56 / 109
番外 リズヴァーン 5
しおりを挟む5月の半ば、教師に用事があると言うアルバートを待っていた放課後、忘れ物をしたのに気づき、一人教室へと向かった。
その途中、外から聞き覚えのある声が聞こえた気がして、窓を開け下を覗き込む。
校舎の裏にいたのは、キャスティーヌとモースディブス?
知り合いだったのか?と思い、立ち去ろうとしたら、
「やめてください!」
キャスティーヌの悲鳴が聞こえた。
身を乗り出してみれば、壁際に縫い付けられたキャスティーヌの胸元に手をかけているモースディブスの姿がある。
頭の中に二年前の風景が蘇ってきた。
アルバートだけではなくキャスティーヌまで……。
男のアルバートさえあれだけ傷ついたのに、女性であるキャスティーヌなら、どれほどの傷が残ることか………。
俺は階段を駆け下り、校舎裏を目指した。
モースディブスに対して口に出した言葉に、自身に納得した。
そうか、俺はキャスティーヌのことを可愛く思っているのか。
確かに婚約するのはいい考えかもしれない。
まだ先のことはわからないが、両親にも勧められていたし、サリフォル伯爵も、最近はアルバートといることに何か言いたそうにしていたし。
アルバートも他の男の元へやるより、俺なら渋々でも納得するだろう。
以前のままのキャスティーヌなら、助けには行っても、偽装であったとしても、婚約などは口にしなかっただろう。
でも、自然と言葉にしていた。
今まで異性に少しでもそういう考えを持ったことは一度もなかった。
婚約だけではなく、キャスティーヌとなら一緒になっても楽しく暮らせるのではないだろうか。
あの東の端の領地でも、今の彼女なら生き生きと暮らせると思う。
うん、悪くないのではないだろうか。
それに何より、いまこの腕の中で泣いている彼女をこれ以上泣かせたくない。
泣くのはダメだ。
どんなにとぼけたことを言っても、全てを顔に出してて本人が気づいてなくても、令嬢としてどうだろうと言う行動をとっても良いけれど、泣くのはダメだ。
子供のように声を上げて泣く彼女の背中を、落ち着くまで叩き、落ち着いた彼女を家まで送り届けた。
アルバートには有ったことだけ伝えて、相手は伏せておく。
アルバートを犯罪者にしないためにも。
勿論納得してくれなくて、責められ、殴られ、泣かれた……。
妹の仇を討たせろと、なぜ隠し事をすると、自分の気持ちをわかってくれないのかと責められ泣かれた。
それでも彼女は知られたくはないだろう。
今の彼女なら。
キャスティーヌは3日ほど学園を休んだ。
アルバートも休んでいる。
4日目、登校してきたアルバートに、家に来るように言われ、放課後にサリフォル家へ訪れた。
キャスティーヌはまだベッドから出してはもらえないようだ。
礼を言ったキャスティーヌがら
婚約のことを聞いてきた。
彼女の虫除けと、俺への見合いよけなどと理由をつけてみる。
少し考えて話に乗ってきた彼女に、本音は伝える必要はないだろう。
本人とアルバートから許可を得たので、両親に手紙を書こう。
両親から正式に、伯爵へ申し込んでもらうために。
これで俺は、楽しく可愛い婚約者と、アルバートとの一生の縁が手に入るのだ。
………そう考える俺は最低な男なのだろう。
そんな俺に目をつけられたキャスティーヌは、不運なのかもしれない。
だからそのぶん、彼女を幸せにしてあげようと思う。
10
あなたにおすすめの小説
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる