちと共に実行されたいわば暴走だった。
 初陣で敵の進軍を止めた俺たちが、終わって最初に言った言葉が『テネッツ山舐めてた』である。

 だがそれを皮切りに、東の国の軍の進撃の勢いは弱まった。
 彼らはもともと、物資的には豊かとは言えない状況で、世界に戦いを挑んでいたのだ。
 そうして何度か小競り合いのような衝突を繰り返してそれを退けて、気づけば例の初陣から1年余りが経過していた頃、東の国の本国における国民の一斉自決という、歴史上類を見ない最悪の事件が起きた。
 かの国の人間にとって『戦いに勝てない』という事は、神から正義を、ひいてはその存在意義を、否定された事に他ならなかったのだ。
 その民族性の特異さで世界の人々を驚嘆させて、東の国は事実上、この世界の地図から姿を消した。
 そして、その終結の凄惨さから目を逸らすように、15歳だった俺が『英雄』として祭り上げられたのだ。

 そこからの俺の武勲など、内容としては小さなものばかりだ。
『英雄』と呼ばれた身であるからこそ、それらが『武勲』となっただけで、そうでなければ単なる騎士としての働きのひとつひとつに過ぎないものであったことは、俺自身が一番よく判っている。

 ・・・

 ……そういえば。
 目の前にいるこの美しい女性は、ちょうど俺が『英雄』と呼ばれ始めた頃に生まれているのだと気がついた。
 そして、これから始まる戦争への不安から、やはり目を背ける目的で、あの頃の俺と同様『救国の聖女』などと祭り上げられているのかと思うと、妙な親近感を覚えた。

 …同時に、傷つかぬよう守ってやりたいという想いが、騎士道として斯くあらねばという心得とは別に、湧き上がるのを俺は感じていた。
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