狼伯爵の花嫁

ヒスイ丸

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狼伯爵の花嫁 第四話

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 「……んぅ…」

 自身の頬を夜の冷たい風が撫でていく、その感触に、俺は暗い闇の中、目を覚ました。

 だが体を起こす事ができない。寒さに体を縛られ動けないのだ。
 けれど起きなければならない、なにせ、床や壁をボロボロの木材の木材で取り繕ったこの荷馬車に押し込められてから、起きろと言われる前に起きなければ、ろくな目に合わなかったからだ。

 しかし体は動かない、まるで体が鉛にでも包まれてしまったかのようだ。

「…っ、くっそぉ…」

自身の不甲斐ふがいなさに思わす憤りを覚える。

くそぉ…、あとちょっとなのに……。

まるで高い所に手が届きそうで届かないような、思い出せそうで思い出せないような、どうしようもない歯痒さに震えていると、不意に遠くからドスドスと足音が聞こえてきた。

マズイ、もうすぐあいつらが来る!

望まぬ来訪に思わず舌打ちをすると、俺は寒さに震える体にムチを打ち、大慌てで力を振り絞り立ち上がろうとした。

この荷馬車に近づいている奴らが来る前に起きていないと、文字通りろくな目に合わないからだ。

けれど、その努力もむなしく、足音は馬車の扉の前で止まってしまった。

ガチャリ。
「ヨォっと、邪魔すんぜぇ」

年季の入った鍵がゆっくりと開き、ミシッ、っと床をきしませながら大きな影が入ってくる。

その影はのそりと俺に近づくと、その大きな足で背中を踏みつけた。

「おい、起きろ」

 野太い声を響かせながら、俺の体を揺らす。
 だが起きられない。

「おい、起きろ……」

 男の足遣いが荒々しいものになる。
 だが起きられない。

「おい、起きろ……!」

 男の声にも怒気が含まれはじめ、足遣いがさらに荒々しくなる。もうすでに気持ち悪い。

「……っ、おい! とっとと起きろ! また仕置きされてぇか!」

 俺が起きないことに腹が立ったのか、警告と言わんばかりに大きく吠える。

 だが、それでも起きることができない。空腹、寒さ、疲労、さまざまなものが原因で起きられないのだ。

 けれど、それでも頑張って起きようとしたその時、不意に背中の重みが消え、そのままゴロリと横向きになった。

 よかった、諦めてくれたのだろうか、と胸をなでおろした、その時、

「起きろっつってんだろうがぁ!」

「!? ガハ!」

 その瞬間、俺は腹に鈍い痛みと強い衝撃を受け、吹き飛ばされた。男に蹴り飛ばされたのだ。
 まるでボールのように勢いよく壁に吹き飛ばされた、背を強したたかに打ち付けた俺は、ズルズルと床に落下した。背と腹を打ち付け、無様に落下した俺の口から、ドロドロになった食べ物が溢れ、床に水たまりを作った。

「林さん!」

 俺が派手に吹っ飛ばされるのを見て飛び起きた紅牙が、俺のそばに駆け寄り、体を起こすのを手伝う。

「やぁっと目が覚めたかぁ? 奴隷?」

 蹴り飛ばしたことにより鬱憤を晴らせたのか。俺を蹴り飛ばした男がニヤニヤと下品な笑みを浮かべる。俺はズキズキと痛む腹を押えながら、その声の主を、目の前の異形を睨みつけた。

 その声の主は、全身を薄汚れた茶色の被毛で包み、大きな手の甲にバラをモチーフにした刺青いれずみを入れ、熊の頭を宿した__獣人、だった。

「この…、化け物が……」
「あ゛ぁ!」

 小さく呻いた声に反応した熊が、髪をガシッとつかみ、顔を上げさせる。痛さのあまり顔が歪み、ブチブチと嫌な音を立てて髪がちぎれた。

「まぁだ目が覚めてねぇようだなぁ? 寝坊助ねぼすけ奴隷さんよぉ」

 そう言うと、熊はこれ見よがしに硬く握った拳を見せつけ、高く掲げた。

「まだまだ食らい足りねぇなら、いくらでも食らわしてやるよ!」
大きく叫んだ熊がそのまま勢いよく拳を振り下ろす。
 それが目に入り、俺は反射的に頬に力を入れ、衝撃に備えようとした、その時、

