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カケラシティー

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「ミナ、最近太った?」

 夫の不用意な一言は、わたしの心を泡だてた。

“だからエッチしてくれないの?”

 真っ先に浮かんだ言葉はそれだったけど、そんな質問、どんな答えが返ってきたって哀れになるだけだからしたくない。

「そうなの。良く見てるね」

 いや、見てた訳じゃないけど、何となく。
 そんなにモゴモゴ喋るなら、最初から、そんな事、言わなきゃないいのに。
 結局、わたしは食器を洗う。白いものを白く。油も汚れもキレイに落として、心のモヤモヤもスッキリすれば良いのにと必要以上に泡立てる。

 その日のうちにスポーツジムの予約を取った。
 会員制じゃなく、一回のみの使用が可能なところ。近所じゃなくて少し離れたところを、夫がそそくさと寝た後にネットから検索して予約を入れた。
 身体を動かす事は元々好きだから靴やら服やらは用意があって、さらに言えば、近所のクラブの会員にも入っている。
 そこを使いたくなかった理由は様々で、ご近所付き合いや、ご近所付き合いや、ご近所付き合いだ。
 まだ、24の私は近所の奥さん方から白い目で見られて、一緒にいるのが億劫なのだ。
 更に言えば、夫もそこの会員だから、わたしが、こっそり通っているのがバレたくない。

 だから、何のしがらみもなく、ただ思いっきり身体を動かす事が出来るのだと思ったら、存外、それは楽しみだった。

 平日の午前中。予約の時間に入ってみると、そこは、ほとんど人がいなかった。近所の相場からすればちょっとお高いそのジムは、器具もなかなか高級そうで、利用者も本格的な人ばかりだった。

 しまった、と思いはしたが、どうせ一回限りの利用なのだから、ほんの数時間、汗を流してスッキリしようと直ぐに開き直った。

 改めて、周りを見渡すと、そのスペースにいるのは、利用者が、わたしを含めて3人とインストラクターが1人の計4人。しかも、わたし以外は全員が男性だった。
 そんなに手厚くレクチャーをしてくれる雰囲気もなく、わたしはロッカールームで着替えると、そのまま自由に器具を使ってトレーニングをする事になった。

 最初にウォーミングアップの為にエアロバイクでしばらく汗をかく。
 バイクは壁を向いており、黙々とそれに向かって漕ぐのだが、その壁が鏡になっているため、そこからトレーニングルーム全てを見渡す事が出来た。

 どうやら、本当に本格的な志向のジムのようで、器具も厳選して置かれているので、あまり広くない。部屋にはハードロックが流れていて、各々が、ひたすら肉体を鍛え上げている。
 そこで、トレーニングをしている人たちは明らか素人では無い。
 わたしは、バイクを漕ぎながら彼らを観察した。

 まず1人目は、身長が高いゴリゴリのマッチョ。とは言ってもボディビルダーのようなギラギラ感はなく、筋肉が闘争心に溢れているようだ。恐らく格闘家か何かなんだろうと思う。切れ長の目に銀色の短髪。インストラクターの補助を受けてベンチプレスをあげていた。

 そして2人目は、こちらは見た目がちょっとチャラい。ウェーブのかかったロン毛をヘアバンドでまとめている。しかし見た目のチャラさとは違い、肉体はしなやかで無駄がなく誠実に作り挙げられた感がある。し敏捷生が感じられる肉体を長い時間ストレッチで伸ばしている。わたしが思うに彼はダンサーだと思う。

 中でも目を引く3人目は、格闘家の補助をしているインストラクター。
 可愛い顔で、爽やかな笑顔。完全無欠のインストラクターだ。少し大きめなTシャツはその肉体を隠しているが、それでもわかる大胸筋の盛り上がりや、袖から覗く二の腕の筋肉の無駄のなさ。見せる為の筋肉に仕上がっている。

 何とも目の保養になる3人だ。恐らく女性に不自由していない事は想像にかたくない。結婚してなきゃ、わたしだって抱かれたい。いや、結婚してても抱かれたいと思ってしまう。

 そんな不埒な事を考えてた時、バイクのペダルの負荷が急に落ちた。
 あれ?と思い、漕ぎながらモニターを見たが、モードが切り替わった様子も無い。まだ15分程度しか漕いで無いのでもう少し漕ぎたいのだが続けるかやめようか考えていたところ、インストラクターが来てくれた。

「ああ、インターバルですね。続けていれば直ぐに戻ります」

 まるで、わたしの心の声を聞いていた見たいに、そっと近づいてきてアドバイスをすると、また格闘家の補助に戻っていった。
 わたしが驚いたのは、その何気ない優しさだけじゃない。
 彼は、補助をしている間、こちらを伺っている様子はまるで無かったのだ。何故だかチラリとスマホを見て、こちらに来てくれたのだ。
 
 “もしかしたら最新鋭の器具だから、スマホと連動してるのかな?”

 そんな風にのんきに考えていたが、スマホと連動していたのが器具では無いと、後でタップリ思い知る。
 

 
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