無表情美形が好きだと言ってきたけど、毒で死にかけてます! ~謎に溺愛してくる美形と死にかけの王子、命懸けの逃避行~

あさ田ぱん

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二章

15.フェリクス川の浄化

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 一旦屋敷の中へ戻ったクリスティーナは、召使を連れて戻り、上機嫌で庭にお茶の用意をさせた。

 そして、笑顔でテーブルに並べた菓子を頬張っている。
 
「あの…、セルジュとアージュは?」

 屋敷からクリスティーナは庭に戻ったが、セルジュとアージュの姿は無かった。クリスティーナはふん、と鼻を鳴らす。

「お説教なんて聞いたら、せっかくのお茶が不味くなるもの」
「しかし…」
「さっき、川の水がどうこう言って出て行った…。もう、アートルムの連中は放っておきましょう!私、貴方達に興味があるの。ねえ、エリオはアルバスの縁戚なの?」
「え、ええ…」

 アルバスの血も流れているが、それだけでもない。俺が戸惑うと、クリスティーナは見透かした様めジッと俺を見つめた。

「それだけじゃ無さそうね…?」
「……アートルムの血も、流れています」
「ジュリアスと同じね!どうりで、竜王様が気にいるはずだわ」

   クリスティーナはやれやれと、呆れたように小さくため息をつき、椅子の背にもたれて腕を組んだ。

「ジュリアス殿下のお母様も、アルバス出身なのですね…?」
「そうよ。竜は番を大切にする生き物でしょう?アートルムが、番が生まれるアルバスだけ天候・資源に恵まれるのは不公平だって言い出したの。それで、歴代の番は皆、アルバス王族から生まれているから、アルバスの王女を一人、側妃としてアートルムへ嫁がせたのよ」
「なるほど……」

 確か…、百五十年前といえばアルバスは資源に恵まれており、停戦を挟みながらも度々アートルムからの侵攻を受けていた。平和的解決策を模索して、政略結婚を行ったのだろう。

「けど、側妃が産んだのは男、ジュリアスで、聖痕はなかった。番は結局、今代も、アルバスの姫、私だったの。それでジュリアスの立場は……。今思えば、お互いに、不幸だったわ」

 クリスティーナは少し、悲しげに微笑んだ。

 そうか…。俺も魔力なしで生まれ、母に失望され見放され、王宮内での立場は無かった。いや、ないどころか、忌み嫌われていた。

 ジュリアスの境遇を想うと、子供の頃の記憶が蘇る。感覚があれば鼻の奥がツンとしているはずだ。

 それに、クリスティーナも、竜の番として婚姻相手を決められてしまったと言っていた。ということは、クリスティーナも竜王様を好いてはいなかった、ということだろうか…?

「楽しい話をしようと思ったのに、ごめんなさい。でも、新しい竜と番が現れたんだもの。ようやくこれで、平和になるわね…」


   クリスティーナは務めて明るく微笑むと、立ち上がった。庭先にある、ランキュラスの蕾を摘むと、俺たちを振り返る。

「ね、さっきの魔法、私にも教えて!」

   そう言ってクリスティーナが蕾を差し出した時、白い花びらが茶色に変色し、崩れ落ちる様に足下へ落ちた。

「クリスティーナ様、なんですその魔法は…!」

   俺は笑ったのだが、クリスティーナは青ざめた。

「魔法なんて使っていないわ…!」
「え…?!」

 魔法ではないのに、花が枯れた……?

 何が起きたか分からず、困惑していると、アージュが庭にかけ込んできた。
 
「竜王様!番様!クリスティーナ様!ここを離れよと、兄上から連絡がまいりました!すぐ、竜王様の屋敷へ戻りましょう!」
「なぜ急に?!」
「ここは川が近すぎると…!川の水が…瘴気で穢れていることがわかりました…!」
「なんだって…?!」

 ひょっとして…、枯れていた川に水を戻した事で、竜の墓の近く、川の上流に溜まっていた瘴気を流してしまったのかもしれない…!

