呪いの子と公爵令息

ゆら

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男爵家訪問

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 ラミアが養子となり半年ほどが経った。
 もう幾許かすれば冬の時期がやってくる。

「先触れはあったが本当に?」
「男爵家に一体なんの用かしら」

 屋敷が賑やかだ。執事やメイドもどこか気もそぞろに騒がしくしている。
 何事かと扉を開け、外の様子を伺う。だが前みたいに決して外には出られない。もしまた見つかったりしたら……その恐怖はいつまでもアロイスの心を占めていた。
 小屋の扉からは辛うじて門と屋敷が見える。
 門の外には豪華な造りの馬車が止まっており、門番と思われる男が御者とやり取りを終えると、慌てた様子で屋敷へと走った。
 なんだろうと気になり、アロイスはいつもの魔法を使う。

「こ、公爵家のご令息が参られました!」

 息を吐きながら門番が屋敷にいる執事へと伝えた。

「本当に来たのか……私は旦那様に伝えてくるので、門を開け。トニーは令息の対応を。決して無礼のないように」

 厳しい口調で執事が指示を出し、程なくして公爵令息が屋敷へと迎え入れられた。
 通されたのはあの応接間だろうか。



「突然の訪問で申し訳ない。ヴィルフレド・リオルディと申します」

 公爵令息然とした口調でヴィルフレドが挨拶をする。

「ヨゼフ・サクラーティと申します。どうぞお座り下さい」
「今日はどう言った御用で…」

 勧められとソファへと腰を下ろす。
 それを確認してからヨゼフも座ると、訪問の理由を問うた。

「いえ、大した用ではないのですが……サクラーティ卿には私と歳の近いご子息が居ると耳にしまして」

 ヴィルフレドが凛とした姿勢を崩すことなく答えた。その後ろには従者が主人を建てるように控えている。

「それならリーヌスの事でしょう。父親の私が言うのもなんですが、優秀でして」

 誇らしげにヨゼフは口にした。確かにヨゼフは長男のリーヌスを可愛がっている。いや甘やかしていると言った方が正しいかもしれない。
 自身の後継として存在する嫡男を、ある程度の我儘なら容認しつつ好き放題させている。

「……もう1人ご子息がいるのでは?」
「あー……それは」

 声を硬くし核心を突けば、途端ヨゼフの声が暗くなった。触れられたくないのだろう。

「どうかされましたか?」

 何か問題でも、と笑顔を張りつけて問えば、言葉を濁し目を泳がせ始める。

「次男のアロイスは病弱でして……社交界デビューも難しいかと。リオルディ卿にはこの男爵家を継ぐ長男のリーヌスと仲良くして頂ければと思います」

 その言動がそれ以外にも理由があると雄弁に語っているのに、ヨゼフはあくまでも病弱で通すつもりらしい。そしてさりげなく公爵家との繋がりを求めてくる。
 小賢しい、と心の中で嘆息した。
 ヨゼフとの会話は特に身のなるものにはならないようだ。
 ヴィルフレドが窓へと目を向けると、そこにはそれなりに手入れされた庭が広がりっている。といっても大して花木が植えられ華やいでいるわけではない。ただ見た目が悪くないよう整えられているだけだ。
 その窓から少し離れた場所に小屋が見えた。
 あの小屋で、アロイスは今一人何を思っているのだろう。
 寂しくないだろうか。
 少し冬の気配がし始めた昨今、寒さに震えていないだろうか。
 療養で幾分か栄養を摂ったとは言えまだまだ細い体は無事冬を越せるだろうか。
 そんな心配事が次から次へと浮かんでくる。

「……サクラーティ卿はアロイス卿の事をどうお考えで?」

 ヴィルフレドの頭の中はアロイスでいっぱいだった。

「アロイスですか?……リオルディ卿がどうしてアロイスに拘るのか分かりかねますが、病弱なあの子を外に出しても他家に迷惑をかけるだけ。このまま男爵家で過ごさせるのが一番かと考えております」
「外に出すつもりはない、と…」

