無表情美形が好きだと言ってきたけど、毒で死にかけてます! ~謎に溺愛してくる美形と死にかけの王子、命懸けの逃避行~

あさ田ぱん

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二章

14.竜の番

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****


 目覚めると、窓から見える太陽は既に高く上っていた。きっともう昼だ。ジークは俺の心臓に手を当てたまま眠っていたが、俺が起きると一緒に目をさました。

「エリオ、気分は?」
「大丈夫…」

   ジークの精液の匂いで失神したが、無事だったようだ。胸を確認すると、昨日、薄くなった痣が少し濃くなっている。
 もっと酷いことになると思っていたが、こちらの世界に来た時と同じ程度に落ち着いたので、ほっとした。
 

「竜王様、番様、アージュでございます」

   目が覚めてからもしばらく、寝台でごろごろしていると、アージュが痺れを切らしたようで、起こしに来た。無視もできず、扉を開ける。

「番様はこちらへ、お召し替えをお手伝いいたします…」

   やはり、交わった『確認』をするつもりだ…。ジークは警戒して俺の前に立ち、アージュを威嚇しようとしたが、俺が止めた。

「お願いするよ」
「エリオ!」
「ジーク、大丈夫だから」

   何とかジークを宥めて、隣の部屋へ移動した。身構えていたが、アージュは本当に寝巻きをかえただけだった。

「アージュ、あの…」
「貴方が今、無事であることが、番様である証です。兄は…、竜王様と交わった後、すぐ臥せってしまいましたから」
「ジュ、、ジュリアス殿下が?!」 
 
 昨日はあんなに、凄い力で剣を振るっていた、第二王子のジュリアスが竜王と…?!それに彼は男だ。一体、なぜ?!

 俺が口をぱくぱくさせていると、アージュは、ポツリと呟いた。

「竜王様は精を吐き出さないと、自家中毒状態に陥ります。番を失った竜王様のため、その、お手伝いをしたのです…。しかし、直後から臥せってしまい、番様のように立ってなどいられませんでした」

  俺も、ジークの体液を体内に取り込めば、ジュリアスと同じような状態になるだろう…。

「番様が本物で安心致しましたが、ジュリアス兄上を思うと、複雑な気持ちです。兄は竜王様を本当にお慕いしておりました。今でも…」
「…つまりジュリアス殿下は、竜王様を、好き…?」
「……恐れ多いことです。ですから、昨日は嫉妬して、あの様な真似を…。番様には、大変申し訳なく思っています。でも、あの時、兄が竜王様をお助けしたのも事実。許される事ではないのかもしれませんが、それでも出来ることなら、許して頂きたいのです…」

 アージュは悲しそうに、目を伏せた。

 つまり、アージュはジュリアスが竜王様に捨てられて、嫉妬によって俺たちを襲ったと、考えているのだな…?

 それは誤解だ。

 竜王様とジークは別人だと、言えないことが少し、もどかしい。

 俺が無言になると、アージュは慌てて、笑顔をつくった。

「番様には一切関係がない事です。それなのに、おかしな話をして、申し訳ありません…」
「いえ…。むしろ色々と、アージュに尋ねたいことがありました。ええと、まず、ジュリアス殿下は竜王様の精を受けた後、臥せっていたそうですが、どのように回復されたのですか?」

  それは俺にとって最も重要な話だった。しかし、アージュは首を横に振る

「分かりません。ある日忽然と、身体中に出ていた毒の痕跡が消え、腹が……」
「腹が?」
「い、いえ…。特に何もしていないのです。本当に…」

  ーー竜の毒が、突然治った、というのか?

 俺の痣は濃くなったり薄くなったりはするが、治ってはいない。一体、ジュリアスはどうやって治癒したのだ?

 アージュは本当に何も知らないと、困り顔で首を振る。

「では、先代の番について、何かご存知ですか?」
「……先代の番様の聖痕が突然消えてしまい、力を失われました。それ以外は。なにも…」
「先代は力を失い、今はその、生きておられるのですか?」
「ええ」

 聖痕が消え番を失った、と聞いていたから、ひょっとして亡くなったのかとも思っていたが、先代の番というのは生きているのか…!

