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二章

17.再会

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 マリクが王都を出発した…と聞かされた翌日、使用人は全員、広間に集められた。エヴラール辺境伯は少し焦ったような顔をしている。
「マリクと一緒に、オランレリア王国第一王子のフィリップ殿下がエヴラール領にいらっしゃる。騎士祭りを視察されるとのことだ。滞在は、二か月ほど。歓迎の夜会も開く。すぐに準備に取り掛かってくれ!」
 あと二ヶ月ほどで騎士祭りが行われる。神事は教会の管轄とはいえ、エヴラール辺境伯家が関わっていないはずはない。使用人たちはその大きすぎる急な知らせにどよめいた。更に…。
「フィリップ殿下はアルファだ。…マリクとの接触は十分に配慮してくれ。ノア、医師とも連携すること。いいな?」
「は、はい!」
 エヴラール辺境伯は結局、側室をお迎えにならなかった。唯一の跡継ぎが万が一、他のアルファと番に…しかも第一王子と番になどなってしまったら王宮に召し上げられてしまう。それは絶対に避けたいということ。

 マリクとフィリップがエヴラール領に来る、というこは分かったが、王宮騎士団にいるローレンは帰って来るのだろうか?ローレンが王宮騎士団で名をあげてから結婚すると聞いていたから、今回帰ってくるのはマリクだけ?それとも、ローレンも一緒に帰ってきてマリクとの婚約だけ騎士祭りで行うとか…?それについては何も聞かされていないが、ひょっとして、教会にはもう連絡がいっている…?
 時間ができるとそのことばかりが胸を占めて苦しくなるから、仕事に追われて何も考えられないくらいでちょうどいい。俺も他の使用人たちと、マリクと王子を出迎える準備に取り掛かった。
 


「最悪だなあ~。フィリップってやつ。なんだってこんなに急に…。ただでさえ忙しいっいうのに夜会まで!安息日もなにもなくなっちまった!なあ、ノア!お前は特に酷いな。帰れているか?」
「いえ…ただ宿直室で眠っていますので、大丈夫です。」
「健気だなあ~お前。」
 男はそう言って、俺の頭を撫でた。その使用人の男ジョルジュは王子の部屋の手配で大慌てだった。王子は何しろ…。
「王子殿下のやつ…護衛で二十人も王宮騎士を連れてくるって言うんだから…全く。そんなにいるか?アルファで自分も魔法が使えて強いんだろ?なあ!?」
 俺はジョルジュに愛想笑いの相槌を打った。そうなのだ。護衛の分の、寝所、食事の手配もいる。しかも長期滞在…。ジョルジュの言いたいことは分かる。俺たちは慰め合って、マリクとフィリップ、王宮騎士を歓迎する準備を整えた。

 最後の仕上げ…俺はエヴラール家の専属医と面会し、一通り薬の説明を受けた。
「これを朝晩、必ず飲むこと。今は発情期では無いが…アルファが近くにいるから誘発されるのを防ぐためだ。念には念を入れなくては。しかし…マリク様は、抑制剤を嫌がって発情期以外お飲みにならないことが多い。」
「それは何故…?」
「効き目の強い抑制剤というのは、困ったことにフェロモン以外も、魔力も弱めてしまうようなのだ。発情期でなければ弱い薬で十分なのだが…今回はアルファが近くにいるのだから、効き目の強い薬を飲んで頂かないと。」
 そういえば、以前ローレンも抑制剤で魔力が弱くなると言っていた。その時ローレンは弱まったといいながらも魔法を使っていたが、薬の効果を強めるとさらに魔力が弱まり魔法が使えなくなってしまうということか。それは、アルファより魔力が多いことが自慢のマリクには辛いはず。しかし、この二か月間は飲んでもらわなければ、というのが医師とエヴラール辺境伯との共通見解だ。

