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第一章

1.気が付けば大好きな乙女ゲームの世界に転生

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大好きなゲームがあった。子供の頃から、気が弱く、地味で友達を作るのも美味くない私にとって、一人で遊べるゲームは唯一の救いで。中でも、異世界、妖精や魔法なんかが存在する世界で、見目麗しい王子様や他の男性陣と一緒に学園生活を送ったり、冒険に出たりして恋をする。いわゆる乙女ゲーム、というものがとてもとても大好きで。それは二十を超えて、OLとなった今でも変わらず。立派な乙女ゲーオタクであった私、月島 香澄が一番好きな乙女ゲームは、高校生の時に発売された『十二の宝石と守護者は奇跡の聖女の乙女心と共に』という中々長いタイトルの乙女ゲーム。
物語の内容は、平民の出だった少女マリアンヌがある日拾った石、それは世界を守護する十二の宝石の一つ、光の宝石が砕けてしまった欠片の一部分だった。その欠片である石にマリアンヌが触れた途端、石は光り出し中から女神セレイアと名乗る美しい女性が現れてマリアンヌが奇跡の聖女である事を告げる。その現場に居合わせた王国の騎士によって王様の元へと連れていかれ、そこで国王陛下から告げられる。世界の平和を守ってくれる女神の力の源が十二の宝石であり、今まで宝石の力によって世界の平和は保たれてきたが、それが数年前に何者かによって全て砕かれ、欠片は方々に飛び去ってしまったこと。それを境に世界の魔物が現れだして人々を脅かせている事を。このままではいずれ、その昔女神に封印された魔王が復活し、世界は闇に覆われてしまうことになる。それを止める術はただ一つ、砕かれた十二の宝石の欠片をすべて集め元通りに再生する事であり、その力を持っているのは女神に選ばれし奇跡の聖女であるたった一人の少女だけなのだと言うことを。そして、マリアンヌは、国王陛下より世界を救う使命を託され、奇跡の聖女としての力をつけるべく王族や貴族が通う魔法学院へ通いながら、宝石の欠片を集める冒険にも出る事になる。
というのが大まかなあらすじで、十二の宝石には元々、宝石を守護していた十二人の守護者がいるのだけれど、宝石が砕かれた時に守護者達も全て命を失っていて、宝石を再生せる為には新しい守護者の力が必要であり、マリアンヌは守護者も探さなければならない役目も担っているのよね。で、その新しい守護者の力を持つ者たちが学園で出会う生徒、教師だったり、冒険に出た詐欺知り合う人物だったり、と様々なわけだけれど、ゲーム的には彼らが攻略対象となるのよね。メインはマリアンヌが住んでいる光の宝石に守護された王国の第一王子であり光の宝石の守護者となるグレイアス王子なんだけれど、それ以外の攻略対象も皆素敵な人達ばかりなんだ。
私がこのゲームを大好きになったのは、学園生活だけじゃなくて本格的なRPGも楽しめるようになっている事からと、攻略対象も守護者達十二人だけじゃなくて隠れキャラも入れると十五人にもなるという数の多さから。スチルの枚数もとても多くて綺麗で、おまけ要素もコンプ要素も盛りだくさんに詰め込まれた気合の入った作品だったから、物語も凄くしっかりしててどうして攻略対象と恋愛するようになるのかまでの過程もしっかりと描かれてて、巷でも神ゲーだって騒がれた作品なんだ。EDの数も凄く多くて、コンプするのに凄く時間がかかったけれど、全部のEDを見終わった後も、何週もプレイしている作品。今でも新作が出るまでの間はずっとこれをプレイしているぐらい大好きで、どの攻略対象キャラのルートももうばっかり展開を覚えているぐらいにははまっている本当に心の支えになっているといってもいいぐらいの乙女ゲーム。
その乙女ゲームの続編が遂に発売されることになり、発売前のファンイベントで主人公と数人の攻略対象が発表されるという情報を得た私は、これは一大事だと会社を有給で休んで早速ファンイベントが行われる会場へと向かった、筈だった。けれど。

「あっ、危ない!!」

そんな、誰かが叫ぶ声と悲鳴を聞いた気がする。それを最後に、私の意識は暗転して、気が付いた時には私はやけにふわふわとした寝心地の良いベッドの上に寝かされていた。

(え…?あれ?ここは…?私は、確かゲームのファンイベント会場に向かってたはず…)

なんて思いながらゆっくりと身を起こして辺りを見回すのと、ほぼ同時だった。

「お、お嬢様!!お気づきになられましたのね!!」

なんていう女性の感極まった声を耳にしたのは。

「へ…?」

思わず間の抜けた声を上げて声の下ほうを見ると、そこには一人の茶色い髪と瞳のメイド服を着た女性の姿があった。私はその女性の姿を見るなり、驚きに目を見開く。それは、その女性が見知らぬ人物であったから、とか、メイド服を着ていたから、とか言った理由からではなく、寧ろ、その女性に見覚えがあり過ぎたからだ。

(え…?いやいやいや、ちょっと待って…!嘘でしょ?なんであなたがここにいるの…!?)

