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第二章 激動

【第44話:故郷】

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 そこは日中でも陽の光も届かない深い森の中だった。
 いつもなら聞こえる鳥のさえずりも虫の鳴き声も聞こえず、ただ静寂が広がっていた。
 しかし、そこにうごめく一つの影があった。
 いや…影は一つではなかった。
 その陰の後ろに次々と現れる無数の影。影。影。
 その無数の影の中、最初の影がこう呟く。

「やはり、まがいものに力を与えても使いこなせなかったか…。次は俺様が直々に最初の杭を打ち込んでやろう」

 そう言うと、不敵な笑みを浮かべて闇の中にとけていくのだった。

 ~

 オレ達はテリトンの街を後にし、バッカムさんのキャラバンと別れた後、パズ、リリル、メイ、キントキの三人と二匹のパーティーで街道を南東に進んでいた。
 この辺りは比較的背の低い木々が立ち並び、緑が目に優しく気候も良かったので歩ているだけで気持ちよかった。
 しばらくバッカムさん達との別れたばかりなので寂しかったが、今は前をしっかり向かなければと色々話しながら進んでいた。
 チワワのパズは今日はキントキの上には乗らずに、パーティーの先頭をリーダー気取りで歩いている。
 尻尾を大きく振りながら歩いているのできっとご機嫌なのだろう。

「パズ~。先頭歩くのはいいけど道わかるのか~?」

 と聞くと、一瞬こっちを振り向いて

「ばぅ!」

 と一吠え。一本道だから問題ないと気持ちを伝えてくるのだった。

「まぁ分かれ道はしばらく無いし大丈夫か…」

 そんなまったりしたやり取りをしていると、リリルが、

「ユウトさん。本当に目的地はコルムスでいいんですか?」

 と、少し申し訳なさそうに聞いてくる。

「それはもう何度も話し合って決めただろ?リリルの生まれた街をオレも見てみたいし」

 とオレは何度目かになる同じ台詞を口にする。

「そうでござるよ。僕もリリル殿の生まれた街を見てみたいでござる!」

 とメイも賛同し、リリルもようやく納得するのだった。

 オレ達はこれからリリルの生まれた街を尋ね、そこでリリルのご両親の事や街が襲撃を受けた時の事を調べ、最終的にはリリルのお母さんがいるエルフの森に向かう事になっていた。
 オレは特に目的地とか決めてなかったし、メイは修行の旅ができれば良く、使徒であるオレの行く所ならどこでもついていくつもりのようだった。

「ところでユウト殿。今日の宿は守りの家でござるよね?楽しみでござる!」

 と、メイがキントキの上に飛び乗ってワクワクした顔で話しかけてくる。
 オレは守りの家の何がそんなに楽しみなのかわからなかったので、

「その予定だけど、何がそんなに楽しみなんだ?」

 と聞いてみる。
 するとメイは、

「だって街道守備隊でござるよ!響きがカッコいいでござる!」

 と、単純なある意味メイらしい回答が返ってきた。

「あぁ…まぁ言われてみれば響きはカッコいいかもなぁ。でも見た目は冒険者とあんまり変わらなかったぞ?」

 と答えると、

「そうなんでござるか!?騎士みたいなお揃いの装備ではないでござるか…」

 と、少しがっかりした様子だった。

 そんなくだらない話をしながら歩いていると、街道の向かいから馬車がやってきた。
 ~
 その馬車は商人が使うようなものではなく、一目でそうだとわかるほど豪華な貴族の使用する馬車だった。
 馬車の周りには馬に乗った5人の騎士が並走しており、なんだか少し急いでいるようだった。
 隣りでメイの目が少しキラキラ輝いていたがそっとしておこう…。

 そして、その馬車が10mほどの距離まで迫ったときに一人の騎士が話しかけてきた。

「そこの者!ちょっと止まれー!」

 銀色に輝く軽装鎧にショートスピアを持ち、腰には長剣、背中に盾というお揃いの装備に身を固めていた。
 兜を被っているので顔がよく見えないが、30代半ばほどの壮年の男性だった。

「はい。どうされました?」

 と、オレが代表して応対すると、

「実は我々はコルムスの街に向かっていたのだが、ここから10kmほど先の峠でオーガが現れてな。1匹や2匹なら我々だけでも何とかなるのだが、遠目に確認しただけでも5匹を超える数のオーガがいたのだ」

 だから、お前たちも一度引き返したほうが良いと忠告してくれる。
 すると何故かメイが急に態度を豹変させて、

「オーガでござるか!僕とキントキで退治してくれるでござる!!」

 と興奮気味に割り込んでくる。
 メイの気持ちを理解したのかスターベアのキントキも珍しくその気になっていた。
 そして、いったいどうしたのかとメイをよく見ると、目元に少し光るものが見えたのだった。

(あぁ…そういう事か…。鬼ってオーガの事だったのか…。それなら)

 先日まだテリトンの街にいた時に、メイの両親が鬼に殺されたと聞いたのを思い出し、

「騎士様。ご忠告ありがとうございます。ただ、こう見えてもオレたちは冒険者パーティーです。逆にオーガを退治したいと思います」

 と、伝えるのだった。
 それを聞いた話していたのとは別の若い騎士が、

「バカな!?話を聞いていたのか5匹以上いたのだぞ!?死にたいのか!」

 と割り込んで来た。
 しかし、メイの気持ちを考えるとここで引きたくないと思い、

「心配頂きありがとうございます。ですが、オレ達はこう見えても強さだけなら全員シルバーランク以上はあると冒険者ギルドでもお墨付きを頂いております。ですので何とかなるかと思います」

 と伝える。
 これはギルドマスターのルリに言われたので間違いないだろう。

「ほう?その歳でシルバーランク以上の強さだというのか…いや…それなら…」

 と、今度は隊長らしい騎士が何やら考えだし、

「よし!それなら我らも一緒に参ろう。そなたらが本当にシルバー以上の強さなら我らと力を合わせれば間違いないだろう」

 と、そして正式に護衛依頼として頼みたいと言ってきたのだ。
 オレ個人としては聖なる力を使うところを見られたくないので嫌だったのだが、身分の高い騎士様の提案に断る事はできなかった。

(なんか、面倒な事にならなければいいんだけどなぁ…)

 と、思いながらも渋々引き受ける事になる。

 こうしてオレ達は貴族と騎士の一行とオーガ退治に向かうのだった。
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