   ジークは俺を抱くと、すぐ竜に姿を変え空へ舞い上がった。たぶん、俺が瘴気の影響を受けることを心配したのだろう。

「ジーク…!」

 子供の様に不安がっているジークを止める事もできずに、背中に乗ったまま、キラキラと輝く鱗を撫でた。

 

 フェリクス川の上空を飛び、無言のまま、ジークは屋敷へ戻った。


****

 屋敷へ戻ると、俺たちはすぐ、応接室に通された。

 そこにはアートルムとアルバスの国王、セルジュ、ジュリアスが待っていた。ジークは一瞬躊躇したが、断る事も出来ず、そのまま中央の席についた。

 セルジュが状況を、地図を指差しながら説明する。

「水が戻った事で、竜門から漏れ出ていた瘴気が川に流れ出たようです。現在被害は上流のみですが、川の水は一月ほどで海まで達する見込みです」
「それでは、アートルムにまで被害が及ぶではないか!」

  アートルムの王、ジョナは頭を抱えた。アルバスの王は明らかにムッとしている。

「アルバスだけならどうなってもいいとおっしゃるのですか?!」
「被害が拡大することを問題視している」
「お待ちください!」

 ジュリアスは王達の言い争いを止めると、俺とジークをにらみつけながら指差した。

「全ての原因はこいつらです。竜王様と偽り、魔法で水を流し、川に瘴気を流出させた!」
「ジュリアス…!黙っていろ!」
「偽物を偽物と言って何が悪い。竜王様は、瘴気を広めないために川を枯らしたのだ…!それを、コイツらは…」
「いい加減にしろ!」

   側にいたセルジュは、ジュリアスの胸ぐらを掴んだ。

「いつまで竜王様の恋人を気取るつもりだ!お前の申告が嘘、偽りだった事は先日、明らかになっただろう!」

 竜王様の恋人…?

 クリスティーナが竜王様は番の他に愛する人がいたといっていたけど、それは、ジュリアスのこと…?
 アージュによると、クリスティーナが番でなくなってからは体の関係もあったようだが、それ以前に二人は好き合っていたのか…?

「私は嘘などついていない!嘘つきはコイツらだ!実際コイツらが事態を悪化させた!」
「馬鹿野郎!」

 セルジュはジュリアスの頬を打った。ジュリアスは一瞬ほうけたのだが、すぐに睨み返し、腰の剣に手をかける。

 隣で、ジークが微かに震えた、気配を感じた…。

 このままではまずいと思い、俺は二人を止めに入った。

「おやめください!今争っても、仕方ないではありませんか…!瘴気はここに住む全ての者の問題です。どちらかが良ければいい、ということもない。協力すべきです!」

「それを、お前が言うことがどれだけ滑稽か、理解しているのか?!」

 しかし、すぐジュリアスに怒鳴られてしまった。
 
 知らなかったとはいえ川の水位をもどし、瘴気を蔓延させたのは、紛れもなく俺たちだ。ジュリアスが言うことは最もで、言い返すことが出来なかった。

 ジュリアスは剣を掴んだまま、反応できない俺を睨んでいたが、突然、床に突っ伏した。

 これは、ジークの魔法だ…!

「ジーク!やめてくれ。そんな事で解決しない!」

「では、どうされるおつもりですか?」

 今度は冷ややかな声で、セルジュが俺に疑問を投げかけた。

 セルジュもきっと、本当はジュリアスと同じ、俺たちを責めたいのだ。二人が同じ考えなら、兄弟が揉めることはないのに…。
 俺とエヴァルトのように、アルバスとアートルムが、そうさせるのだろうか?


「…私に考えがあります。セルジュ殿下、ジュリアス殿下、お二人に協力して頂きたい」

「……畏まりました」

   セルジュだけは頭を下げたが、ジュリアスは立ち上がると、部屋を出ていってしまった。


****



「何故、クリスティーナ様が?」
「ジュリアスがいなくなったって聞いて、手伝いに来たのよ。アージュじゃ頼りないでしょ?私はこれでも、この国一の魔法使いなの!」

   翌朝、フェリクス川に向かう馬車の中で、クリスティーナは楽しそうに笑う。

 何で来たんだ、と言ったものの、セルジュとジークと俺だけじゃ気まずい…。天真爛漫なクリスティーナがいてくれて、口には出せないが助かった。

「それで、川の汚水をどうするつもり?エリオが一手に浄化するの?」
「それは無理です」
「そうよね…。川ごと汚染する量の瘴気ですもの。多過ぎるわ」
「ええ、ですから、水を浄化する、簡単な浄化槽を作ります」
「浄化槽?」

