八千代を翔けて、愛う日まで

ゆらん

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46退魔士の仕事 前編

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 今日は、コハクもシロガネも予定は無くて、二人は家でくつろいでいた。
 体を休ませて英気を養うつもりだったのだが、シロガネに念話が入る。
 退魔士の仕事の依頼の連絡だ。
 シロガネは神使いの式神だけを使役しているわけではない。
 各所、必要な場所に式神を配置していた。
 その姿は虫や鳥、犬や猫、獣と様々だ。
 それらは下級から中級の式神が多い。しかし、元が何であれ、資質と呪力が多ければ式神の位は高くなる。
 上級式神の位にならば、シロガネの術により人型で顕現が可能である。
 その人型の式神たちが、いつ何時来る退魔士の依頼を受けて、詳細の確認や交渉などの対応していた。
 魔物を怖がる人々が、一刻でも早く対応して欲しいと依頼してくる。しかしながら、大抵の案件は緊急性が低い。
 窓口である式神たちは、シロガネの意思を承知して指示通りに対応する。
 状況の把握と後日の予定として式神から連絡が来るが、それは夜のはずなのだが……。
 シロガネは訝しみながら、話しを聞いた。

「コハク……、今から」
「ボクも一緒に行ってもいい?」
 謝罪の弁を述べる前に、コハクが尋ねてきたので、シロガネは驚く。
「今から仕事なんでしょ」
「あぁ、そうだよ」
 シロガネが念話をした時点で、急用の連絡が入った事は明白である。
「シロガネの退魔士の仕事を見てみたいんだ。邪魔はしないから」
 退魔士になる決意を持つコハクの意思を尊重するならば、その仕事を知るには良い機会なのかもしれない。
 だが、通常の仕事内容とは異なる。緊急な案件だ。
 訓練を重ねて、コハクは逞しくなった。
 それにコハクが向き合わなければならない事柄は決して易くはない。
 信じて見守る。託して任せる。
 それらはさらに成長させる要因となるだろう。
 シロガネのさざめく憂いなど独りよがりだ。
 思案の末、出した答えは……。
「わかったよ、一緒に行こう。けど、通常の魔物討伐と異なるからね。無茶なことはしないと約束しておくれ」
「うん、約束する」
 それでも、過保護が無くなる事はなかった。

 光の道を通って目的地に出ると、ひとり男性が立っていた。
 シロガネを迎えて、深々と頭を下げて下げる。それはシロガネの式神だ。
「ご案内致します」
 シロガネの後をついてコハクが歩こうとすれば、シロガネが立ち止まった。
「どうしたの?」
「隣りか前に」
「隣り」
 後ろは危ないと、シロガネは言っているのだ。緊急の案件なのに、同行する事を許してくれたシロガネの気持ちをコハクは汲んだ。
 しばらく歩くと、式神が足を止めた。
「こちらの集落です」
 目の前の村からの真ん中から魔素が溢れている。
「どうして……」
 コハクが声を出した。
 ここに来るまで魔素は皆無だった。
 普通では考えられない魔素の量は、明らかに異常な状況だ。
 結界で魔素を抑えているのがわかる。
 そして、村全体を覆う大きな術式が浮かんで浄化している。
「柱は建てたか」
「はい。ご連絡後、すぐに。結界に封じ込めております」
「お前はコハクを守れ」
「承知致しました」
 式神はスルスルと煙のように姿を変えてコハクの影の中へと消えた。
「コハク、名を明かしてはいけないよ。私も名を明かしていない。だから互いに名を呼ばないようにしよう」
「じゃあ、声をかける時はどうしよう……」
「私は師匠でコハクは弟子だろ」
「あっ、そうだね。わかりました、師匠」
「では、我が弟子よ。着いて来なさい」
 コハクもシロガネも、場違いだと知りつつも少し楽しそうだ。
 二人は体に結界を張って村に向かった。

