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56話 信仰の違い
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少年たちと別れ、もともとの目的地である橋にたどり着く前に日も暮れ始め、一つの村に停泊することになった。自由都市から魔物の調査に来たと告げると快く中に通された。
そこは自由都市の交易の中継地点としてある程度の富を得ている村であった。田舎村など極貧生活を強いられているイメージが勝手にあったが、魔物対策として村の周囲には頑丈な杭のバリケードが張られ、道行く村人は健康そうであった。
しかしどことなく不穏な気配を俺を感じていた。みなが一様に表情が暗いのだ。暗澹たる雰囲気を漂わせている。
「何か悪いことでも村にあったのか?」
「いえいえ。たいたことじゃありません」
誰に尋ねても誤魔化すような笑顔を浮かべてそう答えるばかりだった。
正体の分からない漠然としたきな臭さを感じつつも、礼儀としてこの村の長老のもとを訪ねていった。この村の長老は顔に深い皺の刻まれた、すっかり白髪の老女だった。
「お越しいただきありがとうございます」
長老は丁寧なお辞儀をした。
「行商人の方が途絶えてしまって我々も困らされておりましたので」
「しかしなぜこんな危険な地域に? 自由都市に住まないのか」
会話の途中でお茶を勧められた。椀の中には特に怪しげなものは入ってはいないが、手をつけずに話を聞く。
「我々は土着民です。二百年以上前からここに住んでおります」
ルシャは無遠慮にお茶をすすり、うーと涙目になっていた。どうやら猫舌らしい。ルシャは鳥なの犬なのか猫なのか。ラナのほうはちゃんと念入りに冷ましてから口をつけていた。
「我らの祖先はこの世界を生きる場所と定めました」
「最初期の植民者か」
「さようでございます」
流刑地となる前はごく普通に開拓植民者として多くの者が入植したものだった。ある者は希望を抱き、ある者は冒険を求めて。彼らはその末裔なのだろう。
「なぜ彼らはそんな選択をしたんだろうな」
ほんの興味から問いかけた。
「信仰と思想の違いとでも言いましょうか。もう何百年も前からアレーテイアでは神々や精霊を敬う心が忘れ去られてしまった。魔工学に頼るあまりに祈りを忘れてしまった。かの地で生きることを我々の祖先は良しとしなかったのです。同時に、真に精霊と神々を讃える我々の存在はかの地で許されなかったのです」
ささいな興味からだったが、とんだ地雷でも踏んだか、ひどく陰鬱な語り口で老婆は話した。
「この地に長く住んでいるというのならタイラントベアの異常について何か心当たりがないか?」
「ええ、ございます」
おっと、逆に驚いた。こんなにも簡単に答えにたどり着くとは。
「数十年ほどの周期で大規模な繁殖期がありまして、酷く荒れ狂うのです。ひと月もすればおとなしくなりますので、耐えるのみです」
意外と朗報なのか、それとも待つしかないという悲報だと捉えるべきか。しかしそうなると、どうやら少し前に感じた視線の主が関わっているわけではないようだ。
俺の考え過ぎだったのだろうか。
「それでは、所用がございますのでこれで。フィルネシア。寝所にご案内しなさい」
「はい」
ぎしと床を軋ませて一人の少女が現れた。質素な衣を纏った14ばかりの童女であった。
「どうぞ。ご案内いたします」
頭を下げて、日が暮れた夜道を先導し始める。薄暗い道を彼女が持つ灯篭の頼りない明りだけが照らしていた。ざっざっと、ただ足音だけが響く。
こんな空気になると黙っていられないのがザルドだ。相変わらずの憎まれ口をたたき始めた。
「全くしけた野郎どもだな。どいつもこいつもお先真っ暗みたいな顔しやがって。選んだ以上はあとは好きに楽しめばいいもんを。あんなうじうじしてて楽しいのかね」
「お前ほど割り切れる人間はいないもんさ。それに彼らは祖先だ。自分でこの地で生きることを選んだわけじゃない」
「傭兵になってもよし、東で一旗揚げるもよし、自由都市に住むって選択肢もあるってのにな」
