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忘れた記憶
しおりを挟む夏季休暇はあっという間に終わり、学園生活が始まった。
夏季休暇前、たまに1人で過ごすことがあったせいか時々アルファから声をかけられる。
「アイル卿、一緒にランチでもどうだろう」
「天気もいいし、テラスで一緒にお茶でも」
「あの、」
「ユーリは俺とランチの約束をしている。遠慮願おう」
1人になったタイミングで声を掛けられては、その度ローレンツが間に入って断りを入れる。それの繰り返しだ。
「ほら、ユーリ行くぞ」
当然のように手を握りカフェテリアへと攫われる。
家柄故か、ローレンツの気迫に屈してか知らないが、執拗に後を追って来るものはいない。
「ありがと、ロー。おかげで助かった」
「ああいう輩はハッキリ言わないと付け入ろうとするからな。これからも気をつけろよ」
「あれ?ユリウス、今日もノヴァーリス卿と一緒かい?」
訂正する。一部を除いては、だ。
ダニエルだけはどんなにローレンツが間に入っても幾度となく声をかけてくる。
「ユーリは今から俺とランチに向かうところだ」
「ノヴァーリス卿もいい加減過保護をやめては?ユリウスの出会いをこれからも阻むおつもりで?」
「変な虫はつかないに越したことはないからな。アイル卿より任された事だ」
ツキンッと胸が痛んだ。
父親から頼まれたのであればローレンツが拒むことなど出来なかったであろう。
だがこのままローレンツに守られていいのだろうか。
自分にばかり構っていてはローレンツも出会いを逃してしまう。
「さぁ、ユーリ行こう」
湧いた迷いに戸惑いながらも、引かれた手を離すことが出来なかった。
教員に呼ばれたローレンツに「絶対誰にもついてしかないように」と念を押されたユリウスは、1人の時間をどう過ごそうかといつものガゼボへと足を運んだ。
穴場なのか、ここで人に会うことは無い。
カロリーナによると攻略対象であるユリウスと会うための場所だからではないか、ということだが、それなら他の攻略対象と会う場所も穴場スポットになってしまう。ランスと会う中庭に関しては生徒がゴロゴロいるような場所だ。そんな所で会っては愛を育む前に悪目立ちしてしまうだろうに。
なんであれ、ここが穴場なのには変わりない。
これだけ人がいないと考え事をするにも最適だ。
ベンチに腰掛け空を見上げる。今日も変わらずの快晴。
こんな空を前にしても、浮かぶのはローレンツの顔ばかり。
自身の性がオメガであるということに関係なく、ローレンツに抱く好意に抵抗は全くない。
前世でも同性が恋愛対象であった故かどうかはわからないが。かと言って同性であれば誰でもいい訳でもない。
バース性が存在するこの世界においては男性体か女性体か、それすらも好みの範疇に思える。
ユリウスで言えば女性体よりも男性体が好みということになる。次いで好みの顔を聞かれればローレンツと答えるだろう。性格ならば正義感が強く、勇敢で優しい人。そして、自分だけを愛してくれる人。
考えれば考えるほど、ローレンツにばかり当てはまる。
好みだからローレンツが好きなのか、ローレンツが好きだから好みがそうなったのかはわからない。気づいた時にはローレンツ以上に気になる人はいなかった。
「だからって、告白なんて出来ないし……」
振られること前提に告白したとして、その後があまりに気まずすぎる。親同士仲がいいのも問題だ。距離を置こうにも必ず関わることになる。
前世なら親同士仲が良くても子供同士はそこまで、ということはあったし、周りにもそういう友人がいた。
だが貴族はどうやら、家同士の繋がりを大切にするらしい。結婚も家同士の結び付きを強めるためする貴族も多い。
アイル家とノヴァーリス家も先代からの繋がりとは言え、未だに年に数回パーティや茶会で互いの領地を訪ねたり、避暑地へバカンスへ出かけることもある。
振られた後にもこの関係が続くかと思うと……せめて立ち直るまでは距離を置きたい。
視線を落とせばガゼボから見渡せる花畑。そこをぼんやりと眺めた。
「綺麗だな…」
子供の頃遊び回った庭にもこんな花畑があった。
大人が噂話や世間話、近況を話す中飽きたとばかりに庭を駆け回り、そこで──そこで?
藤色が風に揺れる中、何かあった気がする。
何か大事なことが。
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