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第一章

2.現世での姿は悪役令嬢!

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乙女ゲームのプレイヤーにも主に二つのタイプがある。ヒロインの女の子を自分に置き換えてキャラとの恋愛を楽しむ自己投影型と、あくまでキャラと固定ヒロインの恋愛を見て楽しむ第三者視点型。たまにどっちでもないっていう人もいるけれど、この二つのタイプにだいたいは別れていて、二つのタイプのプレイヤー達は相容れなかったりしていた。どちらが間違っているというわけじゃなくてどちらも正しい楽しみ方なんだけれどね。どうやって楽しむかは個人の自由だし。
私は昔から漫画もアニメも大好きだったけれど、毎回納得がいかなかったのは、ヒロインの女の子の相手役がどうしたって決まってしまう事。どうも私は作者達と男性の好みが外れいるようで、よく、「え?なんで相手その子なの?絶対にこっちの方があってるじゃん」なんて不満に思う事が多かった。そんな時に出会ったのがとある乙女ゲームで、私の好きな少女漫画がゲームになったものだった。何気なしに手に取ったそのゲームの内容を見てびっくり、EDが迎えられるのはメインの子一人だけじゃなくて、私が推していた男の子やそれ以外に出て来た男の子も選べることになっているのを知り、夢中になってそのゲームにのめり込んでた。それが乙女ゲームとの初めての出会いで、これだ!って思ったんだよね。私の求めていたものは。お気に入りのヒロインちゃんには、やっぱり自分が一番気に入った相手と結ばれて欲しいって思ってたから、相手が選べるシステムの乙女ゲームは私にぴったりだったんだ。
そんな理由で乙女ゲームにはまったものだから、ヒロインちゃんに自分を重ねてキャラ達の甘い言葉を聞くとか、地味で目立たない、ヒロインちゃんとは比べ物にならない自分では鳥肌しか立たなくて、可愛いお気に入りのヒロインちゃんを自分が認めた一番の推しとくっつけてあげたいって気持ちで毎回私はプレイしている第三者視線型なんだ。
だから、この『十二の宝石と守護者は奇跡の聖女の乙女心と共に』のゲームでも、とても可愛いマリアンヌちゃんを誰と幸せにしてあげようかと考えて、一番の最推しとなったのがメインヒーローのグレイアス王子だったんだよね。大体メインヒーローは推しになる事がなかった私にしては珍しい事だったけれど、このゲーム冒険時はRPGだけれど、学園生活の時はステータスを上げる勉強するシュミレーションものでもあったから、予想通り高パラ要求のグレイアス王子に応えるために必死でマリアンヌちゃんを育てたのを今でも覚えてる。そしてグレイアス王子の全EDをコンプもした。というかこのゲームに出てくる攻略対象は皆推しは推しなんだけれどね。中でも特に苦労したグレイアス王子は最推しだったりする。勿論、それはマリアンヌちゃんのお相手として、出会った私自身の好みかと言えば全く違うのだけれど。
とにかく、そこまで夢中になったゲームのキャラに転生したのだから、これはやっぱり画面越しでしか見られなかったイベントシーンを生でみたいと思うのは乙女ゲーオタクとしては仕方のない事。
前世の記憶は殆ど思い出せないけれど、何故かこのゲームの記憶だけはしっかりと色鮮やかに残っている。いつ、どこで、誰とどんなイベントが起こるのかもしっかり。そう、それぐらいゲームをやり込んだ私だから解る。ミュゼリアが最悪の結末を迎えるのは、マリアンヌちゃんを虐めたり、殺そうとしたりしたから。逆に考えれば、そういう行動に出ずに地味にしていれば、最悪の結末なんて迎える事はないはず。それどころか、最推しのグレイアス王子とマリアンヌちゃんの数々の恋愛イベントを近くで盗み見ることだって出来るのだ。

(ゲームのミュゼリアは子供の頃からグレイアス王子が好きで、王家に強い影響力を持つ父親に我が儘を言って無理やりグレイアス王子の婚約者になってしまうぐらい王子様のことが好きだったけれど、今の私、ミュゼリアはグレイアス王子のことはマリアンヌちゃんの相手としては最高だと思っているけれど、自分の恋愛相手としてなんて全く見てないんだし、これはいけるわよね!)

