呪いの子と公爵令息

ゆら

文字の大きさ
22 / 26

眼帯の下

しおりを挟む
  
 22

 冬季休暇を目前にした学園は浮かれた生徒たちが行き交い、休暇をどこで過ごす、何をするなどの話題で持ちきりだ。
 そんな賑わいを見せる中庭でアロイスもまたルーベンスとランチをしながら休暇について話をしてた。

「ルーベンスは領地に戻るんだ」
「うん。兄様も短期間だけど休暇をもらって帰ってくるって」
「イールも忙しそうだね」

 イールは希望していた通り騎士団に所属している。ヴィルフレド同様忙しいらしく、騎士団の詰め所に入り浸っているとのこと。
 騎士団も魔術師団同様、第一騎士団、第二騎士団など分かれているそうだが、イールが所属となった第一騎士団は王族の警護がメインらしく、殆どを王宮で過ごしているらしい。
 そんな話をしているとランチを食べ終え、教室へ戻ろうかと思った矢先。

「アロイス兄様」

 感情を抑え込んだようなラミアの声に呼ばれた。
 その表情は険しく、とても感情を抑えられていない。

「ラミア…?」

 その表情に困惑しながらもアロイスはラミアを見つめた。

「ラミア嬢、どうかした?」

 ルーベンスもその様子を不審に思ったのだろう、警戒するようにアロイスの側に立った。
 最近のラミアの行動を考えれば当然かも知れない。
 学園内でもチラチラとラミアの行動も問題視する噂が流れていた。特にミアと口論を皮切りに悪化の一途を辿っている。
 ルーベンスの行動に苛立ちを覚えたのか、そのオレンジの瞳を細めた。

「アロイス兄様、ヴィルフレド様と婚約したと言う噂は本当ですか?」

 それでも冷静に努めようとしているのだろうが、その口元はへの字を描いている。
 ヴィルフレドの婚約については公爵を通じ男爵家へと伝えられた為、既にラミアも知っているものだと思ったが、ヨゼフは話さなかったのだろうか。
 そんな疑問を感じながらもアロイスは頷いた。
 忽ちラミアの表情が般若のように変貌していく。

「ッ……ふざけないでよっ!なんでアンタがヴィルフレドと婚約なんかしてんのよ!?」
「ラミア嬢!」

 突然言動を一変させ罵声を浴びせるラミアにアロイスは竦然とし、身を竦ませた。
 周囲も何事か、と騒然としている。
 ルーベンスの制止も聞かずラミアはアロイスに近づくと、衆人環視の中、勢いよく眼帯を奪い取った。

「アンタなんて呪いの子のクセにっ!いつまでもしゃしゃり出てこないでよッ!!」

 ラミアの手に握られた眼帯と開けた視界に、アロイスは左目が晒されたことに間をおいて気づいた。
 側にいたルーベンスのパチリとした大きな目が更に見開き、アロイスを惚けたように見ている。
 見られてしまった。
 話はしていたが、実際に見せたことはない。それを今日、とうとう見られてしまったのだ。

「ッ!!」

 瞬間、アロイスは左目を隠すように手で覆うと、その場を駆け出した。

「あっ!アロイスッ!?」

 周囲がどんな反応をしているかなど怖くて確認することなど出来ない。この目に向けられる感情など、アロイスは冷たく差別的なものしか知らないのだ。
 兎に角この場から逃げ出すことしか考えられなかった。



 どのくらい走ったのかわからなかったが、日は暮れ始め、気づけば男爵家の古びた小屋に息を潜めていた。
 二度と過ごすことがないと思って出たはずの小屋の中は、アロイスが出て行ってから誰も使っていなかったのだろう。埃に塗れ、カビの臭いがする。
 この部屋でいったい何年過ごしたのか。苦い思い出が蘇ってくる。
 そんな埃が溜まった部屋の奥。そこでアロイスは蹲った。
 脳裏に浮かぶのは昼間の出来事。そして子供の頃の記憶。
 この小屋から出ただけで短鞭で叩かれた痛みと蔑む目。思い出しただけで身を守りたい衝動に駆られ、その身を丸めた。
 またあの目を向けられると思うと一歩も動けなくなってしまう。
 この小屋から出たのが間違いだったのかも知れない。そんな考えが頭を占めていく。
 ギィィっと錆びついた扉の音。
 ギッ、ギッと軋む音に警戒するようにアロイスは顔を上げ更に息を潜ませた。
 男爵家の誰かに気付かれたのか。もしヨゼフに知られたらまた折檻を受けるかも知れないと恐怖に襲われ身を竦ませた。
 迷うことない足音はアロイスがいる奥の部屋へと向かって来る。
 徐々に近づく足音にアロイスはビクッと肩を震わせた。

「アロイス?」
「ッ!?」

 聞こえた声は聞き慣れた愛しい声。
 その光景にふと既視感を覚えた。昔もこんなことがあった気がする。
 あの時も不審者が入ってきたと思い息を潜めていたらヴィルフレドがいた。