誰だって正しくありたい、羨望を浴びたい、認められたい、そういう欲求を持つものだ。たとえ誰に謗られようとも、悪でも構わないと割り切れる人間は少ない。
俺もそうだ。悪党であるとは自称しているが、ザルドのように完全に悪を割り切ってはいない。この男は憎まれることを恐れず、自由気ままに生きている。きっとろくな死に方をしないだろう。だが恐らくその人生に後悔はないはずだ。
信用には値しない男だが、人生を謳歌していることは見習いたいところだ。
◇◇◇◇◇◇
山岳地帯にある村には大きな露天風呂があった。せっかくなので利用することになったが、混浴というわけでもなくアステールたち女性陣と男性陣で分かれていた。
つるりとした岩肌でできた風呂に湯が張って、薄く湯気が立ち上っていた。明かりは小さな灯篭と上空の金色に光る月明りのみであったが、豊かな自然を穏やかに照らす美麗な光景があった。
「わあ。凄いですね」
「きれー」
ルシャは翼を震わせ、ラナも興奮気味に猫耳をパタパタ跳ねさせていた。
「あまりはしゃぐと危ないぞ」
「はい。気を付けます!」
とにかく元気に敬礼をするルシャに、仕方ないなとアステールが歩み寄る。
「ほら、洗ってやるから大人しくな」
「はーい」
翼の手入れは意外と大変な作業なのだ。ルシャは座って、後ろからアステールにわしゃわしゃと洗われるのにされるがままだ。
ようやく作業が終わると、体が冷えないうちにみなで湯に浸かった。アステールは盆に地酒を載せて月見酒。小さな杯に注がれた酒をぐいと飲みほした。龍は酒好きと相場が決まっている。
「趣があっていいものだ」
ひとしきり湯を堪能したところでレイチェルがルシャに切り出した。
「ところで、師匠のお背中を流すのは弟子の役目ではありませんこと?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。このあと私とご一緒にいかがかしら」
これぞレイチェルによる恥も外聞も捨て去ったおこぼれ作戦である。彼女としては非情に不本意だがセットで迫るのだ。
「マスターにも喜んでいただけるのでしょうか?」
「もちろん。殿方は大変お好きなことよ」
うむむとルシャは悩む。
師匠に尽くしたいという弟子心と恥ずかしいという女心が秤に乗って絶妙なバランスを取りあった。まがりなりとも女の子の端くれであるルシャにも羞恥心というものがあるのだ。
「こらこら。嘘を教えるんじゃない。ルシャ。行かなくていい」
「そうだよ。弟子とはいえ女の子なんだから」
レイチェルはちっと内心で舌打ちをする。だがレイチェルはこの程度では止まらないのである。
「みなさまに重大な提案があります」
真剣な表情と深刻な声色で告げる彼女の雰囲気に巻き込まれて皆が黙った。そこでレイチェルはさらりと言う。
「男湯。覗きに行きませんか」
「えええ!?」
最初に大きな声をあげたのはラナだった。
「や、やめたほうが。は、犯罪じゃ?」
「普通逆であろうに。はしたない」
アステールも呆れたように口にした。
「ふん! それだけ胸がつまってる方々は悠長でいられて羨ましいですこと! 一生ご寵愛をいただけないかもしれないんです。私はこのチャンスを逃しませんことよ」
「まさしくお主のそういうところが原因なんだと思うが」
軽く聞き流してアステールはぐいと杯を傾ける。
「花は愛でられるのを待っていれば良い。淑女はそういうものだ」
自分からは求めずに相手から求めるような高嶺の花であること、強い女であること、それが龍種の女のプライドである。アステールにとっては男を家に誘うようなセリフは実は結構な妥協、勇気を振り絞っての発言なのであった。
「考えがお古いですわよアステール。今の流行りは献身的な愛です。全身を包み込むような愛。日頃のお世話から夜のご奉仕まで積極的にこなす率直な愛を示してこそ立派なレディですわよ」
「見解の相違だな。不死者の誇りはないのか? はしためでもあるまいし」
「はん! 誇りなんて愛の前にはお軽く吹っ飛びますわ。私は常々思っています。この世の悲恋というのは女側のアタックが足りていないからこそ生じるのだと。好きよ好きよの前には身分も家族もなんのその。世界全てを捨てさり駆け落ち覚悟の愛をもってすればどんな障害があろうとも関係ありませんわ」