内心そう考えると、私は早速カレンダーを確認する。今は4の月の初め。マリアンヌちゃんが魔法学園に入ってグレイアス王子達、ついでに私と初めて出会うのは、二週間後だったはずだ。
と言うことは、それまでに、私は地味に目立たないようになっておけば問題ないはず。出来ればライバルでなくてマリアンヌちゃんの友達の位置になれれば、他の推しキャラ達との恋愛イベントも見れる機会が増えるだろうからその方法も考えないといけない。
それに何より、グレイアス王子との仲についても何とかしなければ、婚約解消できるのが一番いいのだけれど、相手は一国の王子で私の方から解消したとなるとグレイアス王子の名と立場に傷をつける事になりかねない。それは流石に不敬だし不味いと考えるのは今まで育ってきた貴族としての知識から。

(うーん、さてどうしたものかしら?)

なんて考えていると、部屋の扉が大きな音を立てて開き、思わずビクッと飛び上がってしまう。

「ミュゼ!」
「ミュゼリア!!」

叫び声のような声を上げて部屋に入ってきたのは、ミュゼリアの両親であるアルゼス公爵とその妻、ソフィア。今の私の父上と母上だ。二人とも、絶世の美少女と言われるミュゼリアの両親だけあって整った綺麗な容姿をしている。二人は、私の姿を見るなりぎゅう、と抱きしめて来た。

「お、お父様、お母様…」
「ああ、よかった…!よく無事で…生きていてくれて本当によかった…!」
「ええ、ええ。本当に…!あなたにもしもの事があればと考えて気が気ではなかったのよ、この一週間…!」
「い、一週間…!?え、えっと…?」

二人の言葉に困惑した声を上げる。一週間も眠っていたと言うことだろうか。いったい私に何があったと、と考えているとお母様が涙を拭いながら説明してくれた。

「一週間前、あなたは学校の階段から足を滑らせてしまって落ちて意識を失っていたのよ。そのまま一週間も目を覚まさなくて、頭を強く打ち付けてしまったから目を覚ましても何か後遺症が残るかも知れないってお医者様には言われるし…」

(そ、そうだったのか…。一週間も寝てたのね、私。とりあえずどこも何もないみたいだけれど、そのショックで前世の記憶は戻ったみたいね)

なんて考えていると、階段から落ちる直前の記憶がふいに戻って来た。確かに、私はあの時足を滑らせて階段から落ちて行ったような気がする。でも、その時、あそこにいたのは私だけじゃなくて、確か。そこまで考えて、私はゆっくりと首を横に振った。

「ミュゼリア?どうしたの?どこか痛むの?」
「いいえ。ご心配おかけして申し訳ありません。お母様、お父様も。ですが、私はこの通り元気ですし何処も悪くしておりませんわ」
「そうか。それならばよかった。可愛い娘の身に何かあれば私もただでは済まなかったからね」

私の言葉にお父様は心底ほっとしたように告げてくれる。子供達、特に娘にはとても甘くて優しい両親。娘の我が儘には何でも答えてくれたおかげで、ミュゼリアはかなり我が儘で傲慢な子に育ってしまったのだけれど。

「とにかく、もう暫く休んでいなさい。医師にも連絡して様子を見に来させよう」
「わかりましたわ。お父様、お医者様に見てもらって何事もなければ、学園に通っても問題はありませんか?」
「ああ。医師の許可が出たらな」
「わかりました」

頷く私を見て、両親は問題ないと漸く安心したのか、ゆっくり休みなさいと告げて部屋を出て行った。そばに仕えていたカリーヌも。

「お夕食の時間になれば、食べやすいものをお部屋の方にお運びいたしますので、それまでごゆっくりお休みくださいませ」

と一礼して部屋を出て行く。その姿を見送った後、再び私はベッドに横になった。

(お父様達には何も言わなかったけれど、私が階段から落ちた時にあの場にいたのは私一人ではなかった。そして、私が階段から落ちた本当の理由は…)

そこまで考えて、ゆっくりと目を閉じる。

「やっぱり、学園に行ったらちゃんと話をしないといけないわね」

なんて呟いた後は、訪れた睡魔に身を任せてしばしの眠りについたのだった。
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