パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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23話 人と獣

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 俺には大きな疑問があった。
 それは先ほど渡した貨幣がそれほどの価値を持つことだ。

 幾らなんでも、あまりに大金ではないだろうか。俺に苦痛を与えるのが目的ならばあれほどの大金を残す必要はない。少しの物資ならば気にせず置きもするだろうが、それ以外は自分だけが分かるようにその辺に埋めるなりして隠しておけばいいのだ。

 まるでこの世界を謳歌せよと言わんばかりの親切さだ。

 ──贅沢させるのが悪なのか? いったい何を狙っていたのやら。

 そんな物思いに沈む俺に向かってラナの解説は続いていた。ルシャのいないうちに監獄世界の情勢や常識をレクチャーしてもらっているのだ。今にして思えばアステールに聞いておけば良かった。

「東には砂漠の目っていう砦があったんです」

 蝕害とは生き物から生命力を喰らう恐ろしい化物だ。蝕害が長く住みついた場所は草木も枯れ果て生き物も姿を消す。砂漠の目とは東部の広大な砂漠地帯と平原の境目に作られた巨大な要塞だった。

「東部に押さえ込んだ蝕害との戦いの最前線です。そこには刑期の長い重犯罪者のみが送られて戦わされていました。だけどある日、最初の魔帝が看守を殺してしまって砂漠の目を乗っ取っちゃったんです。彼は元々終身刑でしたからもうやりたい放題です。こうして赤の魔帝が生まれ、赤の魔帝の右腕だった人が方針の違いから青の魔帝となり独立しました。それから魔帝の2人は睨み合ったまま動きません。一度戦線を開けばその隙を監獄都市に突かれてしまいます。こう着状態になっているんです」

 情勢の解説ということでラナも特に気負いもなく、すらすらと口が滑っていた。

「最初に人間がこの世界に来てからもう200年です。初期の植民者たちに、流刑された犯罪者たちの脱走もあって、ここの生まれの人もかなり多くなりました。自由都市にもいっぱいいますし、東部の魔帝の支配圏にもいくつも街があって暮らしているみたいです」

「ちなみに4英雄……彼らがここに来ることはあるのか」

 何気なさを装って口にする。
 極力感情を排した言葉にラナも疑念は抱かなかったようだ。
 はいと頷いた。

「何度かありますね」

 わずかに口の端を歪める。それは朗報だった。
 ここに来ることがあるならば機を見計ら張って襲うことも可能だろう。

「ラナー」

 声が届いた。遠くには手をぶんぶん振る少年がいる。彼に向かってラナは柔からに微笑んで控えめに手を振りかえした。だが近くにいた母親がすぐに少年の行いを窘める仕草を見せた。

「こら。あの子と仲良くするなって言ってるじゃない」

「なんでなの」

「あの子は人間じゃないのよ」

 聞こえないと思っているのだろう。だが俺の鋭敏な聴力はその会話を捉え、当然ラナにも聞こえている。真っ青になるまで結ばれた唇がその証しだ。

 ──人間じゃない? 

 俺の疑問をよそに少年が母親に引っ張られていく中、ラナはずっと俯いていた。
 
 カーン。カーン。カーン。

 都市に数度、鐘の音が響き渡る。
 そうすると住民たちが慌ただしく動き始めた。
 黙り込んでいたラナも顔をあげて微妙な表情をとる。

「どうしたんだ?」

「看守が来る合図です。だからみんな家の中に」

「なぜ看守が自由都市に?」

 ここは逃げ出してきたものが作り上げた楽園ではなかったのか。

「実態はそんないいものじゃないんです。ただ現状は見逃してもらっていて、その代わりに看守に税を納めてるんです。作物や家畜、織物などの半分近くを。一度脱走したものは引き戻してもまた脱走します。亜人狩りを行う拠点にもなりますし、無駄なことするよりもそのほうが効率がいいんでしょう」

