シャウには抗えない

神栖 蒼華

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第1章 番外編 ラオス*イラザ目線side

 4-2 番の匂いはたまらない イラザside

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腹に受けた一撃がシクシクと痛む。
ガルアさんにシャウに手を出したことがあんなにあっさりバレるとは思ってもいなかった。

それにガルアさんから仕置きで威圧まで受けてしまうとは不覚。
一体どんな支配力なのか、まあ、シャウに関わることだとは予想できるけれど……。

はあー、それにしても、シャウの匂いが思考を乱していく。
朝方、客間に放り込まれた時から、いや、この家に入った瞬間から今まで感じていたシャウの匂いが何倍にもなって強烈に脳を刺激してきた。
甘美で酩酊するような魅惑の匂いに脳がしびれていく。

シャウを今すぐ抱きしめて体中でシャウを感じたい。そんな誘惑に耐えるのが辛い。
まあ、脳だけ起きていて、体はガルアさんの扱きで全く動かせる状態ではないのだけれど。

ベッドに体を投げ出したまま、シャウの匂いに惑わされ続け夜が明けていった。

下階でミイシアさんが料理を作っている音が聞こえてきた。
このままここに居ても眠れるわけがなかったので、下に降りてミイシアさんの手伝いでもしようと部屋を出る。
すると、向かいの客間からラオスが同じような顔をして出てきた。

互いに一瞬視線を交えた後、そのままミイシアさんの方へ歩いていく。
何も言わずともラオスも同じ状態だったのが嫌と言うほどわかった。

「「おはようございます」」

キッチンまで行くと、ミイシアさんが鼻歌を歌いながら料理を作っていた。

「あら、おはよう。…ふふっ、二人とも酷い顔してるわね」

ミイシアさんの言葉に苦笑いを浮かべる。
扱きの傷跡の事を言っているのか、寝不足で隈がある顔の事を言っているのか。
ミイシアさんの言葉は痛いところを突いてくる。

「ミイシアさん、何かお手伝いすることはありますか?」

話題を変えるためにミイシアさんに問いかける。

「大丈夫よ。あと少しで出来るから座って待っていて」
「わかりました」

重く感じる体を動かし、椅子に座る。
知らずため息をつく。
すると、ふわりとシャウの匂いが流れてきた。
階段を下りる音とともに、シャウの魅惑的な匂いが部屋を満たしていく。

一段と強くなる甘美な匂いに、また脳がしびれて、またシャウに触れたくなる。
今、そんなことをすれば自分がどうなるかわからなかった。暴走しそうな気持ちを抑え込むように両手を握り締める。


部屋に入ってきたシャウは、イラザの理性を一度破壊した。

ぶかぶかの寝間着が肩から落ちて、シャウの滑らかな肌を晒していた。
普段は隠れている柔肌に、視線が吸い寄せられる。

触れたい…触れたい…

イラザは暴走しそうな気持ちを抑え込むようにより一層握り締める。

「おはよう、シャウ」

ミイシアさんが明るい元気な声でシャウに声をかける。

「おはよう…」

シャウがミイシアさんに挨拶を返す。

「そんな格好のままで、二人の前に立つのは恥ずかしいことよ。早く着替えてらっしゃい」

ミイシアさんに言われている間にも、シャウはまだ眠いのか目をこする。
目を擦る腕に引き上げられた寝間着の裾が引き上がり、シャウの素足が太ももまで見えた。
白く透き通るような肌に、我慢ができず立ち上がってしまう。

椅子の音に気づいたのか、シャウが俺を見た。
見つめられた瞬間、体が金縛りにあったように動かなくなった。

シャウは不思議そうな顔をしながらも、笑顔で挨拶してきた。

「おはよう、ラオス、イラザ」
「「……」」

イラザは声まで奪われたかのように動かせなくなった。

返事を返さなかったのを心配したのかシャウが近寄ってくる。
シャウの匂いで意識が飛びそうになるほど、脳だけが興奮していた。

「大丈夫?」

シャウの手が俺に触れそうになったとき、鼻から何かが飛び出した。

ブシャー
ブシャー

「っおぁ!?」

シャウが驚いて声をあげる。

何処も動かなかった体が悲鳴をあげたのか、俺の鼻から血を出す選択をしたらしい。
しかも、隣からも同じ音が聞こえてきた。
ちらりと横を見ると、ラオスも鼻からボタボタと血を流し、情けない顔をしていた。

目の前で俺の鼻血を被って固まるシャウを見つめることしかできない。
シャウの血を拭き取りたいのに、体がまったく動かなかった。

いつの間にか近くに来ていたミイシアさんから布を手渡される。

「ラオスとイラザはこの布で鼻を押さえてその椅子に座ってなさい」

ミイシアさんの言葉に、動かせなかった手が動き、言われるまま鼻を布で押さえ、示された椅子に座る。

「ちょっと刺激が強すぎたみたいね。先にお風呂・・・に入ってきなさい」

「ウッ」と漏れた声を慌てて布で防ぐ。
ミイシアさんの「お風呂」の言葉に、興奮状態の脳が過剰に反応してしまった。
落ち着け、落ち着けと心を静めるために深呼吸する。

抗うことの出来ないシャウの匂いに溺れながら、イラザは理性を掻き集めた。



自分の理性と格闘していると、ガルアさんが起きてきて、俺達を一瞥しているのがわかった。
それでも、何も言わずに離れて行ったガルアさんに、自分の状態を悟られないように気を張り詰める。

