転生王女の破滅回避プラン90! ~無自覚人たらし王女、アリスが来るまでに美形側近を溺愛モードにしていました~

とびぃ

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第2章:現状把握と「最初の違和感」(残り85日)

2-4:側近たちの動揺と最初の勘違い

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 嵐が去った。
 母レジーナが東屋へと姿を消すと、あれほど庭園を満たしていた、肌を刺すような緊張と殺意が、嘘のように引いていく。
 後に残されたのは、完璧に刈り揃えられた芝生と、狂おしいほどに咲き誇る真紅のバラ。そして、呆然と立ち尽くす三人の男と、かろうじて立っている私、そして腰が抜けて未だに座り込んでいる庭師だけだった。
「やれやれ。今日の嵐は、いつもより少し長かったかな」
 父クロードが、芝居がかった仕草で肩をすくめた。その表情は、先程までの温和な「飾り」とは違う、確かな知性と、わずかな疲労を滲ませていた。
「リリア、肥料を取りに行こう。お母様が、本当に肥料のことで再び癇癪を起こす前に」
「は、はい、お父様」
 父は私に、悪戯が成功した共犯者のように、そっと目配せした。
 私は、まだ震えが収まらない膝に力を込める。
 足元に散らばった、私の「武器」であるはずだった羊皮紙を、一枚一枚拾い集めた。インクで書かれた「騎士団業務改善提案書」の文字が、手の汗でわずかに滲んでいる。
 私は、父に支えられるようにして、その場を後にした。
 問題は、残された二人。
 ジャックと白ウサギだった。
 彼らは、まるで金縛りにでもあったかのように、一歩も動かずに、私と父が去っていく背中を凝視していた。
 ジャックは、冷徹な仮面の下で、これまでにないほどの衝撃を受けていた。
 彼の右手は、無意識のうちに剣の柄を握りしめていた。女王の「首をはねよ」という命令が下った瞬間、彼の思考は「任務遂行」のフェーズに入っていた。
(対象確保、連行、引き渡し)
 それは、彼がこの城で生き残るために身につけた、感情を殺すためのルーティン。庭師の命乞いも、女王のヒステリーも、彼にとっては処理すべき「雑音」でしかなかった。
 彼が予想していたのは、いつものパターン。
 王女リリアが、その雑音に耐えきれず、泣き叫び、卒倒する。
 あるいは、父であるクロード王配が、頃合いを見計らって「レジーナ、そのくらいに」と、無駄だと分かっている仲裁に入り、女王の怒りをさらに煽る。
 そのどちらかだ。
 だが、現実はどうだ。
 王女は泣かなかった。
 それどころか、あの暴君の前に立ちはだかり、「論理」で応酬した。
 ジャックの思考では、それは「論理」と呼ぶにはあまりにも荒唐無稽な、詭弁としか思えないものだった。美意識? 比較対象?
 だが、あの女王が、その詭弁に、確かに「納得」させられた。
 そして、父クロードの、まるで最初からリリアと示し合わせていたかのような、完璧すぎる「天啓」。
(何が起きた? 私の理解を超えている)
 ジャックは、自分の職務マニュアルが、目の前で破り捨てられたような感覚に陥っていた。
 彼は、感情論ではなく、女王のプライドという、最も厄介な地雷原のど真ん中を突っ切るという高等技術を、あの泣き虫王女がやってのけた事実を、まだ咀嚼できずにいた。
 一方、白ウサギは、持っていたスケジュール帳を、指が白くなるほど強く握りしめていた。
 彼の脳内は、ジャックとはまた別の「混乱」に占拠されていた。
 彼のスケジュール帳には、女王の「首をはねよ」という言葉を聞いた瞬間、すでに新しいタスクが書き込まれていた。
『庭師、確保。罪状:職務怠慢(バラの色素異常)。判決:処刑(女王裁定)』
 そして、その下には、彼とクロード王配だけが知る、暗号のような裏タスクが続くはずだった。
『軽減措置:国外追放。再就職先:南の農園。K(クロード王配)の署名待ち』
 彼の仕事は、女王の暴政を「諦め」、その犠牲者の「命」だけを、書類の改竄という危険な裏工作で、こっそりと救い出すこと。
 それは、彼の正義感と、過労死寸前の体力を天秤にかける、地獄のような日々だった。
 リリアの介入は、その「地獄のルーティン」を、根底から覆した。
(ありえない。タスクが、消滅した)
 彼が処理すべき「処刑(という名の追放作業)」そのものが、発生しなかった。
 いつもは、嵐が「過ぎ去った後」に、彼らがこっそりと瓦礫を片付けていた。
 だが、リリアは、嵐の「真っ只中」に飛び込み、嵐の進路そのものを変えてしまった。
 そして、二人の頭に、雷に打たれたような、共通の「違和感」が浮かび上がる。
 それは、あまりにも恐ろしく、そして、あまりにも純粋な可能性。
(待て)
 ジャックの、氷の仮面がわずかに揺らぐ。
(あの王女は、もしかして)
(まさか)
 白ウサギの、血の気の引いた顔が、さらに青白くなる。
(王女殿下は、我々が「首をはねよ」を「追放」に書き換えているという『裏工作(プロトコル)』を、ご存じないのでは?)
 そうだ。
 リリアは、あの裏工作を知らない。
 知らないからこそ、彼女は本気で焦っていた。
 彼女は、あの庭師の命が、今、この場で、「本当に失われる」と、心の底から信じ込んでいたのだ。
(どうせ、我々が動けば追放で済んだものを)
 ジャックは、自分の思考の傲慢さに、初めて気づいた。
 自分たちは、この理不尽なシステムを「受け入れ」、その中で最善(と信じ込む)の妥協を続けていた。
(王女は、それを知らずに、一介の庭師の『命』と『職場』の両方を、正面から守りきったのか)
 白ウサギは、戦慄した。
自分たちは、女王の暴政を「諦め」、事後処理でなんとか犠牲を減らすことしか考えていなかった。
 だが、この王女は、「諦めず」、正面から問題の根本(女王の命令)を覆した。
 彼らにとって、それは衝撃的な事実だった。
 彼らの目に映るリリアの姿は、もはや「女王の操り人形」でも「仕事を増やす邪魔者」でもなかった。
 それは、自らの無知ゆえの(あるいは、無知だからこその)純粋な慈悲と、信じがたいほどの勇気、そして前世のクレーマー対応で培われた(とは彼らは知る由もないが)驚くべき聡明さを併せ持った、「主君」の姿だった。
 ジャックと白ウサギは、無言で、ゆっくりと顔を見合わせた。
 ジャックの氷の瞳には、初めて「困惑」と「興味」が浮かび、
 白ウサギの疲弊しきった赤い瞳には、「驚愕」と、ほんのわずかな「期待」が宿っていた。
 彼らの中で、リリア・ハートという王女に対する評価が、決定的に、そして二度と覆せないほどに、覆った瞬間だった。
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