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24話 シリアスvs馬鹿
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「エルさん」
そうやって、ラナは俺の名を静かに呼んだ。
俺に助けを求めたら、そうしたら俺は君を裏切りはしない。
「先に戻っていてください」
だが告げられたのは予想外の言葉だった。
そのままラナは看守に向き直って続ける。
「わ、分かりました。言う通りにします」
「それでいいんだよ」
満足そうに看守たちも耳障りな笑い声をあげた。
俺はたまらずラナに声をかけた。
「ラナ。助けてほしいんじゃないのか。なぜそう言わない?」
「私は大丈夫です」
彼女は震える身体で、微笑んでみせた。
「あなたは恩人です。巻き込んだりしたくはありません」
このまま助けたら彼女の意に反することをしてしまうことになるのではないか。確かに俺にとって見過ごしたほうが都合はいい。だがそれで本当にいいのだろうか。
「ラナ。助けが必要ならそう言ってくれ。もし君が望めば俺は君を必ず守ると約束する」
「お優しいんですね」
それはまったく見当違いの発言だ。これは優しさなどはない。俺にあるのは激しい怒りであった。
「アレーテイアにいた時もそうでした。みんな私の姿を見て変だと笑った。馬鹿にされて、いじめられました。それで逃げていたんです。ずっとずっと。家にこもりきりで。人目に触れることが恐ろしくて」
ラナは過去を思い出してか、また暗くよどんだ目を見せた。
「苦痛には慣れています。痛いのも苦しいのも。いくら辛くても耐えていれば、いずれ過ぎ去ってくれます。私、知っています。この世界には都合よく全てを解決してくれる正義の味方なんていないんだって」
この展開は望み通りだ。
余計な注目を浴びることなく4英雄を待つことができる。ラナの言う正義の味方でもあるまいし、黙って見過ごせばいいのだ。それがあまりにも合理的な判断だと思考は言っている。
だが俺の心に渦巻く感情は、このままこんな蛮行を許せとは言っていない。人を人と思わないケダモノを許せるはずもないのだ。それはレギルのような男を野放しにしておくことと同じだと思った。
衝動が燃え上がり剣の柄に手が伸びかけた。
そんな時のことだ。
「マスター。こんなところで何をしてるんですか」
と、なんとか聞き取ったが実際の言葉は不明瞭だった。ルシャは言葉に従って思いっきり遊んでいるようで、棒付きの飴玉を咥えて、喋りはもごもごと籠っていた。
俺が無言で見返すとルシャはきょとんとしたが、すぐに何かに気が付き、ふむと唸る。
「これはさては……修羅場ですね?」
暗い空気の中で一人、能天気な声を出している。
本当に空気が読めない子だ。
しかし看守たちは沸き立った。
「こんなのどこに隠してたんだ」
「凄ぇ可愛いじゃん」
中身はともかく外見は可愛らしいルシャを見て彼らは非常に色めきたった。
「お前も俺らの相手しろよ」
そう来たかと頭を抱えたくなる事態だった。
この真面目な場面でルシャの存在がどんな化学反応を見せるのか予想もつかなかい。ルシャは看守をしばらく眺め、くるりと俺の方に体の向きを変えた。
やめてくれ、俺に何かを向けるな。
「マスター。相手ってなんの相手です?」
なんでそれを俺に聞く。言ったやつに聞け。
「あ、あー。男女が行う夜の運動というか?」
「それなら得意です!」
俺の配慮たっぷりの説明に対してルシャは満面の笑みを浮かべて言い放った。
「たぶんなんだけど絶対に違う。もっと……こう。激しいやつだ」
「激しいのも慣れてます! よく上手だって褒められるんです!」
頭痛が走った頭を押さえる。
なんだ、俺は父親なのか。
なんで俺がこんな苦心して面倒な説明しなきゃならんのだ。
看守を伺えば「そ、そんなに凄いのか」と喉を鳴らしていた。これは看守も諦めそうにもない。看守に逆らえばルシャも何年か本国に帰れなくなってしまう。帰る気はないようだが、選択肢があることは正義だ。しょうがないからここは俺がなんとかしよう。
「この子は俺の連れだ。他をあたれ」
俺はルシャを背を隠すようにして前に立つ。
もはや完全に俺はやる気を失っていた。もういろいろ考えるのが面倒臭くなった。なにをグダグダ馬鹿みたいに考え込んでいたのだ。俺はそれでも悪党でいいと覚悟を決めた男なのか。