「そこまでにしておけ」

 馬車の中に突然、低い声が響いた途端、熊がピタリとその動きを止め、声のした方を、向いた。
 声のした方を見てみると、扉のそばに熊の仲間である狐獣人が立っていた。

「何だよ、邪魔すんじゃねぇ!」
 熊が不機嫌そうに怒鳴る。

「それ以上やったらそいつが壊れかねん。紅髪のおまけとはいえ、そいつも今度のオークションの目玉の一つなんだぞ。それとも何か、お前がそいつの損害を払うとでも?」
「……チッ、分かったよ」
納得がいかない、とでもいうように舌打ちをすると、熊はブンッとまるで投げるように俺の髪から手を放し、床へスープの入った器とパンが二つ乗った皿をガシャンと荒々しく置いた。
「ホラよ、テメーらの飯だ」
 ちゃんと食えよ、と言い捨てると、熊と狐はくるりと踵を返し、そのまま扉に鍵をかけ出て行った。

「……大丈夫ですか、林さん?」

 紅牙が心配そうに声をかける。

「あ、あぁ、大丈夫だ。大したことねぇよ、このくらい」

 そう言って俺は問題ないといわんばかりに両腕で力こぶを作って見せ__
「……っ! 痛つ__」
 遅れてやってきた腹の痛みに、思わず顔を歪めた。

「……大丈夫じゃなさそうですね……」

 ちょっと待っててください、と言うと、紅牙は荷馬車の中に積まれた荷物を漁り始めた。
「お、おい、そこまで心配すんな、っ__、っ痛て痛(て)ぇ__……」
「ほら、結局痛いんじゃないですか。そういう生意気なこと言うときは、せめてそれらしく見せることですね」

 ほら、早く脱いでください、と荷物の中からキレイな布を見つけてきた紅牙が、俺に服を脱ぐよう命令する。

 生意気って…、どっちの方が生意気だよ……。

 まあ、四の五の言ってても仕方ないか、と俺は渋々服を脱いだ。(とは言っても、押し込められた時からボロボロの服しか着せられていなので、着ていなくても同じようなものだが……)

「…腹部と背中の打撲、腹部へのダメージの方が大きい……、打った場所は主に腹部の真ん中、外部への出血は見当たらない…、膨張もなし…、顔の血色も悪くない……、林さん、今の痛み具合はどんな感じですか?」

「痛み? んー、そうだな、さっきまでは結構痛かったけど、今はあんまり」

「腹部の痛みも問題なし……、とりあえず今は大丈夫か……。となると、後は様子見ですね。現状大丈夫だったとしても、中で内臓が損傷している場合がありますから。林さん、後でお腹痛くなってきたら、絶対に言ってくださいね! たたき起こしてくれても構いませんから!」

「おっおう…、分かった…」

「一応、お腹に包帯巻いときますから」

 ちょっと待っててくださいね、と先ほど見つけた布を取り出し、丁寧に裂いていく紅牙。

「おう、悪いな」

「ケガした人間放っておくほど、人間腐ってませんから」

 はい、出来ました、包帯を巻き終わった腹を紅牙はポンッと優しくたたいた。

「おう、ありがとな、紅牙」

「どういたしまして、林さん。さてと、それじゃあ__」

 紅牙は俺のお礼の言葉に優しい笑みを浮かべながら返事をすると、床に置かれた器を指さした。

「そろそろご飯、食べません?」

 その問いかけに俺はニヤリと笑い、

「あぁ、そうだな」

と答えた。
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