5 / 15
第五話 蛇
しおりを挟む
和真は部長のお言いつけどおり、主にゴミの処理施設を見て回った。一部は換気扇が修理中で、むせ返るような臭いが充満していた。
報告書にまとめようと、夕方には事務所に戻ったが、心なしか同僚には遠巻きに見られ、終始背中に向かって何かを言われている気がしていた。
和真が家に帰ると、丸坊主に近い頭になった兄が味噌を煮詰めるいい匂いがしていた。思わずお腹を押さえ、腹の減り具合を確かめる。
玄関の靴がひっくり返っていた。下駄箱の中身がほとんど地面に落ち、靴べらまで落ちていた。
どうやったらこうなるんだよ。
和真は下駄箱に靴を並べ直しながら、台所に立つ兄の明徳の背中を見た。
いい加減なやつ。
明徳は鍋を掻き回しながら、スマホを片手にニヤニヤと微笑んでいる。
和真は昨日の余りのご飯を冷蔵庫から取り出してレンジに入れ、温め終わると熱しておいたフライパンに入れて炒めた。
今のいままで和真が帰っていることにすら気づいていなかった明徳は驚いたように言った。
「おわっ! おまっ! 帰ってたのか!」
「ああ、そうだよ。すいませんねぇ、帰ってて」
「スネるなよ。悪かったって」
「今日はチャーハンとその味噌汁でいいんだよね?」
「ああ、充分だろ」
二人で食事を貪り、おもむろに立ち上がった明徳は冷蔵庫からいつものようにデザートを取り出そうとしていた。
明徳はコンビニで余った商品などを家に持ち帰っている。そのまま廃棄するよりは、俺たちの胃袋に入った方が作った人たちも浮かばれるってもんだと持論をいつも展開する。
冷蔵庫には常にいくつかデザートがストックしてあるが、ここ最近は空いてきている。ストレス発散に和真がこっそり食べているからだ。普段は食べないが。
その分、お腹に肉がついてきた気がする。そのうち、兄のような出た腹になって薄らハゲてくるのか? 不安は尽きない。
「あれ? もうデザートないや」
和真は大袈裟に驚き、大幅に食った個数をちょろまかして言った。
「え? この前一個だけ食べたけど、もうなくなったんだ」
「ちょっと余り貰ってくるかな」
そう言い、財布を鞄から出してサンダルを履いた明徳は、玄関でぎゃっと声をあげた。
自分の体重で足でも捻ったのかと思った和真は、うぅーっと唸る兄の様子をのんびり見に行った。
明徳は足首を押さえて、玄関の段差をはい登りながら言った。
「噛まれた! 下駄箱! 下駄箱の下に何かいる!」
「はあ? なに?」
和真は玄関先の段差を這い上がってきたばかりの、明徳のでっぷりとした尻をトイレの前の扉まで足で押しやってやって、玄関に腹ばいになると下駄箱の下を覗いた。
「暗くてよく見えないな」
けど、何かいるようにも見える。
和真はスマホを持ってきてライトをつけた。これまた同じように腹ばいになって覗き込んだ。今回はライトの光を向けながら。
「うわっ! 本当に蛇がいる!」
和真は飛び上がるように起き上がった。
「蛇だって? 俺は蛇に噛まれたってのか? もうダメだ。だからこんなに痛いんだ、毒で死ぬ。救急車を呼んでくれぇ」
痛い痛いと呻く明徳を呆れたように見て言った。
「まだ分かんないだろ? 毒のない蛇だといいけど」
和真は玄関に投げっぱなしにしてあるモップを掴み、また腹ばいになって下駄箱の下を覗きこみながらモップをスルスルと押し込んでいく。
和真はとぐろを巻いた蛇をモップで押さえつけた。
「このっ! 暴れるなよ!」
蛇はのたうち回って抵抗しながら、和真の腕を目掛けて下駄箱から飛び出てきた。
「うわっ! うわわぁ!」
驚き過ぎた和真は玄関の土間に転がり落ちて、尻もちをつきながら後ろに下がるが、玄関のドアに腰をぶつけた。
モップを突き出し蛇を牽制するが、今度はモップにスルスルと巻き付き、和真目掛けて迫ってくる。和真の全身の毛が逆立つ。モップを離したいけど、和真は凍りついたように動けないでいた。
蛇は口を大きく開き、二本の鋭い牙を見せて威嚇している。
その脳天目掛けてバットが振り下ろされた。
ドカン!