 クリスティーナも、セルジュも首を傾げた。

 まだこの時代には『古の賢者』はおらず、川をせき止めて人工の貯水池をつくり、水を濾過する設備は存在していない。

 しかし、先日、ジークと指輪を作るために来た河原に砂金はあった。浄化槽を作る材料は揃っているのだ。本格的な溜池は無理でも、簡易的な物を作ればいい。

 俺はそう考えた。

   


 先日、ジークと来た河原は、すっかり瘴気で澱んでいた。
 躊躇している暇はないので、馬車を降りて砂金を確認すると、すぐに予め用意して来た瓶を取り出す。

「変わった瓶ですこと…」
「ええ。ガラス瓶の底を切り取り、反対側の注ぎ口に脱脂綿を詰めました」
「脱脂綿を…?」

   不思議がる三人には、実際に濾過して見せた方が分かりやすいと思った。俺は、砂金を瓶の中に詰める。

 そして、瓶の中に瘴気で濁った川の水を注いだ。

 待つこと、数秒…。瓶の口、脱脂綿を詰めたところから水が滴り落ちる。

 その水を、手に取ると…。

「水が、澄んでいる。瘴気を感じないわ…!」
「神の恵みである金には、瘴気の浄化作用があるのです。ですからいったん、各地にこのような道具を配備して、濾過した水を飲み水として配給すればいいかと。将来的には川を堰き止めて一旦貯水し、濾過した水を放出する施設をつくれば…」
「なるほど…!」

 それを発見したのは俺ではなく、『古の賢者』なのだが…セルジュも俺の手に落ちた水を見て目を輝かせた。

「では、兵士たちに、可能な限り砂金を集めさせましょう。この瓶も作らせなければ…!私は一旦戻って、人を集めて参ります。それに、魔術師達も…」

 ここにあった砂金は、川の流れでかなり散らばってしまった。それを集めるなら人がいると、セルジュは慌てて馬車ではなく馬に跨り、屋敷へ戻って行った。



「川を堰き止める、なんて、エリオあなた…。正気?!」
「…ええ、出来ます」

   俺は実際、それを見ているし、勉強もし、維持に携わって来たのだから、自信満々に答えた。

「ジーク、俺たちの時代にあっただろう?ほら、初めて会ったとき、レオを洗ったそばにあった溜池だよ…!」
「あれか…。見たと思うけど…、あの時はエリオに夢中だったから」

 あまり覚えていない、というジークに、河原の砂地に絵を描いて説明する。

「こんなふうにアーチ型に高く壁を作って川を堰き止めるんだ。川が堰き止められると、人工の溜池ができる。その下に砂金を敷き詰めて、濾過した水を取水口から放出する 」
「仕組みはわかったけど、大掛かり過ぎるわ。いったい何年かかるのかしら…」
「……」

 クリスティーナの言う通り…、川を堰き止める溜池を作るには、かなりの年月がかかるかもしれない。

   しかし、そんな年月を、簡易的な道具だけで乗り切れるだろうか?

 俺が沈黙すると、ジークはクリスティーナを睨んだ。

「エリオができるというなら出来る」
「なによ!私はエリオをバカにした訳じゃないわよ?ただ不思議だったから聞いたの。そんな事で怒らないで…っ!」

   クリスティーナが言い訳をしている間に、ジークは指を鳴らすと、聞き取れない言葉を呟いた。

 古語…?いや、これは魔法……?

 
 すると、指先から放たれた魔力が、魔法陣となって川を覆う。川だけでなく、周囲の岩と土にまで広がった。

 川に水が戻った事で散らばっていた砂金が、集まってくるのが見えた。そして、響き渡る低い振動音と共に、両岸から石がせり上がり、水の奔流を押しとどめるように立ち上がっていく。

 やがて、川は静かにその勢いを失い、ゆるやかに満ちていく鏡のような水面を広げはじめた。

 あっけに取られていると、下部に設けられた取水口から水が流れ出る。徐々に、水の量も増えていく…。


「凄い…!」

   そして不思議なことに、綺麗になった水の勢いが増すと、先に流れていた水も、浄化されているようだ。

 …元々、フェリクス川は人を癒す神の恵みなのだ。当然か…。
 
「ジーク!凄いよ…!」

 振り返ったジークは俺を抱きしめた。

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