ラナの想いは十分に分かった。それでも俺は進もうと思った。そう、まさしく俺は悪党であるのだから。この世で最低最悪の。
この、わずかに膠着した状況下で一人の少年が近寄って来て言った。
「ラナはいい人だ。虐めたりするなよ!」
あまりに青ざめた顔のラナを心配したのだろう。
しかし看守は無情にもバシンと少年の顔を叩いた。
「俺に命令するとは何様のつもりだ。くそがきが」
「やめて!」
ラナが割って入って少年を全身で庇った。
「どうしてこんな酷いことを」
「どこが酷いんだよ。おい」
看守は周囲をぐるっと見渡して言い放つ。
「お前ら。俺は酷いことをしたか」
誰も答えない、みな気まずそうに視線を逸らすばかりだった。彼らには強い権限がある、アレーテイアに戻る日を待ち望み、希望にしている人が彼らに逆らうことはできないのだ。
ルシャはシミターに手をかけた。
その手を俺は押しとどめる。
「いいか。亜人もそれを庇うやつも何をされても文句なんて言えねえんだよ!」
俺はさらに拳を振るおうとした看守の腕を掴み取り、彼の顔をぶん殴る。俺の胸中に宿っていたのは、やはり激しい怒りであった。彼の発言、何をされても、どんな目に合わされても当然な人などいはしない。
「ぐっは」
と大げさに看守は地面に転がった。死ぬほど強くは殴っていなかったが、予想外の一撃に衝撃は大きいようだった。
「て、てめえ?」
自分が何をされたのか理解できなかったのか、看守は茫然としていた。
だが、すぐに怒りでどす黒く顔を染め上げる。
「俺に逆らったらどうなるか分かってるのか!」
唾を飛ばして罵声を響かせた。
「ふざけやがって。刑期を伸ばしてやるぞ」
頬を拭い、看守は絶対の切り札であるカードを俺に突きつけた。
だが何の恐れも動揺もない。理由は簡単だ。
「やってみな。俺は終身刑だ」
もはや増やせる刑期など俺には存在しないのだ。
「馬鹿め。そんなはったりが通用するか!」
問答無用だと看守は言葉を紡いだ。
「看守に対する暴行により貴様の刑期延長を申請する」
この監獄世界のシステムに対して申請を行った。彼らだけの特殊魔術になる。看守の右手の紋章が光りを放ち、空中に看守だけが見えるデータウインドウが投影されたのだった。
「なになに。量刑は終身刑……げえっ。な、なんでお前がこんなところに、ざ、ざ──」
「おいっ」
──まさか残虐王の名を。
そこまで分かるとは。俺は慌てて看守の言葉を止める。
「ひいっ!」
恫喝すると看守はそれまでの態度が嘘のように丸々太った身体を丸めて怯えた。
「で、どうするって」
「か、勘弁してください!」
脇目も振らず一目散に逃げて行った。残虐王の罪とその名はなんたる効き目かと驚かずにはいられない。まったく、重罪が役に立つ日が来るとは思ってもみなかった。
彼を殺さなかったのは自由都市と監獄都市の関係悪化を懸念してのことだ。それがラナのせいにされることは俺の本位ではない。
気づけば周囲はしんと静まり返っていた。当たり前のことだ、この自由都市に重罪犯が歓迎されないのは少し考えれば分かることだ。
人々の瞳に映る感情は恐れ、そして罪に対する軽蔑だった。名も知らない人々から、一応だが助けた人々から向けられるその負の感情はなんとも寂しく悲しいものだった。
「ルシャ。もう帰ろう」
これ以上はここにいるべきではない。
そう思いルシャに呼びかけると彼女はプルプルと小刻みに震えていた。
「か、か、か、かかか」
「か?」
ルシャは断続的に同じ言葉を吐き続ける。
いつの間にかルシャが壊れたラジオになっていた。
なんの真似なのだろうか。ルシャでは叩いて直すわけにもいかない。
「かっこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
奇声を発し、悶えるようにしながら両手で口を押えてまたプルプル震えた。
「やってみな。俺は終身刑だ」
俺の真似なのか声色を変えて格好つけている。
「やだあもう。痺れますぅ」
くそう、ルシャのせいで既に悪しき歴史になってしまった。
恥ずかしいから穿るのはやめてほしい。
「看守に逆らうなんてさすがマスター! 悪の鏡! 悪の化身! 悪の帝王!」
「ルシャ。やめてくれ」
ただでさえ周囲の人々は俺が終身刑と聞いて警戒心を顕にしている。固唾を飲んで俺の動向を見守っているのだ。どうにも張りつめた空気はすっかり弛緩していたが、彼らが何かおかしな考えを起こす前に退散したほうが良さそうだ。