「ミイシア、おはよう」
「ガルア、おはよう」

キッチンの方で、朝の挨拶をしている様子が感じられた。
いつものことなので見なくてもどんな感じかわかってしまう。
ガルアさんの自分の欲望のままに動ける事が羨ましくなった。

俺もシャウとしたい。

自分の欲望と理性との間で揺れ動いていると、ガルアさんが食事を始めたようだ。
そして少し経った頃、シャウが風呂から出てきた。

またシャウの匂いが強く薫って、脳みそを溶かしていく。

「父さん、おはよう」
「あぁ、おはよう、シャウ」

シャウがガルアさんと朝の挨拶をしているのが聞こえてきた。
その後、ちゅっというリップ音が聞こえ、布をずらしシャウを盗みみた。
見つめた先で、シャウが嬉しそうにガルアさんの頬にキスしている。
そしてガルアさんから嬉しそうにキスをされている。

シャウにキスできるガルアさんに苛ついた。
俺がしたくても出来ないことを見せつけるようにキスするなんて憎らしい。

「羨ましいだろう」

俺の視線に気づいたのかガルアさんが見せつけるようにシャウに頬ずりする。
言い返せない悔しさに、唇を噛み、眉間にはしわが寄っていく。

「ガルア、子供達をからかってはいけないわ、大人気ないわよ」

ミイシアさんの咎める声に本当にそうだと思う。

「このくらいは耐えられないとこれからやっていけないからな。大変な思いをするのはシャウなんだぞ?」
「あら、こんなことくらい苦もないでしょう? ガルアだって出来たことですもの、ね?」

ミイシアさんの言葉が一番大人気ないように感じる。
最後の「ね?」に、俺の体はビクッとして反射的に尻尾を縮み込ませていた。
ミイシアさんはやっぱり一番恐ろしい。

「さあ、シャウ、ラオス、イラザも早くご飯食べちゃいなさい」
「はい」

シャウは俺達の会話がよくわかってなさそうだった。
シャウには情けないところは知られたくない。
そのまま気づかないでいて欲しい。

考え事をしていたら、シャウが近づいてきた。
せっかく、理性が勝っていた状態だったのに、シャウの匂いが脳を麻痺させてきた。

「ラオス、イラザ、まだ鼻血が止まらないの?」

様子を見るために覗き込んできたシャウに無意識に右手が伸びていた。
掴んだシャウの右手から美味しそうな匂いがして、鼻にシャウの指先を近づけ、匂いを味わう。
そして無意識のまま舌を伸ばし指先を味わうように嘗める。

ああ、シャウだ。
もっともっと感じたい。


「うぇ!?」

シャウの驚きの声に意識が戻ってくる。


「ラオス」
「イラザ」

ガルアさんとミイシアさんの威圧と殺気に、イラザの意識が鮮明になり体が硬直した。
力の緩んだ手からシャウの手が離れていく。

離れていく手を見ながら、ああ、これが支配力なのかと理解した。

欲望を持って触れようとすると、体が金縛りにあったように動かなくなる。
だから、さっきから匂いに惑わされてシャウに近寄りたいと思っただけで動けなかったわけだ。

確かにシャウの匂いに惑わされてシャウを傷つけることになるよりは、この方がシャウには安全なのかもしれない。
しかも、支配力が完全に浸透したのか、先ほどまで感じていた脳が麻痺するほどの魅惑的な匂いが薄まり、甘美くらいの匂いですんでいる。
これなら理性を失うような事にはならないと思う。

でも、匂いに惑わされなくても、好きな女には触れたいと思うだろう。
その時に触れられないのは……

「……………生殺しですね」

地獄の始まりだった。

「……………生殺しだろ」

隣からも同じ言葉が聞こえてきた。
ラオスにも現状が把握できたのだろう。
シャウが好きなことは昔から知っていた。
もちろんラオスも俺がシャウを好きなのは知っている。
恋愛感情を自覚したのは最近だが、俺達にとってシャウは昔から特別だった。
互い以外は認められないほど、俺達はライバルで同士だった。


「お前達も早く飯を食え! 腹が減ってるだろ」
「「はい、いただきます」」

ガルアさんの声に俺は慌ててテーブルに着く。

「「「いただきます」」」

シャウの声も重なり、ご飯を一口食べる。
食べると、口いっぱいに美味しさが広がった。

シャウを見ると美味しそうにご飯を頬張っていた。
シャウの幸せは俺の幸せ。
これは昔から変わらない気持ち。

シャウを幸せにするのは俺でありたい。
そして、その隣には俺が立っていたい。

その為に、まずはガルアさんの支配力を跳ね返し、匂いに耐性をつけなくては……。
イラザは決意を固め、ご飯を食べた。







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