パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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53話 冒険者

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 なんとなく足が向いたのは城壁の上だった。そこからは外にて亜人と人間が協力して働いている姿が見ることができる。俺は俺の行動の結果として生まれたものを見たかったのかもしれない。

 たどり着いた目的地には先客がいた。アステールが一人静かに、感慨深げに階下を眺めていた。蒼玉のような瞳が美しい。横から強めの風が吹きつけて、彼女の白金の髪がなびいた。ほぼ同時にアステールは俺のほうに目を向けていた。亜人は鋭敏だ、匂いでも届いたのだろう。

「邪魔したかな」

「まさか。主様にそんな不遜なことは申しませんとも」

 アステールはいつになく馬鹿丁寧な言葉遣いで答えると、いたずらっぽく笑った。俺はアステールの横に立って、同じ景色を眺める。

 亜人も人間もみなが精力的に働いている。それはアステールの夢見た光景なのか。穏やかな顔をしていた。

 優し気な日差しが降りかかるのを、城壁に寄りかかりながら感じていた。今は春から夏にかけての季節、本来は小麦を育てるには少し時期が過ぎている。イモ類などの比較的、収穫時期の短い作物にしても時期から少し離れていた。

「こんな時期に小麦なんか育つのか?」

 本当に急場の食料が必要になった時のため、むしろ狩りにでも出かけたほうが手っ取り早いと思ったのだ。これは今まで何でも力で押し通ってきた戦士の性というものか。

「それがエルフの力だ。彼らのマナは命を育む力を持つ」

「命を育む、か」

 セレーネも以前そんな話をしていた。この地を荒野から変えたのはエルフであったという。

「それと補助的に、ドーム状に展開したマナの空間で太陽の光を調整する。温度、湿度ともにな」
 
 それにはハイエルフであるセレーネと、その補佐役の青年のエルフが陣頭指揮にあたっていた。

「便利なものだな」

 関心してため息をもらした。本国が魔工学を使ってやることを、己自身の技術でやっているのだ。

「代表的な4氏族の亜人は特殊なギフト、権能を持っているんだ。例えば真祖の吸血鬼は半ば不死身にして、守護壁を突破する力がある。純血の不死鳥は不死であり他者に命を与えることができる」

