『隣の県議様』 三十一歳、バツイチ子持ち女の日照争奪戦!

てめえ

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第5話 県議 木原たかし

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「ピンポーンっ」
そう言えば、私がこのインターフォンを押したのは、引っ越してきて以来だ。
 わずか数メートル隣に住んでいると言うのに、私は木原と挨拶をしたこともほとんどない。

「ピンポーンっ」
二度押して、ようやく内部で音がした。

 そんなに広い部屋じゃないのだから、早く出てよ。
 私はそう心の中で毒づくと、インターフォンの向こうからいらえが来るのを待つ。

「はい、どなたですか?」
案に相違して、扉がいきなり開いた。
 そして、それとともに男がぬっと顔を出す。

 き、木原さんじゃない……。
 私は思わずそう言いそうになってこらえた。
 想定外の事態に、ちょっとパニくる。

「あ、木原に用ですか?」
「はい……。102号室の滝川です。木原先生はご在宅でございましょうか?」
「それが、木原は仕事の関係で、一週間は帰って来ないのです。用があるなら伝えておきますけど?」
「あ、いえ……。また来てみますので、お気になさらないで下さい」
男は40代くらいだろうか?
 黒いTシャツに黒いダメージジーンズを履き、まるで我が家のように振る舞っている。

 しかし、私は少しホッとしていた。
 とりあえず、木原と接触しなくて良くなったから……
 いくら小百合の言うことでも、やはり、嫌なものは嫌なのだ。

「じゃあ、木原が帰りましたら、滝川さんの方に伺わせましょうか?」
「いえ……。本当に大丈夫です。こちらから伺いますので」
「そう……。じゃあ、伝言だけしておきますね」
「ありがとうございます。で、では……」
私は男の申し出を断ると、丁重に頭を下げて扉を閉めた。

 ふーっ。
 せっかく会わずに済んだのに、向こうから押しかけられたらたまったものではない。
 一応、行くことは行ったのだし、これで小百合も納得してくれるだろう。

 そう心の中で呟くと、私はそそくさと自室に戻るのだった。




「あら? いなかったの」
「はい……。やはりお忙しいようです」
「そう……」
「木原さんはおられませんでしたが、男の方がいらして、伝言をして下さるそうです」
「秘書の方かしら? 事務所だから、留守番の人くらいはいるのかも知れないわね」
「事務所なんですか? 隣って……」
「そうよ。木原先生のお宅は別にあるわ。でも、大抵、事務所にいるって前は言っていたのだけど……」
「……、……」
事務所とは思わなかった。
 だって、いつもほとんど物音一つしないから……。
 それに、人の出入りもあまりないようだし。
 私はてっきり自宅だと思っていた。

「木原さんは無所属だから、あまりお金がないのよね。だから、こんな住宅街のマンションに事務所を構えているのよ」
「……、……」
「議会に行くときだって、電車で通勤しているのよ。私がここにいたときには、電車に乗っている姿とか、駅前のスーパーで買い物をしている姿をよく見たわ」
「買い物ですか?」
「そうよ。時間があれば、自分で料理もするんだから。私も以前、選挙のお手伝いをして、お手製のカレーライスをご馳走になったこともあるのよ」
「……、……」
お、お金がなくて電車通勤?
 しかも、料理もするなんて……。

 木原はたしか50代も後半だ。
 他に自宅があるとすれば、既婚者だろう。
 それなのに、料理や買い物など、生活感に溢れているのは変だ。
 どうも胡散臭い。
 これは、会わなくて良かったと密かに思う。

 そう言えば、街中に貼られたポスターと本人の印象が違うのも違和感があったのだ。
 ポスターの方の髪は黒々と七三に分かれているが、実物は頭頂部の毛が寂しかったりする。
 まあ、年の割にはスッキリとした印象であり、痩せ型で若い。
 政治家っぽい尊大なところがないのも、何度か向こうから挨拶をしてくれているので分かってはいるが……

「晴美さん……。とにかく一回相談してご覧なさい。私が薦める意味が分かるから」
「……、……」
「彼ほど親身になって相談に乗ってくれる政治家はいないし、見返りだって一切求めないから」
「……、……」
「あら、嫌なの?」
「い、いえ……。そんなことはないですけど」
「けど?」
「その……、私、政治とか法律とかと関わり合うのが苦手で……」
「まあ、初めは誰でもそうよ。でもね、嫌だからと言って逃げ回っていると逆に向こうからやってくるのよ、そういうものは。だから、良い機会だから勉強なさい。きっとあとで役に立つわよ」
「は、はい……」
あまり気乗りはしなかったが、小百合にそこまで言われては仕方がない。

 それに、普通のこととは違って、今回は木原と私は同じ問題を抱える立場だ。
 私が一方的にお願いするわけでもないので、付け込まれるようなこともないだろう。

「良い? 必ず木原さんに相談するのよ」
「え、ええ……」
「もし、大した話じゃなければそれで済むのだからね」
「はい」
「万が一に備えるだけだから、ご近所付き合いの延長だと思ってしっかり対応するのよ」
「……、……」
「シングルマザーなんて弱い立場なんだから、使えるものは何でも使ってしたたかに生きなさいね」
「……、……」
そう、しつこく何度も念を押し、小百合はようやく帰って行ったのだった。




 裕太ママ晴美の一言メモ
「政治家って黒塗りの車に乗っているものとばかり思っていたけど……。電車通勤している人がいるなんて知らなかったわ」
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