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第2部
星灯祭逢引
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デートなら現地集合が基本だ、などど言い張るつもりはない。だが、醍醐味の一つだと思っている。例えば一緒に住んでいたって、デートなら別々に家から出て相手を待つのが楽しい。
つまり何が言いたいかというと。
「私が先に出るとので、殿下は後から来てくださいね」
「え、一緒に行けばいいじゃないですか。別々に行く意味は?」
花鶏の怪訝な顔に、蘇芳はどう説明したものかと思案した。
「これから私たちはデ……逢引するわけですけれど」
花鶏がぶはっと飲んでいた茶を吹いたので、蘇芳は静かに手巾を差し出してやった。
(この純粋培養っぷり、俺の育て方だけのせいじゃないよな。原作ルートとの違いがありすぎて逆に怖い……)
「あ、はい……逢引、そうですね、続けて」
「私が思うに、一緒に出掛けたら、それはいつも殿下と私でしていることなんですよ。瀧華国でもカデンルラでも、用事があれば一緒に出るでしょう」
「まあ、そうですね」
「ですから趣向を変えようかと。殿下が嫌ならもちろん無理にとは言いません。ただの私の我儘なので」
花鶏はそれを聞いて勢いよく首を振った。
「いえ!先生がそうしたいなら勿論しましょう!俺は、その、先生の恋人ですから……先生のお願いなら喜んで」
頬を染めて健気に言う花鶏に、思わず手を伸ばしたくなるが、何とか堪えた。瀧華国に帰るまでには、自重できるようにならねば。
そして今、蘇芳は念入りに顔から頭をショールで包むように隠し夜の街角に佇んでいる。カデンルラで目立つとすれば、肌の色以外にこの長い髪だ。瀧華国では凱将軍のように髪を短くする軍人もいるが、基本的に罪人以外は男も女も長く伸ばすものだ。だから蘇芳も、切りたいな軽くしたいなあ、と思っても実行できない。
その長い髪さえ隠しておけば、ある程度はカデンルラの群衆に紛れてしまえる。
星灯祭の今夜、港から王宮へ伸びる大通りや市街地には夜市が開かれ、特に拓けた面積のある沿岸部には多くの行商人や客が賑わっている。
さすがにそこまでは往復一里の約束を破ってしまうので行けないが、ここでも十分、祭りの熱気を味わうことが出来る。
護衛が控えていると聞くが、近い距離にいるそれらしい者も、なるべく周囲に溶け込もうとしているようだ。
館を出て20分ほどたった頃か、そろ、と通りの方を覗いてみた。花鶏の姿はまだ見えず、客寄せに絡まれないようそっとまた壁に身を寄せて通りから離れた時。
「動くな、そのままこっちへ来い」
背後から口を塞がれ、路地の間に引きずり込まれた。壁に押し付けられ、口を塞がれたまま、相手の顔を見つめて目を細める。
男は困ったような顔をした。
「そんなに早く気付かれたら、俺が馬鹿みたいだ。もっと乗ってくれないと」
誘拐事件の時のように黒い衣装に蘇芳と同じく布を巻き付けた花鶏が、口から手を離した。
蘇芳はふんと鼻を鳴らした。
「どこの世界に襲う相手の頭を守ろうとする物盗りがいますか」
花鶏の手は痛くないよう壁と蘇芳の後頭部の間に差し入れられている。無意識だったようで、言われて気付いた顔の花鶏にぷっと噴き出してしまった。
「子供みたいなことして。護衛が吃驚するからやめなさい。せっかくの逢引きが中止になりますよ」
「それは困る」と、花鶏がわざとらしいしかめ面をする。
お互いの顔を見合って同時に小さく笑った。そのままお互いの布を直してやって、しっかりと顔が隠れていることを確認する。
「行こう、先生。俺の奢りなので、美味しいもの食べましょう」
自然に手を握られて、通りへ歩き出す花鶏に引っ張られる。夜市の柔らかい松明の火が、路地に振り向いた花鶏の輪郭をぼんやり照らし、蘇芳は目を細めた。花鶏の笑顔を見慣れているが、いくつか特に忘れがたい笑顔がある。また一つ、それが増えた。
屋台料理の中には、これまで滞在中に食べてきた物の他に、なぜか蘇芳には見慣れたものがあった。かき氷だ。
