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16話 旅立ち
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この世の大半の者が魔術を使用できる中で、俺は魔術を全く使用できない魔法不適合者だった。病弱で魔法不適合、精霊様にも愛想を尽かされているのか恩寵量も著しく低かった。
誰もが精霊に愛されてギフトや魔術を使う中で、魔術を使えない者は忌み子として忌み嫌われていた。俺はそんな典型的な落ちこぼれだったのだ。
病弱で身体は弱く魔術も使えない。母も父も俺を邪魔者のように扱った。7歳ばかりにしてそんな空気を鋭敏に感じとっていた俺はその時にある技術を知った。
それは主に亜人たちが使う身体強化の技術に通じるものだった。眠っていた時間も合わせると、もう25年も前になる。陳腐な言葉だが運命のめぐり合わせとでも言うのだろうか、羽のように軽やかな身のこなしで空を舞う亜人の少女を見た。
年上の彼女は忌み子であった俺にも優しかった。とても明るい人で気さくな笑顔が今でも印象深く思い出に残っていた。俺が亜人に悪感情を抱いていないのは彼女の存在も大きいだろう。俺は彼女に教わったのだ。その技術の全てを。
それさえ学べば自分でも強くなれるのだと本気で信じていた。魔力を身体の中で操作して物理的なエネルギーに変換する身体強化術。彼らはこれを『気功術』と呼んでいた。
その日から1日のほとんどをその練習の時間に費やした。
そこにはある種の狂気的な感情があった。
望んでそうしたわけではない、そうするしかなかったのだ。
そうやってでしか、俺は俺の存在を明らかにすることができなかった。
手拍子がリズムを刻み、歌声が響き、踊り子が舞う。
青みがかった肌の少女はセイレーンの血を引いているのだ。
精霊に呼びかけて神々を讃えるその歌声は大気を深く震わせて嵐を呼び寄せる。次第に雨雲が上空を覆い尽くし、ぽつりぽつりと水滴が舞い降りた。降りそそぐ雨粒が燻っていた火元を根こそぎ消していく。
俺とアステールは大きな宿り木の下で雨から逃れ、町の様子を眺めていた。
「ありがとうございました」
「あなたのおかげで助かりました」
多くのものが俺のもとに感謝を告げに来た。特に助ける形になった親子連れの亜人は何度も何度も感謝を告げていった。ようやくその人波が途絶えたところだった。
「ありがとう。みな無事だったのはあなたのおかげだ」
アステールと俺は真正面から向かい合い、彼女はさらに一歩歩み寄った。
「エルさえいてくれれば、我々は──」
「アステール」
会話を遮るその呼びかけだけで、彼女は用件の内容まで察したようだった。
ぎゅっと口を噤み、表情を曇らせた。
「俺は出ていくよ。明日の朝になったら発つ」
魔王が復活したと知れれば小心者のレギルが迂闊に攻め込むことはなくなるだろう。これで恩の一部は果たした。心残りはもうなかった。
「ともには生きられないのか?」
俺はしばらく答えずに空を見上げる。
曇り空にさえぎられて星々は見渡すことができなかった。
「俺は君らが求めるものを返すことはできない。そんな立派な人間じゃないんだ」
「……残念だ。行かないで欲しい、とは言えないな」
アステールは悲しげに目を伏せた。
「これから、どうするつもりなんだ?」
「俺はこの世界から脱出する」
「そんな、そんなの無理だ」
「それでもやるんだ」
その前にレギルやゼクト、あいつらと再び相まみえて。
そして……俺は。
「何かあてはあるのか」
「まずは人間が住む町に行ってようと思う。この世界の様子を見てくるよ」
亜人狩りを行っているのならば橋頭堡となる拠点どこかにあるはずだ。そこで待ち受けるというのも手だ。それに俺一人ならば監獄都市に忍び込むことだってできるはずだった。
「それなら東には向かっては駄目だ。行くなら南がいい」
「分かった」
少し会話が途切れて静寂が訪れた。
ふとそこで馬鹿な提案をしてしまった。
「アステール。俺と一緒に来ないか」
「魅力的なお誘いだ」
しかしアステールは首を横に振った。
