お兄の花嫁選び 思っていたのとは違うんですが……なぜですか?

神栖 蒼華

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53 自覚 2

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 ノックの音で目覚めたフィーリアは重たい瞼をあけて入室の許可を出す。

「お嬢様、おはようございます」

 了承の声を聞いて入ってきたラマは、フィーリアの顔を見て固まった。

「……すぐにお支度をいたしますね。お待ちください」

 フィーリアの顔を見て驚いていたようだけれど、すぐに踵を返して気持ち急ぎ足で部屋を出て行った。
 ラマの珍しい様子に首をかしげる。いつもはすべての準備を終えてから入室してくるのに、何を取りに行ったのだろうか。
 しばらくすると少し深めの器を抱えて戻ってきた。

「お嬢様、今日はお顔の色が優れないようですね。始めに香油で解しましょう」

 促されて顔を洗った後、ベッドに横になる。何をするのかと目で追っていたら、目を閉じるように言われて素直に閉じる。
 ラマはフィーリアの顔に香油を優しく塗る。香油の柔らかな香りに癒されて身体から力が抜けた。

「少し熱めのタオルを目の上に乗せますね」

 そう声をかけられ、ゆっくりと瞼の上にタオルを置かれた。
 じんわりと温かい温度に、目の疲れが取れていくようだった。
 ここにきてやっと、ラマがなぜ今日に限ってこんなことをしているのかを理解した。

「ラマ、ありがとう」

 お礼を伝えると、僅かに笑ったようなホッとしたような息づかいが聞こえた。

「……少しの間、そのままでお願いします」
「はい」

 気配で部屋を出て行くラマを感じる。
 完全に扉が閉まる音を聞いて、大きなため息を吐く。
 ……ああ、ラマに気を使わせてしまった。
 直ぐさま対応しなければならないくらい、瞼が腫れていたのだろう。瞼が重いなあとは思っていたんだけれど。
 それに泣き腫らした顔をしているのにフィーリアが何も言わないことから、物語を読んで泣いたのではないとわかってしまったらしい。いつもなら物語読んで泣いたらすぐにラマを呼んでいるんだから、バレるのは当たり前なんだけど。物語の管理はラマがしているから、手元に物語がないこともわかっているしね。
 ラマにいつものように頼まなかったことでフィーリアが泣いたことに触れられたくないというのにも気付いて、理由も聞かずに癒してくれた。その優しさに、涙が滲みそうになる。今泣いてしまったらラマの心遣いが台無しになってしまうのがわかっているから、何度か大きく息を吸って吐いて気持ちを落ち着けた。
 タオルの熱がぬるくなってきた頃、ラマがまた部屋に入ってきた。

「お嬢様、冷たいタオルに取り替えますね」

 瞼の上に乗っていたタオルが外されて、冷やっとするくらいの冷たいタオルが置かれた。
 冷たさに目がすっきりしてきた。

「しばらくそのままでお待ちください」

 今度は部屋の中で作業をしている音が聞こえる。
 しばらく響く音に耳を傾けていると、近寄ってくる音がした。

「タオル、外しますね」
「はい」
「いかがですか?」
「とてもすっきりしたよ」
「そのようでございますね。それでは身支度を整えましょう」

 身体を起こし、ベッドから下りると、服を着替える。そして、髪を整えるために鏡の前に座った。
 鏡に映ったフィーリアの顔はいつもと同じだった。
 よかった。瞼の腫れも引いて、泣いたあとは残っていなかった。

「……お顔の色が良くなりましたね」

 鏡越しに安堵したように微笑まれて、頷き返す。

「ラマのお陰でね。ありがとう、ラマ」
「お嬢様のお役に立ててよかったです」

 いつものように返されて微笑むしかない。
 どんな面倒なこともいやな顔せずに率先してやってくれるラマには感謝しかない。
 手際よく髪の毛を結い、肌を整える。化粧はあまり好きではないから、素肌美人を目指した薄化粧を施される。
 手際の良さに感心していると、来客を告げるノックの音が響いた。

「お嬢様はお部屋でお待ちください」

 ちょうど支度が終わったところでよかった。ラマはフィーリアに部屋の移動を告げたあと、訪問者を確認しに行った。
 とりあえず、朝食の準備が整うまで、長椅子に座って待つことにした。
 するとラマが不機嫌な顔で戻ってきた。

「お嬢様……。今、陛下がいらっしゃっているのですが、……どうなさいますか?」

 言外に追い返しますか?と言われていることに気付いて、苦笑が浮かぶ。どうやらラマにはフィーリアが泣いた原因がダウール様にあることに気付いているようだ。目に剣呑な色が浮かんでいる。なんだかとても静かに怒っているようだ。このままでは過保護なラマのダウール様へのあたりがいつもよりもきつくなってしまう気がする。
 ダウール様が悪いわけではない。鈍かった自分が悪かっただけなので、今はまだ会いたくなかったけれど、ラマに余計な誤解を抱かせないためにも会うしかなかった。
 それに昨日のことについて説明に来たのではないかと思うし。

「お通しして」
「……かしこまりました」

 あまり納得のいっていない顔をしていたけれど、ダウール様を出迎えに部屋を出て行った。
 ん? この時間に来たってことは朝食を一緒に食べるということ? あっ、でも、食事をしていたほうが気まずくならないかもと思い至って、一度大きく深呼吸してから部屋を移動した。

 部屋に入ると、ちょうどダウール様も部屋に入ってくるところだった。姿を目にした瞬間、反射的にびくりと震えてしまった。
 フィーリアの震えに気付いたダウール様が様子を窺うように挨拶をしてきた。

