『元悪役令嬢、追放先で奇跡の果樹園(フルーツパーラー)を開店する ~前世パティシエールの技術でスローライフのはずが、王室御用達になってしまい

とびぃ

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第五章:奇跡(コンフィチュールと行商人)

5-1:行商人バルトの来訪(品定め)

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『白夜の桃のコンフィチュール』が完成した翌日。辺境の館の門前に、派手な装飾を施した大型の魔導馬車が、砂埃を巻き上げながら到着した。
ゲオルグ代官の紹介状を手に、王都から遠路遥々やって来たのは、バルト商会の行商人、バルト本人だった。彼は三十代後半、太鼓腹で丸い顔をしているが、その瞳の奥には、長年の商取引で磨き抜かれた鋭い目利きと、商魂の貪欲さが光っていた。辺境の寒村に不釣り合いな彼の身なりは、王都の商業階級特有の「富と権力」を誇示しているかのようだった。
馬車から降りたバルトは、まず辺境の荒涼とした空気に不快感を示した。乾いた冷たい風が、彼の高級な羅紗(ラシャ)のコートを容赦なく叩きつける。
(フン、王都の連中が『不毛の地』と呼ぶのも無理はない。空気は冷たく乾燥し、土は痩せ細っている。こんな場所で、公爵令嬢が何を道楽で始めるというのだか)
セバスの案内で広間に通されたバルトは、まずエリアーナの姿を見て内心で舌打ちした。
(聞いていた通り、若い公爵令嬢か。王都から追放されて、この辺境の地で寂しさを紛らわすために、高価な機材を揃えた「道楽」だろう。コンフィチュールの独占販売権? 辺境の酸っぱい果物で作ったジャムなど、所詮は土産品。高く買い叩いて、名ばかりの独占権をちらつかせておけば十分だ)
バルトは、エリアーナが纏う簡素な紺色のワンピースと、王都の流行とは無縁の飾り気のない髪型を見て、彼女を「世間知らずのお嬢様」と判断した。そして、広間の清掃が行き届いていることや、かすかに漂う清涼な香りを無視し、傲慢な態度でエリアーナの前に立った。彼は、この地の貧しさこそが、自身の交渉の優位性であると信じていた。
「クライフェルト様。バルト商会のバルトと申します。ゲオルグ代官より、貴方様からの『調達リスト』を拝見いたしました。大変、結構な額の注文でございますな」
バルトは、表面的な敬意を払いながらも、会話の主導権を握ろうと、わざと高慢な口調で問いかけた。その口調には、「王都の富が、辺境の貴族を救ってやっている」という、明確な優越感が含まれていた。
「しかし、貴方が要求されている『最高純度の砂糖』や『厳選されたヴァニラの鞘(さや)』は、王都でも限られた貴族しか扱えぬ代物。そのコストに見合うだけの『作品』が、この辺境の地の『果物』から生み出せるのかどうか、我々商会としては商売人として疑問でございます」
バルトは、テーブルに置かれた冷たい紅茶を一口飲んだ。その水は、エリアーナの指示で井戸から汲み上げられたばかりの、不純物が極めて少ない澄んだ水だったが、彼の舌にはその違いは分からなかった。
エリアーナは、静かに笑みを浮かべた。その微笑みは、侮辱された怒りではなく、「獲物」を前にした探求者のそれだった。彼女の視線は、バルトの心臓の奥深くにある「金銭欲」を正確に捉えていた。
「バルト殿。貴方への要求は、単なる投資ではありません。それは、『最高の結果を求めるための、妥協なき素材』への、対価よ。そして、その対価は、貴方が王都で稼ぐどの金貨よりも、遙かに価値のある『作品』として、貴方に返されることになるわ。さあ、こちらへ」
エリアーナは、彼を広間ではなく、アトリエへと案内した。
アトリエの扉が開いた瞬間、バルトは思わず息を飲んだ。煤けた石壁の中に広がる、真新しいステンレスの調理台が、北の光を反射して鈍く、冷たく輝いている。青白い魔力の炎を宿した魔導コンロが、音もなく静かに熱を蓄めている。そして何より、工房全体を支配する清潔感と、微かに漂う桃の清涼な香り。その清浄な空気は、王都の市場の生臭い熱気と、彼の汗ばんだ体臭を、一瞬で浄化するかのように感じられた。
(ま、まさか。この清潔さは……! 王都の一流パティスリーでも、これほどの衛生的厳密さはないぞ! 木材やレンガの継ぎ目が一切ない、このステンレスの台は……王宮の御用達商会ですら、納入を拒否されるほどの高価なものだ!)
バルトは、その完璧なアトリエの姿に、思わず警戒レベルを一段上げた。彼の商人の直感が、この令嬢がただの道楽ではないことを、肌で感じ取っていた。しかし、すぐに彼は己の商魂を優先する。
「お、おや……これは。なかなかの設備で。さすがは公爵家のご息女でございますな。しかし、設備が良くても、素材が辺境のものでは……」
バルトは、あえて辺境という言葉を強調し、エリアーナの『作品』の価値を貶めようとした。
「そう。貴方様からの『調達リスト』。今回は、その『品質』のテストも兼ねて、我々が王都で『最高級』と謳う砂糖を、一袋お持ちいたしました」
バルトは、自慢げに、護衛に持たせていた麻袋を、真新しいステンレスの調理台の上に乱暴に置かせた。麻袋からは、王都の貴族が使う上白糖の、白く粉っぽい匂いが立ち上る。その匂いは、アトリエの清涼な香りを、一瞬だけかき消した。
「これが、王都で『純粋無垢』と評される砂糖でございます。どうか、ご鑑定ください」
その言葉には、「どうせ貴方には、この価値は分からまい」という、見下したニュアンスが込められていた。バルトは、エリアーナが「素晴らしい」と喜ぶ姿を想像していた。
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