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優しい世界
優しい世界-3-
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飲み物と軽食がある屋台には人が並んでいた。時計は12時を過ぎた所だった。
「胡桃ちゃんは何飲む?」
「アイスコーヒーでお願いします」
「了解、ちょっと待っててね」
スタスタと列に並び始める。近場の席は全て埋まっていて、胡桃は遠巻きから尚人の様子を眺めていた。周りのカップルや赤ちゃん連れの親子を見渡す。談笑している姿が目に優しかった。
赤ちゃんをあやしながら食事をする夫婦、撮影した動物を確認しているおじいちゃん、自分と同じように誰かを待っている女性は列に並んでいる男性に手を振っている。みんなが善の感情を持っていて……少しだけ羨ましい。
少し前までは目にする全てが幸せそうで、自分だけが蚊帳の外にいるようで、蔑まされている感覚すらあった。被害妄想のように。どうして許してもらえないのかと、どうして一緒にいてはいけないのかと。あらゆるものを恨んでいた気がする。
――コーヒー、飲めないのか。まだ子どもだな……
始めて食事に誘われた時、食後にリンゴジュースを頼んで、ブラックコーヒーを飲んでいた彼に笑われた記憶。
同じ立場になりたくて背伸びをするようにコーヒーを飲む練習をした。ブラックはまだ飲めないけど、こうやって普通に飲めるようにはなった。
ほらまた。思い出してしまう。気づけば彼の記憶の断片が出てくる。
ため息を吐いた。
尚人は注文を始めていた。何かメニューを見ながら店員と談笑している。
人懐こさが彼の利点だろうなと思う。バイト先で働いていてもパートのおばさんや年上の社員の人と仲良く話していた。礼儀をわきまえつつ、他人の懐に入るのが上手で彼の事を嫌いな人は恐らくいないだろう。
私も尚人くんといたらあんな風にみんなと楽しく過ごせるようになるのかな……
ぼうっと見つめていた。
穏やかな時間。心静かな時。尚人を見つめる自分の目が優しくなる。
だから、気づかなかった。
後ろから自分に向かって歩いてくる足音も。
自分を目指して一直線に来る姿も。
視界に大きな手が映った瞬間は、既に遅かった。
背後から口を塞がれて、後ろに引っ張られる。
「っ!?」
すぐ右後ろに建物の死角が隠れていたのも知らなかった。
何も気づかなかった。
声を上げる事も出来ず、必死に体をじたばたしても頑丈な体が後ろにはあって。
あっという間に人気のない死角に引きずり込まれる。
動物園にこんな隅が存在していたとは、本来は従業員の動線に使われるのだろう。
でも、昼時だからか人が通る様子はない。
――鼻腔にくすぐった煙草の臭いに動きをピタリと止めた。
……嘘だ。信じたくない。
どうして?
なんでここにいるの?
振り向いてはいけないと思った。
認識したら、今度こそ戻れなくなる。
私は普通の人のように幸せになりたくて、優しい世界に行きたくて、だから。
「……しーっ」
人差し指を口にあてて、動かないでと命令する気配を感じた。
「胡桃ちゃんは何飲む?」
「アイスコーヒーでお願いします」
「了解、ちょっと待っててね」
スタスタと列に並び始める。近場の席は全て埋まっていて、胡桃は遠巻きから尚人の様子を眺めていた。周りのカップルや赤ちゃん連れの親子を見渡す。談笑している姿が目に優しかった。
赤ちゃんをあやしながら食事をする夫婦、撮影した動物を確認しているおじいちゃん、自分と同じように誰かを待っている女性は列に並んでいる男性に手を振っている。みんなが善の感情を持っていて……少しだけ羨ましい。
少し前までは目にする全てが幸せそうで、自分だけが蚊帳の外にいるようで、蔑まされている感覚すらあった。被害妄想のように。どうして許してもらえないのかと、どうして一緒にいてはいけないのかと。あらゆるものを恨んでいた気がする。
――コーヒー、飲めないのか。まだ子どもだな……
始めて食事に誘われた時、食後にリンゴジュースを頼んで、ブラックコーヒーを飲んでいた彼に笑われた記憶。
同じ立場になりたくて背伸びをするようにコーヒーを飲む練習をした。ブラックはまだ飲めないけど、こうやって普通に飲めるようにはなった。
ほらまた。思い出してしまう。気づけば彼の記憶の断片が出てくる。
ため息を吐いた。
尚人は注文を始めていた。何かメニューを見ながら店員と談笑している。
人懐こさが彼の利点だろうなと思う。バイト先で働いていてもパートのおばさんや年上の社員の人と仲良く話していた。礼儀をわきまえつつ、他人の懐に入るのが上手で彼の事を嫌いな人は恐らくいないだろう。
私も尚人くんといたらあんな風にみんなと楽しく過ごせるようになるのかな……
ぼうっと見つめていた。
穏やかな時間。心静かな時。尚人を見つめる自分の目が優しくなる。
だから、気づかなかった。
後ろから自分に向かって歩いてくる足音も。
自分を目指して一直線に来る姿も。
視界に大きな手が映った瞬間は、既に遅かった。
背後から口を塞がれて、後ろに引っ張られる。
「っ!?」
すぐ右後ろに建物の死角が隠れていたのも知らなかった。
何も気づかなかった。
声を上げる事も出来ず、必死に体をじたばたしても頑丈な体が後ろにはあって。
あっという間に人気のない死角に引きずり込まれる。
動物園にこんな隅が存在していたとは、本来は従業員の動線に使われるのだろう。
でも、昼時だからか人が通る様子はない。
――鼻腔にくすぐった煙草の臭いに動きをピタリと止めた。
……嘘だ。信じたくない。
どうして?
なんでここにいるの?
振り向いてはいけないと思った。
認識したら、今度こそ戻れなくなる。
私は普通の人のように幸せになりたくて、優しい世界に行きたくて、だから。
「……しーっ」
人差し指を口にあてて、動かないでと命令する気配を感じた。
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