「アステールの、龍人の力も不死鳥と同じようなものか?」
 
 瀕死であった俺の命を繋いだ。だからこそそう思った。

「私の力はそんな便利なものじゃない。真逆だ」

 アステールは少し寂しそうに己の手のひらをに視線を落とした。

「これは喰らう力。相手の命を奪う力。奪った力を支配し利用する。恩寵を根こそぎ奪い取り、ギフトを自らのものとする。それが我らの力」

「それじゃあどうやって俺を」

「エルには私自身の命を逆に喰らわせた」

「危険だったんじゃないのか」

「いや、そうでもない。ギフトのちょっとした応用だ」

 簡単に言ってのけるが、かなり無茶な行為だったのではないだろうか。

「……私も彼らのような、人のためになる力が欲しかったな」
 
 アステールはポツリと呟いた。そんな彼女に俺は言う。

「何言ってるんだ。俺を救っただろ、君は命の恩人だ。これから俺がなすこと全ては、アステールが俺を助けてくれたおかげだ。自分を卑下するな」

「まったく。私はロマンチストだからそういうセリフには弱いんだ。この話はここまでにしよう」

 アステールは頬を薄く朱に染めていた。それを隠すように冗談らしいことを口走った。
 
「ところでエル。イリナ姫とは知り合いだったのか?」

「なぜそう思う?」

 和やかな雰囲気から冷水を被せられたように思考が冷たくなった。動揺は見せずに、穏やかに聞き返した。

「彼女を見る時のあなたの瞳は、時おりだが優しいものになる。だから知り合いだったのかと思ったのだが……」

 アステールはきょとんとした様子で返した。

「お姫様と付き合いがあるような身分じゃないさ。罪人だったんだぞ。俺は」

「ふぅむ。それもそうか」

 一応は納得したのか、ただの世間話だったのか、それ以上の追求はなかった。



 それから市長室に戻ればザルドは来客用の椅子にふんぞり返り、真昼間から酒を開けていた。

「ザルド。待遇に満足してるのか?」

「金払いは良くて飯は上手いし、いい女も多い。文句のつけようもない。ただし」

 飲み干した酒瓶を振って言う。

「酒がいまいちってところだな。酒だけはレストのが一番だ」

「暇ってことはないか?」

「むしろ大忙しだ。新米冒険者たちの指南役のバイトやって金稼いでるからな」

 それは初耳だった。だが戦いと冒険に夢見る若人というのは意外にも多いものだ。まさしくその代表格であったのが俺なのだが。

「レストの傭兵な肩書があると凄い繁盛するんだぜ」

 亜人にあれほど悪名轟かせているのだ、人間からしてみれば優秀な戦士であると周知の事実であるのだろう。しかもザルドはその中でもかなりの高位の戦士だ。教えを受ける機会などそうは恵まれない。言葉通りたいそう繁盛していることだろう。

「ところで、どうしてここに?」

「あ、そうそう。冒険者協会の人間が旦那に取り次いで欲しいってよ。金を貰った以上は律儀に仕事しなきゃならんのが傭兵の辛いところだ」

 その依頼料ということかザルドは一枚の硬貨を指で弾いて遊んでいた。金で動くこの男を動かすのはそれはもう簡単なことだっただろう。彼の言葉通り約束の時刻になって訪れてきた男がいた。

 冒険者協会というからには熊のような大男でも出てくるかと思っていのただが、実際やって来たのは荒事には無縁そうな眼鏡をかけた優男だった。

「どうもはじめまして。冒険者協会の会長をしております。クラレンスです」

 名前まで美しい響きをしているものだと馬鹿みたいな感想を抱いた。適当な挨拶をお互いにすませると彼はさっそく本題に入る。

「実は南のタイラントベアにおかしな動きがありまして」

「タイラントベア?」

 聞いたことのない名前だった。監獄世界固有の魔物かもしれない。

「タイラントベアというのは、とても大きい熊型の魔物なんですが」

 冒険者協会の人間はそう語り始めた。

「彼らの群れが暴れ回り南の自由都市ウェントゥスへの唯一の橋を落してしまったようなんです。あそこを通らないと荷馬車が通行できないんです」

 南の自由都市との間には、それほど深くもないが峡谷が分け隔てている。そこの橋を落されればかなりの回り道を強いられてしまう。他のルートとしては整備されていない林道を突っ切るなんてこともできるが、無謀過ぎて行商人にとって自殺行為であった。

「このままじゃ交易もできません。アクアの商会内でも素材等が届かないと大パニックになってますし。南の自由都市からも応援の要請がありまして。なんとかタイラントベアの暴走の原因を突き止めて欲しいんです。あれが暴れている間は橋の工事もままなりません」

「なるほどな。事情は分かった」

 問題はそれで彼は何を求めてここに来たのかということだ。

「都市内の冒険者でなんとかできてないのか?」

「タイラントベアは強力です。退治できるパーティも限られてしまっていて。今じゃ簡単な森の採集任務も危険です。ぜひお力を貸していただけないでしょうか」

 聞けばラナも薬が作れなくて困っているそうだ。となれば。

「みんなで冒険者でもやるかな」

 戯れのように口にする。若かりし頃、童心に戻った感覚だった。



 すぐに飛び出していきたいところでもあったが、俺もそう簡単に動けない身分となった。一人でふらりと出ていけば大騒ぎが起ることは間違いない。まずはみなを集めて意見を募ることにした。

