パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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57話 表と裏

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「聞こえてないと思ってんのかね」

「さあな」

 ザルドの呟きに俺はやや頭痛を感じながらも答える。薄い仕切を隔てた女湯の会話は丸聞えであった。女性陣の赤裸々な会話は聞こえないでくれたほうが有り難かったと思う。

「しっかしあんたは何者なんだかね」

「俺は俺だ」

「先住民どもが主様だぜ。そんなあの残虐王ぐらいだぜ」

 情報を整理すればもうそれはほとんど分かって当然の問いだった。確信を持って言っているのだろう。

「もしそうだったら?」

「いい客を捕まえて感謝ってところだな。傭兵は強いほうと金払いがいいほうが好きだ」

 ザルドは湯に盆を浮かべて酒をたしなんでいる。風流であるとは思うが俺はそれに付き合ってはいない。酒は信用できる相手から渡されたもの以外は飲まないことにしている。それは苦い教訓によるものだった。

「残虐王と言えば大悪人と聞きます。本当に貴方がそうなんですか?」

 駆け引きも何もない純粋な問いだった。真摯な瞳でウィルは俺を見ていた。

「自分の目で見てどう思った?」

「凄い人です。噂なんて出鱈目にしか思えません」

 ふっと軽く笑う、馬鹿にするための笑いではない。性根が良いものだと感心したのだ。

「まだまだ若いな。本当の悪人ってのは一見そうは見えないもんさ。気を付けな」

「そういう助言をくれるところも、そう見えない理由ですね」

 誠心誠意、真っ直ぐな表情でそう言い放った。今時の若者は素直なものだと感心するやら拍子抜けするやら。

「正直よお。そんなんどーでも良くねえか。相手が悪人かどうかなんて。自分のことを善人だと思ってなきゃ気になりゃしない」

「それは……確かにそうですね」
 
 ウィルはやや言葉につまった。ハッとしたように表情を曇らせる。

「真面目な野郎だな。自分を善人だと思ってたらなんか悪いのかよ。俺だって思ってるぜ、俺ほど誠実で正直な人間はいないってな」

 ザルドは大口を開けて、自分の冗談でがっはっはと笑い声をあげた。 

「あんまりからかってやるな」
 
 俺がフォローを入れると、ザルドはにやついた顔で「はいよ」と言った。
 
「にしても若い女も多くないし、しけた村だな。ウィルだったか。お前もそう思うだろ」

「い、いえ。僕は別に」

 ウィルは恥ずかしそうに言葉を濁した。からかうなと言ったそばからこれだ。

「その点、旦那は相手に困らなそうで羨ましいところだ」

 そこに飛び火するとは。最も答えたくないところをズケズケ聞く辺りがこの男が良くも悪くも他人を気にせず生きている証だ。さらに彼に触発されたかウィルまでもが続く。

「あのー。レイチェルさんとは、どういう関係なんですか?」

「部下というのが一番正しいか」

 なんとかため息を堪える。気苦労が絶えないものだ。なぜよりにもよって興味を持ったのがレイチェルなのか。

 確かに彼女の外見は非常に美しい。珍しい白銀の髪は闇夜によく映える、人形のように整った容姿はある種、冷たさを感じるほどで、対照的に生き生きとした血のような朱色の瞳が輝き、妖しげな魅力を引き立てている。

 しかし同じ年頃で言えばルシャも候補になっていいはずだ。性格はいいし、可愛らしい顔立ちをしている。目はぱっちりして鼻筋はすっと通り、赤い髪を元気に跳ねさせて、にいつもニコニコ笑顔を浮かべているところが愛らしいものだ。彼女に懸想していたなら穏便にすんだだろうに。

 いやしかし、そうでもないなとすぐに気が付いた。ルシャと付き合うのも大変だ。なんせ親は赤の魔帝だ。マフィアのご令嬢とでもいったところになる。下手に関われば海に捨てられるか生き埋めにされるか、そんな危険性もないことはないと思う。

 それに俺も半端な人間にルシャを預けたくない。最低でも俺と互角に戦える男ぐらいでないと──などと父親のような思考をしていると自覚して、その馬鹿な考えを振り払う。彼女は彼女の生き方がある、俺は他人の生き方を強制したりはしない。

「彼女たちとはそういう関係じゃないさ」

「そんな関係になりたそうだったぜ。全員相手してやればいいじゃないか」

「それはまた節操のない」

「こんな地獄みたいな世界に生きてんだぜ。好きに生きたほうが楽しいぜ。少し若いのが多いがいい女ばっかりだろ。何が不満なんだ」

 なぜか、理由は明白なようで漠然としている。常に奥底に潜むわずかな恐れがある。

「人を信じれば、それは甘さを呼ぶ。人を愛せば、それは弱さになる」

 人を愛さず、一握りの人間しか信用しないで生きてきた。変わろうと思っても、そう簡単に変えられるようなものではない、あの裏切りがそれに拍車をかけた。

 それに俺は残虐王の偽物にすぎない。残虐王に向ける愛情を利用して、彼女たちと関係を持てばその心をもてあそぶことになるだろう。それは許されざる裏切りに他ならない。

「堅い! 考えが堅い。生娘じゃねーんだから。男にしてみりゃ新しい剣を買うぐらい気楽でいいんだよ。何も寝たら責任取る必要があるわけでもない。味見ぐらいして気にいったのを囲えばいい。戦って、美味い飯を食って、いい女と酒を楽しむ。それが男の人生さ。信用だの愛だのなんてウダウダ考える前にやっちまうんだよ。そんなもん後からついてくる」

