八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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01桜の下の出会い

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 遠く高くそびえ立つ山。
 その山頂付近には、薄っすらと雪が残っていた。だが、地上の雪はすっかり溶けている。
 陽射しは明るく、強い風が吹けば風花が舞う。
 山の麓は、春先の訪れが感じられた。
 森の小道の茂みや樹々からは、生命の芽吹きの音が聞こえた。
 陽の光と暖かさが満ちて、虫が飛ぶ。鳥が囀る。爽やかな空気に包まれて若草が揺れていた。
 しかしそれも、この森の入り口の周辺に限ってだった。先に進むほど、草木は高く生い繁って人を阻む。小道は無くなり獣道へと変わっていく。
 さらに奥に進むと、段々と陽射しは届かなくなり、薄暗く鬱蒼と繁る緑は濃く深くなる。
 それもそのはず、この森は魔物の巣窟なのだ。奥へと続く道に一歩踏み入れれば、迷い彷徨うことになる。魔物に遭遇すれば、命の保証はなかった。
 だから、この森の奥には誰も近寄らなかった。
 しかし、森の奥深くにて歩く人影がある。
 颯爽と生い茂る草木を分け入って、慣れた足取りで進んで行く。
 足元は歩きやすい靴を履いているようだが、魔物が現れる場所だというのに、まるで散歩でもしているかのような軽装である。
 
 歳の頃は三十前頃だろうか。銀色の短髪に凛とした薄藍の瞳だ。端麗な容姿に穏やかな雰囲気をまとう。しかし、落ち着いた佇まいは堅物のようにも見える。
 また、時折見せる鋭い眼光は、只者でないことを漂わせていた。
 その彼の者の名は、シロガネという。
 シロガネが、たったひとりで魔物が出没する森に分け入るには理由があった。
 それは呪術に必要な材料を収拾する為である。
 魔物が生息する奥地は魔素が溢れていた。つまり、そこに生息する植物は魔に染まり魔に耐性があった。
 それは貴重な呪術の材料として価値があるということだ。
 そう、シロガネは陰陽道の心得のある退魔士なのだ。そして武道に多少の心得があった。

 昨日の花冷えから一変の今日は、春暖な日だった。
 この時期にしか採取が出来ない素材を探しに、森の奥へと踏み入っていた。
 いつも通りに素材を探していると……。
 突如、シロガネの鼓動がドクンと跳ねた。
 ドクンドクンと大きく激しく鳴り響く。鳴り止まない鼓動に、シロガネは戸惑う。
 こんなことは始めてだった。
 遥か彼方。
 久遠より感じいる気配を追うように、シロガネは空の向こうを探るように見つめた。
 その気配が段々と近づいて来た。途轍もない呪力を感じる。
 鼓動が気配と呼応する。
 共鳴している。
 いつも静かな森が、騒つく。
 来る!
 その瞬間、激しい花吹雪がシロガネを襲った。だが、気がつけば、花吹雪は消えて爽やかな風が吹いていた。
 幻影。
 今まで一度足りとも、この森でこのような爽やかな風を感じた事は無かった。
 これは浄化。
 何かが起こっている。
 シロガネは、一瞬の戸惑いをすぐに捨て去った。そして、この異変とその力の正体を確認する為に、大きな呪力が感じられる方へと急ぎ向かう。
 奥に、更に奥へと進み歩く。
 足早に進もうとするが、深い森の草木が邪魔をする。簡単には進ませてくれない。
 だが、魔物が襲ってくる様子はなかった。先程の浄化のせいだろうか。
 次第に共鳴する力が弱まってくるのが分かった。シロガネの焦る気持ちが歩みを早めた。
 近くにあった葉を一枚、ちぎると口につけて呪を吐いた。
 呪をかけた葉を空高く投げると、葉は燕の姿に変貌した。それは式神だ。
 燕の式神に、シロガネが声高らかに命じる。
「力を感じる方へと導け」
 燕の式神は空中でクルクルと旋回した後、力を感知した方へと飛び立った。
 シロガネは、燕の式神の気を追いながら草木を分けて奥へと進んで行った。

 深い森を抜けると、一変。
 シロガネの目の前に広がるのは、青空から溢れんばかりの光が満ちる拓けた場所だった。
 ここは森の中心部だろうか。
 今まで、こんな奥まで来たことは無かった。ここは知らない場所で、初めて見る風景に圧倒された。
 目に映るは、広場の先に綺麗に咲き誇る立派な桜の木が一本。
 今はもう、先程まで感じていた力は消えている。だが、その桜の上を燕の式神が飛んでいるのが見えた。
「戻れ」
 役目を果たした燕の式神は葉の形に戻った。そして、ハラハラと地に舞い落ちていく。
 桜の木の方へとシロガネは、ゆっくりと歩みを進めた。
 桜の木の下で、白の上着に薄紫の袴を着た少年を見つけた。桜の木にもたれかかって眠っているようだ。
 風が爽やぎ、樹の桜から花びらが落ちて空を舞う。薄紅の花びらは、光に照らされて、白く輝けば風花のようだ。
 それはまるで、儚い春の夢ような景色であった。

 シロガネは眠る少年にそっと近づいて、声をかけるべく屈んだ。
 穏やかな表情で眠る少年をしばらく眺めた。
 シロガネの鼓動が絶え間なく鳴り続ける。
 眠っていた少年が身じろいだ。ゆっくりと瞳が開く。
 綺麗な薄茶色。光煌めけば琥珀色。陽光が照らせば金色。
 だけど、瞳の奥から漏れる小さな光の存在がある。右目から藍、左目から黄の虹彩異色の輝きだ。
 シロガネと少年の視線が合った。
 目が離せない。瞬きも出来ない。呼吸さえも止まる。
 互いに惹かれ合い、吸い込まれるような感覚に襲われる。
 それは。
 桜花盛れし瑞風吹きぬければ、零れ桜は優美な微笑みを誘う。
 千夜に八千代に巡り会えた御業。
 歓天喜地の祝福は魂を揺さぶり結び合う。

 シロガネは、ゆっくり少年を抱き抱えて易々と立ち上がった。
 腕の中の少年は、薄っらと目を開けたまま、ぼんやりとシロガネを見ている。
 だけど、しばらくすると再び瞼を閉じて静かな寝息を立てた。
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