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邂逅
邂逅
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その日の授業は頭に入ってこなかった。
先生が現代文学について話しているのは聞こえてくるけど、具体的な内容を覚えられない。胡桃の耳は機能していなかった。ずっとぼうっとしたまま、気づけば昼休みになっていた。
「ねえ胡桃、今日なんかぼーっとしてるけどどうしたの」
大学で仲良くなり、一緒に行動していた美歩が心配そうに声を掛けてくれる。
ショッキングピンクのTシャツに短めのデニムパンツ、ヒールの高いサンダルを履いた、いかにも夏らしい服装で胡桃は絶対着ないようなセンスのものだった。
最初のオリエンテーションで見た目と違って真面目で読書家の彼女と打ち解け友達になった。年上の彼氏とかれこれ三年はお付き合いしているらしい。
昨日までは胡桃にとって遠い世界の話に思えたが……。
「ちょっと夏バテしたかな。大丈夫、バイトで頑張りすぎたかも」
「あんたは手加減を知らないからね、程よいところで息抜きしなさいよ。とりあえず食堂行く?」
「あ、先に購買でパン買わせて。今日何も作れてなくて」
苦笑いした。朝までセックスして、帰ってから気力がなくて休んだ後に学校に来ている。料理を作る余裕も残り物を温めて詰める余裕もなかった。たまには購買で美味しいものを買ってもいいだろう。
恋人ができたとは……言えない。
彼が有名人だから。彼の迷惑にはなりたくなかった。
美歩や朋香は口が堅いだろうけど、それでも口に出せなかった。
悪いことじゃないのに、指を差されるのが胡桃には怖かった。
学舎の一階に売店があって、昼休みになり人が多くなっている。
手軽に食べられるサンドイッチを手に取る。
おばさんに会計を終えて、売店を出ようとした時だった。
「あっ、やば」
後ろで会計をしていた女性がまずそうに呟く。
胡桃が振り向くと、彼女は財布の小銭入れをかき回していた。
茶髪に鮮やかな赤色のメッシュが入ったショートヘア。マスカラが濃くて目が雑誌のモデルのように大きくなっている。胸元が大きく開かれたシャツを着ていて、男子はすぐに視線を向けるだろう。
学内で有名な女性だった。胡桃も名前は知っている。
あまり良い方の有名じゃないからか、周りの生徒は女性を見ているだけだった。しかも後方の生徒からは舌打ちも聞こえてくる。
レジに映っている値段と小銭の数を一瞬見た胡桃は、財布を取り出して来た道を戻る。
「あ、あの……どうぞ」
100円玉をそっと彼女の隣に置く。
目をさらに大きくさせて、胡桃をまじまじと見ていた。
「……ありがと」
「気にしないでください。それでは」
頭を下げて、急いで売店を出た。100円はまたバイトで稼ぐか、と思った。
廊下で美歩が扉越しから一部始終を覗いていて驚きの声を上げる。
「今、一ノ瀬紗良に絡まれてなかった?てかあんたなんでお金あげてるの」
「こ、困ってたみたいだし……」
「私知らないよ。紗良に絡まれたら面倒なことになるよ」
一ノ瀬紗良。この大学ではTAKESHI並みに有名人だった。主に色恋沙汰で。
学内の男子生徒をたぶらかして貢がせているとか、高級キャバクラで働きながら先生のような年上の男に金をせびっているとか、とにかく男性の噂が絶えない人間だった。
胡桃が1年生の時に別の女子生徒と付き合っていた男を誘惑して、逆上した女子生徒に吐き捨てた台詞が他の女達を敵に回したらしい。
「あんたがブスだからでしょ。私のせいじゃないわ。慢心したあんたのせい」
魔性の女とか男殺しとか、胡桃の耳に入るのは嫌な言葉ばかりだった。
悪口を言っているだけにも思える。
胡桃は授業が学年共通の一コマしか一緒にならないのでほとんど接点はない。
自分とは別世界の人間だ。
遠巻きに見ているだけの自分。関わりたくない気持ちもある。