 その説明ではほとんど植民市のようなものだ。この世界で自由とはただで得られるようなものではないと思い知らされた気がした。

「でも、どんどん要求が増えていっています。今の自由都市の長もあと2年で帰れますから、看守の機嫌を損ねたりはしたくないみたいなんです」

「看守はどこに来るんだ?」

「え? 市長のところですけど」

「案内してくれないか」

 万に一つだが俺の知っている人間がいるかもしれない。
 どうしても確かめずにはいられなかった。



 地面に山のように置かれた作物類を荷馬車に詰め込んでいる男たちがいた。それは監獄都市の制服を着た看守だ。2人ほどがいる。傍にいる眼鏡をかけた中年の男は市長であるのだろう。

「あー面倒だな。こんな仕事。女っ気がないとつまらないよな」

「確かにな。次から要求してみるか」

「ははは。面白そうだなそれ。どうせ逆らえないしな」

 看守たちの会話が聞こえる位置まで近づいて彼らの顔を確認するが、知っている顔はいなかった。どうやら無駄足だった。もはや特に得ることもないだろう。

「もういい。行こうか」

「はい」

 踵を返しかけたところでラナが躓いて積んであった荷を崩してしまった。ガラガラ、と品物が地面に散乱する。

「わ、やだ。大変」

 泡を食って片づけをするラナ、そんな彼女に看守たちは目を止めた。

「おいちょっとお前」

 ラナは右左と視線を送る。
 彼女の傍には俺がいるだけだ。 

「お前だよ」

「わ、私ですか?」

 彼女は視線にさらされるのが苦痛とばかりに俺の後ろに隠れたがる。それでも迷惑になると思ったのか、俺の服の裾を振るえる手で軽く摘まんだだけった。

「これから俺達に付き合えよ」

「……え? で、でも」

「お前趣味悪いな。そんな地味なのがいいのかよ」

「ばーか。よく見ろ。可愛い顔してるじゃん。それに巨乳」

 厚着をしていても分かるぐらいだ。
 看守の男は好色そうな下卑た笑みを浮かべた。

「い、いやです」

 ラナはいくども首を振って拒否反応を示す。

「俺は下級看守だけど刑期を1年は伸ばせるんだぜ」

 脅しの言葉に身体を硬直させるラナ。

「ほら来いよ」

 看守が強引に腕を引っ張るとラナは痛みに顔をしかめた。

「う、いたっ」

「ほら顔隠してなんなって」

「あ、やめ!」

 そして強引にフードを撥ね退けられて顔が顕になった。
 
 肩口程度の黒髪の毛がばさりと揺れる。隠しているのがもったいない可愛い顔をしているが、注目すべきは頭頂部だ。一言で言えば大きな黒い耳、三角形の耳がある。どうやら彼女は亜人、もしくはハーフなのだろう。

「あ」

 ラナは許されざる罪を暴き出されたかのように身体を震わせていた。

「亜人だったのか」

 ラナはびくりと一際大きく肩を揺らした。

「わたしはハーフです。人間です」

 これ以上ない程うつむいて、消え入りそうな声で答えた。ルディスたちの食い違った言葉、それは本人の意志を反映していたのものだったのだ。

「おいおい。まさか獣野郎がいるなんてな」

「ち、違います。わたしは人間なんです」
 
 そんな必死な言葉にも取りあわず、看守たちはわざとらしい会話を始める。

「まさか、この都市は亜人を匿ってるのかよ」

「獣野郎がおかしなことをたくらんでないか調べないとじゃないか」 

 ラナは最後の望みをかけて縋るように視線を送る。

「し、市長」

「おいどうなんだ。獣を庇うのか?」

「私の管理不足でした。どうぞお連れください」

 冷たい瞳で市長はそう言った。

 そんな言葉を吐かれた彼女に宿ったのは絶望か怒りか、その暗澹たる感情は瞳に暗い影を落とした。自分が無力であることを理解した瞳。俺がこの世で一番嫌いな目だった。

 悩みに悩んだ。
 俺はアステールの頼みを断ってこの場所にいるのだ。それなのに彼女を助けるのか。この場で俺が目立つのはあまりにも得策ではない。

 だが彼女が看守に目をつけられたのは俺のせいでもある。ここで見捨てるのは裏切りではないのか。

 裏切り──それは決して許してはならない行為だった。
 もし彼女が一言でも助けを求めたら……俺は。
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