(砂漠の氷ってほんとなら凄く希少で高価なはずだけど……いや、突っ込むのはよそう)
大きな葉を器用に笹船のような形に加工して、そこに盛っている。なるほどエコである。シロップは果物の汁に甘い花の蜜を溶かしたもの。見た目はよく知ったかき氷そのままだ。
「初めて見た。先生これ、食べましょう!」
「頭キーンってなりますよ」
花鶏が買ってきた赤いかき氷を遠慮なしに横から木製の匙ですくって食べた。縁日で食べるかき氷の味だった。興味津々な花鶏の口元に匙を運んでやると、ちょっとまごついた後、意を決したようにえいやと食いついた。
「しゃりしゃりする。口の中が冷たいです」
「食べ過ぎると頭痛くなりますからね。殿下、見て」
こちらを見た花鶏に向かって、べ、と舌を出す。
「あかいれひょ。殿下のも今そうなってますよ」
花鶏は無言でしゃりしゃりとかき氷を咀嚼した。蘇芳は一口で満足してやめたので、串物を食べたり、工芸品や、なんと猿や孔雀を売っている店を冷やかしたりして、道沿いに端から端まで見て回った。
花鶏はあれこれと見るうち、一つの店先で足を止めた。古今東西の読み本が平積みされていて、見ればカデンルラだけでなく瀧華国の文字が表題になっているものもある。聞けば、翻訳本とのことだった。
へぇ、と見ている横で、花鶏が一冊買い求めた。
「どんな本を買ったんですか?」と聞くと花鶏は内緒です、と微笑んだ。
(また恋愛小説か。冒険活劇でもあれば俺も読みたいけど、無さそうだな)
これ以上は約束の範囲外になる、という端まで来ると、人ごみから少し離れて小さな小川のたもとに来た。そこは狭い土手になっており、ちょうど何人かの男女が腰を下ろしている。
何となく蘇芳たちもその場所へ降り、足を休めた。近くに座っていた男が、隣の恋人に甘い声でキーナ、と呼びかけると、何がおかしかったのかくすくすと笑い合っている。
恋人同士の甘い雰囲気に、花鶏が落ち着かなそうにしているのを見て、蘇芳はピタリと身体を寄せると腕をするりと絡めた。
せんせい、と焦ったような声に、大丈夫だからと笑って見せる。
「誰も周りなんて気にしてませんから。夜だし、気楽にしていれば大丈夫」
宵闇に黒い川面が静かに流れる音、夜風の中に屋台の食べ物の匂いと、草木の香り。遠ざかった喧噪。祭りの夜が更けていく。
わっ、と声が上がった。
人々が空を指さし、蘇芳たちもつられて上を向くと、ぼんやりと明るい光を放ち、星灯がゆっくりと舞い上がっていく。
ひとつ、ふたつ、それは次々に増え、あっという間に夜空を覆いつくさんばかりの数になった。
いったいどれほどの人々が、今この瞬間に星灯を放ったのか。
綺麗ですね、と花鶏が夢うつつのように言葉をこぼす。
「そうですね。あれって途中で落っこちてきたらどうなるんでしょうね」
「先生のそういう発想はどこから来るんですか。あれは海に着くまで民家の上の落ちないよう巫術でまじないが掛けられているんですよ」
花鶏があ、と思い出したように言い添えた。
「そういえば先生の力作を飛ばさなくていいんですか?今から持ってきましょうか」
「あれは、出立のときにアジラヒム様に差し上げようかと。貴方と仲良くしてくれた御礼に」
「え、あいつにやるなら俺が欲しい」
「気持ち悪いって言った人にあげたくないので嫌です」
花鶏が不満そうな顔をしたその時、横から「結婚してくれ!」と叫ぶ声が聞こえて、二人して思わずそちらを見た。
土手に跪いた男が恋人に小箱を差し出している。それを受け取って彼女は中身を見た後、嬉しそうに首肯した。
「リシア、ああ愛してる!」
なんと、真横で偶然にも見知らぬ男女のプロポーズが成功したらしい。蘇芳はとりあえず、パチパチと拍手を送っておいた。それで合っていたのかはさておき、男女はこちらを見てありがとう、というように手を上げた。
これがきっと、サリムたちの姉が言っていた星灯祭のもう一つの催しだろう。本来は北斗ルートで、ヒロインに対して行われるはずだったイベントだ。その夜をまさか自分が花鶏と過ごすことになるとは。
