猫の首に鈴をつけたい騎士団長とおひさま浴びてヘソ天で寝たい闇の教祖

あさ田ぱん

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23.誤解

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「ここが暗黒神オルド教祖の根城で、女を誘拐して囲っていると通報があったのだ…」

コンラッドは眉間に皺を寄せて、苦しそうに声を絞り出す。

 ここは暗黒神オルド教祖の根城?!違う違う!暗黒神オルド教祖の根城は暗くてぼろっちい孤児院でこんな立派な宿じゃないっての!

 そんな嘘の通報されたってことは、俺をここに連れて来た男に嵌められたんだぁっ!

 でもそれを、どうやって証明すればいい…?

 倒れていた女は、騎士団の兵士たちに目隠しと猿轡を外されると、すぐに叫んだ。

暗黒神オルドの教祖にさらわれて、ここに閉じ込められていましたっ!」
「へ…?!」

 身に覚えが無さすぎて、間抜けな声が出た。

 しかし、明らかに分が悪い…。

 なおも女は騒ぎ立てる。

「他にも、子供を攫って売ろうとしていました!」
「そそそそ、そんな事しないよ!」

 売るどころか子供を三人、育ててるんだよぉ!完全な誤解だ…!

 聖女は俺が言い訳をしている間に、素早く魔法を放った。

 すると髪と目にかけていた魔法が解かれ、たちまち、亜麻色から黒色へと変化していく。

「黒目黒髪だ…!」
「お、暗黒神オルド教祖が現れたぞっ!」

 近くの兵士達が、次々に騒ぎ始めた。

 唇を噛んで固まっているコンラッドに代わり、聖女が、周囲に指示をだす。

「魔法を封じました!今のうちに暗黒神オルドの教祖を捕えなさい!」

 さっきの魔法は、そういう効果があったのか…。魔法を封じられては猫になって逃げることも出来ない…!

 困ったことになった…。

 どうしようか迷っていると、聖女とコンラッドの後ろから兵士たちを掻き分けて、音もなく、一人の美しい男が現れた。

「随分、無様な姿ではありませんか。我が君…」
「我が君…?」

 その男の顔は雪のように白く、金の瞳が妖しく光っている。長い黒髪が、夜の帳のように肩に流れていた。

 全員が、突然現れたその男の美しさに息をのんだ。

「まだ目覚められてはいないようですね…。無理もない。数百年という長い眠りでしたから…」
「な、何のことだ…?それに、お前は誰なんだ…?」
「我が名はバルドラース。それもお忘れですか?」
「バルドラース?!」

 バルドラースって、闇竜で、蛇のバルちゃんのこと?!

 バルちゃんって、人型になると、こんなに美形なの?てことは、風呂屋のおばちゃんが言ってた怪しい美形も、こいつだな…?!男たちの精液で、美しく復活しちゃってるーっ!

「貴方がお与えになった名ですが…」

俺がいつ、そんな恐ろしい名前をつけた…?!

 俺が名前をつけたのは、ルナちゃんくらいだけど、可愛い名前しか付けたことないよ!

 動揺してなにも答えられないでいると、聖女が金切り声を上げた。

「何してるの、あなた達っ!誘拐犯である暗黒神オルド教祖を捕まえなさいっ!」
「黙れ!『オルド』はお前ごときが口にしていい名ではないぞ!」

 聖女が『オルド』の名を口にした途端、バルドラースは聖女を睨みつけ、怒鳴った。あまりの迫力に、全員が凍りつく。

 そんな中、コンラッドは聖女の前に出て、彼女を庇うように立った。

 ……コンラッド……。

「では、参りましょう」

 男は俺の手を取り、歩き出した。動けない兵士たちの間を優雅にすり抜けて行く。

すると、一番後方に見知った顔があった。

「バルちゃん…っ!」
「ビョルン…!?」

 何故、ビョルンがここに…?

