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呪いの証
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「うわっ!?」
バキッ、ガタッとドンッという聞くに痛々しい音が何故か他人の声と共に聞こえ、アロイスはビクリと肩を揺らした。
この家には自分以外誰も居ない。一日一回食事を運んでくるメイドは今日既に仕事を終えている。それ以外でわざわざ呪いの子に近づこうなどという酔狂な人間はこの男爵家に居ないはずだ。それに、何だが聞こえた声は幼かったように思う。
チラリと音がした方を窺い見る。どうやら備え付けのキッチンの方のようだ。ベッドから足を降ろし、そろりと近づく。
このL字になった小屋にはキッチン、テーブル、ベッドしかないが、ベッドだけ奥まった場所にあり、そこからはキッチンの様子を知ることは出来ない。
歩く度に古びた床がギッ…ギッ…と軋んだ音を立てる。
「いたたたた…」
やはり幼い声だ。少年だろうか。だが、一体誰が、どうやって。
次々に疑問が湧き、それが好奇心へと変わっていく。
(少し……見るだけ)
壁に手をつくと、そっと顔を出した。
視線の先で声の主を探す。
「どこだここは」
キョロキョロと辺りを見渡すのは矢張り少年だ。床に座り込み、その隣には椅子が倒れている。
アロイスは、はて?と首を傾げた。この小屋の扉は閉まっている。開いた音も閉じた音も聞いていない。耳に入ったのは木材が壊れる音と驚きの叫び声だけだ。
「……誰?」
離れた場所から声を掛けたところでハッとする。姿を見たら呪いの子だと逃げてしまうかも知れない。慌てて包まっていた布団を頭に被った。目元まで深く被り、再びキッチンの方を覗く。
「誰かいるのか?」
少年が埃を払いながら立ち上がった。視線だけはアロイスに向けられている。
「どうやって入ったの?」
疑問に疑問で返す。初めて家の者以外と話すことに緊張し声が震える。
「どうやってって、魔法だよ。上から落ちたけど」
言いながら天井を指差している。そこには人一人分の穴が開いていた。
ギョッと目を見開き、慌てて駆け寄る。
「大丈夫なの!?怪我は!?」
あまり高さがない小屋とはいえ、高い所から落ちたのだ。心配するのは当然だろう。なのに少年は呆気に取られた顔を見せたあと、あはは、と盛大に笑った。
「天井を壊されて怒るならまだしも、心配されるとは思わなかった」
「なっ……心配するでしょ!普通っ…ゲホッゲホッ」
親切を無下にされたようで、天井が壊された事よりもそちらの方が腹立たしく思い、声を荒げた。だが、栄養状態の悪い貧弱な体から発せられる声など高が知れている。さっきより僅かばかり険を含んだくらいだ。しかも普段使われない声帯が驚いて咳き込んでしまい、堪らず踞った。
「だ、大丈夫か!」
慌てた様子で少年が膝を折る。
さっきと逆だ。自分の事は棚に上げたクセに、人の心配をするとは。
アロイスはぷっと噴き出した。
「何がおかしい」
「いや、君も心配してるじゃない」
「それはするだろう」
笑われるのは不快だとばかりに口を尖らせる仕草はまさに少年といった感じだ。
ごめんごめん、と謝りながらふと気づく。こんなにも笑ったのは今生で初めてだ。人と会話することすらもそう。
屋敷で隔離されていた頃は近寄る人こそいなかったが、それでも人の声が聞こえていた。まだ歩き出したくらいの頃だから覚えている事の方が少ないが、それでも人の存在があったのを覚えている。
だが、この小屋に移されてから見かけるのはメイド一人。しかも姿を見ると「ひっ」と短い悲鳴を上げて逃げ去っていくのだ。
碌に会話をした記憶が無い。言うなれば、これが人生初の会話かもしれないと自嘲する。
「どうかしたのか?というか、どうしてそんなもの被っている」
黙考していると傍に立った少年がぐっと布団を掴んだ。
しまった、と思った時には既に遅く、ばさりと床に落ちていった。それがどこかスローモーションのように見えたのは、現実から目を逸らしたかったからかも知れない。
顔を上げた瞬間、少年は叫び声を上げて腰を抜かすだろう。もしくは叫びながらこの小屋を出ていくか。魔法が使えるなら攻撃されることもあるだろうか。そんな考えが浮かんではまた新たな想定を立て始める。空想が得意になったものだ。
「ん?お前…」
グッと拳を握る。初めて言葉を交わすことが出来た相手に、今から罵られるのだ。
大した内容じゃないが、会話が出来た。言葉によって感情が動くのを楽しいと思えた。
万人が当たり前に得られるものなのに、この呪いのせいで得られなかったものばかりだ。
少年は少し屈むと、アロイスの顔を覗き込んだ。
改めて見た顔は銀糸の髪に淡いブルーの瞳。今はまだあどけないが、成長すればさぞかし女性にモテるだろう。
惚けていると少年が更にぐいっと顔を近づけてきた。思わず一歩下がるが、グッと腕を掴まれる。
(まさか…見えてない?)