そんな中でラナだけが俺に近寄ってきた。
「悪党のお兄さん。本当に重罪犯だったんですね」
「黙ってて悪かった」
いえ──とラナ首を横に振った。
「ありがとうございます。助けてくれて。でも、どうして……」
ハーフである彼女を助けたことが理解できないといったふうに口にした。
「俺の命の恩人は亜人だ」
「そうだったんですか。意外なご縁ですね……。それにまさか悪の帝王だったなんて思いもしませんでした」
ラナはくすと笑う。
対する俺は笑みを引きつらせる。
「悪の帝王さん。助かりました!」
少年も勢いよく言う。
この呼び名が定着したら俺は発狂する自信があった。
「やめてくれ。俺は冤罪なんだ。それに帝王でもない」
「冤罪?」
「そう。無実なんだよ」
俺たちが話し込んでいると、一人の村人が前に進み出た。
彼は言葉の端々に緊張を滲ませながらもはっきりと言う。
「出て行ってくれ。自由都市に凶悪犯はいてもらいたくない」
ごくごく自然な当然すぎる展開だ。
「そんな。助けてくれたのに追い出すなんてあんまりです」
そうだと同意の声が上がった。
「私たちを助けてください!」
「今の市長は看守の犬だ。貴方が必要だ!」
ある村人が言い、また別の村人がそれに反論した。
「重罪犯相手に何言ってるんだ! 監獄都市に目をつけられるぞ!」
「もうとっくに目をつけられてる! だから彼の助けが必要なんだろうが! お前。市長がラナになんて言ったか聞いてたのか!」
「しょせんあの子は亜人との混じり物じゃないか!」
話題が飛び火してラナは傷ついた顔を見せた。
俺はそんな議論を強引に止めてしまう。
「待て待て。みんな揉めるな。言われた通り俺は出て行くから」
俺にはやることがある。彼らに構ってはいられない。もっと情報を集めたいところだったが、まだ他にも都市があるようだし、そちらに向かえばいいだろう。
「あ。マスター。待ってください」
ルシャは慌てて俺を追いかけてきた。
そうやって、ラナは俺の名を静かに呼んだ。
俺に助けを求めたら、そうしたら俺は君を裏切りはしない。
「先に戻っていてください」
だが告げられたのは予想外の言葉だった。
そのままラナは看守に向き直って続ける。
「わ、分かりました。言う通りにします」
「それでいいんだよ」
満足そうに看守たちも耳障りな笑い声をあげた。
俺はたまらずラナに声をかけた。
「ラナ。助けてほしいんじゃないのか。なぜそう言わない?」
「私は大丈夫です」
彼女は震える身体で、微笑んでみせた。
「あなたは恩人です。巻き込んだりしたくはありません」
このまま助けたら彼女の意に反することをしてしまうことになるのではないか。確かに俺にとって見過ごしたほうが都合はいい。だがそれで本当にいいのだろうか。
「ラナ。助けが必要ならそう言ってくれ。もし君が望めば俺は君を必ず守ると約束する」
「お優しいんですね」
それはまったく見当違いの発言だ。これは優しさなどはない。俺にあるのは激しい怒りであった。
「アレーテイアにいた時もそうでした。みんな私の姿を見て変だと笑った。馬鹿にされて、いじめられました。それで逃げていたんです。ずっとずっと。家にこもりきりで。人目に触れることが恐ろしくて」
ラナは過去を思い出してか、また暗くよどんだ目を見せた。
「苦痛には慣れています。痛いのも苦しいのも。いくら辛くても耐えていれば、いずれ過ぎ去ってくれます。私、知っています。この世界には都合よく全てを解決してくれる正義の味方なんていないんだって」
この展開は望み通りだ。
余計な注目を浴びることなく4英雄を待つことができる。ラナの言う正義の味方でもあるまいし、黙って見過ごせばいいのだ。それがあまりにも合理的な判断だと思考は言っている。
だが俺の心に渦巻く感情は、このままこんな蛮行を許せとは言っていない。人を人と思わないケダモノを許せるはずもないのだ。それはレギルのような男を野放しにしておくことと同じだと思った。
衝動が燃え上がり剣の柄に手が伸びかけた。
そんな時のことだ。
「マスター。こんなところで何をしてるんですか」
と、なんとか聞き取ったが実際の言葉は不明瞭だった。ルシャは言葉に従って思いっきり遊んでいるようで、棒付きの飴玉を咥えて、喋りはもごもごと籠っていた。