アステールはしらーっとした目でレイチェルを見つめていた。ところがこの場にレイチェルと波長が合うのがただ一人いる。馬鹿と馬鹿は引かれあうのだ。
「覗きって、なんか悪党っぽいですね!」
「ルシャちゃん。駄目だよ。エルさんに嫌われちゃうかもよ」
「え? そうなんですか。い、嫌です。そんなの」
そんなの立ち直れないと、ルシャは浮かしかけた腰を下ろした。
「だってね、ルシャちゃんがそうされたらどう思う?」
「えっと。恥ずかしい、と思います」
「そうだよね。じゃあルシャちゃんもしないほうがいいよ」
悪党の道はなんと難しいのだろう、「うむむ」とルシャは頭を悩ませた。そんなルシャにレイチェルはまたも目をつけた。
「は。そうか。ルシャがありってことは胸は関係ないかも。……むう。私とルシャで何が違うのかしら。翼かしら。主様はまさか翼フェチ」
ルシャの以前の発言をすっかり信じ込んでいるレイチェルは自分とルシャとの違いをつぶさに観察する。どこかに主の寵愛を受ける秘訣があるはずなのだと。
「ルシャ。立ちなさい」
「は、はい?」
命令口調に咄嗟に弟子の本能が従わせる。そんな彼女からレイチェルはバッとバスタオルを奪った。
「ひゃ!」
突然の行動に同性相手とはいえさすがにルシャは赤面する。さらにレイチェルは無遠慮にルシャの小ぶりな胸に手を這わせる。わさわさと。
たまらずルシャは短い悲鳴をもらした。
「うん。やっぱりそんなに変わらないわよね」
一人納得したようなレイチェルだったが、
「やめんかと」
アステールにすぱーんと頭を叩かれていた。
◇◇◇◇◇◇
「なんて平和ですこと」
一人状況から置いていかれていたイリナはぽつりと呟いた。イリナが人質であることを分かっていないのかと思うほどの緊張感のなさだった。
こう見ているとやはり亜人も人間も何も変わらない、色恋の話で盛り上がり、美しい景色に目を奪われるのだ。いったい何が違うという、両者を分け隔てるものはいったい何だという。
「この世界を、ですか」
残虐王から告げられた言葉が口から洩れた。今この時、おそらく逃げようと思えば逃げられた。ただまだ少しだけ、彼らとともにこの世界を見てみたいと思った。
そこは自由都市の交易の中継地点としてある程度の富を得ている村であった。田舎村など極貧生活を強いられているイメージが勝手にあったが、魔物対策として村の周囲には頑丈な杭のバリケードが張られ、道行く村人は健康そうであった。
しかしどことなく不穏な気配を俺を感じていた。みなが一様に表情が暗いのだ。暗澹たる雰囲気を漂わせている。
「何か悪いことでも村にあったのか?」
「いえいえ。たいたことじゃありません」
誰に尋ねても誤魔化すような笑顔を浮かべてそう答えるばかりだった。
正体の分からない漠然としたきな臭さを感じつつも、礼儀としてこの村の長老のもとを訪ねていった。この村の長老は顔に深い皺の刻まれた、すっかり白髪の老女だった。
「お越しいただきありがとうございます」
長老は丁寧なお辞儀をした。
「行商人の方が途絶えてしまって我々も困らされておりましたので」
「しかしなぜこんな危険な地域に? 自由都市に住まないのか」
会話の途中でお茶を勧められた。椀の中には特に怪しげなものは入ってはいないが、手をつけずに話を聞く。
「我々は土着民です。二百年以上前からここに住んでおります」
ルシャは無遠慮にお茶をすすり、うーと涙目になっていた。どうやら猫舌らしい。ルシャは鳥なの犬なのか猫なのか。ラナのほうはちゃんと念入りに冷ましてから口をつけていた。
「我らの祖先はこの世界を生きる場所と定めました」
「最初期の植民者か」
「さようでございます」
流刑地となる前はごく普通に開拓植民者として多くの者が入植したものだった。ある者は希望を抱き、ある者は冒険を求めて。彼らはその末裔なのだろう。
「なぜ彼らはそんな選択をしたんだろうな」
ほんの興味から問いかけた。
「信仰と思想の違いとでも言いましょうか。もう何百年も前からアレーテイアでは神々や精霊を敬う心が忘れ去られてしまった。魔工学に頼るあまりに祈りを忘れてしまった。かの地で生きることを我々の祖先は良しとしなかったのです。同時に、真に精霊と神々を讃える我々の存在はかの地で許されなかったのです」