地面とモップと木製バットがぶつかる音が辺りに響く。和真は凍りついた呪縛が解けて思わずモップを放り投げるように手放した。
「何すんだよっ! 危ないだろっ!」
「このっ! このっ! このっ!」
明徳は狂ったようにバットを振り下ろし、蛇を叩き潰し続けた。
明徳は肩で荒々しい息をしていた。持っていたバットは玄関の下駄箱に立てかけてトイレに入っていった。
和真はブツブツとまだ文句を言っていた。玄関の土間にはバットで打ち付けた跡が残り、その端々には蛇の黒い血や肉片が飛び散っていた。
和真はトイレをドンドンと叩いた。
「おい! 毒は?」
「ちょっと待ってくれ。でかいのが出そうなんだ」
和真は呆れた顔で玄関のサンダルを履くと、モップを持って外に出た。新品なんだぞ。まったく。どうやら折れていないようだった。そういえばと思い返しモップの柄を持って先を見てみると、先にべっちょりとついた虫の死骸も、黒い染みを擦った跡もきれいさっぱりなくなっていた。玄関の外に備え付けられている蛇口を捻り、念の為に洗っておいた。
和真が玄関から中に入ると、明徳がヤカンを持って蛇の死骸にお湯をかけていた。
「……何してんだ?」
「こうやればこの汚れを落とすのも楽になりそうじゃないか?」
和真はそんなわけないじゃないかと思っていた。だが黙っておいた。
明徳はバットを取ってくれと言わんばかりに玄関の段差の上にしゃがんで手招きしている。まるで届かないから取ってくれと言わんばかりに。チラチラとこっちを見ている。あと少し伸ばせば届くじゃないか。脂肪で腕が伸びないのか?
和真はやれやれとバット手渡した。明徳はヤカンからお湯を垂らしてバットにかけていった。蛇の毒々しい黒い血はお湯に押し流されて地面に垂れたかと思うと、蛇の死骸ごと蒸気となって四散していった。
「ほら、落ちやすくなるどころか蒸発したぞ! すごいだろ!」
「すごくねえ! すごくねえどころかありえないだろ! なんだよ今の! まるで……」
和真はそこで言葉を切った。言葉を思いつかなかったが、それでもとにかく不気味で、非現実的だと感じていた。兄の明徳の前では怖がる素振りはしたくなかった。
「……んで、毒は?」
「何ともないみたいだ。クソと一緒に出ちまったかもな」
報告書にまとめようと、夕方には事務所に戻ったが、心なしか同僚には遠巻きに見られ、終始背中に向かって何かを言われている気がしていた。
和真が家に帰ると、丸坊主に近い頭になった兄が味噌を煮詰めるいい匂いがしていた。思わずお腹を押さえ、腹の減り具合を確かめる。
玄関の靴がひっくり返っていた。下駄箱の中身がほとんど地面に落ち、靴べらまで落ちていた。
どうやったらこうなるんだよ。
和真は下駄箱に靴を並べ直しながら、台所に立つ兄の明徳の背中を見た。
いい加減なやつ。
明徳は鍋を掻き回しながら、スマホを片手にニヤニヤと微笑んでいる。
和真は昨日の余りのご飯を冷蔵庫から取り出してレンジに入れ、温め終わると熱しておいたフライパンに入れて炒めた。
今のいままで和真が帰っていることにすら気づいていなかった明徳は驚いたように言った。
「おわっ! おまっ! 帰ってたのか!」
「ああ、そうだよ。すいませんねぇ、帰ってて」
「スネるなよ。悪かったって」
「今日はチャーハンとその味噌汁でいいんだよね?」
「ああ、充分だろ」
二人で食事を貪り、おもむろに立ち上がった明徳は冷蔵庫からいつものようにデザートを取り出そうとしていた。
明徳はコンビニで余った商品などを家に持ち帰っている。そのまま廃棄するよりは、俺たちの胃袋に入った方が作った人たちも浮かばれるってもんだと持論をいつも展開する。
冷蔵庫には常にいくつかデザートがストックしてあるが、ここ最近は空いてきている。ストレス発散に和真がこっそり食べているからだ。普段は食べないが。
その分、お腹に肉がついてきた気がする。そのうち、兄のような出た腹になって薄らハゲてくるのか? 不安は尽きない。
「あれ? もうデザートないや」
和真は大袈裟に驚き、大幅に食った個数をちょろまかして言った。
「え? この前一個だけ食べたけど、もうなくなったんだ」
「ちょっと余り貰ってくるかな」
そう言い、財布を鞄から出してサンダルを履いた明徳は、玄関でぎゃっと声をあげた。