「この命あなたに救われた、あなたのために使いたい。だけど」
当たり前すぎる返答だったが、わずかばかりの寂しさはあった。
「私は行けない。人々を導く義務がある。一族を、再興しなくては。自分の過ちから逃げるわけにはいかない。私はその手に縋ることを許されるほど弱くはないんだ」
あの日、大空に飛び立ったというのに、彼女はまだ捕らわれているのか。
「レゾットはなんとか私が説得しておこう」
「ありがとう」
「ただ。ルシャを連れて行ってくれ」
「どうしてだ?」
乞われるがままに弟子にした、なんともマイペースで奇妙な少女だった。
「あの子は希望だ」
「希望?」
いったいそれは何だと視線で問う。
「すぐに分かるさ」
アステールは意味深に笑むだけで答えようとはしなかった。
「明日はもうここには来ない」
「そうか」
「だからこれでお別れだ」
「そうだな」
別れ際だというのに何一つ気の利いた文句は浮かばなかった。言葉の代わりというようにアステールは俺のもとに飛び込んできた。
「いつでも戻りたくなったら戻ってきていい」
「ああ。俺には目的がある。だけど」
それは他の何にも代えられない至上命題だ。しかし。命を救われたアステールや、亜人たち全てを見捨てられるほど無神経な人間でもなかった。
「俺の力が必要ならすぐに戻ってくる。君のために」
「あ、う」
衝撃のあまりにアステールの言葉は言葉にならなかった。
「ず、ずるい。ずるいぞ。いつも別れ際にそんなこと言うなんて」
悪いな──と返答しようとして途中で止まる。
アステールとの距離がさらに近づいてゼロになった。
頬に柔らかな唇の感触が。
「仕返しだ」
アステールは顔を真っ赤に染めながら呟いた。
「貴方に幸運を」
呟きには万感の思いが籠っていた。
「ずっと。ずっと祈ってる」
身体が離れると夜風が染み渡り、今まで感じていた心地良い温もりに名残惜しさを感じた。
だがそれでいい。
俺に必要なのは温かさではない、鋼のような冷たさだ。
求めるのは鉄と血によって支払わせる代償。
奪われたものを奪い返すのだ。
ここに帰ってくるのはそれからでいい。
しかしなぜか、アステールとはまたすぐに会うことになる。
不思議とそんな予感がした。
誰もが精霊に愛されてギフトや魔術を使う中で、魔術を使えない者は忌み子として忌み嫌われていた。俺はそんな典型的な落ちこぼれだったのだ。
病弱で身体は弱く魔術も使えない。母も父も俺を邪魔者のように扱った。7歳ばかりにしてそんな空気を鋭敏に感じとっていた俺はその時にある技術を知った。
それは主に亜人たちが使う身体強化の技術に通じるものだった。眠っていた時間も合わせると、もう25年も前になる。陳腐な言葉だが運命のめぐり合わせとでも言うのだろうか、羽のように軽やかな身のこなしで空を舞う亜人の少女を見た。
年上の彼女は忌み子であった俺にも優しかった。とても明るい人で気さくな笑顔が今でも印象深く思い出に残っていた。俺が亜人に悪感情を抱いていないのは彼女の存在も大きいだろう。俺は彼女に教わったのだ。その技術の全てを。
それさえ学べば自分でも強くなれるのだと本気で信じていた。魔力を身体の中で操作して物理的なエネルギーに変換する身体強化術。彼らはこれを『気功術』と呼んでいた。
その日から1日のほとんどをその練習の時間に費やした。
そこにはある種の狂気的な感情があった。
望んでそうしたわけではない、そうするしかなかったのだ。
そうやってでしか、俺は俺の存在を明らかにすることができなかった。
手拍子がリズムを刻み、歌声が響き、踊り子が舞う。
青みがかった肌の少女はセイレーンの血を引いているのだ。
精霊に呼びかけて神々を讃えるその歌声は大気を深く震わせて嵐を呼び寄せる。次第に雨雲が上空を覆い尽くし、ぽつりぽつりと水滴が舞い降りた。降りそそぐ雨粒が燻っていた火元を根こそぎ消していく。
俺とアステールは大きな宿り木の下で雨から逃れ、町の様子を眺めていた。
「ありがとうございました」
「あなたのおかげで助かりました」
多くのものが俺のもとに感謝を告げに来た。特に助ける形になった親子連れの亜人は何度も何度も感謝を告げていった。ようやくその人波が途絶えたところだった。