 考えた事もございません、と答えるヨゼフの言葉が、まるでアロイスの事など微塵も考えていないと言っているようで、膝に乗せていた手をグッと握り締めた。

「それよりリオルディ卿!まだ婚約者を決めかねていると耳にしました。どうでしょう、うちの娘など。歳も近いので話も会うのでは?」

 硬い声を崩し下心の透けた声でヨゼフが話をすり替え、ラミアを、と執事に声を掛ける。

「……ご令嬢には申し訳ないが、私の婚約の件は既に公爵とも話しを詰めている所ですので」
「まぁまぁ、そう言わず。ひと目会うだけでも」

 言うやいなや、応接室の扉が開いた。

「初めましてヴィルフレド様!きゃあ、本物だっ」

 場にそぐわぬ甲高い声にヴィルフレドは何が起きたのかとラミアに視線を向ける。
 呆気にとられ言葉を失うとはこういう事だ。
 ラミアの振る舞いに思考が止まり、たった一言なのに何を言っているのか理解出来ない。
 沈黙の中ラミアはヴィルフレドの様子を気にすることなくキャッキャとはしゃぎ、ヴィルフレドの隣へと座った。
 挨拶もせず勝手に名を呼び、剰え見知らぬ男性の隣に座るなど、令嬢としてはあまりにはしたない行動だ。

「どうしよ!本当にヴィルフレド様だー!え、てかまだ学園に行ってないのにエンカウントするなんて!もしかして隠れルートあったりするのかな?それとも、シナリオにはなかったけどもしかして過去に出会ってた設定!?アツすぎーっ」

 興奮気味にラミアが言葉にするが、凡そ現代にそぐわない言葉が混じっている。
 止まった思考が漸く動き始めるが、フル回転させても追いつかない。
 会わせるのならばそれ相応の礼儀を学ばせてから会わせるべきだ。この貴族社会では礼儀作法など最低限のマナー。それが出来なければ所作がなってないと社交界から爪弾きにされてもおかしくない。

(一体何を考えているんだ)

 初対面の人間に対するあまりの無作法にヴィルフレドは嫌悪感を覚えた。

「礼儀はまだまだですが、これから覚えさせますし」

 まだまだどころの話ではない。
 16歳でデビュタントを迎える貴族にとって、10歳を超えた令嬢がこんなではお転婆では済まされない。
 ニコニコと笑っているが腹の見えないヨゼフのその笑みに、ヴィルフレドは内心苦虫を噛み潰した。
 立場にふんぞり返る訳でも虎の威を借りる訳でも無いが、これはあまりに不敬ではないだろうか。如何にヨゼフが爵位持ちとはいえ、あまりに礼に欠ける対応だ。

「ヴィルフレド様、そろそろお時間です」

 察した従者が後ろからそっと声をかける。
 危うく憤激のまま問責してしまうところだった。

「すみません、サクラーティ卿。この後予定がありまして……今日はこの辺で失礼させて頂きます」

 口角を整え、姿勢を正すとヨゼフに向き直る。

「またいつでもお待ちしております」

 丁寧に見送りつつ、その笑みの下には邪心で溢れているのだろう。保身が好きそうな男だとヴィルフレドは思った。



 ヴィルフレドの男爵家訪問から数日。ヴィルフレドはアロイスの元へとやって来た。
 扉が開き慣れた動作でヴィルフレドが小屋へと入ってくる。
 ヴィルフレドのおかげで少しは見目よくなったとは言え、小屋は小屋。いつ見ても公爵令息には不相応な場所だ。

「アロイス」

 アロイスの側に立つと、ヴィルフレドが両腕を広げる。
 何の合図だろうかと悩む間もなく、アロイスはその腕の中へと囲われていた。
 二次性徴を迎えたヴィルフレドは身長も伸び、いつの間にか二人には頭一つ分の差がついている。

「ヴィ、ヴィルフレド様!?」

 突然の行動に困惑し、声を上げた。しかし当人はその腕を離す気は無いようだ。

「何なんだあの男は」

 低く唸るように声にどうしたのかと顔を上げる。
 伺い見たその顔には、不快の二文字。

「あの男って……」
「サクラーティ男爵だ」

 父親の名前にアロイスの体がビクッと揺れた。未だヨゼフはアロイスにとって恐怖の対象だ。
 あんな仕打ちを受けたのだから皆が承知するだろう。

「すまない……先日会ったんだが、どうにも反りが合わない」
「あー……」

 会話を聞いてた、とは言い難いが、あの日のヨゼフとラミアは酷かった。
 無礼に無礼を重ねるというかなり悪質な対応。それをよく耐えたものだと思う。

「すみません…」
「アロイスが謝ることじゃない」
「でも」
「アロイスはアロイスのままでいてくれ」

 懇願するようなヴィルフレドの言葉に、アロイスは静かに頷いた。
 多分アレはなろうと思ってなれるのものじゃないだろう。
 アロイスの頭の中に反面教師という言葉が浮かんだ。

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