自分の体重で足でも捻ったのかと思った和真は、うぅーっと唸る兄の様子をのんびり見に行った。
明徳は足首を押さえて、玄関の段差をはい登りながら言った。
「噛まれた! 下駄箱! 下駄箱の下に何かいる!」
「はあ? なに?」
和真は玄関先の段差を這い上がってきたばかりの、明徳のでっぷりとした尻をトイレの前の扉まで足で押しやってやって、玄関に腹ばいになると下駄箱の下を覗いた。
「暗くてよく見えないな」
けど、何かいるようにも見える。
和真はスマホを持ってきてライトをつけた。これまた同じように腹ばいになって覗き込んだ。今回はライトの光を向けながら。
「うわっ! 本当に蛇がいる!」
和真は飛び上がるように起き上がった。
「蛇だって? 俺は蛇に噛まれたってのか? もうダメだ。だからこんなに痛いんだ、毒で死ぬ。救急車を呼んでくれぇ」
痛い痛いと呻く明徳を呆れたように見て言った。
「まだ分かんないだろ? 毒のない蛇だといいけど」
和真は玄関に投げっぱなしにしてあるモップを掴み、また腹ばいになって下駄箱の下を覗きこみながらモップをスルスルと押し込んでいく。
和真はとぐろを巻いた蛇をモップで押さえつけた。
「このっ! 暴れるなよ!」
蛇はのたうち回って抵抗しながら、和真の腕を目掛けて下駄箱から飛び出てきた。
「うわっ! うわわぁ!」
驚き過ぎた和真は玄関の土間に転がり落ちて、尻もちをつきながら後ろに下がるが、玄関のドアに腰をぶつけた。
モップを突き出し蛇を牽制するが、今度はモップにスルスルと巻き付き、和真目掛けて迫ってくる。和真の全身の毛が逆立つ。モップを離したいけど、和真は凍りついたように動けないでいた。
蛇は口を大きく開き、二本の鋭い牙を見せて威嚇している。
その脳天目掛けてバットが振り下ろされた。
ドカン!
地面とモップと木製バットがぶつかる音が辺りに響く。和真は凍りついた呪縛が解けて思わずモップを放り投げるように手放した。
「何すんだよっ! 危ないだろっ!」
「このっ! このっ! このっ!」
明徳は狂ったようにバットを振り下ろし、蛇を叩き潰し続けた。
明徳は肩で荒々しい息をしていた。持っていたバットは玄関の下駄箱に立てかけてトイレに入っていった。
和真はブツブツとまだ文句を言っていた。玄関の土間にはバットで打ち付けた跡が残り、その端々には蛇の黒い血や肉片が飛び散っていた。
和真はトイレをドンドンと叩いた。
「おい! 毒は?」
「ちょっと待ってくれ。でかいのが出そうなんだ」
和真は呆れた顔で玄関のサンダルを履くと、モップを持って外に出た。新品なんだぞ。まったく。どうやら折れていないようだった。そういえばと思い返しモップの柄を持って先を見てみると、先にべっちょりとついた虫の死骸も、黒い染みを擦った跡もきれいさっぱりなくなっていた。玄関の外に備え付けられている蛇口を捻り、念の為に洗っておいた。
和真が玄関から中に入ると、明徳がヤカンを持って蛇の死骸にお湯をかけていた。
「……何してんだ?」
「こうやればこの汚れを落とすのも楽になりそうじゃないか?」
和真はそんなわけないじゃないかと思っていた。だが黙っておいた。
明徳はバットを取ってくれと言わんばかりに玄関の段差の上にしゃがんで手招きしている。まるで届かないから取ってくれと言わんばかりに。チラチラとこっちを見ている。あと少し伸ばせば届くじゃないか。脂肪で腕が伸びないのか?
和真はやれやれとバット手渡した。明徳はヤカンからお湯を垂らしてバットにかけていった。蛇の毒々しい黒い血はお湯に押し流されて地面に垂れたかと思うと、蛇の死骸ごと蒸気となって四散していった。
「ほら、落ちやすくなるどころか蒸発したぞ! すごいだろ!」
「すごくねえ! すごくねえどころかありえないだろ! なんだよ今の! まるで……」
和真はそこで言葉を切った。言葉を思いつかなかったが、それでもとにかく不気味で、非現実的だと感じていた。兄の明徳の前では怖がる素振りはしたくなかった。
「……んで、毒は?」
「何ともないみたいだ。クソと一緒に出ちまったかもな」
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる