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42 ダウールの対応 2
しおりを挟むなんとか目の腫れも引き、ラマに化粧を直してもらった。
夕食の準備も後は盛り付けるだけの状態まで済んでおり、ダウール様が訪れるのを待っていた。
約束の時間を少し過ぎた頃、部屋の外を走る音が聞こえる。そしてノックが響き、すぐに少し息を切らせたダウール様が現れた。
「少し遅くなったか?」
「ダウール様、お仕事お疲れ様でございました。ちょうど準備が整ったところでございます」
疲れを滲ませながらも笑みを浮かべるダウール様に向かって丁寧な出迎えの挨拶をする。
すると、ダウール様は途端に苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「フィーリア」
「はい」
「ずっと言おうと思ってたんだが、敬語はやめくれないか?」
「それはなりません。ダウール様は国王陛下、わたしは妃候補でございます。けじめは必要でございます」
「確かに必要だが、二人きりの時は昔のままでもいいだろう?」
「ですが……」
「淋しいだろう?」
拗ねてふて腐れ、眉根を下げてあまりにも淋しそうにシュンとしている姿を見て、どうするべきかすごく悩んだあと、仕方なくフィーリアは折れることにした。
「……しょうがないなぁ。二人きりの時だけだからね?」
「おう。じゃあ飯食べるか」
すぐに満足そうに満面の笑みを浮かべて、夕食の準備が整った席に着く。
そのあまりにも変わり身の早さに化かされたように感じたけれど、フィーリアはまあいいかとすぐに受け入れた。外ではしっかりとけじめをつければいいのだからと。言葉遣いを改めたため、お兄との距離が遠くなったように感じてフィーリアも淋しく思っていたから。
食事を始めると、すぐにダウール様が話しかけてきた。
「今日は何してたんだ?」
「今日はね、侍従室に行って仕事内容を教えてもらって、午後は部屋で本を読んでたよ」
「は? 勉強してるとは聞いていたが、侍従の仕事も教わっているのか?」
「そうだよ。このまま行けば城内のありとあらゆる仕事場へと勉強に行きそう」
「……アルタイは何を考えているんだ?」
「宰相様がどのようなお考えかはわからないけれど、わたしは結構楽しく勉強させてもらっているよ」
「そうなのか?」
「うん」
「まあ、フィーリアが楽しいのなら別にいいんだが」
心配そうな顔をしたかと思えば、難しい顔をして、悩み出したかと思えば、渋々認めるようにため息をつく。その姿は四年前までのお兄の姿のままだった。
……なんか、昔のお兄と話していた頃に戻ったみたい。
こういう雰囲気はいいな。
自然と笑顔になり、強張っていた肩の力がふっと抜けた。
宰相のアルタイ様に言われて突然始まった勉強だったけれど、色々な仕事を知ることが出来て、フィーリアは勉強時間を楽しんでいた。
フィーリアが識らないことは山のように出てきて興味が尽きない。たぶんこれからもまだまだ出てくると思うと楽しみで仕方なかった。
その場に行って見聞きしたことは、やはりその場に行かなければ知ることも出来ないものばかりで。特に人物の評価が、見る立場が変われば印象も評価も変わっていることが面白かった。上の立場から見た時と下の立場から見た時とではその人物を評価する元になる基準が全く違っていて、そこから評価が変わるということを知ることが出来た。
もちろん実際実務者として関われば、楽しいだけではないことは分かっているのだけれど。
「それで? 誰に教わったんだ?」
「ハウリャンだよ」
「……ハウリャンか」
「そう。ハウリャンが侍従をしているところは見たことがなかったんだけど、すごいね。何を聞いても淀みなく答えてくれて、知らないことはないようだったよ」
「ハウリャンは仕事は出来るからな」
「やっぱりそうなんだ。いつも転んでいるイメージだったから、本当にびっくりしたよ」
「ああ、その場を和ませてもくれる貴重な存在だな」
「それはわかる。確かに笑顔になるよね」
思い出して笑顔になっていると、ダウール様が目を見張る。
「気になるのか?」
「え?」
「いや、他に気になることはあったか?」
「んー……、セイリャン様が居なくなったことについてはやはり気にしてるみたいだったよ」
「ハウリャンがか?」
「他の侍従の人がね」
「そうか。それで何か言ってきたのか?」
「何も……、あっ、それよりも侍従の人って、情報収集能力高いんだね。わたしが妃候補を辞退しようとしていたことを知ってたんだよ」
「! ……それでフィーリアはなんて答えたんだ?」
「え? 事実だったから反射的に頷いちゃったんだけど」
「……ふーん」
ダウール様の機嫌が突然悪くなった。
やっぱり、あの時否定しなかったのはまずかったのだろうか……。
「すぐに否定しようと思ったんだけど、なんかわたしが辞退したことを嬉しそうにしてるのを見て、言えなくなっちゃった。今度は否定するよ、ちゃんと」
「ああ、そうしてくれ」
この後、ダウール様はむっつりとして一言も話さなくなり、フィーリアも口を開けず、無言のままの食事が続いた。
食器の音だけが響く中、フィーリアは突然重くなった空気に悲しくなった。久しぶりにお兄と楽しく会話できて嬉しかったのに、どうしてこうなってしまったのだろうか。
この時、侍従がフィーリアの妃候補辞退について聞いてきた理由を、ダウールとラマだけは本当の意味で理解していた。
フィーリアは実家に居たときから、嫁候補として様々な立場の男達にモテていたのだ。
今回もフィーリア自身にダウールと結婚する意思がないことを確認するために尋ねたに違いない。そうでなければ、妃候補であるフィーリアに尋ねる危険を犯す必要がないからだ。下手すれば、不貞を疑われてしまうのだから。それを敢えて尋ねたということは、フィーリアが妃候補を辞退したら、自分が結婚相手に名乗りを上げるためだろう。
ダウールの瞳にフツフツと嫉妬の炎が宿る。
それを横目で見たラマは侍従達の健闘を祈った。明日から暇がなくなるくらいに仕事で振り回されるだろう憐れな犠牲者達に。といっても肉体的に疲労困憊して他に意識を向けられなくなるだけだから可愛いものだろう。もっと憐れなのは共に巻き込まれる、フィーリアを何とも思っていない侍従達だが、それは諦めてもらうしかない。今は違っても今後そうならないとは限らない可能性のある男を逃すほどダウールの心は広くないのだから。
それにこれが旦那様だったのならもっとたちが悪いことになっている。旦那様なら、断りようもない状態で他の娘と縁談を組まされていたはずである。それが素敵な女性ならまだしも問題のある女性ばかりになるであろうことも予測済みだ。事実過去には借金苦の女性であったり、阿婆擦れと評判の女性だったりをあてがっていたのだ。女性の父親からは感謝され良好な関係を築き、フィーリアに想いを寄せた男性はあてがわれた女性の対応に雁字搦めになって身動きが取れなくなった。
結果的には同じ状態になるが、ダウールに知られた方がマシだとラマは思った。
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