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10話 主様と呼ぶのは勘弁してくれ
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いつまでも外にいるのもなんだと思い、俺とルシャは館の中に場所を移していた。壊れかけたボロの椅子にお互いに座って話を続けた。
「君は人間を警戒しないんだな」
そうルシャに問いかける。
俺の正体が分かる前からルシャは人間の俺に警戒心を抱いた様子はなかった。しかし残虐王とて人間だ、他にも人間の協力者がいてもおかしくはなかった。
「あ、私は実はアレーテイアに住んでたんです」
「なんだ、あっちに住んでたのか。よくその格好で……」
本国に有翼種なんかがいたら、格好の注目の的だろう。それ以前に戦争によって亜人への悪感情は強く根付くようになっていた。アレーテイアには亜人などまったくいないと言っていいほどだが、ハーフはそれなりの数がいる。もし仮にルシャの言葉が事実だとしたら酷い差別を受けていたはずだ。
「私は混血なんです。翼をしまえば見かけは人間と変わりませんし」
ルシャが身体を揺するとパッと翼が小さく背中に収まった。魔術的な収納なのか肩甲骨のあたりに小さくなった翼があった。
亜人との混血の末裔たち、本国パラディソスでも時折、見かけることはあった。彼女もその類だ、他の者と同じように罪でも侵してここにいるのだろうか。
会話をしつつ館の外から別人の気配を近づいてくるのを捉える。
それはアステールのものだと分かっていた。体調も戻ってくると、やはり感覚が鋭くなっているのを実感することになった。予想通りに扉を開けてアステールが姿を現した。
「ルシャ。来ておったのか」
「はい」
と元気良く頷いた。対して俺はむっつり押し黙る。
なぜならアステールは一人の男をともなっていた。フードのついたローブを目深に被り顔が良く見えず、足先まで長い丈が覆い隠していた。
ちょいちょいと手招きしてアステールを呼ぶと、顔を寄せて小声で会話する。
「あいつは誰だ。ばれる心配はないのか」
「彼は私の副官のレゾットだ。主様とレゾットは深い付き合いはなかったから大丈夫だ。とりあえずこの2人は知っておくべきだと思ってな。2人とも約束は守るから安心しろ」
「ルシャは。あの子は何者なんだ」
「ルシャは亜人と人間の混血で所属はどちらかと言えば赤の魔帝側だ」
「魔帝側……」
魔帝とは東に勢力圏を築く重罪犯たちのリーダーのことだ。一般に言うギャングやマフィアのボスということになる。ますます信用が置けないなと思う。通りでルシャも偏った思想をしているはずだ。魔帝にはできれば関わり合いを持ちたくないと思う。厄介そうな相手だ。
「彼女には人間との橋渡しをしてもらっている」
それは、それなりの地位にいることになる。つまり彼女は相当の重罪犯なのか。しかしそれでは本人が語った内容と大きく食い違う。悪いことができないと言ってた。
嘘を語ったと考えるのが最も簡単な答えだ、しかしそんなすぐばれてしまう嘘をつくとも思えない。馬鹿にしているのかという話だ。俺の疑問をよそにレゾットが俺に近寄ってきた。
そして度肝を抜かれた。
「主様」
彼がいきなり跪いたからだ。
これ以上ないほど深々と頭を下げる。
「どれ程この日を待ち望んだことか」
「ひ、久しぶりだな」
声が引きつっていた。
なぜなら、いい大人の男が落涙して喜びを表している。
「嬉しゅうございます。まさか再びお目にかかれる日がくるなんて」
彼は感極まったように涙をこぼし続けていた。
その時の俺の感情はたた一つ。圧倒的に気まずい。とてつもない居た堪れなさを味わっていた。なんせその張本人を倒したのが俺なのだから。
「王よ。また我らを導いてください」
希望に満ちた視線が俺に突き刺さった。それが臓腑に衝撃となって通り抜けたようで、ぐ──と口を手で覆う。
冗談じゃない。ルシャもそうだが、こんなのがあと何人いるんだ。武力による支配などとんでもない、かなり人心を掌握しているようだった。
「アステール。なぜ我々だけに教えたのです。広く伝えたほうがいいのでは。王が帰ったと知れれば、亜人はまたひとつにまとまることができます」
なんとかしろとアステールに視線を向ける。一介の兵隊に過ぎなかった俺が指揮官になどなれるわけもない。何よりやりたくない。なぜ彼女はこんなやつを連れて来てしまったのか。
「主様は全盛の力が戻っていない。取り戻すのに長い時間がかかるかもしれない」
「そ、そうだったのですか」
「そう知れたら刺客に狙われるだろう。伏せるべきだ」
レゾットは得心がいったようだった。
「なるほど。それで私に」
何度も頷いていた。
俺だけが取り残されているが、説明しろなんて言えるわけもなかった。
「ああ。レゾットの千変万化の術が必要になるわけだ」
会話の流れでさりげなくアステールが説明した。千変万化の術を使う亜人、俺も存在は聞いたことのあるほどの、かつては敵だった。どんな姿にも、どんな形にも身体を変化させる恐ろしい諜報員であり暗殺者だった。