ささいな興味からだったが、とんだ地雷でも踏んだか、ひどく陰鬱な語り口で老婆は話した。
「この地に長く住んでいるというのならタイラントベアの異常について何か心当たりがないか?」
「ええ、ございます」
おっと、逆に驚いた。こんなにも簡単に答えにたどり着くとは。
「数十年ほどの周期で大規模な繁殖期がありまして、酷く荒れ狂うのです。ひと月もすればおとなしくなりますので、耐えるのみです」
意外と朗報なのか、それとも待つしかないという悲報だと捉えるべきか。しかしそうなると、どうやら少し前に感じた視線の主が関わっているわけではないようだ。
俺の考え過ぎだったのだろうか。
「それでは、所用がございますのでこれで。フィルネシア。寝所にご案内しなさい」
「はい」
ぎしと床を軋ませて一人の少女が現れた。質素な衣を纏った14ばかりの童女であった。
「どうぞ。ご案内いたします」
頭を下げて、日が暮れた夜道を先導し始める。薄暗い道を彼女が持つ灯篭の頼りない明りだけが照らしていた。ざっざっと、ただ足音だけが響く。
こんな空気になると黙っていられないのがザルドだ。相変わらずの憎まれ口をたたき始めた。
「全くしけた野郎どもだな。どいつもこいつもお先真っ暗みたいな顔しやがって。選んだ以上はあとは好きに楽しめばいいもんを。あんなうじうじしてて楽しいのかね」
「お前ほど割り切れる人間はいないもんさ。それに彼らは祖先だ。自分でこの地で生きることを選んだわけじゃない」
「傭兵になってもよし、東で一旗揚げるもよし、自由都市に住むって選択肢もあるってのにな」
誰だって正しくありたい、羨望を浴びたい、認められたい、そういう欲求を持つものだ。たとえ誰に謗られようとも、悪でも構わないと割り切れる人間は少ない。
俺もそうだ。悪党であるとは自称しているが、ザルドのように完全に悪を割り切ってはいない。この男は憎まれることを恐れず、自由気ままに生きている。きっとろくな死に方をしないだろう。だが恐らくその人生に後悔はないはずだ。
信用には値しない男だが、人生を謳歌していることは見習いたいところだ。
◇◇◇◇◇◇
山岳地帯にある村には大きな露天風呂があった。せっかくなので利用することになったが、混浴というわけでもなくアステールたち女性陣と男性陣で分かれていた。
つるりとした岩肌でできた風呂に湯が張って、薄く湯気が立ち上っていた。明かりは小さな灯篭と上空の金色に光る月明りのみであったが、豊かな自然を穏やかに照らす美麗な光景があった。
「わあ。凄いですね」
「きれー」
ルシャは翼を震わせ、ラナも興奮気味に猫耳をパタパタ跳ねさせていた。
「あまりはしゃぐと危ないぞ」
「はい。気を付けます!」
とにかく元気に敬礼をするルシャに、仕方ないなとアステールが歩み寄る。
「ほら、洗ってやるから大人しくな」
「はーい」
翼の手入れは意外と大変な作業なのだ。ルシャは座って、後ろからアステールにわしゃわしゃと洗われるのにされるがままだ。
ようやく作業が終わると、体が冷えないうちにみなで湯に浸かった。アステールは盆に地酒を載せて月見酒。小さな杯に注がれた酒をぐいと飲みほした。龍は酒好きと相場が決まっている。
「趣があっていいものだ」
ひとしきり湯を堪能したところでレイチェルがルシャに切り出した。
「ところで、師匠のお背中を流すのは弟子の役目ではありませんこと?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。このあと私とご一緒にいかがかしら」
これぞレイチェルによる恥も外聞も捨て去ったおこぼれ作戦である。彼女としては非情に不本意だがセットで迫るのだ。
「マスターにも喜んでいただけるのでしょうか?」
「もちろん。殿方は大変お好きなことよ」
うむむとルシャは悩む。
師匠に尽くしたいという弟子心と恥ずかしいという女心が秤に乗って絶妙なバランスを取りあった。まがりなりとも女の子の端くれであるルシャにも羞恥心というものがあるのだ。