感慨に浸っていると、花鶏がすっと立ち上がり蘇芳に手を差し出した。
「そろそろ戻りましょうか、先生」
「もう三刻経ちましたか?……早いですね」
名残惜しい、そんな気持ちが声に乗る。差し出された手に捕まり、土手を登った。
「寝る前に渡したいものがあるんです。俺の部屋に来て」
今夜がまだ終わらないらしいことに、蘇芳はそっと嬉しくなった。
蘇芳たちが無事館に戻ると、凱将軍の元には護衛を任せた兵士からの報告が届いた。
そこには仔細に彼らのやり取りや行動が記録されている。護衛を任せた者の中には巫術の使い手がおり、遠見や遠耳の持ち主もいる。その者たちが見たり聞いたりした仔細を、将軍は忠実に彼の主人に報告していた。
何故主人が、ここまで彼らに過敏になっているのか。分かるようでいて、しかし胸に引っかかる。
李蘇芳は確かに皇族でしか成し得ない名取を行った点で要注意人物だが、彼は本心から花鶏皇子にしか興味がないように見える。その花鶏皇子は、これもまた皇位には興味がなく、幼少から今に至るまでひたすらに師である李蘇芳を目で追っている。近頃はあからさまなほど、この二人の距離が近いようにも見えるが、しかし今に始まったことでもない。
凱将軍から見て、二人はどこか似たような孤立孤独な星の元にいる気がしてならない。
李蘇芳を知る者は否定するだろうが、将軍からすると、李蘇芳の人当たりの良さは、演技ではないにしろどこか儀礼と処世術の一環であると感じるのだ。
(李蘇芳は良い人間だが、どこか我々との隔たりを感じる)
そんな李蘇芳が唯一、掌中の珠のごとく大事にしているのが花鶏皇子だ。この二人が一緒に居ると、まるで世界がそこだけ閉じてしまったようにさえ、将軍は感じた。
主人が二人、特に李蘇芳を警戒しているなら自分もそれに従うまでだ。たとえ凱将軍が彼らに対して敵意などなく、むしろ好感を抱いていたとしても、主人の命令は何事にも優先される。
色々理由をつけてはカデンルラ逗留を長引かせてきたのもそのためだ。
まさかカデンルラと「名もない国」でおかしな目論みが発生しているとは思わなかったが、それも済んだこと。
にしても……。
(果たしてこれは、すべて報告せねばならない内容だろうか……)
報告書に書かれたその夜の二人の様子や会話に目を通しながら、凱将軍はしばらくの間、真剣に悩んでいた。
つまり何が言いたいかというと。
「私が先に出るとので、殿下は後から来てくださいね」
「え、一緒に行けばいいじゃないですか。別々に行く意味は?」
花鶏の怪訝な顔に、蘇芳はどう説明したものかと思案した。
「これから私たちはデ……逢引するわけですけれど」
花鶏がぶはっと飲んでいた茶を吹いたので、蘇芳は静かに手巾を差し出してやった。
(この純粋培養っぷり、俺の育て方だけのせいじゃないよな。原作ルートとの違いがありすぎて逆に怖い……)
「あ、はい……逢引、そうですね、続けて」
「私が思うに、一緒に出掛けたら、それはいつも殿下と私でしていることなんですよ。瀧華国でもカデンルラでも、用事があれば一緒に出るでしょう」
「まあ、そうですね」
「ですから趣向を変えようかと。殿下が嫌ならもちろん無理にとは言いません。ただの私の我儘なので」
花鶏はそれを聞いて勢いよく首を振った。
「いえ!先生がそうしたいなら勿論しましょう!俺は、その、先生の恋人ですから……先生のお願いなら喜んで」
頬を染めて健気に言う花鶏に、思わず手を伸ばしたくなるが、何とか堪えた。瀧華国に帰るまでには、自重できるようにならねば。
そして今、蘇芳は念入りに顔から頭をショールで包むように隠し夜の街角に佇んでいる。カデンルラで目立つとすれば、肌の色以外にこの長い髪だ。瀧華国では凱将軍のように髪を短くする軍人もいるが、基本的に罪人以外は男も女も長く伸ばすものだ。だから蘇芳も、切りたいな軽くしたいなあ、と思っても実行できない。
その長い髪さえ隠しておけば、ある程度はカデンルラの群衆に紛れてしまえる。
星灯祭の今夜、港から王宮へ伸びる大通りや市街地には夜市が開かれ、特に拓けた面積のある沿岸部には多くの行商人や客が賑わっている。
