無表情美形が好きだと言ってきたけど、毒で死にかけてます! ~謎に溺愛してくる美形と死にかけの王子、命懸けの逃避行~

あさ田ぱん

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二章

16.古の賢者

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 昼を過ぎて屋敷へ戻ると、セルジュに、兵士と魔術師を集めてもらった。

   いつまでも、俺たちがこの時代にいるとは限らない。あの浄化槽は、人の手で保守していく必要がある。それに、取水口の調整方法、治水についても覚えてもらわなければならない。
 
 ジークはそれに、反対した。

「エリオ、今日はもう休もう。直接触れてはいないが、瘴気の近くにいた。身体も清めた方が良い」
「ジーク…、俺は大丈夫だよ。それより簡単に、浄化槽について説明しておきたい」
「……けど」
「ジークがせっかく作ってくれた、浄化槽を壊したくないんだ!」

 俺が必死に訴えると、ジークは納得はしていなかったが、引いてくれた。

 早速セルジュが集めた兵士たちに、簡単に構造や調整方法について説明する。

 途中、ジークとクリスティーナが持って来た遅めの昼食を断って、俺はひたすら説明を続けた。集まった人々も熱心に俺の話を聞き、あっという間に、日は暮れた。



 俺が一通り話し終えると、セルジュは深々と頭を下げる。

「その知恵と見識、そして、治水まで見越した洞察力…。貴方は、賢者という称号を冠するにふさわしい」

   ジュリアス達と言い争いをした時とは違い、セルジュのその言葉には、敬意が感じられた。

 周囲の兵士たちも、セルジュにならって一斉に頭を下げる。「賢者様、ありがとうございます」と言われて、この後現れるはずだった、古の賢者の仕事を奪ってしまったかも知れないと、少し動揺した。

「や、やめてください!大袈裟です。実際作ったのはジークですし…」

   俺はただ、勉強した事を話しただけで、賢者ではない。
 …でも、エヴァルトと比較され、嫌味を言われながらも、勉強しておいて良かった。

 セルジュは謙遜と受け取ったのか、顔を上げると、ふっと微笑んだ。

「大袈裟ではありません。賢者様…、番様が諦めずにいてくれたから、アルバスとアートルムの未来を諦めずに済みました。それに、あの時番様が私とジュリアスを止めてくれたから、私達兄弟も決定的な仲違いをせずに済んでいます」

   セルジュはありがとうございます、と言って目を細めた。

 ーー本当に、俺が瘴気の絶望的な状況を諦めずに浄化槽を作った事で、二つの国の未来を救えたのだととしたら…。セルジュと、ジュリアスの兄弟の断絶を回避できたのだとしたら、俺も…。
   
「セルジュ殿下…。私こそ、ありがとうございます。私も、諦めずに努力したら、不仲な兄と関係を改善できるのかもしれないと、今、貴方の言葉で気付くことができました」
「……」
「殿下も諦めないでいただけますか…?ジュリアス殿下の置かれた立場は、私に似たところがあります。兄の方から歩み寄って頂けたら、きっと…」
「番様…」
  
 ジュリアスも、アルバスの側妃の子。竜王の番として生まれる事を期待されながら痣なしだった。魔力なしで生まれた俺よりずっと、つらい立場かもしれない。


「…すっかり遅くなってしまいましたね。食事に致しましょう」

   セルジュは照れて、俺の質問を誤魔化すように、手を叩き召使を呼び寄せた。

 その時、辺りを見回して、ジークの姿がないことに気がついた。

「あの、ジ…、竜王様は?」

 やって来た召使は少し言いにくそうに、眉を下げる。

「竜王様は番…、クリスティーナ様とお出掛けになりました」
「何だと…?」

 セルジュは驚き、立ち上がった。

「どこへ行ったのだ?」
「それが…。分かりません」
「何故報告しなかった?」
「口止めされてしまい、報告が遅くなりました……。申し訳ありません」

   二人で、口止めして出かけた…?一体どこへ?それにジークが、俺以外と出かけるなんて。

 クリスティーナに興味を持った、とか?

