お兄の花嫁選び 思っていたのとは違うんですが……なぜですか?

神栖 蒼華

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29 異性の実感

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 部屋に戻ってしばらくすると、遠慮がちにノックする音が聞こえた。

「お嬢様。陛下がお越しになっております。いかがいたしますか?」

 ベッドの中で落ち込んでいたフィーリアは、慌てて飛び起きた。
 先ほど部屋へと帰る姿を見送ったばかりのダウール様がなぜ来たのだろうか。

「今行くわ」

 上着を来て部屋を出れば、先ほど見かけた服装のままのダウール様がいた。

「フィーリア、夜遅くにすまないな。どうしても気になって来てしまった。……さっき俺をつけていたのはどうしてだ? 何か俺に言いたいことでもあるのか?」

 ひゅっと息が詰まった。
 ダウール様に気づかれていた。
 まさか知られていたとは思わなくて、頭が真っ白になって、二の句が継げなくなった。

 どうしよう。恥ずかしい。
 また幻滅されるようなことをしてしまった自覚があるフィーリアはダウール様の突然の来訪に動揺してしまった。しかも知られたくなかったダウール様に知られていたことがより動揺を大きくした。

「フィーリア? いったい何のために俺をつけていたんだ?」

 動揺して固まったフィーリアに、ダウール様は問いを重ねる。

「フィーリア? 何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 一向に言葉を発しないフィーリアを心配そうに見るダウール様は、側にいたラマに話しかけている。
 ラマはフィーリアが具合が悪いと言って寝ていたと伝えていた。

 けれど、混乱の渦の中にいたフィーリアはそんなことも見えていなかった。
 ダウール様の言葉も右から左へと抜けていく。

 ──何か言いたいこと?
 何を言わなきゃいけないんだっけ?
 ──ダウール様をつけたのは何のため?
 それは媚薬を使うかもしれないから、止めるために……。

「びやく……」
「媚薬?」
「媚薬を使うって」
「誰が誰に」

 ダウール様の一段低くなった声にも気づかず、回らない頭で何か言わなきゃという強迫観念で口にしていた。

「ウルミス様のお父様がウルミス様に」
「は? どういうことだ?」

 肩を揺さぶられて、やっとフィーリアは口にしてはいけないことを話していたことに気づいた。そして肩を揺さぶるダウール様にしっかりと聞かれていたことにも気づき、手で口を隠す。
 けれど今さら手で口を隠したところで、口から出た言葉を消すことも誤魔化すことも、ダウール様の眼差しを見て無理だと悟った。

 本当はダウール様に知られないうちに、ウルミス様を説得しようと思っていたのに。けれどフィーリアのミスで結局ダウール様に知られてしまった。告げ口をしているようでとても気が引けたけれど、ダウール様自身にも気を付けてもらえるに超したことはない。
 でも、これでウルミス様の悪印象を植え付けてしまったことは否めず、とても心苦しかった。

「今日、ウルミス様のお父様とウルミス様が話されているのをたまたま立ち聞きしてしまって、その時に、……その、媚薬を盛ってでも既成事実を作れとウルミス様が命令されているのを見てしまって……、だから……」
「心配してくれたのか」

 ダウール様が納得したように頷いた。
 そう。フィーリアは心配だったのだ。ダウール様の意志に関係なく行われるその行為が。
 ダウール様が媚薬を飲んでウルミス様を襲うのが……。
 そこまで考えて、頭の中に媚薬を飲んだダウール様が浮かんできた。
 その姿は物語の挿絵の男性に似ていた。
 (なんで今想像しちゃったの……?!)
 物語の挿絵の男性の顔がダウール様に置き換わっていく。
 顔を上気させ、凄絶な大人の男性の色気を振りまくダウール様。その熱く燃える瞳はフィーリアを捉えて離さない。
 息をするのを忘れるほどのリアルさで想像できてしまい、全身がカーッと熱くなった。
 全身真っ赤になっていることが自分でも理解できた。
 こんなこと今考えている場合じゃないのに……。
 想像の中のダウール様が消えてくれなかった。

「どうした? 熱でも出たのか?」

 そう言っておでこに手を伸ばすダウール様。

「ッッ、……大丈夫ですっ」

 心配しての行動なのはわかっていたけれど、今は触れないで欲しかった。
 大きくてしっかりとした手のひらを感じて、このままでは熱が冷めることはないように感じた。

 その時に、小さな咳払いがして、ダウール様はビクッとしたあと、おでこに置いていた手を離した。

「あー、それにしても、媚薬ねえ。そんなに国王としての地位が魅力的なのかねえ?」
「え?」
「だってそういうことだろう? 既成事実を作ればいいなんて、国王であれば誰でもいいって言ってるようなものじゃないか。そんなに俺は男として魅力がないのか?」