俺が無言で見返すとルシャはきょとんとしたが、すぐに何かに気が付き、ふむと唸る。
「これはさては……修羅場ですね?」
暗い空気の中で一人、能天気な声を出している。
本当に空気が読めない子だ。
しかし看守たちは沸き立った。
「こんなのどこに隠してたんだ」
「凄ぇ可愛いじゃん」
中身はともかく外見は可愛らしいルシャを見て彼らは非常に色めきたった。
「お前も俺らの相手しろよ」
そう来たかと頭を抱えたくなる事態だった。
この真面目な場面でルシャの存在がどんな化学反応を見せるのか予想もつかなかい。ルシャは看守をしばらく眺め、くるりと俺の方に体の向きを変えた。
やめてくれ、俺に何かを向けるな。
「マスター。相手ってなんの相手です?」
なんでそれを俺に聞く。言ったやつに聞け。
「あ、あー。男女が行う夜の運動というか?」
「それなら得意です!」
俺の配慮たっぷりの説明に対してルシャは満面の笑みを浮かべて言い放った。
「たぶんなんだけど絶対に違う。もっと……こう。激しいやつだ」
「激しいのも慣れてます! よく上手だって褒められるんです!」
頭痛が走った頭を押さえる。
なんだ、俺は父親なのか。
なんで俺がこんな苦心して面倒な説明しなきゃならんのだ。
看守を伺えば「そ、そんなに凄いのか」と喉を鳴らしていた。これは看守も諦めそうにもない。看守に逆らえばルシャも何年か本国に帰れなくなってしまう。帰る気はないようだが、選択肢があることは正義だ。しょうがないからここは俺がなんとかしよう。
「この子は俺の連れだ。他をあたれ」
俺はルシャを背を隠すようにして前に立つ。
もはや完全に俺はやる気を失っていた。もういろいろ考えるのが面倒臭くなった。なにをグダグダ馬鹿みたいに考え込んでいたのだ。俺はそれでも悪党でいいと覚悟を決めた男なのか。
ラナの想いは十分に分かった。それでも俺は進もうと思った。そう、まさしく俺は悪党であるのだから。この世で最低最悪の。
この、わずかに膠着した状況下で一人の少年が近寄って来て言った。
「ラナはいい人だ。虐めたりするなよ!」
あまりに青ざめた顔のラナを心配したのだろう。
しかし看守は無情にもバシンと少年の顔を叩いた。
「俺に命令するとは何様のつもりだ。くそがきが」
「やめて!」
ラナが割って入って少年を全身で庇った。
「どうしてこんな酷いことを」
「どこが酷いんだよ。おい」
看守は周囲をぐるっと見渡して言い放つ。
「お前ら。俺は酷いことをしたか」
誰も答えない、みな気まずそうに視線を逸らすばかりだった。彼らには強い権限がある、アレーテイアに戻る日を待ち望み、希望にしている人が彼らに逆らうことはできないのだ。
ルシャはシミターに手をかけた。
その手を俺は押しとどめる。
「いいか。亜人もそれを庇うやつも何をされても文句なんて言えねえんだよ!」
俺はさらに拳を振るおうとした看守の腕を掴み取り、彼の顔をぶん殴る。俺の胸中に宿っていたのは、やはり激しい怒りであった。彼の発言、何をされても、どんな目に合わされても当然な人などいはしない。
「ぐっは」
と大げさに看守は地面に転がった。死ぬほど強くは殴っていなかったが、予想外の一撃に衝撃は大きいようだった。
「て、てめえ?」
自分が何をされたのか理解できなかったのか、看守は茫然としていた。
だが、すぐに怒りでどす黒く顔を染め上げる。
「俺に逆らったらどうなるか分かってるのか!」
唾を飛ばして罵声を響かせた。
「ふざけやがって。刑期を伸ばしてやるぞ」
頬を拭い、看守は絶対の切り札であるカードを俺に突きつけた。
だが何の恐れも動揺もない。理由は簡単だ。
「やってみな。俺は終身刑だ」
もはや増やせる刑期など俺には存在しないのだ。
「馬鹿め。そんなはったりが通用するか!」
問答無用だと看守は言葉を紡いだ。
「看守に対する暴行により貴様の刑期延長を申請する」
この監獄世界のシステムに対して申請を行った。彼らだけの特殊魔術になる。看守の右手の紋章が光りを放ち、空中に看守だけが見えるデータウインドウが投影されたのだった。
「なになに。量刑は終身刑……げえっ。な、なんでお前がこんなところに、ざ、ざ──」
「おいっ」
──まさか残虐王の名を。
そこまで分かるとは。俺は慌てて看守の言葉を止める。
「ひいっ!」
恫喝すると看守はそれまでの態度が嘘のように丸々太った身体を丸めて怯えた。
「で、どうするって」
「か、勘弁してください!」