 バルドラースはビョルンに蔑むような視線を浴びせる。

「これまでのお前の働きに免じて、この裏切りには目をつぶってやろう…」
「バルちゃん、それじゃ…。うちに帰ってきてくれるんだね…?!」
「許すとは言っていない。うせろ…!」
「……っ!」

 怒鳴られたビョルンは、びくっと硬直し、静かに涙を流した。一方、バルドラースは彼をチラリと見ることもなく、歩いていってしまう。

「なあ、今のはあんまりなんじゃないか?ビョルンはお前を助けるために、悪事にも手を染めていた。とにかく、一生懸命だったんだぞ!」
「一生懸命なら、貴方を聖女に売っていいということにはなりません。まあ、今の貴方が聖女などというまがいものに封印されることは、まずあり得ませんが…」

 封印って、なんなんだ…。

 やだやだ!怖い話聞くと眠れなくなっちゃうし、トイレにも行けなくなるっ…!

 とにかく、恐ろしい話な気がしたので、俺は話を聞かないことにした。

「あの、今日は助けてくれてありがとう。じゃあ、俺、帰るね?」
「帰るとは、どこにです?」
「え…?孤児院にだけど…」
「…あそこには帰らない方がいい。全員、裏切り者ですよ」
「はぁ?!なんでだよっ!?」

 バルドラースはやれやれと、ため息をついた。

「あの状況を作ったのは、ビョルンと前院長でしょう。ビョルンが捕まった際、自分が釈放されるため貴方のことを聖女に売った。聖女は貴方を誘き寄せることを条件にビョルンを釈放。ビョルンは前院長を買収し公衆浴場へ行くよう仕向けた…」
「…ビョルンにしたら、そうするより他に、ないだろう…。それに公衆浴場には実際、バルちゃんがいたんだし…!」
「はあ…。では、これでも帰りますか?ビョルンが貴方を暗黒神オルドだと知ったのは、孤児院の子供達に聞いたからですよ」
「こ、子供達は……、悪気はないだろう」

 子供達は悪気なく俺のことを話したに違いない。

 それに、悪気があった、なんて思いたくない…!

 もう話をしたくなくて、俺は足早に歩き出した。

「……悠久の時を共に過ごした私より、昨日今日出会ったあの子供達を信じるのですか…?」
「子供達とはもう何年も一緒だし、お前のことなんか知らない」
「…本当に、知らないのですか…?」

 バルドラースは何もかも見透かすような顔で、俺を見つめた。

 胸がドキドキと鳴る…。
 
 俺は孤児で、ただのノワールのはずなのに…。何か忘れているような、思い出しちゃいけないような、焦燥感が込み上げてくる。

「…そんな…。俺はただの『ノワール』だよ…」

 ただのノワールじゃなかったら、俺はコンラッドに飼ってもらえなくなってしまう。それは何より嫌だった。

「違います。貴方は…」

 バルドラースが口を開いた時、一人の男が建物に向かって走って来た。

「すみません…!む、娘がここにいると聞いて…!」

 その男は、やや見窄らしい服を着た、中年の男だった。男は額に汗を流し、はあはあと荒い息を吐いている。

 中に娘がいる、さらにこの慌てよう…。つまり、この男は中で囚われていた娘の父親だろうか…?

「あ、あの…、中の状況をご存知ありませんか?!」
「さあ、分かりません…。中へ入って、騎士団の兵士に聞いてみてください」

 俺が知らないというと、男は会釈をして、走って建物の中へと入っていった。

 ……俺はあの男と、どこかで会ったような気がする。どこだったか、場所は思い出せないが…。

 走り去る男の後ろ姿を眺めていると、バルドラースが俺の手を引いた。

「行きましょう。思い出させて差し上げます」
「え…?」

 思い出す、って、何を…?

 ーー嫌だ。そんな事したら俺は、『ノワール』でなくなってしまう…!


 俺は反射的に、バルドラースの手を振り払った。
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