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第一章:追放
1-4:望みし「不毛の地」
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「はい。私はこの度の騒動で、深く、深く心を痛めております」
エリアーナは、そっと胸に手を当て、悲劇のヒロインを(完璧に)演じてみせた。そのあまりの変わりように、アズライトが「どの口が」と呟いたが、彼女は無視した。
その演技は、先ほどのリリアーヌの「か弱さ」とは質の違う、公爵令嬢としての矜持を保ったまま傷ついた、という気高さを感じさせた。
「つきましては、王都の喧騒を離れ、静かな場所で『静養』したく存じます」
「静養、だと? ……ほう」
国王が、初めて興味深そうに眉を上げた。
「我がクライフェルト公爵家が所有する、北の辺境領地……王都では『不毛の地』と呼ばれる、あの土地の管理を、私にお任せいただけませんでしょうか」
その言葉に、今度は会場全体がはっきりとどよめいた。
「北の辺境だと?」「あんな何もない土地で、何を」
「公爵家も、ついにあの土地を持て余したか」
北の辺境領地。そこは、冬は雪に閉ざされ、夏は短く、痩せた土壌のせいでろくに作物も育たないと噂される、クライフェルト公爵家の「お荷物」と呼ばれる土地だ。
アズライトが、我慢しきれないといった様子で口を挟んだ。
「はっ、何を言い出すかと思えば! 追放されるのが怖くて、自ら辺境へ逃げ出すというのか。君らしい、陰気な選択だな! ちょうどいい、そこで一生、意味の分からない実験でもしているがいい!」
(陰気? いいえ、殿下。あれこそが『希望の地』ですのよ)
エリアーナは、内心でほくそ笑んだ。
彼女は、前世の知識と、公爵家の書庫で得たこの世界の知識を総動員し、すでに調査を終えていたのだ。
『不毛の地』。
だが、その気候――夏と冬、そして昼夜の「激しい寒暖差」。
その土壌――火山灰を含んだ、「水捌けの良い」痩せた土地。
それは、前世のパティシエール天宮茜が、最高の素材を求めて視察に訪れた、数々の「テロワール」(最高の作物を生む土地)の条件と、奇妙なほど一致していた。
フランスのアルザス地方の葡萄畑も、日本の寒冷地の果樹園も、すべてはこの「過酷な環境」こそが、他に類を見ない風味と糖度を生み出していた。
(あの寒暖差こそが、果実の糖度を極限まで高める。あの水捌けこそが、根腐れを防ぎ、凝縮された味を生み出す)
あそこは、不毛の地などではない。
まだ誰もその価値に気づいていない、奇跡の果樹園(オーチャード)になり得る、最高の「アトリエ」だ。
「ええ、殿下の仰る通りですわ」と、エリアーナはあえて俯いた。
「このような『冷たい女』は、王都の華やかな社交界にはふさわしくありません。北の地で、静かに反省の日々を送るのが、私への何よりの罰となりましょう」
「ふん、分かっているならいい」アズライトは、自分の言葉がエリアーナに「効いた」と思い、満足げに鼻を鳴らした。
国王は、このやり取りを黙って見ていたが、やがて重々しく口を開いた。
「クライフェルト嬢。そなたの望み、確かに聞き届けた。公爵家への慰謝料、および、そなた個人の『静養費』として、十分な手切れ金……いや」
国王はそこで、面白そうに口の端を上げた。
「『研究費』とでも言おうか。それを持たせて、北の領地へ向かうことを許可する」
「……!」
(研究費!)
エリアーナは、完璧なカーテシーで、再び深く頭を下げた。その下で、喜びのあまり拳を握りしめる。
(国王陛下、なんと素晴らしい! これで最新の魔導コンロが買えるわ! 温度管理できる冷却室も、清潔なステンレスの調理台も、すべて揃えられる!)
