瀧華国転生譚 美貌の悪役文官は病弱皇子を手懐けたい

飛鳥えん

文字の大きさ
88 / 117
第3部(終章)

同僚からの忠告

しおりを挟む
「繁忙期を過ぎると、かえって事務処理の方が忙しくなるの、なんでだろうっていつも思う。マジで思う」

隣のデスクから、ぶつぶつひとり言が流れてくる。個人デスクはボードによって仕切られているから、案外周囲には聞こえないものだ。

自分なりの見解を答えてやった。
「……繁忙期を理由に後回しにしてるからだろ。ーみんな、経費精算の締め今日までだから忘れないで。あとリリースまだなのにサイト上にリンク張ってある。怒られるから削除しといて。あ、発注と検収金額合ってない……単価変わるから、修正してから検収に出してって言ったのに……」

月末が一番怖い。チェックしても漏れが出てくると対応がギリギリになるからだ。

もうすぐ査定期間に入るのも一因だ。部下が出した自己評価シートを熟読し、面談して総評を付けないといけない。毎度のことながら、かなり神経を使う。みんな頑張ってるし、査定は上げてやりたいし……と、年末に向けてやることは多い。

「……終わらん。なあ、これ手伝ってくれ」

横のデスクで作業中だった同僚から肩を小突かれるが、芦屋はキータッチを止めず目も向けない。

「やだ。それ個人情報関連だし、他所の部署のスプレッドの閲覧権限、俺ないもん」

ちぇ、と肩を下げた後、すぐにデスクに引っ込んでお互いの作業に集中する。

一段落ついた頃、コーヒーでも飲もうかと一緒に席を立った。この階には自販機がないので、エレベータ前で待っていると、育休明けの上司が隣に並んだ。

オフィスカジュアルな服装と、緩くお団子にした髪が似合っている。緩い雰囲気だが頭が切れて、一体いつから見ていたんだ?と驚かされるほど、部下の仕事進捗に気を配っている女性だ。

「アケミツさん、どうも、お疲れ様です」
「うんお疲れ。金曜だけど皆まだ結構残ってるね」

はは、と同僚と一緒になって苦笑した。

「そっちも最近忙しそうですね。手伝えることありますか?」
「ん~、大丈夫。担当してる案件がちょっと厄介でさ……エラーが起きるたびに、一番最初に戻ってやり直しになっちゃうんだよね」
「……大変ですね」
「本当に、200回を超えた辺りから、もう勘弁してよって感じ。それでなくても担当案件が増えてきたから手が回らなくて。いい加減、こっちは強制終了にしたいなって。いっそ今までにやったことない方法でテコ入れしてみようかってことになってね。上手く運べばいいんだけど」
「上手くいくといいですね。俺にできることあったら言ってください。なるべく手伝いますから」

にこっと微笑まれる。

「毎日変わらず出社して、普通に過ごしてくれるだけでいいんだよ。あ、そういえば」

思い出した様に腕時計を見る。

「今日はなるべく早い時間の電車に乗った方がいいよ」と言われ、一瞬何を指しているのか分からなかった。

一拍置いてから「あ、ハロウィンか」と呟く。アケミツが頷く。

「この辺もさあ、昔と変わったよね。仮装とか子供が近所練り歩くイメージしかなかったもん。歩行者天国できちゃうの、すごいよねえ」

口ではそう言いながら、大して興味がなさそうなのも彼女らしい。せいぜい、駅が混んでいつもの電車に乗れない、くらいの関心度だろう。

エレベータが着いたタイミングで、また話が変わった。

「2課の子がさ、秘書課の子たちと一緒にご飯行くけど、芦屋君を誘えないかなって言ってた」
「え、ああ……」
「芦屋君、飼ってるペットが病気して寄り道できないからって言っておいた」
「ありがとうございます。できる上司に感謝しないとですね」
「もっと違う場面で言ってよ~」

笑いながら、手に持ったファイルをぱらぱらとめくる。オレンジ色の分厚いファイルで、背表紙の白いラベルには画数が多い四字熟語みたいな漢字が並んでいる。さっき言っていた、トラブル案件だろうか。最近はいつも手に持って歩いているようだ。

「苦手なんだね、そういう人間関係。別にいいけど」
「せっかくモテるのに、勿体ないですよね!」

それまで黙っていた同僚の台詞に曖昧な表情でいると、アケミツがけろっとした顔で言った。

「え、なにが? 別にいいんじゃない。恋愛するしないは自由なんだから」
あっけらかんと言われて、同僚は真顔で口をつぐんだ。

アケミツはこういうところがある。独自の価値観があって、相手に合わせる時もあれば、ばっさり切り捨てるように返す時もあるので、社内での人物評価もばらつきがあった。
芦屋は彼女の気質にけっこう救われてきたので、今回もありがたかった。

ポーンと電子音がして、扉が開きアケミツが下りていった。次の階の自販機で缶コーヒーを買いながら、同僚はまだぶつぶつ言っている。

「モテるのにさあ、なんでちょっと避けてんの」
「別に避けてないけど。うーん、なんだろうな」

避けてるわけじゃない。高校、大学で何人かと付き合ってきたし、社内恋愛も短い期間だけどしていたことがある。

(……なんだろうな)