 …ジークは、エリオ以外と結婚する気がないと言っているけど、それは、ジークが俺以外の人間を良く知らないからだ。十分、あり得る。

 心がざわざわと騒がしくなり、セルジュが召使と部屋を出て行こうとするのを慌てて追いかけた。


 部屋の外に出ると、屋敷の外から賑やかな声が聞こえた。セルジュと顔を見合わせて、玄関ホールへ走る。
 俺たちが建物の外に出ると、ちょうど、ジークとクリスティーナが門の前に到着し、馬車から降りるところだった。

「エリオ…!」
「ジーク!」
  

  ジークは俺を見つけると、こちらへ走って来た。その表情はどこか晴れやかだ。

 何か、あった…?

 俺の心は逆に、靄がかかったように薄暗くなる。
 こんな事で、ジークにもし…、本物の番が現れたりしたら、俺はどうなるんだ…?

 
 不安で表情が曇る俺の前に、ジークはひざまづいた。そして、恭しく手を握る。


「エリオ…、これを受け取ってほしい」
「これ…?」
 

   ジークは反対の手で胸の内ポケットから光る金の指輪を取り出すと、俺の指に慎重に嵌めた。

 指輪は、少し形が歪だった。先日、自分で作りたいと言っていたけど、本当にジークが作ったもの…?

「これ、ジークが?」

 ジークはにこりと微笑んで、頷いた。

「エリオ、好きだ…。結婚しよう…?」
「……ジーク…!」

 つまり、ジークはこれを用意する為に、街へ出掛けていた、ということ…!

   一瞬でも、ジークの気持ちを疑った自分が、嫌になった。返事の代わりに、人目も憚らず、ジークに抱きつく。

 もう、フェリクスは男同士は禁止とか、番じゃないとか、そんなことはどうでも良かった。

 俺はジークが好きだ。それだけ…!

「おめでとうございます」

 セルジュが満面の笑みで手を叩くと、周りの兵士たちもそれに続き、賑やかな拍手が広がっていった。

 クリスティーナだけは、口を尖らせ、腕を組んでいる。

「竜王様ときたら、指輪を作るといって、砂金を溶かす為に森を地獄の業火で焼こうとしたの!やめさせるのが大変だったわ!説得して、鋳物工場へ連れて行って…。本当に世話が焼けるんだから!」
「お前たちが勝手について来て、何を言う!」
「だから、ついていかなかったら大変だったでしょう!もう、私達には面倒見切れませんから、エリオに任せます。一生、世話をするのよ?竜は長生きだけど…、いいわね?!」
「は、はい…!」

   俺が返事をすると、ジークは少し不満気な顔をした。俺の手を引き、竜の姿になると、空へ舞い上がる。

「ジーク…!」
「川で砂金を取った後、街に行ったんだ。以前行った街とも違って、色んな家があって、人がいて、物があって……。クリスティーナや他の奴らにも色々と教わった。エリオにも、見せたい…」

 しかし既に空は暗く、街には灯りが点っている。昼間のように様子までは分からない。

「地上にも、星があるのか」
「あれは夜、家の中を照らす灯りだよ。人が生きて暮らしてるって証拠。綺麗だね…」
「人が……」

 ジークは今まで、怨念になった母としか暮らしていなかったから、生きている人間がこんなに沢山いるという事に驚いている。

「ジーク、今日はありがとう。もう遅いから帰ろう。また、一緒に来よう」
「絶対だぞ…」
「うん…」

 ジークは名残惜しそうに、街の上空を飛んだ。よほど街が楽しかったらしい。俺がいなくても楽しかったなんて、少しやけるけど、良かった…。


 
 空を飛んで、地上に着くと、ジークはいつものように俺を抱き止めてくれた。

「竜王様、番い様、遅くなりましたが食事に致しましょう」

  セルジュ達が笑顔で出迎えてくれ、食堂に向かうため、ジークの腕から降りた。
 しかし、足に力が入らず、崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまった。