 村の中では、式神たちが持続的に結界を張って魔物を封じていた。
 結界を魔物が破壊してしまうからだ。
 その魔物の姿は巨人で、二本の巻角に鋭い爪の姿だ。
 そして、魔物の胸には鋭い爪で引っ掻かれたような大きな傷痕があった。
 シロガネが呪文を唱えた。
 下から上から呪法陣が現れて魔物の動きを封じた。
 式神たちが結界を張るのをやめて、シロガネに頭を下げた。
「退魔士どの」
 シロガネの後方から声がしたので、振り向くと体格の良い男が立っていた。
「酷い有り様だなぁ」
 シロガネが他人事のように呟いた。
「早く、何とかしてくれ」
「一体何をしたんだか」
「知るかっ。突然、魔物になって被害を被っているのは我々だ」
「ほぉ、身に覚えがないと」
 男とのやり取りに、シロガネは冷ややかな笑みを浮かべた。
「くっ。何も知らないくせに……。さっさと始めろ」
「手遅れだ。ここは魔素に汚染され過ぎた」
「なんだと! ここを捨てろと言うのか。ここから離れて、どうやって暮らしていけというのだ」
「それは、私のまかり知らぬ事だ。こうなった原因を作ったのはお前たちだろう」
「くそっ!」
 悪態をつきながら男が去っていく。
 二人の側で話しを聞いていたコハクは、シロガネの厳しい物言いに衝撃を受けた。
 コハクには見せたことのない、知らないシロガネの姿に、小さな身震いを起こした。
 スイセンが、非情だと話していたこと。
 シロガネが、自身が優しいのはコハクだけと言っていたこと。
 それは、本当だった。
「驚いたかい」
 シロガネが背を向けたまま声をかけた。
「うん」
 その背中を見つめながら、コハクは素直を答えた。目の当たりにした真実に目を逸らして、驚いたことを誤魔化して繕っても仕方ない。
 それは嘘になる。
「終始こんな感じでね。幻滅されるかな」
「しないよ。どんなシロガネもボクは受け入れるから、安心して」
 シロガネが自虐的に嘲笑したので、コハクは戯けて笑って返した。

 男が、杖をついた年老いた男を連れて戻って来た。この村の長のようだ。
「退魔士殿よ。息子から話しは聞いた。ここを失っては、村の皆が行くところはない。魔物を払って魔素を浄化する方法はないのかのぉ」
「これは魔騙物(マカタリモノ)だ。尋常でない怒りや憎しみ、苦しみや悲しみから生まれる。それを知らぬ存ぜんで通すつもりか」
 シロガネが咎めるように語尾を強めた。
「よそ者の癖にアイツもアンタも偉そうにしやがって」
「やめよ。話して差し上げろ」
 体格の良い男が偉そうなのは、長の息子であるからだが、親であり長の命には逆らえないようだ。
 太々しくも従った。
「あれは、そもそも村の者じゃあない。だが、村の掟を破ったから追放した」
「ほうぉ、舞い戻ってマカタリモノになったのか。余程の怨み辛みがあったのだろな」
「うるさいっ」
「で、心あたりがあるのか、ないのか」
「恥を晒すことになるが、その様子では訳を離さずに退魔は難しいのだろう……」
 年老いた長は、息子に話しをするように促した。

 ある森にて、山菜の収穫をしていた娘が獣に襲われた。それを見つけた旅人の青年が娘を救った。
 娘を庇い胸に酷い傷を負った青年を、娘は村に連れて行き手当てする事にした。旅人の青年は、傷が癒えるまで村で過ごすことになる。
 その間、娘と青年は交流を深めて惹かれ合う。だが、娘には親同士が決めた許婚がいた。
 それでも二人の思いは燃える炎の如く愛を誓い合う。
 二人の様子に勘づいた村人たちに、一緒になりたい気持ちを打ち明けたが、許されなかった。
 その時、既に娘の腹の中には新たな命が息吹いていた。二人は駆け落ちをするも見つかってしまう。
 娘と青年は別々に監禁された。
 青年は村の男たちに袋叩きに合い、森の奥へと放り出される。獣に遭遇すれば命の保障はないだろう。
 その頃、娘は許婚の男から青年が死んだと聞かされる。そして、この世を儚んで自害していた。
 娘を救いたい一心で、命からがら村へと戻ってくるも、娘が死んだ後だと青年は知ることになる。
 愛する者とその愛の結晶を奪われて哀しみにくれれば、怒り狂い、憎悪は激しく。村の者たち、全てへと向けた。
 それは強い思念となり、青年の心と体に魔が棲くう。魔素を取り込み、魔物へとその姿を変貌させた。

 話しを終えた男は、拳を握りしめて苦味潰した表情だ。
 村の長は苦しそうにゴホっゴホっと咳をした。
「儂の目が届かないところで起こった事じゃが、村の長として儂の責任。どうか、この老いぼれの身一つにて、どうにかならんかの」
「其方の体一つでは、如何にもならんな。なんなら、娘を暴行した許婚の男を生贄でもすれば、魔騙物も気が晴れて消滅するかもな」
「なんと……」
「冗談だ」
「退魔士など……皆、無能よ。当てになどならんわ!」
 男がシロガネを睨みつけて吐き捨てる。
「その心を捧げよ」
 緊迫する状況の中、少年の声がこの場を治める。
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