「カリーナ!?」

呆然とそのメイドの女性の名前を呟く私に、カリーナと呼ばれた女性は安心したように微笑んで頷いた。

「ええ、ええ。カリーナでございますとも!記憶もしっかりしておられるようで安心いたしましたわ。お嬢様…!今すぐに旦那様や奥様もお呼びしてまいりますからお待ちになってくださいね!」

そう言って、部屋を出て行くカリーナの姿を呆然と見送る私。それは仕方のない事だと思う。だって、カリーナというのは、間違えるはずもない。私が何度もプレイした今でも大好きな乙女ゲーム『十二の宝石と守護者は奇跡の聖女の乙女心と共に』に出てくるキャラであり、ヒロインのライバルの一人となる悪役令嬢ミュゼリアの専属メイドだったのだから。
実は、この乙女ゲームの面白いところの一つでもあるのが攻略キャラによってライバルキャラがそれぞれ別にいるところであり、ミュゼリアはメインヒーローである。第一王子グレイアス王子のルートでのライバルキャラでグレイアス王子の婚約者である侯爵令嬢なんだ。類まれなる魔力の持ち主で国王陛下にヒロインの冒険の助けとなるべく王子とともにパーティーに入れられる事にもなるんだけれど、ライバルキャラらしく高飛車で傲慢、平民出身のマリアンヌが気に入らないらしくて、王子と親しくならなくても嫌味を言って来る典型的な悪役令嬢って感じの女の子。王子ルートになるとそれが強く現れてマリアンヌを学園で他のライバルキャラの子達と一緒になって虐めたり、嫉妬に駆られて魔王に操られ冒険中にマリアンヌを殺そうとして来たりするキャラ。最期は学園で断罪イベントが起こって王子に婚約破棄されて処刑、または追放されるか、敵に回って王子に倒されるか。そんな末路しかない悪役令嬢、カリーヌはそのミュゼリアに仕えていて、王子ルートに入ると出て来てミュゼリアの命令に従って主人公に危害を与えたりする専属メイドだ。

(ちょっと待って…。そのカリーナにお嬢様と呼ばれたっていう事は、まさか…?)

そう考えると、私は恐る恐るベッドから降りて豪華な姿見の前へと移動し、鏡に映された自身の姿を見て驚愕の表情を浮かべる。そこに映っていたのは正しく、縦ロールのツインテールにされた真珠色の髪に、少し勝気さの漂う紫水晶の瞳を持った美少女の姿が映っていたのだから。間違いなくその姿は、悪役令嬢ミュゼリア・レーヴァインの姿だ。王子ルートも何度もプレイしたのだから見間違う筈がない。

(ちょっと待って、これは一体どういうことなの…?なぜ私がミュゼリアに…!?私は月島香澄であって、それにこれはゲームの世界で…!)

と、混乱しつつも月島香澄であった記憶を思い出そうとしても、何故か両親の顔すらも余りよく思い出せない上、ファンイベントに行こうとした後からの記憶は全くない。それどころか思い出そうとすればするほど、出てくるのはゲーム内にも出てくることのないミュゼリアとしての幼少の頃からの記憶ばかりで。何故かはわからないけれど、心の奥底で私の冷静に判断していた。この体は間違いなくミュゼリアのもので、今世の私はミュゼリアなのだと。そう、実感するのと同時に私は霞がかった前世の記憶の中で読んだことがる小説を思い出した。ゲーム好きな少女が不慮の事故に遭い転生してしたのは大好きなゲームの世界のヒロインだったという話のものを。

(と言うことは、私も前世で死んじゃって、大好きな乙女ゲームの世界のキャラに転生したって事なの…!?)

けれど、小説と違うのは、私が転生したのはゲームのヒロインじゃなく、最悪な結末しかない悪役令嬢の一人。違うのはそこだけだけれど、でもそう考えると妙にしっくりとくるのがそれを真実だと物語っていた。大好きな乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生。その事実をしっかりと認識した私は、鏡の前で思わず。

(よっしゃあああああ!!!これで最推しや推し達とヒロインちゃんの恋愛イベントを生でみられる!!!)

なんて、大きくガッツポーズをとっていたのだった。何しろ私は乙女ゲームオタクでも、自己投影型ではなく第三者視点型のオタクだったのだから。
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