さすがにそこまでは往復一里の約束を破ってしまうので行けないが、ここでも十分、祭りの熱気を味わうことが出来る。
護衛が控えていると聞くが、近い距離にいるそれらしい者も、なるべく周囲に溶け込もうとしているようだ。
館を出て20分ほどたった頃か、そろ、と通りの方を覗いてみた。花鶏の姿はまだ見えず、客寄せに絡まれないようそっとまた壁に身を寄せて通りから離れた時。
「動くな、そのままこっちへ来い」
背後から口を塞がれ、路地の間に引きずり込まれた。壁に押し付けられ、口を塞がれたまま、相手の顔を見つめて目を細める。
男は困ったような顔をした。
「そんなに早く気付かれたら、俺が馬鹿みたいだ。もっと乗ってくれないと」
誘拐事件の時のように黒い衣装に蘇芳と同じく布を巻き付けた花鶏が、口から手を離した。
蘇芳はふんと鼻を鳴らした。
「どこの世界に襲う相手の頭を守ろうとする物盗りがいますか」
花鶏の手は痛くないよう壁と蘇芳の後頭部の間に差し入れられている。無意識だったようで、言われて気付いた顔の花鶏にぷっと噴き出してしまった。
「子供みたいなことして。護衛が吃驚するからやめなさい。せっかくの逢引きが中止になりますよ」
「それは困る」と、花鶏がわざとらしいしかめ面をする。
お互いの顔を見合って同時に小さく笑った。そのままお互いの布を直してやって、しっかりと顔が隠れていることを確認する。
「行こう、先生。俺の奢りなので、美味しいもの食べましょう」
自然に手を握られて、通りへ歩き出す花鶏に引っ張られる。夜市の柔らかい松明の火が、路地に振り向いた花鶏の輪郭をぼんやり照らし、蘇芳は目を細めた。花鶏の笑顔を見慣れているが、いくつか特に忘れがたい笑顔がある。また一つ、それが増えた。
屋台料理の中には、これまで滞在中に食べてきた物の他に、なぜか蘇芳には見慣れたものがあった。かき氷だ。
(砂漠の氷ってほんとなら凄く希少で高価なはずだけど……いや、突っ込むのはよそう)
大きな葉を器用に笹船のような形に加工して、そこに盛っている。なるほどエコである。シロップは果物の汁に甘い花の蜜を溶かしたもの。見た目はよく知ったかき氷そのままだ。
「初めて見た。先生これ、食べましょう!」
「頭キーンってなりますよ」
花鶏が買ってきた赤いかき氷を遠慮なしに横から木製の匙ですくって食べた。縁日で食べるかき氷の味だった。興味津々な花鶏の口元に匙を運んでやると、ちょっとまごついた後、意を決したようにえいやと食いついた。
「しゃりしゃりする。口の中が冷たいです」
「食べ過ぎると頭痛くなりますからね。殿下、見て」
こちらを見た花鶏に向かって、べ、と舌を出す。
「あかいれひょ。殿下のも今そうなってますよ」
花鶏は無言でしゃりしゃりとかき氷を咀嚼した。蘇芳は一口で満足してやめたので、串物を食べたり、工芸品や、なんと猿や孔雀を売っている店を冷やかしたりして、道沿いに端から端まで見て回った。
花鶏はあれこれと見るうち、一つの店先で足を止めた。古今東西の読み本が平積みされていて、見ればカデンルラだけでなく瀧華国の文字が表題になっているものもある。聞けば、翻訳本とのことだった。
へぇ、と見ている横で、花鶏が一冊買い求めた。
「どんな本を買ったんですか?」と聞くと花鶏は内緒です、と微笑んだ。
(また恋愛小説か。冒険活劇でもあれば俺も読みたいけど、無さそうだな)
これ以上は約束の範囲外になる、という端まで来ると、人ごみから少し離れて小さな小川のたもとに来た。そこは狭い土手になっており、ちょうど何人かの男女が腰を下ろしている。
何となく蘇芳たちもその場所へ降り、足を休めた。近くに座っていた男が、隣の恋人に甘い声でキーナ、と呼びかけると、何がおかしかったのかくすくすと笑い合っている。
恋人同士の甘い雰囲気に、花鶏が落ち着かなそうにしているのを見て、蘇芳はピタリと身体を寄せると腕をするりと絡めた。
せんせい、と焦ったような声に、大丈夫だからと笑って見せる。
「誰も周りなんて気にしてませんから。夜だし、気楽にしていれば大丈夫」