「先代の番様というのは今、どうしていらっしゃるのですか…?」
「……会いに行ってみますか?」
「え……?」

 アージュはにこりと微笑んだ。


****

 セルジュや兵士たちは朝からフェリクス川の水質調査で出払い、屋敷はもぬけの殻だった。婚姻の儀も後回しになり、暇ができた俺たちはアージュが用意した馬車に乗り、先代番に会いに行くことにした。
 
 アージュが言うには、竜王の番であったアルバスの王女は、ここから少し離れた川沿いの別荘で静養しているらしい。なんでも、突然番の証である痣が消え、力を失い臥せっているのだとか。

「突然、痣が消えた原因は分からないのですか…?」
「分かりません。王女も憔悴して…話せる状態ではありませんでした」
「そ、その……言いにくいのですが、ジュリアス殿下と竜王様の関係が影響を及ぼしたりは…」
「それは…。順番から言って、違います。彼女が力を失い、それで兄が…」
「……そうですか…」

 かなり突っ込んだ質問をして、俺はいたたまれなくなった。
 でもこの質問はしておかなければならないと思っていた。ジュリアスと似た立場の俺の存在が、これから現れるかもしれないジークの本物の番に影響を及ぼすのか、不安に思ったのだ。

 先代番の力の喪失は、ジュリアスと直接関係がないようで、少し安心した。


 
   静養先の別荘に向かい、馬車に乗って暫く走ると、窓から見える太陽はだいぶ西に傾いてきた。

「ああ、見えて来た。あれです!」

  アージュが指差した方向を見ると、オレンジ色の屋根をした、平屋の建物が見えた。その周辺には色とりどりの花が咲いている。


 門を開けさせ、車寄せに向かうと、セルジュが慌てた様子で飛び出して来た。

「兄上?!」
「アージュ!それに竜王様、番様!?どうしてこちらに?」
「それはこちらの台詞です!なぜ、ここに?番様…いえ、クリスティーナ様の警護担当を、兄上は解任されたではありませんか…!」
「今朝、クリスティーナから手紙がきたんだ…」
「手紙?」

  セルジュは眉を寄せて、困ったように頷く。

「もう、ここには居られない、出て行くと。それで急ぎ、やってきたのだが、邸の中にはいない…!」
「またですか?」
「昼食まではいたらしい。遠くには行っていないと思うのだが…。邸の中は使用人が探し尽くしたから、これから外を探すところだ!」
「私も手伝います…!番様と竜王様は、邸でお待ち下さい。誰か、案内を…!」

 アージュとセルジュは俺とジークを召使に任せて出て行ってしまった。俺たちは邸の中の、応接室らしき場所に通された。暫くは、大人しく待っていたのだが、二杯目のお茶を飲み干した所で、飽きてしまい席を立った。

「ジーク、庭に出て見ないか…?凄く、綺麗な花が咲いてる」

  俺はジークを誘って庭へ出た。庭には色とりどりの花が咲いている。季節外れの花もあるから、魔法を使って咲かせているのかもしれない。

「季節もバラバラの花が、こんなに沢山咲いているなんて…!凄いなあ…。俺も魔力があれば、こういう庭が作りたかった…」
「魔力があれば?あるだろ、エリオも…。でも、出来ないのなら俺が咲かせてやる」
「え…?」 

  俺は魔力なしで産まれたはずだが…、魔力あるなんて、初めて言われた。以前からジークは「俺の匂いがわかる」と言っていたが、それって魔力なのだろうか…。

 ジークが指を鳴らすと、白く大きな蕾の花びらがゆっくりと開いた。そして咲いた花を摘んで、俺の髪に飾る。

「エリオ、似合ってる。かわいい…」

 ジークは俺を見て優しく微笑んだ。なんて甘い顔をするんだ…。
 こんなの、好きにならないはずがない。俺は思わず、ジークの胸に顔を埋めた。


「…その花、ラナンキュラスっていう名前よ。花言葉は『純潔』…!」

 庭から、鈴を転がすような声がした。ひょっとして、さっき、ジークに甘えた所を見られた…?!

 声の主は、くすくすと笑っている。

「さっきからそこで、何をしている…?いい加減出てこい。エリオに危害を加える気なら、容赦しない」

 ジークは花壇に向かって凄んだ。俺には分からなかったが、ジークには、誰かが見えているらしい。

「私の結界が分かったの…?貴方こそ何者…?竜王様…、の、そっくりさん…!」

 ジークはまた指をパチン、と鳴らす。すると、花壇の下に伏せっている女が現れた。

「凄いわ…!あなた竜王様とは違うけど、竜でしょう?人間にはない膨大な魔力を感じる…」

 女は立ち上がって、アルバス特有の茶色の瞳を輝かせた。
 半分だけ束ねて結っている瞳と同じ茶色の髪は、動きに合わせてふわりと揺れる。肌は白く、大きく開いた胸元は柔らかそうで、魅力的だ。

 しかしジークは興味がないようで、何も答えない。

「あの、貴方はひょっとして…?」
「私?アルバスの第一王女、クリスティーナよ!」
「竜王様の元、番の…?!伏せっていたはずが屋敷を出て行ったと、セルジュとアージュが探している、あの?」
「そうだけど、何よ、嫌な言い方するのね……!分かったわ。貴方もあっち側の人間ね…?」

