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第3部:燃え上がる大地
第7章:洞門前
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リアが洞門に辿りついた時、空は燃えるような朱に染めあげられていた。
夕日がちょうど沈むところだった。岩山と城壁に囲まれた砂地には影が落ちていたが、城壁は沈む夕日を照り返していた。
暗闇の中で転化したラルダに比べ、リアは転化の過程で光を浴びる時間が長かったので少しは光への耐性が高かった。それでも沈む夕日の照り返しでさえ烙印を押すような苦痛で身を苛んだ。まるで自分が人間でないことを暴き立てる悪意さながらだった。歯を食い縛りつつ彼女は洞窟から砂地へと歩み出た。
夕日を浴びて輝く城壁にリアは目がくらみ見張り台の様子などまったく見て取れなかった。痛む目を閉じるとリアは声を限りに呼ばわった。
「誰か! そこに誰かいないの?」
「何者……っ」城壁の上から誰何しようとした声がとぎれた。
「お、おまえは!」
「降りてきてはだめ! 近づかないで! もう私のことは知っているんでしょう?」
リアは目で見ることをあきらめ気配を探り捉えた。城壁の上に三人、いや、四人の若者が集まってきた。
「私はそこまで行く気はないわ。ここからでも私の話は聞こえるはずよ」
「なにしに来たんだ!」
「警告よ」リアは片手で天を指した。
「アルデガンは空からの炎に焼き尽くされる。全員いますぐ脱出して。でないと全滅よ!」
声が返ってくるまで時間がかかった。
「なんだと……。おまえはなにをいっている?」
「どこかの人間たちが巨大な火の玉を放ったのよ! アルデガンを滅ぼすために」
「ばかな! そんなこと信じられるか!」
当然の反応だった。逆の立場なら自分だって信じないだろう。だが時間がない! リアはあえて牙を見せつけ叫んだ。
「あなたたちでは話にならないわ! すぐに大司教閣下をここへお呼びして。でないと私がそっちへ乗り込むわよ!」
慌てた若者たちの一人が脱兎のごとく走り去った。
夜番に就くため城壁の扉をくぐろうとしたアラードは、飛び出してきた仲間とぶつかりそうになった。
「危ないじゃないか、どうしたんだ!」
「リアが、リアが現れた……」
「なんだって!」
「城壁の下にいるんだ。アルデガンが空から焼き滅ぼされるからみんな逃げろとかいってる。ゴルツ閣下を呼べと」
「……わかった。閣下を呼んでくる。隊長を呼んできてくれ」
アラードはラーダ寺院へ一目散に走った。
「リアが現れたと! アルデガンに侵入したのか?」
ゴルツとともにいたグロスが叫んだ。
「城壁の下にいるそうです。アルデガンが空から焼き滅ぼされるからみんな逃げろといっていると。大司教閣下を呼んでいるそうです」
「……どういうことだ?」
「わかりません」
「よもや、閣下を誅しようということか!」
アラードが答えられずにいると、ゴルツが立ち上がった。眼窩の奥の目がぎらり、と光った。
「一刻を争う。洞門へ転移するからわしにつかまれ!」
呪文とともに三人の姿はかき消えた。
輝きを失った城壁の下に三つの人影が現れたのをリアは見た。ゴルツを真ん中に片方がグロス、そして、
「アラード……」
リアはつぶやいたが、振りきるように一つ身震いするとゴルツを正面から見つめた。
「閣下、この地はもうすぐ巨大な火の玉に焼かれます。みんなを今すぐ脱出させてください!」
「なぜそんなことがわかる!」グロスが怒鳴った。
「洞窟の奥に潜み魔物を庇護する者が教えてくれました」
「そんなところにいるものが外界のことなどわかるはずがない。そもそも魔物の長ではないか。見えすいた嘘をつくな!」
「われらが去れば、洞窟からは魔物たちがあふれ出よう。それが狙いか」
ゴルツがいった。恐ろしい声だった。
「さては魔物の走狗となり果て地上に攻め上らせる手引きをするつもりじゃな!」
「もうどちらでも同じなんです!」
リアは叫んだ。
「アルデガンが火球の直撃を受けても洞窟の魔物たちは無傷なんです。地上のみんなが全滅するだけです。そうなればやはり彼らは外へ出てきてしまいます。
誰がこんな火球を放ったのか知りません。でももうアルデガンは火球を放った者にこじ開けられたのと同じなんです!」
絶句した人々がやがて城壁の上でざわめき始める声に負けじとリアはいっそう声を張り上げた。
「庇護する者はいいました。人間がどういう気かはわからない。でも現実に火球はアルデガンに迫っている。大地の炎の力を取り込み生きている自分には火球の大きさも威力もわかる。大きさはアルデガン全体をひと舐めできるほどで自分が守らなければ洞窟内部も根こそぎ吹き飛ぶだけの威力があると」
「自分の力ならば洞窟内の魔物は守れる。しかし人間を守るならアールダ師の結界を破らなければ自分の力は及ばない。でも無理に結界を破ればやはり地上は吹き飛ぶし、そもそも自分にはその理由がないといっています。だから私がきたんです!」
リアはその場に跪き、人々に両手を差しのべた。
「私はもう人間ではありません。でも、みんなが私の大切な仲間だったことに変わりはないんです。お願いです。今すぐ脱出してください! こんなことで死んではいけません!」
「黙れ!」
ゴルツが錫杖を掲げた。すでに白く輝き始めていた。
「我らの心を迷わし人の世に災いをもたらさんとするその所行、断じて許せぬ。この場で滅びよ!」
解呪の印を結ぶや大司教は詠唱を始めた。
その時リアの心に声がした。ここで滅びを受け入れれば自分は無垢のまま死ねる。だが抗えば、もはや誰も殺めないまま滅びることはできないと。
しょせん信じさせるのが無理な話。訴え続けてどうなる。このまま火球の直撃を受ければ全員が消し飛んでしまう。自分だけが復活して、やがて人を殺めることになるばかり。
滅びに身をゆだねよ。ならば少なくとも自分が殺めるであろう者は救われる。
「でも、それではみんなは助からない」
不滅の吸血鬼と化した身。永遠に生きるかもしれぬ。はるかに多くの者を殺めるかもしれぬ……。
「ではこの人たちは死ぬほかないの? 私のかけがえのない仲間だったみんなが」
無垢のまま滅びることを望んでいたのではないのか?
