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40話 出立
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とうとう出発の時刻になった。嫌そうな傭兵たちを強引に連れていく。周囲の傭兵たちの数は多いが、俺の実力を見たあとだ。誰も文句の一つも言わなかった。
亜人からのメンバーはアステールとセレーネが、それとルシャとラナに俺が先行隊として先んじていた。他の亜人たちは部族ごとに分かれて先行している俺達から距離を取ってついてきている。
騎獣にまたがり、疾走する中で会話が繰り広げられる。
「セレーネ様も前線まで付いて来るんですか?」
「当然。一族を脅かす者を倒すのは指導者の役目なんだ」
セレーネはルシャの問いに小ぶりな胸をわずかに張って答えた。
「指導者が囮役を買って出るなんてな」
「私は見た目でハイエルフだって分かる。それに一見弱そうだし、絶対に殺されない。囮にはうってつけだろう」
一見とわざわざ言うところにプライドの高さが見え隠れした。
実は強いんだぜ、と言いたいのだろう。しかし少し話辛そうにしていた。俺の正体を知ってしまった以上は敬語で喋りたいが、周りの人間に変に思われるからそうできないのだ。
「敵はどのあたりなんだ」
「まだ結構離れてる。だが十分に追いつけるはずだ」
「何で分かるんだよ」
そう言ったザルドにセレーネは相変わらず厳しい視線を投げつけた。
「監視しているエルフからの連絡だ。これで合図を送る」
首にかけたチェーンを手繰って取り出してみせたのは掌に収まるぐらいの縦笛だった。
「エルフの耳にしか聞こえない音を出す。20キロは離れていても聞こえて、音が符丁になっていて普通に会話ができる、だからエルフの一族は斥候をやることが多い。自由都市方面に配置している者と連絡を取った」
便利なものだ。電話ぐらいなら本国にもあるが、この監獄世界には当然存在しない。それに近い効果を発揮する魔術もあるが、いろいろと制限があったりもする。それに盗聴される危険性もある。
個人単位でここまでできるならば大きなアドバンテージになるだろう。
すっかり日も落ちて世界が闇夜に包まれた中にパチパチと火が弾ける音だけが聞こえていた。かなりの強行軍でここまで来た、目標からは距離まではだいぶ近づいた、その前に日も暮れたため一夜を明かそうという話になったのだ。
疲れを見せている騎獣たちも労って、休息と食料を取らせている。よく頑張ったと軽く体を撫でてやると、くるると鳴き声をあげた。
俺は火元のアステールの横に腰かけて質問する。
「敵は強いのか?」
「ああ。強力だ。普通に倒すのは困難だ。戦うだなんて思いはしなかった」
アステールの表情はいかに絶望的な相手だかを物語っていた。
「でも今は二人がいる。エルもルシャも良い時に戻ってきてくれた」
俺には残虐王の力がある、そしてルシャには。記憶に鮮やかに残る清浄なる焔、ルシャのあの力は驚くべきものだった。
「彼女の力は蝕害を消滅させるのか?」
「ああ。おそらく正反対の力がぶつかって消滅しているんだろう」
ルシャのことを希望というわけだ。
もう一族は残り少なく、残されたわずかな希望だ。彼女は魔帝の娘、ハーフであること以上に様々な利害関係のただ中にいるようだ。ただし本人はのほほんと俺の弟子なんかに志願していたが。
「とりあえず蝕害を追い越して自由都市と連絡を取ろう。亜人も討伐に協力すると」
「ああ。それがいいだろうな」
わざわざアステールとセレーネが先遣隊にいるのは、外見が人に近くて、しかも見目麗しい容姿をしているからだ。亜人である彼女らを自由都市の人間に信用してもらうための処世術というわけだった。
「どう戦う?」
蝕害の知識は彼らのほうがよっぽどある。
指南を得るべきだろう。
「蝕害と戦う際はどうにかしてまずは気を引く。まともに戦うことはせずに東の荒野に引き込む。そこまで連れて行って長期戦をしよう」
蝕害とは常にエネルギーを吸収し動く、つまり死んだ大地である砂漠や、生き物の少ない荒野に引き込めばいずれは活動をとめる。戦うというより逃げることになる、と彼女は説明した。
戦いの鍵を握るのはのん気に焚火の火元で遊んでいるルシャになるだろう。
アステールは小さく「エル」と呼びかけた。
「なんだ?」
「あの二人とは寝たのか?」
視線の先にはルシャとラナが。
飲んでいた果実酒が気管に入りかけた。むせるところだった。
「寝てない。というか対象外だ」
「あの二人は可愛らしいおなごだろ? 人間のほうは一夫多妻が多くてそのあたりは見境ないと聞いていたが」
「昔の話だ。それは」
「その……亜人は嫌か?」
露骨すぎる質問だと感じたのだろう、アステールは慌てて取り成した。
「あ、いいや。別に変な意味はないからな。ただの興味だ」
「なんかあの二人には保護者気分でね。別に亜人が嫌いなわけじゃない」
「そうか」
心なしかアステールの言葉は弾んでいたような気がした。
「ラナ。もっとこっちに来たらどうだ。とって喰いやせんよ」
「は、はい」
人見知りをする彼女は焚火から少し離れた位置にいた。
それがすぐ傍に腰を下ろす。
「あの、エルさん。アステールさんとはどういう関係なんですか」
やはり気になっていたのだろう。
秘密秘密とアステールにジェスチャーで伝える。
今のところは傭兵たちやラナには残虐王であることを隠し、亜人には実はその身体を乗っ取っていることも隠す。いろいろ大変だ。アステールは考えをまとめるように一呼吸おいて、
「母親だ」
真剣な顔で言った。
がくっと踏み外す。なんであえてその選択肢を選んだのか。
これは龍人流のジョークというものなのか。
「え!?」
ルシャは驚いて目を大きく見開いた。
それはそうだろう、おかしいと思うのは当然だ。
「アステール様ってマスターのお母さまだったんですか!」
(ピュアか!)