  あっち側、とはどっち側なのだ?俺が戸惑っていると、クリスティーナは立ち上がり、こちらに向かって来た。

「それ以上エリオに近寄るな…!」
「ふーん…。花を咲かせて、髪に飾って…かわいい、なんて囁いて抱き合って…。貴方達も恋人同士なの?竜って、男が好きな生き物なわけ?それなのに何で女と番うの?子孫を残すため?」

 ジークが答えないと、クリスティーナは眉間に皺を寄せイライラしながら捲し立てる。

「私には大問題なの!どうなの?!答えなさいよ!」
「竜がどうかは知らないが、俺はエリオが好きだ。エリオ以外の、他の誰とも結婚するつもりはない」
「……子どもが出来なくてもいいの?この地を守護する神が途絶えてしまっても…。それに身体に溜まった毒を浄化出来ず、瘴気を垂れ流し、力を失い朽ちて行くとしても…?」
「知ったことか」

   ジークの答えを聞いて、クリスティーナは吹き出した。

「素敵…!いいなぁ…、羨ましいわ…!」

 クリスティーナは完全に、ジークが竜王様と別人だという前提で話している。ジークは否定も肯定もしていないが、これって、不味くないか…?!

 クリスティーナは、ジュリアスのようにそれを非難するわけでもなく、ただ苦笑いした。

「私なんて産まれた時から痣のせいで、婚姻相手は決まってしまって、恋する自由もなかったのよ?」
「しかし…王族とはある程度そう言うものかと…」
「相手にその気がないと…、自分とは別に愛する人がいると知っても…同じことが言える?エリオは耐えられる?」

  今度は目を細めて、クリスティーナは俺を睨んだ。

 つまり竜王様は番のクリスティーナに対して『その気』がなかった…、しかも、別に愛する人がいた、ということか…?

  聞き返そうとしたのだが、ジークは俺を抱き寄せて、それを阻止する。

「もう帰ろう…」
「でも…」

 ジークが俺を抱き上げようとした時、屋敷の中からクリスティーナを呼ぶ声が聞こえた。

 中庭の入り口、渡り廊下を振り返ると、額に大量の汗をかきながらセルジュが走って戻って来た。

「セルジュ!」

  その姿を見たクリスティーナは、瞬時に白い頬を赤く染めて瞳を潤ませた。そしてセルジュの胸に飛び込む。

「探してくれたのね!嬉しい…!」
「嬉しいだと?!クリスティーナ、どう言うことだ!」

 セルジュは胸の中のクリスティーナを引き離した。

 顔が、怒っている…!

 セルジュのその顔を見たクリスティーナは、頬を膨らませて不貞腐れたようにそっぽを向く。

「……余りにも私を軽視するからです!」
「貴方は神殿の警護対象外になりました。子供のような真似はおやめください」
「少しくらい様子を見に来てくれたっていいでしょう?!」
「そんな暇はありません。状況を考えて下さい」

   つまり、力を失い番でなくなってからはセルジュが警護担当から外れてしまい、会えなくなってしまったから、会いに来させるため、手紙で脅したってこと?

 そんなことをしてまで会いたいって、クリスティーナは、セルジュのことを好きなのだろうか…?

 二人が言い争いをはじめると、邸の外に出ていたアージュも戻って来た。

「クリスティーナ様!驚かせないでください!」
「そうです!煩わさないでください!」

  アージュとセルジュに嗜められ、クリスティーナはより膨れっ面になり、俺の背中に隠れてしまった。この状態で、彼女と話が出来るのだろうか……。

「竜王様はどうしてこちらに…?」

 セルジュは水質調査もあって寝ていないのだろう。額に浮かんだ汗を拭いながら、疲れた顔でジークに尋ねた。

「…エリオが来たいと言うから、ついて来ただけだ」
「エリオ…?」

 そうか、セルジュには名乗っていなかった。

「私の名です」
「番様…。申し訳ありません。呼び捨てにしてしまいました…!」

   セルジュが慌てると、それを見たクリスティーナは、俺とセルジュを交互に見た。

「ははーん、分かったわ…!」

「なにが『ははーん』だ!クリスティーナ!いい加減にしろ!番様から離れろ!」

   クリスティーナはセルジュに舌を出すと、今度は屋敷の中へ向かって走っていく。セルジュは一礼すると、クリスティーナを追いかけていった。

「ずいぶん仲がよろしいのですね…」
「ええ…。同じ歳で、昔からの幼馴染なのです。私より長く、一緒におられるかも知れません…」

 アージュは二人を見つめて、少しだけ複雑そうに笑った。

 そうか、幼馴染か……。二人の姿はまるで、エヴァルトとロザリーのようだな、と俺は少し懐かしく自分の兄と幼馴染を思い出した。
 ……三人の中なら、アージュは俺だ。

 アージュが今日、俺たちを連れてここに来たのは、自分がクリスティーナに会いたかったからなのかも知れない。エヴァルトの弟である俺は、何となくアージュの気持ちを察した。
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