「……望んでいるわ、今この瞬間も。でも、この人たちがそんな死に方をするのは絶対に間違っている!」
リアは支えの腕輪を握りしめると、呪文を詠唱するゴルツに訴えた。
「このまま滅びるわけにはいきません。とにかく全員脱出させてください! そうすれば私は喜んで討たれますから!」
「いうな!」
ゴルツが叫ぶと見えざる嵐がリアを襲った。瞬時に彼女の体はずたずたに斬り裂かれた。
たちどころに傷が回復を始めた。だが魂をも斬り崩す意志力の刃はリアを旋風のごとく巻き込み傷が回復するそばから斬り刻んだ。たまらず彼女は倒れ伏した。
しかしリアは牙を噛みつつその身を起こし、魂に食い込む刃の痛苦に苛まれながらも声を限りに叫んだ。
「もう時間がないわ! 逃げて! みんな逃げてーっ!」
「まだいうかっ」
髪を振り乱したゴルツが錫杖を振り上げると精神の嵐の威力が倍加した。それでもリアは叫び続けた。
眼前の凄惨な光景に城壁の上の人々の間に広がる動揺! だがリアの願いとは裏腹に、誰もがその場に釘付けになっていた。
夕日がちょうど沈むところだった。岩山と城壁に囲まれた砂地には影が落ちていたが、城壁は沈む夕日を照り返していた。
暗闇の中で転化したラルダに比べ、リアは転化の過程で光を浴びる時間が長かったので少しは光への耐性が高かった。それでも沈む夕日の照り返しでさえ烙印を押すような苦痛で身を苛んだ。まるで自分が人間でないことを暴き立てる悪意さながらだった。歯を食い縛りつつ彼女は洞窟から砂地へと歩み出た。
夕日を浴びて輝く城壁にリアは目がくらみ見張り台の様子などまったく見て取れなかった。痛む目を閉じるとリアは声を限りに呼ばわった。
「誰か! そこに誰かいないの?」
「何者……っ」城壁の上から誰何しようとした声がとぎれた。
「お、おまえは!」
「降りてきてはだめ! 近づかないで! もう私のことは知っているんでしょう?」
リアは目で見ることをあきらめ気配を探り捉えた。城壁の上に三人、いや、四人の若者が集まってきた。
「私はそこまで行く気はないわ。ここからでも私の話は聞こえるはずよ」
「なにしに来たんだ!」
「警告よ」リアは片手で天を指した。
「アルデガンは空からの炎に焼き尽くされる。全員いますぐ脱出して。でないと全滅よ!」
声が返ってくるまで時間がかかった。
「なんだと……。おまえはなにをいっている?」
「どこかの人間たちが巨大な火の玉を放ったのよ! アルデガンを滅ぼすために」
「ばかな! そんなこと信じられるか!」
当然の反応だった。逆の立場なら自分だって信じないだろう。だが時間がない! リアはあえて牙を見せつけ叫んだ。
「あなたたちでは話にならないわ! すぐに大司教閣下をここへお呼びして。でないと私がそっちへ乗り込むわよ!」
慌てた若者たちの一人が脱兎のごとく走り去った。
夜番に就くため城壁の扉をくぐろうとしたアラードは、飛び出してきた仲間とぶつかりそうになった。
「危ないじゃないか、どうしたんだ!」
「リアが、リアが現れた……」
「なんだって!」
「城壁の下にいるんだ。アルデガンが空から焼き滅ぼされるからみんな逃げろとかいってる。ゴルツ閣下を呼べと」
「……わかった。閣下を呼んでくる。隊長を呼んできてくれ」
アラードはラーダ寺院へ一目散に走った。
「リアが現れたと! アルデガンに侵入したのか?」
ゴルツとともにいたグロスが叫んだ。
「城壁の下にいるそうです。アルデガンが空から焼き滅ぼされるからみんな逃げろといっていると。大司教閣下を呼んでいるそうです」
「……どういうことだ?」
「わかりません」
「よもや、閣下を誅しようということか!」
アラードが答えられずにいると、ゴルツが立ち上がった。眼窩の奥の目がぎらり、と光った。
「一刻を争う。洞門へ転移するからわしにつかまれ!」
呪文とともに三人の姿はかき消えた。
輝きを失った城壁の下に三つの人影が現れたのをリアは見た。ゴルツを真ん中に片方がグロス、そして、
「アラード……」
