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本編
惚れたもん負け
38
「……っん」
ふと目を覚ます。
いつもカーテンの隙間から差し込む光がなく、ぼんやりとした目で窓に視線を向けた。
が、そこにあるはずの窓がない。
あるのは白い壁だ。
そして陽の光は別の場所から差し込んでいる。
なんで…と考えていると隣でモゾりと何かが動いた。
すーすーと聞こえる寝息に敷波の部屋に泊まったことを漸く思い出す。
同じ間取りなのに寝る場所が違うだけでこうも感覚が変わるのか。
そんな事を筬島は今更ながらに思った。
敷波を起こさないようゆっくりと寝返りをうつ。
抱きしめられるように眠るのには慣れたが、間近で見る寝顔には未だに慣れない。
寝ているからこそ見ることが出来るが、もし起きていたら、緊張し過ぎてこの距離で直視することは出来ないだろう。
薄い唇が静かな寝息をたてている。
途端、昨日頬にされたキスを思い出しかぁっと顔が熱くなった。
初めてとはいえ頬にキスくらいで右往左往する自身を滑稽に感じつつも、ジッとその唇を見つめる。
過去の恋人ともキスくらいはしていた。
が、皮膚と皮膚が合わさるのと大差ない感動しかなかった。
なのに敷波からは額にキスされるだけでも未だに心臓が高鳴る。
昨日頬にされた時は口から心臓が飛び出すかと思った程だ。
――これはほぼ付き合っていると言っても……流石に過言か。
付き合っているのか、距離の近い友人か…そんなことをぐるぐる考え続けている。
付き合ってと言われた覚えがないので、敷波に聞くことも憚られるし、正直、そんな妄言を言うのかと呆れられたくないのだ。
旧態依然のまま、出会ってから半年以上が過ぎていた。
好きだと自覚してから敷波の一挙手一投足にドキドキしっ放しだが、それすらも今は楽しく感じる。
仮にもし敷波に恋人がいたら別なのだろう。
直接確認したことは無いが、普段の様子を見る限りいないようだ。
じゃなったら四六時中一緒には居られない。
外出する用事は大体仕事だ。
しかも毎回予定を言ってくれるので、疑う余地もない。
それでももし恋人が出来たら…。
そう考えるだけでいつも胸が苦しくなった。
過去の恋愛遍歴を聞いたことは無いが、所作から間違いなく恋人がいたことは推測できる。
この容姿でこの性格。
モテないはずがない。
この唇でどんな愛を紡いできたのか…考えるだけで胸の奥で嫉妬の炎が燻る。
自身の狭量さに呆れるが、付き合ってもないのにお門違いもいい所だ。
「……好き」
この言葉を敷波が起きてる時に伝えられたらどんなにいいか。
起きないようそっとその頬に触れる。
この人が自分だけのものになったらどんなに幸せだろう。
そんな独占欲が心の中を支配し始めていた。
起こさないようこっそりとベッドを抜け出しキッチンに立つが、敷波の家なのだから当然勝手が違う。
というか、調理に必要なものが殆ど無い。
あるのはオーブンレンジと電気ケトル、コーヒーメーカー。
食器は皿数枚とマグカップが2つ。
ちなみに元々マグカップは1つしか無かったが、筬島が訪ねるようになって購入された。
鍋もなければ炊飯器すら置いてない徹底ぶりだ。
自炊しないと言っていたが、これはしようと思っても出来ない。
しかし、しようと思っていないからこそこの状況なのだろう。
初めてこの状況を見た時一体どんな食生活をしてるのか問い詰めた程だ。
大学時代は学食、配信者としてデビューするまでの短期間社会人をしていたそうだが、その時は社食かコンビニ生活。
デビューしてからは殆どUberを利用しているので全く困らなかったとのこと。
今に至っては筬島のご飯以外は殆ど食べてないので、筬島に生殺与奪の権が握られていると言ってもいい。
流石に追い込まれればUberという手があるだろうが、食べてないことに気づかない可能性も無くはないのが敷波の怖いところだ。
だからこそ筬島は放っておけないのである。
烏滸がましいかもしれないが、自分がしてあげないと、と思ってしまう。
しかしこの状況、流石に何も作れないのではどうしようもない。
どうしたものかと腕を組んで考える。
「……颯?」
珍しく寝ぼけ眼で寝室兼配信部屋からふらりと出てきた。
「おはよう」
朝ではないが、やはり起きた時はこの挨拶だ。
「どっか行ったかと思った」
見つけたと言わんばかりにキッチンへ入ってくると、そのまま後ろから抱きついてくる。
「何か買いに行こうかなとは考えてた」
「……俺も行く」
ぐりぐりと肩口に額を押し付けながら、まだ起動していない頭で着いて行くと可愛い我儘を言われると頷くしかない。
「スーパーでいい?作るならオレの家に行かないとだけど」
「んー……買いに行く」
思わず首を傾げる。
買いに行く、というのは材料のことで間違いないだろうか?
まだ寝ぼけていて話が交錯してしまっているのだろう。
「うん、買いに行って、オレんちでご飯作ろうって」
「買いに行ってここで作って」
チラリと敷波の顔を覗くと、しっかりとした、でもどこか甘えを残した視線があった。
「え、買うって」
「フライパンとか鍋とか、颯くんが必要なの選んで」
「え……ええっ!?和奏さん自炊するの!?」
もし自炊すると言うならそれはそれで喜ばしい事なのだが、筬島としては立場がなくなってしまう。
そんな驚きと衝撃でつい声が裏返った。
「しない…颯くんがここでご飯作ってくれたらいいなって思って」
柔らかい微笑みに思わず顔が赤くなる。
「っ……作る、けどっ…」
「じゃあ買いに行こ」
普段外出なんて殆どしないくせに、ドライブ然り、急に行動的になるのは一体なんなんだ。
いつも敷波の笑顔ひとつに振り回されている気がするのに、それが全然嫌じゃない。
かなり重症だな、と自覚しつつ、敷波の思惑通りに行動してしまうのだった。
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