「光栄の極みでございます」
レゾットは大地に頭をこすり付けんばかりに平伏した。
「いちいち畏まらなくていい」
もう相手にするのも面倒だった。
「君は人間を警戒しないんだな」
そうルシャに問いかける。
俺の正体が分かる前からルシャは人間の俺に警戒心を抱いた様子はなかった。しかし残虐王とて人間だ、他にも人間の協力者がいてもおかしくはなかった。
「あ、私は実はアレーテイアに住んでたんです」
「なんだ、あっちに住んでたのか。よくその格好で……」
本国に有翼種なんかがいたら、格好の注目の的だろう。それ以前に戦争によって亜人への悪感情は強く根付くようになっていた。アレーテイアには亜人などまったくいないと言っていいほどだが、ハーフはそれなりの数がいる。もし仮にルシャの言葉が事実だとしたら酷い差別を受けていたはずだ。
「私は混血なんです。翼をしまえば見かけは人間と変わりませんし」
ルシャが身体を揺するとパッと翼が小さく背中に収まった。魔術的な収納なのか肩甲骨のあたりに小さくなった翼があった。
亜人との混血の末裔たち、本国パラディソスでも時折、見かけることはあった。彼女もその類だ、他の者と同じように罪でも侵してここにいるのだろうか。
会話をしつつ館の外から別人の気配を近づいてくるのを捉える。
それはアステールのものだと分かっていた。体調も戻ってくると、やはり感覚が鋭くなっているのを実感することになった。予想通りに扉を開けてアステールが姿を現した。
「ルシャ。来ておったのか」
「はい」
と元気良く頷いた。対して俺はむっつり押し黙る。
なぜならアステールは一人の男をともなっていた。フードのついたローブを目深に被り顔が良く見えず、足先まで長い丈が覆い隠していた。
ちょいちょいと手招きしてアステールを呼ぶと、顔を寄せて小声で会話する。
「あいつは誰だ。ばれる心配はないのか」
「彼は私の副官のレゾットだ。主様とレゾットは深い付き合いはなかったから大丈夫だ。とりあえずこの2人は知っておくべきだと思ってな。2人とも約束は守るから安心しろ」
「ルシャは。あの子は何者なんだ」
「ルシャは亜人と人間の混血で所属はどちらかと言えば赤の魔帝側だ」
「魔帝側……」
魔帝とは東に勢力圏を築く重罪犯たちのリーダーのことだ。一般に言うギャングやマフィアのボスということになる。ますます信用が置けないなと思う。通りでルシャも偏った思想をしているはずだ。魔帝にはできれば関わり合いを持ちたくないと思う。厄介そうな相手だ。
「彼女には人間との橋渡しをしてもらっている」
それは、それなりの地位にいることになる。つまり彼女は相当の重罪犯なのか。しかしそれでは本人が語った内容と大きく食い違う。悪いことができないと言ってた。
嘘を語ったと考えるのが最も簡単な答えだ、しかしそんなすぐばれてしまう嘘をつくとも思えない。馬鹿にしているのかという話だ。俺の疑問をよそにレゾットが俺に近寄ってきた。
そして度肝を抜かれた。
「主様」
彼がいきなり跪いたからだ。
これ以上ないほど深々と頭を下げる。
「どれ程この日を待ち望んだことか」
「ひ、久しぶりだな」
声が引きつっていた。
なぜなら、いい大人の男が落涙して喜びを表している。
「嬉しゅうございます。まさか再びお目にかかれる日がくるなんて」
彼は感極まったように涙をこぼし続けていた。
その時の俺の感情はたた一つ。圧倒的に気まずい。とてつもない居た堪れなさを味わっていた。なんせその張本人を倒したのが俺なのだから。
「王よ。また我らを導いてください」
希望に満ちた視線が俺に突き刺さった。それが臓腑に衝撃となって通り抜けたようで、ぐ──と口を手で覆う。
冗談じゃない。ルシャもそうだが、こんなのがあと何人いるんだ。武力による支配などとんでもない、かなり人心を掌握しているようだった。
「アステール。なぜ我々だけに教えたのです。広く伝えたほうがいいのでは。王が帰ったと知れれば、亜人はまたひとつにまとまることができます」
なんとかしろとアステールに視線を向ける。一介の兵隊に過ぎなかった俺が指揮官になどなれるわけもない。何よりやりたくない。なぜ彼女はこんなやつを連れて来てしまったのか。
「主様は全盛の力が戻っていない。取り戻すのに長い時間がかかるかもしれない」
「そ、そうだったのですか」
「そう知れたら刺客に狙われるだろう。伏せるべきだ」
レゾットは得心がいったようだった。
「なるほど。それで私に」
何度も頷いていた。
俺だけが取り残されているが、説明しろなんて言えるわけもなかった。
「ああ。レゾットの千変万化の術が必要になるわけだ」
会話の流れでさりげなくアステールが説明した。千変万化の術を使う亜人、俺も存在は聞いたことのあるほどの、かつては敵だった。どんな姿にも、どんな形にも身体を変化させる恐ろしい諜報員であり暗殺者だった。
「光栄の極みでございます」
レゾットは大地に頭をこすり付けんばかりに平伏した。
「いちいち畏まらなくていい」
もう相手にするのも面倒だった。
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