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残された愛
しおりを挟む「すごい部屋だな」
感心するライアンにトーリも頷く。
通された部屋は、豪奢で、それでいて静謐だった。
「ここは……ラナ様のお部屋でございます」
使用人の言葉に、息を呑む。
母の部屋。
亡くなった人のものとは思えないほど、整えられている。
「陛下は、今もラナ様を正妃とお考えです」
「正妃、ですか」
スイハの話によれば、トーリが言葉も発さない頃に亡くなったはずだ。二十年近く経つのにまだ正妃と認めている。その事実に静かに瞬いた。
「宰相が何度進言しても、ヴァネッサ様を正妃に据えることはなさいません」
それは、ハウエルの愛であり、後悔であり、贖罪なのだろう。
生前、使っていたのだろう。ドレッサーにはアクセサリーが並べられ、重厚な家具の上には陶器の置物。壁に掛かる絵画は、精霊の周りを楽しそうに飛び交う妖精が描かれている。
精霊の国、というのは本当だったのだ。
トーリは、吸い込まれるようにその絵を見ていた。
夜。
部屋を訪れたハウエルと向き合う。
一体何の話だろうか、と背筋が伸びる。ライアンがいればまだ良かったが、あいにく別に客間を準備されている。
緊張に視線を彷徨わせると、ハウエルはふっと小さく笑った。
昼間の威厳はなりを潜め、静かに口を開いた。
「トーリ。お前を、正式に皇族として迎えたい」
それは地位ではなく、家族として迎えたいという。
予想はできていた。だが、すぐ答えが出せる話ではない。
「……すぐには、答えられません」
逃げではない。
本心だった。
初めて会った人をいきなり父と言われても、すぐには受け入れられない。実感がないのだ。
前世で家族といえば、子供の頃から共に生活するもので。一緒に食卓を囲み、楽しかったこと、辛かったこと、そんな日常を語ったり相談したり、時には喧嘩したり。トーリにとっては自然体でいられる存在だ。
トーリの逡巡に気づいたように、ハウエルは深く頷く。
「構わない」
柔らかく笑う顔がどこか懐かしそうに細くなる。
「そんな所も、ラナにそっくりだ……」
トーリにラナを重ねるハウエル。その気持ちは今もラナにあるのだと、その愛の深さにトーリは温かい気持ちになった。
夜も更け、窓の外はポツポツと明かりが灯っている。その灯りをトーリはぼんやりと眺めていた。
静かすぎるその部屋に、月光と共にスイハが現れる。
「……どうしたい」
トーリは、部屋を見渡し、静かに答えた。
「ここは……僕の場所じゃない」
豪華で煌びやかな装飾。重厚なアンティークの家具。
今の生活と掛け離れたこの場所が、自分に見合うとは到底思えない。
「森で、薬草採って、薬を作って、誰かを救ってる方が……僕らしい」
言葉の端に、「スイハと」という本音が滲む。
スイハは、心底安堵したように息を吐いた。
「……それでいい」
額に口づける。
「家族とはいえ、私のものを渡す気はない」
隠すことない独占欲。初めは戸惑ったが、今ではそれが心地良く思ってしまう。
「……明日、話をつけて森に帰ろう」
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