でも少しだけ、可哀想な気もしていた。
美歩に連れられて食堂に向かった。紗良は結局、食堂には来なかった。
先生が現代文学について話しているのは聞こえてくるけど、具体的な内容を覚えられない。胡桃の耳は機能していなかった。ずっとぼうっとしたまま、気づけば昼休みになっていた。
「ねえ胡桃、今日なんかぼーっとしてるけどどうしたの」
大学で仲良くなり、一緒に行動していた美歩が心配そうに声を掛けてくれる。
ショッキングピンクのTシャツに短めのデニムパンツ、ヒールの高いサンダルを履いた、いかにも夏らしい服装で胡桃は絶対着ないようなセンスのものだった。
最初のオリエンテーションで見た目と違って真面目で読書家の彼女と打ち解け友達になった。年上の彼氏とかれこれ三年はお付き合いしているらしい。
昨日までは胡桃にとって遠い世界の話に思えたが……。
「ちょっと夏バテしたかな。大丈夫、バイトで頑張りすぎたかも」
「あんたは手加減を知らないからね、程よいところで息抜きしなさいよ。とりあえず食堂行く?」
「あ、先に購買でパン買わせて。今日何も作れてなくて」
苦笑いした。朝までセックスして、帰ってから気力がなくて休んだ後に学校に来ている。料理を作る余裕も残り物を温めて詰める余裕もなかった。たまには購買で美味しいものを買ってもいいだろう。
恋人ができたとは……言えない。
彼が有名人だから。彼の迷惑にはなりたくなかった。
美歩や朋香は口が堅いだろうけど、それでも口に出せなかった。
悪いことじゃないのに、指を差されるのが胡桃には怖かった。
学舎の一階に売店があって、昼休みになり人が多くなっている。
手軽に食べられるサンドイッチを手に取る。
おばさんに会計を終えて、売店を出ようとした時だった。
「あっ、やば」
後ろで会計をしていた女性がまずそうに呟く。
胡桃が振り向くと、彼女は財布の小銭入れをかき回していた。
茶髪に鮮やかな赤色のメッシュが入ったショートヘア。マスカラが濃くて目が雑誌のモデルのように大きくなっている。胸元が大きく開かれたシャツを着ていて、男子はすぐに視線を向けるだろう。
学内で有名な女性だった。胡桃も名前は知っている。
あまり良い方の有名じゃないからか、周りの生徒は女性を見ているだけだった。しかも後方の生徒からは舌打ちも聞こえてくる。
レジに映っている値段と小銭の数を一瞬見た胡桃は、財布を取り出して来た道を戻る。
「あ、あの……どうぞ」
100円玉をそっと彼女の隣に置く。
目をさらに大きくさせて、胡桃をまじまじと見ていた。
「……ありがと」
「気にしないでください。それでは」
頭を下げて、急いで売店を出た。100円はまたバイトで稼ぐか、と思った。
廊下で美歩が扉越しから一部始終を覗いていて驚きの声を上げる。
「今、一ノ瀬紗良に絡まれてなかった?てかあんたなんでお金あげてるの」
「こ、困ってたみたいだし……」
「私知らないよ。紗良に絡まれたら面倒なことになるよ」
一ノ瀬紗良。この大学ではTAKESHI並みに有名人だった。主に色恋沙汰で。
学内の男子生徒をたぶらかして貢がせているとか、高級キャバクラで働きながら先生のような年上の男に金をせびっているとか、とにかく男性の噂が絶えない人間だった。
胡桃が1年生の時に別の女子生徒と付き合っていた男を誘惑して、逆上した女子生徒に吐き捨てた台詞が他の女達を敵に回したらしい。
「あんたがブスだからでしょ。私のせいじゃないわ。慢心したあんたのせい」
魔性の女とか男殺しとか、胡桃の耳に入るのは嫌な言葉ばかりだった。
悪口を言っているだけにも思える。
胡桃は授業が学年共通の一コマしか一緒にならないのでほとんど接点はない。
自分とは別世界の人間だ。
遠巻きに見ているだけの自分。関わりたくない気持ちもある。
でも少しだけ、可哀想な気もしていた。
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