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8 突然、人が変わったように
しおりを挟む目覚めるといつもよりも強く射し込む陽差しに、普段よりも遅く起きてしまったことを理解した。どうやら朝寝坊をしてしまったようだ。思っていたよりも昨日のというか、ここに来てからの自分の情けなさを引きずってしまって、寝つくまでにとても時間がかかってしまったからだろう。
それでも、寝坊の言い訳にはならない。
「ラマ」
フィーリアが声をかけると、待っていたかのようにラマが部屋へ入ってきた。
「ラマ、待たせてごめんなさい。でも、起こしてくれても良かったんだよ?」
「昨夜は寝つきがよろしくなかったようですので」
「そうなんだ。気を遣ってくれてありがとう」
どうやらラマには何もかもお見通しであるらしい。
それにしても珍しく甘い対応でちょっと怖い。普段は厳しいのにどうしたのだろう。
これでいつもと違うね、なんて声をかければろくなことにならないのは経験済みなので逆らわずに素直に朝支度を待っていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。その声はどうやらフィーリアの部屋の外からするようで、後宮へ来てからそのような声を聞いたことがなかったので、とても気になった。
「お嬢様! そのような格好でどこに行かれるのですか?」
声が気になって確認しようと動き出したフィーリアを、服を持って現れたラマが呼び止めた。
「えっと……、なんか気になるから」
「──でしたら、わたしが確認して来ますからお待ちください」
「え? うーん、……でも、いつもと違うから、自分で確かめたいなと」
「……そのような格好でですか?」
ラマの言葉で、改めて自分の姿を見れば、寝間着のままであったことを思い出した。
確かにこのままで外に出るのはまずい。けれど気になる。ならば姿は見えないように覗くのはどうだろう。元からドロドロも陰から覗く予定だったし、予行練習として。
「ちょっと扉から覗くだけだから、このままでも大丈夫だよ」
「……それはお行儀が悪いですよ」
「今回だけ! ちょっとだけだから、ね?」
「…………」
「ちょっと確認するだけだから、ね? ね?」
言いつのるフィーリアにラマも諦めたのか、言っても聞かないことを知っているからなのか、それ以上は何も言ってこなかった。それをいいことにフィーリアは好奇心にかられるまま、扉へと走る。
扉に近づくと、よりはっきりと声が聞こえてきた。どうやら女性二人の声で、何かを言い争っているかのように聞こえる。いったい誰がこんな時間からフィーリアの部屋の前で話しているのだろうか。
そっと静かに扉を開けると、声のする方向を確認して扉の隙間から通路を覗き込んだ。
するとフィーリアの部屋の前で、クトラとニルン様が向かい合って、まるで対立しているかのように腕を腰に当てて言い争っていた。
「私のことを美しいと褒めてくださいましたわ」
「ふーん、勘違いじゃありません? ダウール様はわたしが一番美しいと仰っていましたわ」
おぅ、珍しい! クトラがよそゆきの口調で喋ってる?
滅多なことでは言葉遣いを改めることなんてしないのに。
しかも、服装もずいぶんと華やかなものだった。明るい黄色地にクトラの瞳色の橙色の糸で花紋様が大小様々な大きさで刺繍されていて、とても手の込んだ一品であるのが分かる。栗色の髪の毛も一つにまとめて結い上げ、簪をさして、可愛さと華やかさを表現していた。薄く化粧もしているようだった。
まさに大富豪トンシャン家の一人娘の出で立ちだった。クトラがとても可愛かった。
対するニルン様も女性ならこうなりたいと思うような肉体美を遺憾なく発揮した服装だった。豊満な胸もとが強調され、身体の線に沿った長めのスカートに太ももまで切れ込みが入っていて、動く度に白い長い足が見え隠れしていた。鮮やかな紫色が胸もとから足下に向かって徐々に深い紫紺色へと変化していて、その色合いがとても品よく、且つ色気があって、ニルン様の魅力を引き立てていてとても素敵だった。
二人ともとても綺麗で、だからこそ圧倒される迫力があり、フィーリアはいつの間にか息を呑んでいた。
昨日までの様子とのあまりの変わりように驚いて、自分の目で見ていてもすぐには状況をうまく飲み込めなかった。
圧倒されそのまま無言で観察していると、どちらがより親密になったのかを自慢しているらしい。どうやらお兄に褒められたところを互いに言いあっているようだった。
……なぜ突然こんなことになっているのだろうか?
