転生王女の破滅回避プラン90! ~無自覚人たらし王女、アリスが来るまでに美形側近を溺愛モードにしていました~

とびぃ

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第2章:現状把握と「最初の違和感」(残り85日)

2-3:父との阿吽の呼吸

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「……ふん。リリアの癖に、小賢しい理屈を」
 母レジーナは、まだ納得していなかった。
 私の必死のプレゼン(言い訳)は、彼女の逆鱗にこそ触れなかったものの、処刑を撤回させるには決定打を欠いていた。
 母は、扇子でコツコツと自分のこめかみを叩いている。それは、彼女の機嫌が最悪の状態から、「不審」と「苛立ち」の狭間に移行した合図だった。
 庭園の空気は、張り詰めた弦のように震えていた。
「『計算され尽くした』ですって? お前が、この私を超える美意識を持っているとでも言うのかい?」
 まずい。
 私の言葉は、母のプライドという最大の地雷を、意図せず踏み抜きかけていた。前世のクレーマー対応で言えば、「お客様のご指摘ももっともですが」と前置きしつつ、相手の無知を暗に指摘してしまった時の、あの絶望的な状況に似ている。
(違う、そうじゃない! 褒めて、持ち上げて、納得させて、この場を収めないと!)
 私の背筋を、冷たい汗が伝う。
 視界の端で、ジャックがわずかに身じろぎした。彼は、私の突飛な行動によって中断されていた「任務」を再開しようとしている。つまり、庭師の連行だ。白ウサギは、相変わらず青白い顔で、手元の羊皮紙(スケジュール帳)に視線を落としている。そのウサ耳は、緊張で細かく震えているように見えた。
 彼らは助けてくれない。彼らにとって、これは「いつもの面倒事」でしかないのだ。
「お母様、とんでもない! お母様の美意識こそが絶対です! だからこそ、私はお母様の完璧な庭園に、ほんの少しの『遊び』を……」
「黙りなさい」
 ぴしゃり、と扇子が開く音が、私の言葉を遮った。
 空気が凍る。
 母の瞳が、私を射抜いた。それは、獲物を見定める猛禽の目だった。
「お前の拙い弁明は聞き飽きたわ。結局、お前はこの庭師の失態を、自分の責任にすり替えて、私に許しを乞うているだけ。そうだろう?」
「そ、それは」
「図星だね。見え透いた嘘で、私を丸め込もうなんて、百年早いわ」
 万事休す。
 ロジック(論理)が破綻した。母は、私が咄嗟に嘘をついたことを見抜いていた。
 女王は、哀れな庭師に再び視線を戻した。その瞳には、もはや何の感情も浮かんでいない。
「ジャック。何をしているの。さっさと、その者の首を」
「――ああ、レジーナ。その件なら、ちょうど良かった」
 その声は、場に満ちた殺伐とした空気を、まるで春の陽気のように、ふわりと中和した。
 穏やかで、どこか間の抜けたような、それでいて不思議と耳に残る声。
 
 木陰から、まるで最初からそこにいたかのように、一人の男が姿を現した。
 私の父、クロードだった。
 彼は、いつから見ていたのか。その手には、王配の装飾過多な衣装にはまったく似つかわしくない、小さな園芸用のスコップが握られていた。彼は、私と女王の間に漂う一触即発の空気をまるで意に介さず、優雅な仕草で私たちに近づいてきた。
「お父様!」
 私は、思わず救いを求める声を上げた。
 父は、私の必死の形相を一瞥し、そして完璧なタイミングで会話を引き取った。
 彼は、私の目を見て、安心させるように優しく微笑んだ。
(おや、リリアが動いた。いつもと違うな。これは乗るしかない)
 父の瞳が、そう語っていた気がした。
「レジーナ、私の愛しい妻。ちょうど今、隣国から、君が待ち望んでいた『あれ』が届いたと報告があったよ」
「……あれ、ですって? 何のことです、クロード」
 母は、自分のヒステリーを中断されたことに、あからさまな不快感を顔に浮かべた。
 父は、まるで舞台役者のように、芝居がかった仕草で、件の「色の薄いバラ」の前に立った。
「もちろん、最高級の『深紅のバラ専用』の肥料さ。なんでも、東の大陸から取り寄せた秘薬で、色を今までの数段深く、鮮やかにするそうだ」
「……なんですって? あの、隣国の王妃が自慢していたという、最高級の肥料?」
 母の興味が、明らかに「処刑」から「肥料」へと移った。
 獲物を狙う猛禽の目から、高価な宝石を前にした蒐集家の目へと、瞬時に切り替わっている。
 父は、私の目を見て、もう一度、今度は悪戯っぽく微笑んだ。それは、確かな「アシスト」の合図だった。
「そうとも。だが、その肥料は効果が強すぎて、まずは試してみる必要があった。下手に既存の完璧なバラに使って、色が変わってしまっては台無しだからね」
 父は、私のメチャクチャな論理を、まるで最初から知っていたかのように、完璧になぞらえてみせた。
「リリアが、彼(庭師)に、ちょうどいい『比較対象』を作らせていたのなら、話は別だ」
 父は、その小さなスコップで、色の薄いバラの根元を優しく示した。
「そうだろう? リリア。君は、このバラを『実験台』にするために、あえて色を変えさせていた。違うかい?」
 完璧なパスだ。
 父が、私の咄嗟の嘘を、王配の権威をもって「事実」として補強してくれた。
「そ、そうです、お父様! さすがですわ!」
 私は、必死でそのパスに食らいついた。
「お母様に、より完璧な赤を献上するために、まずはこのバラで試すべきだと!」
 母レジーナは、私と父の顔を交互に見た。
 彼女は、まだ半信半疑のようだった。しかし、「最高級の肥料」という言葉の魔力は、彼女の癇癪を上回るだけの力を持っていた。
「……なるほど。そういうことかい」
 母は、ぴしゃり、と扇子を閉じた。その音が、この場の「決着」を告げた。
 張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
「ふん。リリア、お前の差し金にしては、悪くない余興だ。いいでしょう」
 母は、庭師を冷たく一瞥した。
「庭師。お前の首は、その肥料の効果次第だ。もし、このバラが次の月までに、庭園のどのバラよりも深く、鮮やかな赤にならなかった時は」
 母は、そこで言葉を切り、私を見た。
「リリア、お前の首も一緒に飛ぶと思いなさい」
 ぞっとするような脅し文句だったが、今の私には「猶予期間」の宣告にしか聞こえなかった。
「はい、お母様!」
「分かればいいのよ。クロード! リリア! 何をぼんやりしているの! すぐにその『最高級の肥料』とやらを持ってきなさい! 今すぐに試すわよ!」
 母は、嵐のようにそう言い放つと、まるで数分前に人の首をはねようとしていたことなど忘れたかのように、踵を返して庭園の東屋へと歩いて行った。
 処刑(および追放)自体が、完全に回避された。
 私は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを、必死で堪えた。
 父は「やれやれ」という顔で、私にだけ見えるように小さくウインクした。
 私は、散らばったレシピと提案書を拾い集めながら、まだ震えが止まらない庭師に、前世の店長モードで、しかし声は震えたまま、こう注意するのが精一杯だった。
「よかった、わね。……でも、もう二度と、色の薄いバラを咲かせないように。次、失敗したら、私とあなたの首が、本当に飛ぶわよ」
 庭師は、「は、はひぃ!」と涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、再び私に土下座したのだった。
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