『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第一章:追放

1-1:甘くない卒業(ガトー・アンフィニ)

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きらびやかなシャンデリアが、それ自体が宝石の集合体であるかのように眩い光を放ち、磨き上げられた大理石の床に幾何学模様の反射を描き出す。高い天井に反響する、優雅だがどこか退屈なワルツの調べ。王立学園の卒業記念パーティー。次代の王国を担う若き貴族たちが、その門出を祝うために集う、王都でも最も華やかな夜だ。
(退屈だわ)
エリアーナ・フォン・クライフェルトは、会場の隅、巨大な円柱の影に隠れるようにして、手にしたグラス(中身はただの果実水)を無感動に眺めていた。泡の一つ一つが弾けるのを、まるで壮大な時間の無駄を凝縮したもののように見つめる。
公爵令嬢として、そして(今夜限りとなる)王太子の婚約者として、彼女は本来、このパーティーの主役の一人であるはずだった。
しかし、彼女の周囲には、挨拶に来る者も、ダンスに誘う者もいない。
彼女がここに存在していることに気づいていながら、誰もが巧みに視線を外し、まるで汚れた壁の染みでも見るかのように、その存在を遠巻きにしている。
「まあ、ご覧になって? クライフェルト嬢、今夜も壁の花ですわね」
「王妃教育もろくに受けていないとか。いつも厨房にこもって、煤(すす)けている方なんて」
「アズライト殿下が、リリアーヌ様を選ばれるのも当然ですわ」
聞こえよがしに囁かれる声は、エリアーナの耳にも正確に届いていたが、彼女の心は一ミリも揺れ動かなかった。
(何を言われても結構。むしろ、その通りで助かるわ)
それもそのはずだ。エリアーナは、自らの視線をゆっくりと会場の中央に向けた。そこには、今夜の真の主役たちがいた。
王太子であるアズライト殿下。そして、彼に寄り添うように立つ、可憐な伯爵令嬢――今、王都の社交界で「真実の愛のヒロイン」と噂される、リリアーヌ・マーレン。
「まあ、アズライト様ったら、大胆ですわ」
「リリアーヌ、君は本当に愛らしい。この夜会の、どの宝石よりも輝いているよ」
聞こえてくる会話も、砂糖菓子のように甘ったるい。
(甘い、か)
エリアーナの視線が、その甘ったるい声から逃れるように、中央のテーブルに山と積まれたデザートに移る。
三段重ねのシルバートレイに、これでもかと乗せられた「王宮の誇り」。
色とりどりの砂糖を、ただ固めただけのコンフィット。
(砂糖の結晶化温度を無視した、ただの塊ね。歯触りが最悪だわ)
小麦粉と卵を固く焼き締めすぎた、歯が欠けそうなビスケット。
(グルテンの殺しすぎ。これでは家畜の餌よ)
そして、申し訳程度に果実(シロップ漬け)を乗せただけの、生焼けのタルト。
(生地(パート)が完全に水分を吸って、湿った粘土のよう。なぜこれを焼いた後に果実を乗せるという、一手間が加えられないのかしら)
(あれを「お菓子」と呼ぶ王宮の味覚が、私には理解できない)
前世――天宮茜(あまみやあかね)であった頃の記憶が、鮮明に蘇る。
世界的なコンクールを制したパティシエールだった彼女にとって、この世界の「スイーツ」は、およそ食べ物とは呼べない代物だった。乳化の原理も知らず、メレンゲの構造も理解せず、ただ甘ければ良い、ただ派手であれば良いという短絡的な思考。
この十六年間、王妃教育の一環として無理やり参加させられた王宮の茶会は、彼女にとって苦痛以外の何物でもなかった。厨房を借りて(この世界にはない)シュークリームの生地(パート・ア・シュー)の膨らむ原理や、スポンジ生地(ジェノワーズ)の気泡の安定化について再現実験に没頭するほうが、どれほど有意義だったことか。
「何を考えているか分からない、地味な令嬢」
それが、王宮におけるエリアーナの評価だ。
(結構。何も分かってもらわなくて)
彼女の興味は、王妃の座にも、王太子の愛にもない。
彼女の夢はただ一つ。誰にも邪魔されない場所で、この世界に存在する未知の食材――魔法の兆しを秘めた果実や、前世では手に入らなかった素材を使い、究極の「作品(スイーツ)」を完成させること。
そのための「アトリエ(厨房)」と「研究費」さえ手に入れば、公爵令嬢の身分も、王太子妃の地位も、彼女にとっては足枷でしかなかった。
「……そろそろ、かしら」
エリアーナは、壁にかけられた時計を見上げた。
パーティーの開始から一時間。主役たちが、クライマックスの舞台を演じるには、ちょうど良い頃合いだ。観客(やじうま)も十分に温まっている。
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