呪いの子と言われてからこんなにも距離を詰められたことはない。淡い期待に胸が踊るが、その視線は明らかに合っている。
どうせこれまでと同じだ。これまでと同じで奇異の目を向けられるのだ。
「……綺麗だ」
ドキリと心臓が鳴った。
掴まれた腕は払われないし、突き合わせた視線も逸らされることなくアロイスを捉えている。
言葉の意味を理解しかねていると、不躾に瞼を開けられた。
「え?……え!?な、なに!!?」
唐突な行動に動揺し、声が震える。
あまりにも行動が予期できない。子供とはこんなにも興味本位に動くものなのか。
と言いつつ、アロイスも前世の記憶がある分精神的余裕があるだけで、外見はただの子供だ。
「この目、本物……だよな。宝石か?いや、瞳孔が収縮してるし、色素が薄いのか?でも何で左右違うんだ?」
左右の目を見比べながら、少年がブツブツと呟く。アロイスの動揺などどこ吹く風といった様子だ。
「あ、あのっ!」
「ん?」
振り絞った声を出し、興味を逸らす。だが少年はどうしたといった風体で目をぱちくりとさせた。漸く手は離されたが、興味は目から離れない。
「ぼ、僕の目…」
「うん。綺麗だな」
「いや、その……の」
「の?」
アロイスが必死に伝えようとするが、不思議そうに首を傾げている。呪いのことを知らないのだろうか。
「呪われてる、から」
絞り出した声は震え、掠れてしまった。だが少年の耳には届いたようで、目を大きく見開く。
「こんなに綺麗なのに!?どんな呪いなんだ?」
「え…」
何故か更に興味をさらったようで、目を爛々とさせている。
呪いが怖くないのだろうか。
「こ、怖くないの?」
「どんな呪いかもわからないのに怖がれないだろ。何の呪いなんだ?」
更に問われ、アロイスははて、と首を傾げた。
確かに、何の呪いだろう。生まれてこの方呪いの子と呼ばれてきたせいで根本的なことを見落としていた。
「ん?もしかして、この痩せた体は呪いのせいなのか?」
痩せ細り、骨が浮き出た体。同年代より小さな身長。おざなりに着せられている服は当然サイズも合ってない。それを上から下までじっくりと見られる。
「それは多分……食べ物が足りなくて…」
「ああ、ここは貧困街なのか」
部屋を見渡しながら少年が呟く。そんな少年の身なりは整っていて、着ている服は知識がないアロイスが見てもわかるほどの仕立ての良さだ。
「一応、男爵家だけど…」
「男爵家?男爵家は使用人に碌に食事を与えないのか?」
少年は不快そうに顔を歪めた。
「……僕、使用人じゃなくて、一応息子…」
「……実の息子に食事を与えないのか?」
「僕が、呪われてるから」
「だから何の呪いだ」
「それは……」
アロイスは言葉を詰まらせた。腕を組み、イライラしたように少年は指先で組んだ腕を叩いている。その眉間には深い皺が寄った。
少年の割にえらく威厳がある言動に気圧される。
しかし、なんの呪いなのか知らないのに、なんと言えばいいのだ。
「し……」
「し?」
「知らない…」
眉間の皺が散開し、呆気にとられた表情を見せる。
「知らないのに、どうして呪われてるとわかるんだ?」
「みんながそう言うから…」
少年の眉根が歪んだ。納得いかないと思っているのがその表情にありありと現れている。
「皆がそう言えば呪いになるのか?じゃあ皆が呪いじゃないと言えば、呪いじゃ無くなるということだな」
「え?」
「そういう事だろう」
「いや、でも僕が知らないだけで」
「俺も知らない」
ああ言えばこう言うとはこういう事だ。
「……屁理屈だ」
「難しい言葉を知ってるんだな。だが理屈が通ってないのに納得できないだろ」
確かに道理は通っていないかもしれない。
呪われていると散々言われてきた割に、その内容は全く知らないのだ。ただ左右の目の色が違う。ただそれだけだ。
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