 肩を落とすダウール様にびっくりした。

「そんなことないのに……」

 無意識に呟いていた声に、ダウール様が顔をあげた。
 フィーリアは自分が呟いた言葉を自覚して、また顔が赤くなった。
 今、何を口走ってしまった?
 男としての魅力と聞いて、先ほど想像してしまった姿がまた甦ってしまい、無意識のうちに呟いていた。
 でも違う。ダウール様が聞きたい魅力はそういうことではないと思う。想像した姿も魅力的だといえるけれど。今はそういうことを聞かれている訳じゃないし、普段のダウール様だって格好いいと思っている。
 けれど、それを口に出してしまったことは恥ずかしい……。

「もう一度言って」

 何かを期待するかのように、嬉しそうに笑って見つめるダウール様に、やはり聞かれてしまったのだとわかった。恥ずかしかったけれど、落ち込んでいるように見えたダウール様を励ますために、しっかりと言葉にした。

「あの、魅力はあると思います」
「……そうか」

 噛みしめるように頷くダウール様に、やはり恥ずかしさを感じて、慌てて誤魔化していた。

「はい。クトラやニルン様がそれはもう素晴らしいと褒め称えていました」
「……クトラやニルン嬢だけか?」

 ふてくされたように不機嫌になったダウール様は、フィーリアが思っていたのと違う反応をした。
 綺麗なニルン様やクトラに褒められていたと知れば、嬉しいと思ったのに。誤魔化すためとはいえ、嘘は言っていない。何がいけなかったのだろうか。
 少し落ち込んでいるように見えたダウール様を励ましたかっただけなんだけれど。
 不思議に思っていると、ジィッと見つめるダウール様と瞳があった。

「フィーリアは?」
「……わたしは、……わたしもそう思います」

 見つめられながら改めて言うことになり、また恥ずかしくなって顔が赤らんだ。赤くなった顔を見られたくなくて、すぐに俯く。

「……そうか」

 今度こそ嬉しそうに笑ったダウール様は、ちらりとラマを見ると一つため息をついた。
 そして、フィーリアの髪の毛を一房手で掬いとる。

「突然来てすまなかった。ゆっくり休んでくれ」
「はい」

 髪の毛をとられたことで視線だけ上げたフィーリアは、ダウール様が弄んでいた髪の毛にキスをして、そのまま流し目で挨拶する姿を目撃してしまった。

「では、フィーリア。おやすみ」

 なぜか甘く響いて聞こえるダウール様の声に、心臓が早鐘を打つ。
 常にないダウール様の行動に鼓動はドクドクと音を打ち鳴らす。どうしちゃったんだろうか。今日の自分はおかしいことばかりだった。

「おやすみなさい」

 返した言葉も自分の声とは思えない弱々しい声だった。それがなおフィーリアの羞恥心を煽って、真っ赤になった顔をもう一度下げた。
 フィーリアは俯いていて気が付いていないが、そんなフィーリアの様子に頬を緩め嬉しそうに笑ってからダウール様は帰っていった。

 ダウール様が帰っていったことで、謎の羞恥と緊張感から解放されたフィーリアは、ほっと息を吐いた。
 その時、背筋がぞわっとするような低い声で呼びかけられる。

「お嬢様?」

 おそるおそる振り向けば、ラマが静かに怒っていた。

「ダウール様を追いかけたとはどういう事でございますか?」
「いや、えっと……」
「いつ、そのようなことをなさったのですか?」
「だから、その……」
「はっきり仰ってください!」
「はい! さっきラマに具合が悪いと言って夕食をとらなかった時です」
「……なぜ、わたくしに仰ってくださらなかったのですか? 引き止めるとでも思われましたか? 確かに引き止めるかもしれませんが、お嬢様をお一人で行かせる危険度に比べれば、共に行ったほうが危険度は段違いなのですよ?」
「……え?」
「お嬢様がこうと決められたら諦めないことはよくわかっております。だから、仰っていただければ一緒にどこへでも行きましたのに」
「??」
「まだおわかりになりませんか? わたくしが言いたいのはお嬢様の身を案じての事です。たったお一人で、夜更けに、うら若き可憐で可愛らしい華のようなお嬢様が、そこら辺にいる野獣に襲われたらどうなさるのですか」

 ラマのフィーリアを例える装飾語もおかしいけれど、後宮に野獣なんていないと思うんだけれど?
 ラマに圧倒されながら、疑問がいっぱいだったけれど、ただ本当にフィーリアを心配していることは、よおくわかった。

「心配かけてごめんなさい」

 殊勝に謝ると、ラマはなぜか諦めたように笑った。

「……わたくしの言葉の意味を理解されていないようですが、よろしいです。次からは絶対にわたくしを連れて行ってくださいね」
「はい」
絶対・・、ですよ!」
「……はい」

 ラマの迫力に何度も頷く。
 そんなフィーリアを見て、ラマはやっといつもの笑顔を見せる。

「それでは、寝室の用意をしてまいります」
「わかった。お願いします」

 ラマが寝室に入るのを見て、フィーリアは椅子に座り込んだ。
 深く息を吐き出しながら思う。ラマを怒らせてはいけない。
 心配をかけたから怒っていたのはわかっているけれど、それでも怖かった。


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