今更ルシャの正常な判断に期待しているわけではなかったが。
「あ、はい。……えっ!? 随分お若い……」
ラナは困惑のあまりぐるぐると目を回す。
望みどおりの反応を返してくれて満足だ。
「冗談だ」
とアステールはようやく否定した。
何で事情を知っているはずのルシャのほうが騙されているのだろうか。地上での会話が進む中、一人上空の太い木の枝に寝転がっていたセレーネに向かってザルドは声をかけた。
「エルフのガキもそんなところにいないで下に来いよ。ほら、いろいろあったかもしれないけどよ。ここは大人の対応で仲直りしようぜ」
セレーネは視線だけで一瞥してふんと鼻を鳴らした。
「嫌だ。人間の群れの中で寝たら妊娠させられる。私には純潔の子を産む使命があるんだ」
酷く直接的な表現を受けて微妙な空気が流れる。
アステールだけは愉快そうに「くっくっくっ」と笑っていた。
「旦那よ。やっぱりあとであいつ攫わないか?」
「やめろ」
なんともまとまりの欠片もない一向だった。
亜人からのメンバーはアステールとセレーネが、それとルシャとラナに俺が先行隊として先んじていた。他の亜人たちは部族ごとに分かれて先行している俺達から距離を取ってついてきている。
騎獣にまたがり、疾走する中で会話が繰り広げられる。
「セレーネ様も前線まで付いて来るんですか?」
「当然。一族を脅かす者を倒すのは指導者の役目なんだ」
セレーネはルシャの問いに小ぶりな胸をわずかに張って答えた。
「指導者が囮役を買って出るなんてな」
「私は見た目でハイエルフだって分かる。それに一見弱そうだし、絶対に殺されない。囮にはうってつけだろう」
一見とわざわざ言うところにプライドの高さが見え隠れした。
実は強いんだぜ、と言いたいのだろう。しかし少し話辛そうにしていた。俺の正体を知ってしまった以上は敬語で喋りたいが、周りの人間に変に思われるからそうできないのだ。
「敵はどのあたりなんだ」
「まだ結構離れてる。だが十分に追いつけるはずだ」
「何で分かるんだよ」
そう言ったザルドにセレーネは相変わらず厳しい視線を投げつけた。
「監視しているエルフからの連絡だ。これで合図を送る」
首にかけたチェーンを手繰って取り出してみせたのは掌に収まるぐらいの縦笛だった。
「エルフの耳にしか聞こえない音を出す。20キロは離れていても聞こえて、音が符丁になっていて普通に会話ができる、だからエルフの一族は斥候をやることが多い。自由都市方面に配置している者と連絡を取った」
便利なものだ。電話ぐらいなら本国にもあるが、この監獄世界には当然存在しない。それに近い効果を発揮する魔術もあるが、いろいろと制限があったりもする。それに盗聴される危険性もある。
個人単位でここまでできるならば大きなアドバンテージになるだろう。
すっかり日も落ちて世界が闇夜に包まれた中にパチパチと火が弾ける音だけが聞こえていた。かなりの強行軍でここまで来た、目標からは距離まではだいぶ近づいた、その前に日も暮れたため一夜を明かそうという話になったのだ。
疲れを見せている騎獣たちも労って、休息と食料を取らせている。よく頑張ったと軽く体を撫でてやると、くるると鳴き声をあげた。
俺は火元のアステールの横に腰かけて質問する。
「敵は強いのか?」
「ああ。強力だ。普通に倒すのは困難だ。戦うだなんて思いはしなかった」
アステールの表情はいかに絶望的な相手だかを物語っていた。
「でも今は二人がいる。エルもルシャも良い時に戻ってきてくれた」
俺には残虐王の力がある、そしてルシャには。記憶に鮮やかに残る清浄なる焔、ルシャのあの力は驚くべきものだった。
「彼女の力は蝕害を消滅させるのか?」
「ああ。おそらく正反対の力がぶつかって消滅しているんだろう」
ルシャのことを希望というわけだ。