リアはつぶやいたが、振りきるように一つ身震いするとゴルツを正面から見つめた。
「閣下、この地はもうすぐ巨大な火の玉に焼かれます。みんなを今すぐ脱出させてください!」
「なぜそんなことがわかる!」グロスが怒鳴った。
「洞窟の奥に潜み魔物を庇護する者が教えてくれました」
「そんなところにいるものが外界のことなどわかるはずがない。そもそも魔物の長ではないか。見えすいた嘘をつくな!」
「われらが去れば、洞窟からは魔物たちがあふれ出よう。それが狙いか」
ゴルツがいった。恐ろしい声だった。
「さては魔物の走狗となり果て地上に攻め上らせる手引きをするつもりじゃな!」
「もうどちらでも同じなんです!」
リアは叫んだ。
「アルデガンが火球の直撃を受けても洞窟の魔物たちは無傷なんです。地上のみんなが全滅するだけです。そうなればやはり彼らは外へ出てきてしまいます。
誰がこんな火球を放ったのか知りません。でももうアルデガンは火球を放った者にこじ開けられたのと同じなんです!」
絶句した人々がやがて城壁の上でざわめき始める声に負けじとリアはいっそう声を張り上げた。
「庇護する者はいいました。人間がどういう気かはわからない。でも現実に火球はアルデガンに迫っている。大地の炎の力を取り込み生きている自分には火球の大きさも威力もわかる。大きさはアルデガン全体をひと舐めできるほどで自分が守らなければ洞窟内部も根こそぎ吹き飛ぶだけの威力があると」
「自分の力ならば洞窟内の魔物は守れる。しかし人間を守るならアールダ師の結界を破らなければ自分の力は及ばない。でも無理に結界を破ればやはり地上は吹き飛ぶし、そもそも自分にはその理由がないといっています。だから私がきたんです!」
リアはその場に跪き、人々に両手を差しのべた。
「私はもう人間ではありません。でも、みんなが私の大切な仲間だったことに変わりはないんです。お願いです。今すぐ脱出してください! こんなことで死んではいけません!」
「黙れ!」
ゴルツが錫杖を掲げた。すでに白く輝き始めていた。
「我らの心を迷わし人の世に災いをもたらさんとするその所行、断じて許せぬ。この場で滅びよ!」
解呪の印を結ぶや大司教は詠唱を始めた。
その時リアの心に声がした。ここで滅びを受け入れれば自分は無垢のまま死ねる。だが抗えば、もはや誰も殺めないまま滅びることはできないと。
しょせん信じさせるのが無理な話。訴え続けてどうなる。このまま火球の直撃を受ければ全員が消し飛んでしまう。自分だけが復活して、やがて人を殺めることになるばかり。
滅びに身をゆだねよ。ならば少なくとも自分が殺めるであろう者は救われる。
「でも、それではみんなは助からない」
不滅の吸血鬼と化した身。永遠に生きるかもしれぬ。はるかに多くの者を殺めるかもしれぬ……。
「ではこの人たちは死ぬほかないの? 私のかけがえのない仲間だったみんなが」
無垢のまま滅びることを望んでいたのではないのか?
「……望んでいるわ、今この瞬間も。でも、この人たちがそんな死に方をするのは絶対に間違っている!」
リアは支えの腕輪を握りしめると、呪文を詠唱するゴルツに訴えた。
「このまま滅びるわけにはいきません。とにかく全員脱出させてください! そうすれば私は喜んで討たれますから!」
「いうな!」
ゴルツが叫ぶと見えざる嵐がリアを襲った。瞬時に彼女の体はずたずたに斬り裂かれた。
たちどころに傷が回復を始めた。だが魂をも斬り崩す意志力の刃はリアを旋風のごとく巻き込み傷が回復するそばから斬り刻んだ。たまらず彼女は倒れ伏した。
しかしリアは牙を噛みつつその身を起こし、魂に食い込む刃の痛苦に苛まれながらも声を限りに叫んだ。
「もう時間がないわ! 逃げて! みんな逃げてーっ!」
「まだいうかっ」
髪を振り乱したゴルツが錫杖を振り上げると精神の嵐の威力が倍加した。それでもリアは叫び続けた。
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