宵闇に黒い川面が静かに流れる音、夜風の中に屋台の食べ物の匂いと、草木の香り。遠ざかった喧噪。祭りの夜が更けていく。
わっ、と声が上がった。
人々が空を指さし、蘇芳たちもつられて上を向くと、ぼんやりと明るい光を放ち、星灯がゆっくりと舞い上がっていく。
ひとつ、ふたつ、それは次々に増え、あっという間に夜空を覆いつくさんばかりの数になった。
いったいどれほどの人々が、今この瞬間に星灯を放ったのか。
綺麗ですね、と花鶏が夢うつつのように言葉をこぼす。
「そうですね。あれって途中で落っこちてきたらどうなるんでしょうね」
「先生のそういう発想はどこから来るんですか。あれは海に着くまで民家の上の落ちないよう巫術でまじないが掛けられているんですよ」
花鶏があ、と思い出したように言い添えた。
「そういえば先生の力作を飛ばさなくていいんですか?今から持ってきましょうか」
「あれは、出立のときにアジラヒム様に差し上げようかと。貴方と仲良くしてくれた御礼に」
「え、あいつにやるなら俺が欲しい」
「気持ち悪いって言った人にあげたくないので嫌です」
花鶏が不満そうな顔をしたその時、横から「結婚してくれ!」と叫ぶ声が聞こえて、二人して思わずそちらを見た。
土手に跪いた男が恋人に小箱を差し出している。それを受け取って彼女は中身を見た後、嬉しそうに首肯した。
「リシア、ああ愛してる!」
なんと、真横で偶然にも見知らぬ男女のプロポーズが成功したらしい。蘇芳はとりあえず、パチパチと拍手を送っておいた。それで合っていたのかはさておき、男女はこちらを見てありがとう、というように手を上げた。
これがきっと、サリムたちの姉が言っていた星灯祭のもう一つの催しだろう。本来は北斗ルートで、ヒロインに対して行われるはずだったイベントだ。その夜をまさか自分が花鶏と過ごすことになるとは。
感慨に浸っていると、花鶏がすっと立ち上がり蘇芳に手を差し出した。
「そろそろ戻りましょうか、先生」
「もう三刻経ちましたか?……早いですね」
名残惜しい、そんな気持ちが声に乗る。差し出された手に捕まり、土手を登った。
「寝る前に渡したいものがあるんです。俺の部屋に来て」
今夜がまだ終わらないらしいことに、蘇芳はそっと嬉しくなった。
蘇芳たちが無事館に戻ると、凱将軍の元には護衛を任せた兵士からの報告が届いた。
そこには仔細に彼らのやり取りや行動が記録されている。護衛を任せた者の中には巫術の使い手がおり、遠見や遠耳の持ち主もいる。その者たちが見たり聞いたりした仔細を、将軍は忠実に彼の主人に報告していた。
何故主人が、ここまで彼らに過敏になっているのか。分かるようでいて、しかし胸に引っかかる。
李蘇芳は確かに皇族でしか成し得ない名取を行った点で要注意人物だが、彼は本心から花鶏皇子にしか興味がないように見える。その花鶏皇子は、これもまた皇位には興味がなく、幼少から今に至るまでひたすらに師である李蘇芳を目で追っている。近頃はあからさまなほど、この二人の距離が近いようにも見えるが、しかし今に始まったことでもない。
凱将軍から見て、二人はどこか似たような孤立孤独な星の元にいる気がしてならない。
李蘇芳を知る者は否定するだろうが、将軍からすると、李蘇芳の人当たりの良さは、演技ではないにしろどこか儀礼と処世術の一環であると感じるのだ。
(李蘇芳は良い人間だが、どこか我々との隔たりを感じる)
そんな李蘇芳が唯一、掌中の珠のごとく大事にしているのが花鶏皇子だ。この二人が一緒に居ると、まるで世界がそこだけ閉じてしまったようにさえ、将軍は感じた。
主人が二人、特に李蘇芳を警戒しているなら自分もそれに従うまでだ。たとえ凱将軍が彼らに対して敵意などなく、むしろ好感を抱いていたとしても、主人の命令は何事にも優先される。
色々理由をつけてはカデンルラ逗留を長引かせてきたのもそのためだ。
まさかカデンルラと「名もない国」でおかしな目論みが発生しているとは思わなかったが、それも済んだこと。
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