「ありがとう。みな無事だったのはあなたのおかげだ」
アステールと俺は真正面から向かい合い、彼女はさらに一歩歩み寄った。
「エルさえいてくれれば、我々は──」
「アステール」
会話を遮るその呼びかけだけで、彼女は用件の内容まで察したようだった。
ぎゅっと口を噤み、表情を曇らせた。
「俺は出ていくよ。明日の朝になったら発つ」
魔王が復活したと知れれば小心者のレギルが迂闊に攻め込むことはなくなるだろう。これで恩の一部は果たした。心残りはもうなかった。
「ともには生きられないのか?」
俺はしばらく答えずに空を見上げる。
曇り空にさえぎられて星々は見渡すことができなかった。
「俺は君らが求めるものを返すことはできない。そんな立派な人間じゃないんだ」
「……残念だ。行かないで欲しい、とは言えないな」
アステールは悲しげに目を伏せた。
「これから、どうするつもりなんだ?」
「俺はこの世界から脱出する」
「そんな、そんなの無理だ」
「それでもやるんだ」
その前にレギルやゼクト、あいつらと再び相まみえて。
そして……俺は。
「何かあてはあるのか」
「まずは人間が住む町に行ってようと思う。この世界の様子を見てくるよ」
亜人狩りを行っているのならば橋頭堡となる拠点どこかにあるはずだ。そこで待ち受けるというのも手だ。それに俺一人ならば監獄都市に忍び込むことだってできるはずだった。
「それなら東には向かっては駄目だ。行くなら南がいい」
「分かった」
少し会話が途切れて静寂が訪れた。
ふとそこで馬鹿な提案をしてしまった。
「アステール。俺と一緒に来ないか」
「魅力的なお誘いだ」
しかしアステールは首を横に振った。
「この命あなたに救われた、あなたのために使いたい。だけど」
当たり前すぎる返答だったが、わずかばかりの寂しさはあった。
「私は行けない。人々を導く義務がある。一族を、再興しなくては。自分の過ちから逃げるわけにはいかない。私はその手に縋ることを許されるほど弱くはないんだ」
あの日、大空に飛び立ったというのに、彼女はまだ捕らわれているのか。
「レゾットはなんとか私が説得しておこう」
「ありがとう」
「ただ。ルシャを連れて行ってくれ」
「どうしてだ?」
乞われるがままに弟子にした、なんともマイペースで奇妙な少女だった。
「あの子は希望だ」
「希望?」
いったいそれは何だと視線で問う。
「すぐに分かるさ」
アステールは意味深に笑むだけで答えようとはしなかった。
「明日はもうここには来ない」
「そうか」
「だからこれでお別れだ」
「そうだな」
別れ際だというのに何一つ気の利いた文句は浮かばなかった。言葉の代わりというようにアステールは俺のもとに飛び込んできた。
「いつでも戻りたくなったら戻ってきていい」
「ああ。俺には目的がある。だけど」
それは他の何にも代えられない至上命題だ。しかし。命を救われたアステールや、亜人たち全てを見捨てられるほど無神経な人間でもなかった。
「俺の力が必要ならすぐに戻ってくる。君のために」
「あ、う」
衝撃のあまりにアステールの言葉は言葉にならなかった。
「ず、ずるい。ずるいぞ。いつも別れ際にそんなこと言うなんて」
悪いな──と返答しようとして途中で止まる。
アステールとの距離がさらに近づいてゼロになった。
頬に柔らかな唇の感触が。
「仕返しだ」
アステールは顔を真っ赤に染めながら呟いた。
「貴方に幸運を」
呟きには万感の思いが籠っていた。
「ずっと。ずっと祈ってる」
身体が離れると夜風が染み渡り、今まで感じていた心地良い温もりに名残惜しさを感じた。
だがそれでいい。
俺に必要なのは温かさではない、鋼のような冷たさだ。
求めるのは鉄と血によって支払わせる代償。
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ここに帰ってくるのはそれからでいい。
しかしなぜか、アステールとはまたすぐに会うことになる。
不思議とそんな予感がした。
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