 市長室に集まった面々の中で最初に口火を切ったのはアステールだ。

「この都市の主要メンバーが全員行く訳にはいかないな」

 やはり責任感の強い彼女らしい言葉が出る。 

「俺は行くつもりだ。ザルド、お前も行くぞ」

 ザルドに向けて告げる。

「はいはい。了解っと」

「しかし、あなたがこの都市を離れるのは」

 俺の発言にアステールは難色を示したが。

「ならば私も行きます」

 弟子の自分は当然だとルシャが名乗りをあげる。

「私も行きますです!」

 負けじとレイチェルも声を張り上げた。

「あ、わ、私も」

 ラナも控えめにだがはっきりと手を挙げた。

「アステールはどうだ?」

「駄目だ。私がいなくては亜人がまとまらない」

 なし崩し的に押し切られた形になったが、やはりうんとは言わなかった。相変わらず責任感に凝り固まったような性格をしている。

「行ってくればいい。アステール。私たちに任せてほしい」

『アステール殿。留守ぐらいは守ってみせますよ』

 セレーネに続き獅子族のライオットも念を押してみせた。彼は敵には厳しいが味方には優しく、多くの亜人から頼りにされている兄貴肌のようなタイプだった。

「アステールは頑張り過ぎなんだ。たまには息抜きも大事だと思う」

 砕けた口調で話すセレーネというのは久々だった。アステールとの関係は知らないが、口調からするに親しいのだろう。

「いや、だが」

 それでも言い訳を探すように躊躇い見せた。

「人質の問題もある。相手は英雄だ。放っておくわけにはいかないだろう?」 

「それなら問題ない」

 イリナ姫の逃亡を防ぐ秘策があると俺は自信あり気に断言した。



「というわけで一緒に来ないか。イリナ姫」

 頭痛だろうか、イリナは頭が痛そうに手を当てた。

「いったい何を考えているんです。あなたは私をお友達か何かと勘違いしてるんですか。私は捕虜ですよ。捕虜!」

 自分から捕虜であることを強弁する捕虜という不思議な構図が生まれていた。俺が不在になれば監獄都市からの手先が彼女を救出に来るはずだ。しかし俺の傍に置いておけばその心配はない。

「捕虜を手荒にはしない。息抜きに冒険者の真似事はどうかな」

「冒険者」

 ピクリと眉が反応した。イリナが冒険者家業に憧れを抱いていることは知っていた。有り余る才能のおかげで窮屈だった王宮を飛び出していた彼女は特に探検や冒険に強い関心を示したものだった。

「いや、実は強力な魔物が暴れていて人々が困っているんだ。ぜひとも英雄殿の力をお借りしたい」

 俺とイリナ姫の付き合いは短くない。可愛がっていた妹のような存在に対して、不幸になって欲しくはないという思いが強かった。

「そういうことならばいいでしょう」

 優雅に口元を手で覆い、瞳を細めて承諾を示した。イリナ姫はわくわくしたり、楽しみなことがあると、表情を隠そうとしてこういう仕草をする。

「ただし背中から撃たれることを覚悟するんですね」

「姫がそういうことをしない人間なのは知ってる」

 俺が断言するとイリナはむっと口を引き結んだ。

「あなたが私の何を知っていると言うのですか」

「見たままをだが」

 この都市を助けるための無謀な行い、それは俺の知るイリナ姫がそのままの性格であることを示していた。腹黒で裏に企みを抱いている者は、こんな馬鹿な真似はしないものだ。

「それで、どう見えました? 私は」

 イリナは胸に手を当てて自らを指し示す。それは挑発的、挑戦的な問いかけだった。

「貴方は立派な人間だ」

「え?」

「英雄というのは、貴方のような人を言うのだろう」

 俺はそれに真正直に答えた。人によっては彼女の行いを愚かだと捉える人は多いだろう。わりに合わない行為のために命を投げ捨てるような無謀な行いなのであるから。

 だが、それをやってのける者が英雄と呼ばれる人間なのだと、俺はそう思う。俺の言葉に、イリナは二の句の告げようもないようだった。
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