私は今生きている。

紫蘭

文字の大きさ
1 / 1

私は今生きている。

しおりを挟む
何のやる気も起きない日がある。
それも結構頻繁に。
特別、何か嫌なことがある訳では無い。
雨が降っているとか、身体の調子が悪いとかでも無い。
ただ、何もしたくない。それだけ。
そんな時でもいつもと同じように世界は回る。
夕季は動きたくないと主張を続ける身体にムチを打ってベッドから起き上がった。
今日はもうメイクも髪もサボってしまおう。
どうせこんな日にしっかりメイクをしようとしてもアイラインが上手く引けないとか、そんなことでよりテンションが下がるのだ。
粗だけ隠して、ゴムで適当に髪を束ねると、夕季は家を出た。

中々身体が動いてくれなかったせいでいつもよりギリギリだ。朝ごはんは途中でゼリー飲料でも買おうと決めて、夕季は駅までの道のりを駆けた。

勤務開始5分前に滑り込んだオフィスは閑散としていた。どうやら今日は皆それぞれ忙しく、オフィスで作業する人は少数のようだ。
私も外に出ればこの沈みきったテンションも少しはマシになるのかもしれないが、生憎と今日は事務作業のみだ。
少しでも気分を上げるために夕季はイヤホンとスマホを取り出した。
音楽のサブスクサイトを開き、あなたへのおすすめの欄から適当に良さげな曲を物色する。
目に泊まったのは名前だけは聞いたことのあるミュージシャン。
どうやら表示されている曲は彼の最新曲のようだ。
イヤホンをつけて、再生ボタンを押す。
流れてきたのはピアノから始まるどこか悲しげな曲。そこにドラムが加わり次第にアップテンポになっていく。
それは人生について、生きることについて、叫ぶようにして歌った曲だった。
衝撃だった。
ガンっと心が揺さぶられた。
それはモノクロの世界を突如として切り裂いた雷だった。

あぁ、私は今まで生きていなかったんだ。
代わり映えしない日々の中で、ただ息をしているだけ。特に楽しみなことも無く、日々をこなしているだけ。
この人の音楽が生で聴きたいと思った。
検索をかけると丁度昨日、ワンマンライブの申し込みが始まったところだった。
ライブなんて行ったこともない。
彼のことだって、他の曲だって、ほとんど知らない。
ても、この衝撃を生で味わいたい。

夕季は申し込みボタンを押した。
ライブは約2ヶ月後。
夕季の心はいつぶりか踊っていた。私は今生きている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

彼女がいなくなった6年後の話

こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。 彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。 彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。 「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」 何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。 「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」 突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。 ※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です! ※なろう様にも掲載

処理中です...