「ヴィルフレド…」
「そんな所でどうしたんだ?」

 あの時と一緒だ。
 あの頃の支えはヴィルフレドだけだった。
 今はルーベンスやイール、ルーシャン達もいるが、それでもこうして駆けつけてくれるのはヴィルフレドなのだ。
 側に寄るとヴィルフレドがアロイスの手を取った。

「帰ろう、アロイス」
「僕が一緒にいると、ヴィルフレドも変な目で見られるから…」

 思わずアロイスはその手を払った。

「ルーベンスから聞いた。学園のことは気にしなくていい。もしどうしても気になるなら、しばらく領地で過ごすのはどうだ?明日から冬季休暇だろう?俺も休みが取れたら領地に顔を出すし」
「だから、僕が一緒だとヴィルフレドが」
「それはアロイスが気にすることじゃない」
「気にするよッ!ヴィルフレドのことが好きなんだから、気にしないわけないじゃんッ!」

 声を荒げ悲痛な表情を浮かべる。
 自分が辛い目に合うのはこんな目に生まれてしまったのだから自業自得だ。だが、ヴィルフレドは違う。いつでも優しくしてくれたヴィルフレドに同じような思いをして欲しくない。

「すまない…」

 そう言うとヴィルフレドはアロイスの手を掴んだ。

「いくらアロイスが望んだとしても、それだけは聞けない。言っただろう。初めて会った時からこの瞳に心奪われていると」
「ッ…」

 そっと左目の下をヴィルフレドの指がなぞっていく。

「これ本当に呪いだと言うなら甘んじて受け入れよう。たとえ周囲からどれだけ反発があったとしても。それぐらいとっくに覚悟している」
「ヴィー…」

 アロイスの視界が涙で滲んだ。

「帰ろう、アロイス」

 掴まれた手をアロイスは握り返した。
 その右手に嵌められたままの指輪をヴィルフレドが愛しそうに撫でる。

「アロイス、約束通り卒業したら結婚しよう」

 ゆっくりとした動作をじっと見つめていれば、掴まれた手がヴィルフレドの口元へと引かれていく。
 誓うように口付けられ、アロイスは静かに頷いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

虐げられても最強な僕。白い結婚ですが、将軍閣下に溺愛されているようです。

竜鳴躍
BL
白い結婚の訳アリ将軍×訳アリ一見清楚可憐令息(嫁)。 万物には精霊が宿ると信じられ、良き魔女と悪しき魔女が存在する世界。 女神に愛されし"精霊の愛し子”青年ティア=シャワーズは、長く艶やかな夜の帳のような髪と無数の星屑が浮かんだ夜空のような深い青の瞳を持つ、美しく、性格もおとなしく控えめな男の子。 軍閥の家門であるシャワーズ侯爵家の次男に産まれた彼は、「正妻」を罠にかけ自分がその座に収まろうとした「愛妾」が生んだ息子だった。 「愛妾」とはいっても慎ましやかに母子ともに市井で生活していたが、母の死により幼少に侯爵家に引き取られた経緯がある。 そして、家族どころか使用人にさえも疎まれて育ったティアは、成人したその日に、着の身着のまま平民出身で成り上がりの将軍閣下の嫁に出された。 男同士の婚姻では子は為せない。 将軍がこれ以上力を持てないようにの王家の思惑だった。 かくしてエドワルド=ドロップ将軍夫人となったティア=ドロップ。 彼は、実は、決しておとなしくて控えめな淑男ではない。 口を開けば某術や戦略が流れ出し、固有魔法である創成魔法を駆使した流れるような剣技は、麗しき剣の舞姫のよう。 それは、侯爵の「正妻」の家系に代々受け継がれる一子相伝の戦闘術。 「ティア、君は一体…。」 「その言葉、旦那様にもお返ししますよ。エドワード=フィリップ=フォックス殿下。」 それは、魔女に人生を狂わせられた夫夫の話。 ※誤字、誤入力報告ありがとうございます!

異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。 ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。 俺、いつ死んだの?! 死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。 男なのに悪役令嬢ってどういうこと? 乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。 ゆっくり更新していく予定です。 設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。

異世界転移された傾国顔が、アラ還宰相の幼妻になって溺愛されるまでの話

ふき
BL
異世界に転移したカナトは、成り行きでアラ還の宰相ヴァルターと結婚することになる。 戸惑いながら迎えた初夜。衝動のキス、触れあう体温――そして翌朝から距離が遠ざかった。 「じゃあ、なんでキスなんてしたんだよ」 これは、若さを理由に逃げようとするアラ還宰相を、青年が逃がさない話。 ヴァルター×カナト ※サブCPで一部、近親関係を想起させる描写があります。

【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました

ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。 タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。

【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。

竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。 溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。 みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。 囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。 サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。 真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。 ☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正 ⭐残酷表現あります。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

処理中です...