もう一族は残り少なく、残されたわずかな希望だ。彼女は魔帝の娘、ハーフであること以上に様々な利害関係のただ中にいるようだ。ただし本人はのほほんと俺の弟子なんかに志願していたが。
「とりあえず蝕害を追い越して自由都市と連絡を取ろう。亜人も討伐に協力すると」
「ああ。それがいいだろうな」
わざわざアステールとセレーネが先遣隊にいるのは、外見が人に近くて、しかも見目麗しい容姿をしているからだ。亜人である彼女らを自由都市の人間に信用してもらうための処世術というわけだった。
「どう戦う?」
蝕害の知識は彼らのほうがよっぽどある。
指南を得るべきだろう。
「蝕害と戦う際はどうにかしてまずは気を引く。まともに戦うことはせずに東の荒野に引き込む。そこまで連れて行って長期戦をしよう」
蝕害とは常にエネルギーを吸収し動く、つまり死んだ大地である砂漠や、生き物の少ない荒野に引き込めばいずれは活動をとめる。戦うというより逃げることになる、と彼女は説明した。
戦いの鍵を握るのはのん気に焚火の火元で遊んでいるルシャになるだろう。
アステールは小さく「エル」と呼びかけた。
「なんだ?」
「あの二人とは寝たのか?」
視線の先にはルシャとラナが。
飲んでいた果実酒が気管に入りかけた。むせるところだった。
「寝てない。というか対象外だ」
「あの二人は可愛らしいおなごだろ? 人間のほうは一夫多妻が多くてそのあたりは見境ないと聞いていたが」
「昔の話だ。それは」
「その……亜人は嫌か?」
露骨すぎる質問だと感じたのだろう、アステールは慌てて取り成した。
「あ、いいや。別に変な意味はないからな。ただの興味だ」
「なんかあの二人には保護者気分でね。別に亜人が嫌いなわけじゃない」
「そうか」
心なしかアステールの言葉は弾んでいたような気がした。
「ラナ。もっとこっちに来たらどうだ。とって喰いやせんよ」
「は、はい」
人見知りをする彼女は焚火から少し離れた位置にいた。
それがすぐ傍に腰を下ろす。
「あの、エルさん。アステールさんとはどういう関係なんですか」
やはり気になっていたのだろう。
秘密秘密とアステールにジェスチャーで伝える。
今のところは傭兵たちやラナには残虐王であることを隠し、亜人には実はその身体を乗っ取っていることも隠す。いろいろ大変だ。アステールは考えをまとめるように一呼吸おいて、
「母親だ」
真剣な顔で言った。
がくっと踏み外す。なんであえてその選択肢を選んだのか。
これは龍人流のジョークというものなのか。
「え!?」
ルシャは驚いて目を大きく見開いた。
それはそうだろう、おかしいと思うのは当然だ。
「アステール様ってマスターのお母さまだったんですか!」
(ピュアか!)
今更ルシャの正常な判断に期待しているわけではなかったが。
「あ、はい。……えっ!? 随分お若い……」
ラナは困惑のあまりぐるぐると目を回す。
望みどおりの反応を返してくれて満足だ。
「冗談だ」
とアステールはようやく否定した。
何で事情を知っているはずのルシャのほうが騙されているのだろうか。地上での会話が進む中、一人上空の太い木の枝に寝転がっていたセレーネに向かってザルドは声をかけた。
「エルフのガキもそんなところにいないで下に来いよ。ほら、いろいろあったかもしれないけどよ。ここは大人の対応で仲直りしようぜ」
セレーネは視線だけで一瞥してふんと鼻を鳴らした。
「嫌だ。人間の群れの中で寝たら妊娠させられる。私には純潔の子を産む使命があるんだ」
酷く直接的な表現を受けて微妙な空気が流れる。
アステールだけは愉快そうに「くっくっくっ」と笑っていた。
「旦那よ。やっぱりあとであいつ攫わないか?」
「やめろ」
なんともまとまりの欠片もない一向だった。
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