特にニルン様はこんなに声を荒げるような人には見えなかったのに。
それに思い返せばクトラとニルン様が話しているところを初めて見たかもしれない。
二人は仲が悪かった? 会ったばかりなのに? というか二人が口にしているのはお兄のことばかり。と気付いて、一つの考えられる可能性が思い浮かんだ。
──お兄に恋をしたから、とか?
だから、突然フィーリアが驚くほどに変わったということ?
……うわー、うわー、そういうこと、なんだよね?
そうでなければ、今のニルン様の説明が出来ないよね? そういうことでいいんだよね?
クトラもお兄と四年ぶりに会って、前よりも素敵になっていたお兄に恋してしまったということでいいんだよね? そういうことなんだよね?
初めて見るドロドロしてないけど、らしき場面に、フィーリアのテンションがどんどん上がっていく。
そんな姿を、後ろでラマが残念そうな目で見ていることにも気付かず、見えないギリギリのところで食い入るように見つめる。
恋ってすごいなー。
恋をするとこんなにも変わっちゃうんだねー。
まあ、お兄は素敵だもんね。わかるわかる。
うんうんと頷きながら、ついに念願の後宮のドロドロを見れて、フィーリアのテンションは上がりっぱなしだった。
思っていたドロドロ?とは違っていて、なんだかムズムズする感じだったけれど、クトラとニルン様の様子にニマニマしてしまう。
二人のお兄への親密度自慢に、恋って本当に凄いんだなぁと感心してしまった。
「ダウール様は私の手をとって、触れるのも畏れおおいけれど、それでも手をとってしまうわたしを許して欲しいと仰ってくださいましたの」
「まあ、お世辞を真に受けてしまわれたのね? ダウール様はわたしの手を可愛いといつも言っていますもの。いつまでも触っていたいとも仰っていましたわ」
「それは本当に小さくて可愛いという意味じゃないかしら?」
フィーリアが覗いている間も、クトラとニルン様は自分のどこを褒められたかを相手に主張している。
クトラは可愛いし、ニルン様は綺麗だものね。そりゃあ、お兄も褒め言葉が尽きないよね……と、二人の会話を聞いているうちに、徐々にモヤモヤッしたものが心の中に湧き出てきた。
……なんて、すんばらしい褒め言葉なのかしら、ねぇ?
……聞いたこともない言葉ばっかりで、ねぇぇぇぇ?
自分の頬が膨らむのがわかった。
お兄はフィーリアにはそんな言葉をかけてくれたことはなかった。
いつもまだまだだなという目で見つめ、頑張れよといらない励ましをしてくるのだ。フィーリアだって人並みにはオシャレにも気を使っているし、努力もしている。絶世の美女とかではないことくらいは分かっている。だから、ラマ達に手伝ってもらって、人前に出ても見れるように、努力美人を目指しているのである。
いや、今は自分のことはいいのだ。ちょっとムッとした気持ちを心の隅に押しやる。フィーリアは本来の妃候補者ではないのだし、褒め言葉など必要ないのだろう。
そう思って二人から視線を外したところに、ラマから声がかかる。
「そろそろ支度をしませんと、朝食が遅くなってしまいますよ?」
「はい。待たせてごめんなさい。お願いします」
朝食の準備をしてくれている人にも申し訳ないから、寝室へと戻る。扉の隙間からはまだクトラとニルン様の話し声が続いていた。
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