脇目も振らず一目散に逃げて行った。残虐王の罪とその名はなんたる効き目かと驚かずにはいられない。まったく、重罪が役に立つ日が来るとは思ってもみなかった。
彼を殺さなかったのは自由都市と監獄都市の関係悪化を懸念してのことだ。それがラナのせいにされることは俺の本位ではない。
気づけば周囲はしんと静まり返っていた。当たり前のことだ、この自由都市に重罪犯が歓迎されないのは少し考えれば分かることだ。
人々の瞳に映る感情は恐れ、そして罪に対する軽蔑だった。名も知らない人々から、一応だが助けた人々から向けられるその負の感情はなんとも寂しく悲しいものだった。
「ルシャ。もう帰ろう」
これ以上はここにいるべきではない。
そう思いルシャに呼びかけると彼女はプルプルと小刻みに震えていた。
「か、か、か、かかか」
「か?」
ルシャは断続的に同じ言葉を吐き続ける。
いつの間にかルシャが壊れたラジオになっていた。
なんの真似なのだろうか。ルシャでは叩いて直すわけにもいかない。
「かっこいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
奇声を発し、悶えるようにしながら両手で口を押えてまたプルプル震えた。
「やってみな。俺は終身刑だ」
俺の真似なのか声色を変えて格好つけている。
「やだあもう。痺れますぅ」
くそう、ルシャのせいで既に悪しき歴史になってしまった。
恥ずかしいから穿るのはやめてほしい。
「看守に逆らうなんてさすがマスター! 悪の鏡! 悪の化身! 悪の帝王!」
「ルシャ。やめてくれ」
ただでさえ周囲の人々は俺が終身刑と聞いて警戒心を顕にしている。固唾を飲んで俺の動向を見守っているのだ。どうにも張りつめた空気はすっかり弛緩していたが、彼らが何かおかしな考えを起こす前に退散したほうが良さそうだ。
そんな中でラナだけが俺に近寄ってきた。
「悪党のお兄さん。本当に重罪犯だったんですね」
「黙ってて悪かった」
いえ──とラナ首を横に振った。
「ありがとうございます。助けてくれて。でも、どうして……」
ハーフである彼女を助けたことが理解できないといったふうに口にした。
「俺の命の恩人は亜人だ」
「そうだったんですか。意外なご縁ですね……。それにまさか悪の帝王だったなんて思いもしませんでした」
ラナはくすと笑う。
対する俺は笑みを引きつらせる。
「悪の帝王さん。助かりました!」
少年も勢いよく言う。
この呼び名が定着したら俺は発狂する自信があった。
「やめてくれ。俺は冤罪なんだ。それに帝王でもない」
「冤罪?」
「そう。無実なんだよ」
俺たちが話し込んでいると、一人の村人が前に進み出た。
彼は言葉の端々に緊張を滲ませながらもはっきりと言う。
「出て行ってくれ。自由都市に凶悪犯はいてもらいたくない」
ごくごく自然な当然すぎる展開だ。
「そんな。助けてくれたのに追い出すなんてあんまりです」
そうだと同意の声が上がった。
「私たちを助けてください!」
「今の市長は看守の犬だ。貴方が必要だ!」
ある村人が言い、また別の村人がそれに反論した。
「重罪犯相手に何言ってるんだ! 監獄都市に目をつけられるぞ!」
「もうとっくに目をつけられてる! だから彼の助けが必要なんだろうが! お前。市長がラナになんて言ったか聞いてたのか!」
「しょせんあの子は亜人との混じり物じゃないか!」
話題が飛び火してラナは傷ついた顔を見せた。
俺はそんな議論を強引に止めてしまう。
「待て待て。みんな揉めるな。言われた通り俺は出て行くから」
俺にはやることがある。彼らに構ってはいられない。もっと情報を集めたいところだったが、まだ他にも都市があるようだし、そちらに向かえばいいだろう。
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物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
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逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
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