陛下の「研究費」という言葉に、皮肉以上の何か――この公爵令嬢が何をしたいのかを見抜いているような響きを感じたが、今はどちらでもよかった。
「陛下の寛大なるご配慮に、心より感謝申し上げます」
「アズライト、リリアーヌ」
国王の視線が、主役の二人に移る。
「そなたたちの『真実の愛』とやら、その代償は高くついたな。だが、良かろう。エリアーナ嬢が去った後、リリアーヌ嬢を、王太子の新たな婚約者として迎えよう」
「「ありがとうございます!」」
歓喜に沸く二人と、それを祝福する貴族たち。
その喧騒の中で、もはや「元」悪役令嬢となったエリアーナに注目する者は、誰一人いなかった。
エリアーナは、そっと胸に手を当て、悲劇のヒロインを(完璧に)演じてみせた。そのあまりの変わりように、アズライトが「どの口が」と呟いたが、彼女は無視した。
その演技は、先ほどのリリアーヌの「か弱さ」とは質の違う、公爵令嬢としての矜持を保ったまま傷ついた、という気高さを感じさせた。
「つきましては、王都の喧騒を離れ、静かな場所で『静養』したく存じます」
「静養、だと? ……ほう」
国王が、初めて興味深そうに眉を上げた。
「我がクライフェルト公爵家が所有する、北の辺境領地……王都では『不毛の地』と呼ばれる、あの土地の管理を、私にお任せいただけませんでしょうか」
その言葉に、今度は会場全体がはっきりとどよめいた。
「北の辺境だと?」「あんな何もない土地で、何を」
「公爵家も、ついにあの土地を持て余したか」
北の辺境領地。そこは、冬は雪に閉ざされ、夏は短く、痩せた土壌のせいでろくに作物も育たないと噂される、クライフェルト公爵家の「お荷物」と呼ばれる土地だ。
アズライトが、我慢しきれないといった様子で口を挟んだ。
「はっ、何を言い出すかと思えば! 追放されるのが怖くて、自ら辺境へ逃げ出すというのか。君らしい、陰気な選択だな! ちょうどいい、そこで一生、意味の分からない実験でもしているがいい!」
(陰気? いいえ、殿下。あれこそが『希望の地』ですのよ)
エリアーナは、内心でほくそ笑んだ。
彼女は、前世の知識と、公爵家の書庫で得たこの世界の知識を総動員し、すでに調査を終えていたのだ。
『不毛の地』。
だが、その気候――夏と冬、そして昼夜の「激しい寒暖差」。
その土壌――火山灰を含んだ、「水捌けの良い」痩せた土地。
それは、前世のパティシエール天宮茜が、最高の素材を求めて視察に訪れた、数々の「テロワール」(最高の作物を生む土地)の条件と、奇妙なほど一致していた。
フランスのアルザス地方の葡萄畑も、日本の寒冷地の果樹園も、すべてはこの「過酷な環境」こそが、他に類を見ない風味と糖度を生み出していた。
(あの寒暖差こそが、果実の糖度を極限まで高める。あの水捌けこそが、根腐れを防ぎ、凝縮された味を生み出す)
あそこは、不毛の地などではない。
まだ誰もその価値に気づいていない、奇跡の果樹園(オーチャード)になり得る、最高の「アトリエ」だ。
「ええ、殿下の仰る通りですわ」と、エリアーナはあえて俯いた。
「このような『冷たい女』は、王都の華やかな社交界にはふさわしくありません。北の地で、静かに反省の日々を送るのが、私への何よりの罰となりましょう」
「ふん、分かっているならいい」アズライトは、自分の言葉がエリアーナに「効いた」と思い、満足げに鼻を鳴らした。
国王は、このやり取りを黙って見ていたが、やがて重々しく口を開いた。
「クライフェルト嬢。そなたの望み、確かに聞き届けた。公爵家への慰謝料、および、そなた個人の『静養費』として、十分な手切れ金……いや」
国王はそこで、面白そうに口の端を上げた。
「『研究費』とでも言おうか。それを持たせて、北の領地へ向かうことを許可する」
「……!」
(研究費!)
エリアーナは、完璧なカーテシーで、再び深く頭を下げた。その下で、喜びのあまり拳を握りしめる。
(国王陛下、なんと素晴らしい! これで最新の魔導コンロが買えるわ! 温度管理できる冷却室も、清潔なステンレスの調理台も、すべて揃えられる!)
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「陛下の寛大なるご配慮に、心より感謝申し上げます」
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「そなたたちの『真実の愛』とやら、その代償は高くついたな。だが、良かろう。エリアーナ嬢が去った後、リリアーヌ嬢を、王太子の新たな婚約者として迎えよう」
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