「エリオ…!」
「つ、番様……!痣が…」

 近くにいたジークとセルジュが大きく目を見開いている。視線を追い胸元を見ると、首辺りにまで、痣が広がっている事に気が付いた。

 すぐに隠したが…、セルジュには見られてしまった。

「エリオ、貴方まさか…」

   セルジュだけではない、クリスティーナにも見られてしまったようだ。

 …そう思ったら完全に力が抜けて、目の前が暗くなった。




 目を覚ますと、天蓋の、ベットの中だった。隣の薄暗い室内からは、セルジュの声が聞こえてくる…。


「つまり、貴方達は、エリオ殿の胸の痣…身体に入った瘴気を取り除く手がかりを探してこの地にやってきたということですか?」
 
 ジークの声は聞こえなかったが、多分、頷いたのだろう。セルジュの「なんと言う事だ…」と、掠れた声がした。

「竜王と婚姻を結び、番となった者は強力な浄化魔法が使えるのです。しかし…クリスティーナからは聖痕が消え、その力もない。申し訳ないが、エリオ殿の力にはなれない。新たな番が現れるまで、待つ以外方法は……」
「……他にも、方法はあります」

 セルジュの言葉を遮って、小さな声が聞こえた。
 声の主は、クリスティーナだ。

 番の浄化魔法以外にも、瘴気を取り除く方法があるというのか……?

「数千年の時を生きる竜王様は、次第に瘴気を身体に溜めてしまう。それを癒せるのは番のみですが…もしも、瘴気の力が大きく、番の力が及ばなかった時の為に、武器が残されているのです」
「武器とは…?」

  ジークが食い気味にクリスティーナに尋ねた。武器とは、一体…何をするというのだ?

「数代前の番が遺されたもので、代々の番達がその聖神力を武器に込めているのだとか。瘴気に塗れ正体を無くした竜を、薙払えるほどの威力があると聞いています。その剣はきっと…」
「浄化の力がある…!」

  ジークは興奮して言葉を畳みかけたが、クリスティーナはすぐに返事をしなかった。

 ひょっとして、ジュリアスから瘴気が消えたというのも、その剣の力なのだろうか?

「クリスティーナ、それでジュリアスも助かったのか?」

 セルジュも俺と同じことを考えたようだが、クリスティーナは首を振る。

「残念ながら違うわ。その剣は、竜の巣の最奥…泉の中に収められていて、竜王様の番にしか抜けないの。竜王様はジュリアス殿下が倒れた時に、私にその剣を抜いてくれと頭を下げました。けど、私には、その剣を抜く事が出来なかった」

 抜けなかった…?

 では、どうやってジュリアスはその身の毒を取り除いたのだ…?

「クリスティーナ……。頼む、もう一度、試してもらえないか?」

 ジークが、懇願する声が聞こえた。クリスティーナはしばらく黙っていたが、少しため息をついた後、話し始めた。

「……貴方も竜王様も、同じね。…分かったわ。もう一度やってみる。でも、抜けなくても私を恨まないでね?」
「分かっている。恩に着る」
「お礼は言わないで…。言ったでしょう?私は力を失っていて一度失敗しているし、出来ない可能性が高いの」

  クリスティーナはまた、ため息をついた。隣にいたセルジュは務めて冷静に、クリスティーナに尋ねた。

「場所は知っているんだな?」
「ええ…。一度訪れていますから。竜の巣…、門から少し北へ、山を登ったところです」
「『竜の門』は…、竜王様か番様でないと開けられないだろう?」
「ええ。ですから、そもそも入れるかどうか…」

 セルジュはそれ以上、何も聞かなかった。

 一度失敗しているのだ、それでも幼馴染のクリスティーナが瘴気の吹き溜まりに行くなど、セルジュは反対すると思ったのだが。

「私も参ります。…微力ながら、手伝わせてください」
「セルジュ…」

   クリスティーナがセルジュに抱きついた気配がした。やはり、心細かったのだろう。
 
 それにしても、セルジュが行くというのは意外だった。初め出会った時は、偽物なら追い出すと言っていたのに、協力してくれるなんて…。


「一刻を争います。早速、出かけましょう」

  早速、竜の門へ向かうと、三人は決めたようだ。

 それを聞いて何とか上体を起こすと、ジークが天蓋に飛び込んできた。

「エリオ!じっとしていろ!」
「そんな訳には…」
「そうよ、エリオ!大人しく世話されていなさい!それがある意味、この竜を世話する事なの!」

 クリスティーナは俺に、パチっと片目を瞑って見せた。

 
   
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