自分から誰かを好きになった経験が、芦屋にはない。いつも相手からアプローチされて、周りの冷やかしを受け、何となくそのまま付き合う……学生時代はそれが常だった。

それでも、付き合うからには相手を大事にしたいと思う。

一度も喋ったことがないのに付き合ってくれと言われた時も、驚きはするが、そのうち内面も好きになってもらえるよう頑張ろう……と、思うようにしてきた。

(何年も一緒に過ごすうちに自然と愛情が芽生えるなんて、そっちの方が非現実的だよな)

時間をかけて、相手と同じ感情を育めたら一番素敵だ。
いろんな思い出を共有して、お互いの良いところも嫌な所も見せ合って、喧嘩もして、相手を一番よく知ってるのはお互いだと信じあえるような……打算じゃなくて、この人でないと嫌だと心から思えるような、そんな相手と……。

ぱしんと頬を軽く叩いた。自販機のボタンを押していた同僚が吃驚して「なに?」と振り返る。

羞恥心と自己嫌悪で顔が熱かった。

(やばいな……いい大人が、恋愛に夢見すぎだろ)

さすがに社会人になってからは、来る者拒まずなお付き合いは改めた。自分には向いていないと思ったのだ。かわりに友人や同僚……ある程度、気心の知れた相手と交際するようになった。

できるだけ時間を作って相手を知ろうとした。

知れば知るほど、気付いてしまう。恋人が求める芦屋の姿が、台詞が、立ち居振る舞いが、友達に紹介する時にどんな風にいて欲しいかが……手に取るように分かった。

求められた役を演じている気分になってくると、今度は崩し方が分からなくなる。相手に申し訳ない気がして、素の自分が出せない。嫌なことが嫌と言えない。これでは駄目だと思って一度本音で話したら「なんで今になって言うの」と泣かせてしまった。

申し訳なくて、余計に顔色を窺って、要望をくみ取るのが癖になっていった。

芦屋に好意を寄せる女の子たちの要望は不思議とみな似通っていた。
気が利いて、親切で、友達の前に出しても恥ずかしくない、余裕のある、大人の男。

恋人がずっと見知らぬ他人のままだった。何がいけないのか分からなくて、喉に小骨が引っかかったような違和感が居座り続けた。唯一心が落ち着くのは、一人になった時だ。

『お前それ、ちょっとおかしいよ』

何気なく打ち明けた大学時代の先輩にそう言われ、そうかやっぱり自分はおかしいんだなと思った。
たぶん、自分は何かが欠落しているのだろう。誰かを大事に想う心とか、あるいはきっと努力が足りないのだ。

そんなこともあり、しばらく独り身で平穏に過ごしていたら、なぜか話したこともない常務の娘と婚約していると社内で吹聴された。

結局、噂は本人が流したデマだと分かって誤解は解けたが、それからも何度か似たようなことが起こり、冬季性鬱が悪化したのもあって転職した。

(そういえば休職してる間、本読んだりゲームばっかしてたな。あんまり詳しくないから適当に売れ筋から選んで……画面が早く動くの疲れるから、ノベルゲームにしたんだっけ。なんていったっけ、あのゲーム)

今の職場でも、色恋を絡めてこない人間の方が気楽に接することができた。

人に優しくするのは好きだ。物を教えたり、褒めて伸ばすのも向いている方だと思う。
根が楽観的なせいもあるが、人と関わること自体は好きなのだ。

「たぶん俺、恋愛そのものに向いてないんだと思う」

過去を反芻しながらそう結論付けた。

同僚は、同期の中途入社で付き合いも長い。芦屋の前の会社でのあれこれを聞きかじっていて、この手の話題になると半分は同情的だ。もう半分は、対岸の火事とばかりに面白がっている。

「ふーん、じゃあ逆に、お前が恋人に求めてるのってどんなこと?」
「恋人というか……どっちかと言えば恋人になる前なのかもしれないけど」

少し考えてから、口を開く。向いていないと自分で言っておきながら、願望を言葉にするのは狡い気がした。

「俺のこと全部知って、全部受け入れて欲しい。それで俺も、相手のこと全部知りたい……心の隅々まで知り尽くして、お互いが相手無しじゃいられなくなるくらい、深いとこで精神的に繋がりたい。そういうのを何年も何年も積み重ねてから、好きだって伝えて恋人になりたい」

横島はぐび、とコーヒーを飲んでから、軽く手をあげた。

「ちょっと言っていい?」
「どうぞ」
「それ、女の子の前で絶対言うな。ドン引きだわ」
「……すみません」
「お前の理想を満たせる奴なんて、この世のどこにもいないよ。重いし、面倒臭い。何となく気が合って何となく一緒にいる。それが普通だ。あのな……普通って凄いことだぞ。ありきたりな幸福にはすごい価値があるんだよ」

諭す口調で言われて、芦屋は素直に頷いた。同僚の言う通りだ。

きっと芦屋に好きだと言ってくれたかつての交際相手だって、自分がこんなじゃなければ、幸せな……価値がある幸福を一緒に作っていけたんだと思う。
自分が重くて面倒臭い理想を持っているばっかりに、申し訳ないことをした。

飲み切った缶をゴミ箱に捨ててから、同僚は肩を叩いて言った。

「でさ……合コンいかない? 今日、このあと」
「今までの話は何だったんだ」
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。