「隣国ではオメガの差別というのが少ないらしい。だから、もっとオメガに寄り添った良い薬があると聞くが…。ここにはないのだから仕方がない。しかも…。」
「しかも?」
「フィリップ殿下も抑制剤を飲まないらしい。『そんなものはオメガが飲むものだ』という、殿下は明らかな差別主義者でいらっしゃる。ま、王族はみなアルファだしな…。とういうわけで二人の接触には気を付けてくれ!頼んだぞ、ノア!」

 俺は頼まれたものの困惑した。本人達が薬を飲みたがらないのに無理やり飲ませるわけにはいかないのだから俺には防ぎようがない…。ますます暗い気持ちになっていった。

 エドガー家は楽しかったな…。みんな優しくて、歳が離れた弟のようなルカがいて。でも俺、捨てられてしまった。人生で捨てられたのは二回目、初めてじゃないのに…。人の温もりを知った分だけ、今がより一層孤独だった。




 翌日ついにマリクとフィリップ王子がエヴラール領に到着した。エヴラール辺境伯家も、国有数の立派な家だと思っていたが、初めて見る王族というのは桁違いだった。馬車も、服も装飾品も何もかもが違う。連れている騎士達も…。

 王宮騎士団の隊服は黒地に金糸でオランレリアの紋章が刺繍されている。腰には細工の施された立派な剣を差して騎乗する勇壮な姿に、目が釘付けになった。
 俺はしばらく、視線を逸らすことができなかった。騎士達の中に、久しぶりに見る美しく成長したローレンの姿を見つけてしまったからだ…。




 フィリップをエヴラール辺境伯初め使用人全員で出迎えた。

「フィリップ殿下、ようこそお越し下さいました。」
「急な思いつきで迷惑をかける。なるべく、邪魔にならないようにするから…楽にしてくれ。」
 フィリップは王族に相応しい、金髪に美しい切長の菫色の瞳を細めて微笑んだ。エヴラール辺境伯に案内されて、車寄せから玄関を通って奥の応接室へと向かう。
 その後を続いたマリクは俺に気が付き「ノア、茶を用意しろ!」と命令した。お茶なら、別のものが用意しているのだが…短く返事をして応接室へと走った。

 ティーセットを持って応接室へ行くと、フィリップとマリクが座るソファーの近くに騎士が数人控えていた。
 騎士達の一番端に立つローレンが視界に入った途端、呼吸が止まるかと思った。動揺する俺を他所にローレンは俺の方をちら、とも見る様子がない。俺は目を伏せて、邪魔にならないようにその前を通り、まずフィリップの毒味係にお茶を注いだ。

「おいノア、挨拶くらいしろ!」
 マリクはまた俺に命令する。しかし俺は下男で…俺から王子に声をかけられるはずがないのだが。
「…僭越ながらマリク様。身分をお考え下さい。その者から殿下にお声をかけられるはずがありません。」
 戸惑っている俺に、助け舟を出してくれたのはローレンだった。フィリップは不思議そうに俺とローレンとマリクを順番に眺める。
「お前達知り合いなのか?随分庇うなぁ…珍しい…。それで、お前は?」
「ノアです。マリク様付きの召使いで…。」
「ノア……お前が…?…お前、男じゃないか…。いいのかマリク、オメガなのに男の召使で…?」
「良いんですよ、殿下。こいつは結婚して夫がいて『妻』なんです。」
 そう言われて俺は俯いた。よりによってローレンの前で言われてしまった…。
「ふーん…。じゃあノア、私の世話も頼む。」
 フィリップにそう言われて俺は固まった。固まった俺をみて、フィリップは愉快そうに笑う。この人、あまり良い人では無さそうだ。俺はそう思った。

 ローレンとはそれだけ…。特にその後、何か聞かれることも、視線をくれることもなかった。俺は何を期待していたんだろうか?やっぱり俺は賢くなんか無い。こんなに冷たくされてもローレンがまだ、好きなんだから…。
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