「こらこら。嘘を教えるんじゃない。ルシャ。行かなくていい」
「そうだよ。弟子とはいえ女の子なんだから」
レイチェルはちっと内心で舌打ちをする。だがレイチェルはこの程度では止まらないのである。
「みなさまに重大な提案があります」
真剣な表情と深刻な声色で告げる彼女の雰囲気に巻き込まれて皆が黙った。そこでレイチェルはさらりと言う。
「男湯。覗きに行きませんか」
「えええ!?」
最初に大きな声をあげたのはラナだった。
「や、やめたほうが。は、犯罪じゃ?」
「普通逆であろうに。はしたない」
アステールも呆れたように口にした。
「ふん! それだけ胸がつまってる方々は悠長でいられて羨ましいですこと! 一生ご寵愛をいただけないかもしれないんです。私はこのチャンスを逃しませんことよ」
「まさしくお主のそういうところが原因なんだと思うが」
軽く聞き流してアステールはぐいと杯を傾ける。
「花は愛でられるのを待っていれば良い。淑女はそういうものだ」
自分からは求めずに相手から求めるような高嶺の花であること、強い女であること、それが龍種の女のプライドである。アステールにとっては男を家に誘うようなセリフは実は結構な妥協、勇気を振り絞っての発言なのであった。
「考えがお古いですわよアステール。今の流行りは献身的な愛です。全身を包み込むような愛。日頃のお世話から夜のご奉仕まで積極的にこなす率直な愛を示してこそ立派なレディですわよ」
「見解の相違だな。不死者の誇りはないのか? はしためでもあるまいし」
「はん! 誇りなんて愛の前にはお軽く吹っ飛びますわ。私は常々思っています。この世の悲恋というのは女側のアタックが足りていないからこそ生じるのだと。好きよ好きよの前には身分も家族もなんのその。世界全てを捨てさり駆け落ち覚悟の愛をもってすればどんな障害があろうとも関係ありませんわ」
アステールはしらーっとした目でレイチェルを見つめていた。ところがこの場にレイチェルと波長が合うのがただ一人いる。馬鹿と馬鹿は引かれあうのだ。
「覗きって、なんか悪党っぽいですね!」
「ルシャちゃん。駄目だよ。エルさんに嫌われちゃうかもよ」
「え? そうなんですか。い、嫌です。そんなの」
そんなの立ち直れないと、ルシャは浮かしかけた腰を下ろした。
「だってね、ルシャちゃんがそうされたらどう思う?」
「えっと。恥ずかしい、と思います」
「そうだよね。じゃあルシャちゃんもしないほうがいいよ」
悪党の道はなんと難しいのだろう、「うむむ」とルシャは頭を悩ませた。そんなルシャにレイチェルはまたも目をつけた。
「は。そうか。ルシャがありってことは胸は関係ないかも。……むう。私とルシャで何が違うのかしら。翼かしら。主様はまさか翼フェチ」
ルシャの以前の発言をすっかり信じ込んでいるレイチェルは自分とルシャとの違いをつぶさに観察する。どこかに主の寵愛を受ける秘訣があるはずなのだと。
「ルシャ。立ちなさい」
「は、はい?」
命令口調に咄嗟に弟子の本能が従わせる。そんな彼女からレイチェルはバッとバスタオルを奪った。
「ひゃ!」
突然の行動に同性相手とはいえさすがにルシャは赤面する。さらにレイチェルは無遠慮にルシャの小ぶりな胸に手を這わせる。わさわさと。
たまらずルシャは短い悲鳴をもらした。
「うん。やっぱりそんなに変わらないわよね」
一人納得したようなレイチェルだったが、
「やめんかと」
アステールにすぱーんと頭を叩かれていた。
◇◇◇◇◇◇
「なんて平和ですこと」
一人状況から置いていかれていたイリナはぽつりと呟いた。イリナが人質であることを分かっていないのかと思うほどの緊張感のなさだった。
こう見ているとやはり亜人も人間も何も変わらない、色恋の話で盛り上がり、美しい景色に目を奪われるのだ。いったい何が違うという、両者を分け隔てるものはいったい何だという。
「この世界を、ですか」
残虐王から告げられた言葉が口から洩れた。今この時、おそらく逃げようと思えば逃げられた。ただまだ少しだけ、彼らとともにこの世界を見てみたいと思った。
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