 はああと感心半分、呆れ半分のため息をつく。

「お前と話してるとこの世が単純なものに思えてくる」

「そうさ。この世は単純。難しくしてるのは小難しいことを考える頭ってことよ」

 それは意外と的を射た発言かもしれなかった。
 
 裏と表があっても結局それは一枚のコインにすぎない。どちらかに捉われる必要もない。そのどちらも真実だ。何事もあるがままに受け入れるしかないのだろう。



 俺は案内された寝床の前で立ち尽くしていた。とある問題について解決策を導くべく頭を働かせていたのだ。そんな時に背後から気配を感じた。

「紅葉が服についている」

 アステールはそれをひょいと手に取ってくすくす笑った。妙ににご機嫌な態度だった。

「酔ってるのか?」

「まあ、ほんのちょっと飲み過ぎたかもしれんな」

 勝手に体に触られるのは剣士にとって大変嫌う行為だ。俺がと注釈をつけてもいいかもしれないが。しかしアステール相手ではそう感じない。不思議なことだ。眠っていた期間に彼女に嫌というほど世話されていたせいだろうか。

「ところでどうしたんだ。突っ立って?」

「部屋がな。俺とアステールで一緒になってるんだ」

 フィルネシアという案内人の子に割り振られた部屋を確認すればなぜかそうなっていた。アステールには内密の相談事も多く、近い距離で囁き合う俺たちを気安い関係なのかと余計な気でも回したのだろう。座敷に布団が二組敷いてあった。文化の違いか貧富の差か、ベッドではないようだ。

「ふぅん。まあ。私とエルなら問題はないだろう?」

 湯上りの彼女の髪はしっとりと水気をはらみ、ほろ酔いなのか白い肌はほんのりと赤く上気している。持ち前の美しさと相まって妖艶な魅力を醸し出していた。いつも凛とした表情が今は和らいでいるのも目を引いた。

「問題はあるんじゃないか。未婚の男女が同じ部屋で寝るなんて」

 正直俺は構わなかったが念のため聞いておくのが女性に対するマナーかと思った。ルシャとはしばらく同じ部屋で寝ていたこともあるが、彼女は弟子なためノーカウントだ。

「はっはっは。寝込みを襲われて退治されてしまうのかの。ドラゴンを見くびると痛い目をみるぞ」

 アステールは愉快そうにけらけら笑い声をあげた。やはり酔っているようだ。少し火照った顔でじゃれるように「がおー」と両手で構えを取っている。こんな理性のネジが一本抜けたようなアステールは初めて見たという新鮮さと感慨深さもあったが。

「あのな」

 とため息交じりに俺は言う。

「俺は男で、今の君は綺麗な女性だ」

 軽く頭を押さえながらも目と目をしっかりと合わせた。

「本当に意味が分かって言ってると理解してもいいのか?」

 念を押すように問いを発する。アステールは俺を信頼して問題ないと言ったのだろう。確かに俺も間違いのない鉄壁の自制心には自信がある。

 ただ彼女は未だに現在の己と、龍だった頃との自分のギャップをやや受け入れていないところがある気がした。魔物と真っ向からぶつかり合う無謀な戦い方がそうだ。男を簡単に家に誘ったり、寝床をともにするのもそうだ。

 少し脅かすとまでは言わないが、認識をあらためてもらうつもりでの発言だった。

「え、える」

 少し近づくとアステールは身体をびくりと震わせた。俺が近づいた分だけアステールはじりと後ずさって、途中で背中が壁にぶつかった。もう下がれない、距離は縮まっていくだけになる。ところで、

「あ!」

 とアステールは急遽思い出したように声をあげた。

「あ、暑いなこの部屋」

「そうか?」

「あ、ああ! あ、暑くて。えっと。ちょ、ちょっと夜風に当ってくる!」

 慌てふためきながら何とかそう口走るなり、アステールは逃げるように飛びだしていった。

 正直面食らったが女性一人を夜に出歩かせるわけにもいかない。上着をひっかけて俺もアステールを追いかけて外に出た。冷たい夜風が身に染みわたるが、それほど寒いとも思わなかった。これも精霊の恩寵だ。ありがたくも何とも味気ない気もした。

 アステールを探し歩いていたが、どうも見つからず。道に迷って少し村はずれの場所にまで足を運んでいた。

「……」

 その時、鋭敏な聴覚は囁き声を捉えた。

 こんな夜更けに何事かと足音を殺して忍び寄った。物陰に隠れながら移動し、見つけたのは意外な状況だった。一組の少年少女が大樹の下で肩を寄せ合い座り込んでいる。

 それは少年少女の逢瀬であった。案内をしてくれた女の子フィルネシアと同じ村の子供だろう、少年が一人寄り添い合っていた。

「ジャンはいつもそうね」

「シアのほうこそ」

 聞こえてきたのはとりとめのない、他愛の無い会話だった。しかし彼女たちにはきっと特別な時間だろう。

 二人は樹の下でそっと口づけをした。神聖な行いを盗み見をしたように悪い気がして、すぐに踵を返した。

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