「……おはよう、フィーリア」
「……おはようございます、ダウール様」
 
 窺うような視線を感じた瞬間、これではいけないと思った。
 こんなんじゃ気付かれてしまう。ダウール様を好きなことに。
 それはいやだった。さすがに失恋とわかっている相手に気付かれたくなかった。困ったように見つめられたら今のフィーリアは立ち直れない。まだ自分の気持ちと折り合いがつけられていない状態で否定されたら、二度とダウール様の前に立てなくなる。
 精一杯いつもと同じ笑顔を浮かべる。

「朝食、一緒に食べるの?」
「……ああ」

 フィーリアの笑顔を見て、ホッとしたようにダウール様も笑顔を浮かべた。
 ダウール様の言葉を聞いて、ラマはダウール様とフィーリアを椅子へ案内するとお茶を急いで出して、部屋から出て行った。
 ダウール様の食事の手配が出来ているか確認に行ったのだろう。
 突如、二人きりになってしまい、沈黙が落ちた。
 手持ち無沙汰で互いにお茶を飲む。
 こちらを窺っている様子がわかっていたが、何を話したらいいのかわからなくて、早くラマが帰ってこないかと祈っていた。

「……フィーリア」
「はっ、はい」

 重苦しい声で名前を呼ばれて、反射的に返事をしてから、カップに落としていた視線を上げた。
 とても真剣な眼差しで見つめられて、緊張で身体が強張った。
 また重たそうな口を開くようにダウール様は言葉を続けた。
 
「……昨日のことなんだが」

 昨日と聞いて、昨夜の記憶が一気に蘇ってきた。
 口づけられたことを思い出してしまい、顔が赤くなりそうなのをどうにか抑えるために浅く呼吸を繰り返す。

「すまなかった」

 ダウール様は突然テーブルに付くくらい頭を下げた。

「媚薬を飲まされて自室へ帰る途中だったんだが、東屋近くで力尽きていたんだ。フィーリアに見つけてもらえてとても助かったんだが、……すまない。あの時はフィーリアに媚薬を飲んでいることを伝えないほうがいいと思ったんだ。恐がらせると思って」

 頭を下げられたまま説明され、昨日詳細を教えてもらえなかった理由がわかった。
 フィーリアに黙っていたのは恐がらせないため。確かにダウール様以外の人から媚薬を飲んでいるんだと言われたら、恐くて、本人がとても苦しそうにしてても一緒にいることは出来なかっただろう。ダウール様の懸念は間違ってはいない。
 でも、ダウール様だったなら、言ってもらえていたほうがよかったんだけど、とは今更言えない。もうすでに事は終わっているのだから。
 だから、気遣ってくれたことにはお礼を伝えないと、と思った。

「そうだったんだね。気遣ってくれてありがとう」

 フィーリアの言葉にぴくりと反応すると、ダウール様はおそるおそる頭を上げた。
 フィーリアを見つめる瞳が不安そうに揺れている。

「……嫌いになったか?」

 不安げに問われ、即座に首を振る。

「なってないよ。だって、事故みたいなものでしょ? 不可抗力だったし。だからダウール様も気にしないで」

 昨夜考えていたままを口にして、手を振り、笑う。
 嫌いになったかと問われても、嫌いになれるわけでもないし。好きだと自覚したあとは嬉しくもあった。でもそんなことは言えないし、だから無理矢理明るい笑顔を浮かべる。
 なんだかとてつもなく落ち込んでいるダウール様の負担にならないようにしたかった。

「そうか。……よかった」

 心底ホッとしたように息を吐き出してから、ダウール様は微笑んだ。
 ダウール様が笑ってくれたことにフィーリアもホッとした。

「いや……、このままフィーリアに嫌われたらどうしようかと思ってたんだ」

 眉根を下げて弱ったように溢したダウール様は、昔フィーリアを怒らせたときに弱っていた時と同じ顔をしていた。

「そんなことにはならないよー」
「そうか……。よかった……」

 安堵したようにフィーリアを見つめるダウール様の瞳にはいつもの妹を見守るような親愛の情がこもっていた。その瞳に見つめられ安堵と切なさが湧く。

「お待たせいたしました」

 ノックの音が響き、ラマが食事を持ってやっと帰ってきた。
 手早く朝食の準備がされる。

「おっ、旨そうだな」
「そうだね」
「「いただきます」」

 ダウール様は並べられた料理を前に顔を綻ばせ、挨拶して食べ始めた。
 食事に舌鼓を打ちつつ、フィーリアにいつものように勉強の進捗状況を聞いたり世間話をし始める。
 何でもなかったように話し始めたダウール様に、笑顔で答えつつ内心ではとても切なかった。食事をするたびに動く唇が気になって視線を合わせづらいとこちらは思っているのに、こんなにもすぐに普段と同じように接されると悲しくなった。
 気にして欲しくなかったし、気まずくもなりたくなかったのも本心だけど、まったく気にされないのも辛かった。

(……そうだよね。気まずいと思ってるのはわたしだけだよね……)

 事故だったんだから、変に責任を感じてもらうよりはましだと思ってダウール様にはそう伝えた。だから、ダウール様が普通に接してくれることはフィーリアが願ったとおりの結果なのに、それなのに普段と変わらないことに辛さを感じるなんてとても矛盾していた。おかしいと思うのに、そう思うことが変だとわかっているのに、胸の苦しさがなくならなかった。
 フィーリアのことをなんとも思ってないとわかっていたけれど、それを突きつけられたようで、自分の気持ちを自覚したために胸を締め付ける苦しさをより感じるようになってしまった。
 本当にままならない自分の気持ちにため息しか出なかった。

 今日は朝食の時間が遅く始まったために、急ぎ目で食べ終えるとダウール様は仕事へと向かった。
 その後ろ姿を見送り、知らずのうちにため息が零れた。

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