パーティーの仲間に冤罪を着せられた最強の剣士が魔王になって復讐をはたすまでの物語

一発逆転

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72話 イリナの思い出

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 イリナは残虐王の一行が都市から出て行くのを窓から頬杖をついたままぼんやりと見つめていた。戦場に臨む時の厳しい表情、その佇まいはますます探し人に似ていると思う。

 思えばイリナは最初はあの人のことが苦手だったのだ。

 ずっと王宮という閉鎖空間で暮らしていたイリナにとって外の世界とは未知との遭遇の連続だった。旅の同行者は神官であるロイス・サステナはもとよりレギル・シルセス名家の生まれだ、その社交的で紳士的な対応はイリナにしてみれば親しみやすいものだった。

 しかし、魔術師殺しと呼ばれる剣士は王族のイリナが相手でも歯に衣着せぬ発言をする。今までにないほど厳しい言葉をかけられもした。ほとんど会話らしい会話もなく、13歳のイリナにはすっかり苦手意識が芽生えていた。

 彼らとともに向かったサウストリアの情勢はあの時、酷いものだった。独裁政権による粛清と虐殺により人心は乱れ、内乱と暴徒により大地は荒れ果てていた。ニースと出会ったのはちょうど統一連合の軍が駐屯している町についた頃だった。

 そこは夜な夜な暗殺者が出没し殺しが行われる町。人々が他人を監視し合い、疑ってかかっていた。統一連合が軍を置いた比較的、治安がいい場所のはずなのに、そんな有様だった。

 作為があるのか無作為による殺人か。混乱と混沌が渦巻いていた。それはイリナ自身の内心とも似ていた。覚悟も何もない少女が地獄を垣間見て、心のうちはすっかり乱れていたものだった。

 ◇◇◇◇◇◇

 宿の部屋に入ったことでイリナはようやく一息ついた。まだ13という若さでもあり、慣れぬ旅に疲労していた身体は強張っていた。ゆっくり休みが欲しかった。休息がてらの時間に気を紛らわせたのはレギルとの会話だった。

「もしやデ・ラントと言うのは、あの?」

「ええ。その通りです。パラディソスの最古からある貴族の家ですね」

「彼のような人がいたとは初耳ですが……」

「言い方は悪いですが彼は忌み子でした。家の恥と考えたようで、彼の存在は公けにはされていなかったんです。敷地の離れの蔵で閉じ込められるように暮らしていたとか。ただ人の口に戸は立てらぬもの。私も噂という程度には聞いたことがありました」

「……酷い話」
 
「病弱で長くは生きられないと診断されていたそうですが、彼は5つの誕生日を迎えるまで生き延びました。それ以来もはや隠し通せぬとして表に出てきました。あの家は未だに信仰深いところです。生き延びた子どもを殺すことまではできなかったのでしょう。実の子を殺せば、死をもたらす神々に魅入られる。そんな神話もありますからね。ただ社交の場には出てきていませんので姫が知らないのも無理はありません」

 イリナの想像を絶する壮絶な生い立ちだった。

「それで、士官学校を卒業してからは?」

「彼が行ったのはこの地、サウトリアです」

「こんな場所に飛ばされたんですか? まさか実家から圧力でも」

 ここで地獄を経験し、それがあそこまでの冷たさを生み出したのか。

「違いますよ。そんなことならあの男は狂犬などと呼ばれていません。彼は自ら志願して行ったのです。戦いの最前線に」

「えっ!?」
 
「なぜだと思いますか」

「……いえ」理解できないと首をかしげる。

「敵が多いからです。魔物を殺し、襲い来る人間を殺す。ここでは奪うことも殺すことも日常茶飯事だった。殺して殺して殺し続けた。そうやって恩寵を蓄え、そして彼はこの地で魔術師殺しと畏怖される存在になったのです」

「そんなことって」

 狂気の沙汰だと言わざるを得なかった。何がそこまで彼を駆り立てのだろうか。

「無茶をするものです。あそこまで自由に生きれるのは私も羨ましく思うことがあります」

「……そうなんですか?」

 望んで地獄に行くことが自由とは思えなかった。それは何かに心を捕らわれているとしか思えない。それを羨ましいと感じる。わずかにレギル・シルセスの歪みを感じた気がした。

「不適切な表現かもしれませんが。彼は単純明快な男ですよ。そう怯えることはありません。特に子供には優しいですから」

「子供扱いはしないでください」

「これは失礼いたしました。マイレディ」

 レギルは微笑み一礼した。

 突然慌ただしい騒ぎが起こり始めた。扉がノックされ、返事をすると何人かの軍人が押しかけてきた。

「どうした?」

「ついにニース・ラディットの居所を捉えました。最近の殺しも彼の仕業です。確固たる証拠が見つかりました」

 レギルは力強く立ちあがった。

「彼を殺すのですか?」

「やつは救いようのない悪党です。情報を洗いざらい聞き出したら始末したほうがいいでしょう」

「そう、ですか」

「姫は待っていてください。血生臭いことになる。我々で片付けてきます」

「あの。私も」

 行くと、そう言いかけたところで入り口の剣士と目が合った。感情の宿らない冷たい瞳は、お前に覚悟はあるのかと問いかけているようで。どうしても、それ以上の言葉が出てこなかった。



 一人置いていかれたイリナは悔しさのあまりふて寝していた。結局のところイリナは言葉一つなく、ただ態度によって怯ませられてしまったのだ。これが実戦を経験したものと、そうでないものとの違いなのかと、あまりに情けなくて唇を噛んだ。

 こんこんと、扉をノックするものがあらわれた。

「ごめんなさい。一人になりたいので」

 気分ではなかったし、何より誰が来ても開けるなと言われていた。来訪者はすぐに諦めて帰る、そう思いきや違った。ドカン! と扉を蹴破って中に入ったきた。

「な! ぶ、無礼な。何者です!」
 
 咎める言葉を意にも介さずフードで顔を隠した男が言った。

「人がもっとも油断するのはどんな時だと思う?」

 敵だ、と心臓が跳ね上がる。咄嗟に窓の外に逃げるかと考えたが、そちらにも気配を感じた。

「それは疑心と闇の中、答えを与えられた時だ。たとえ罠だと感じていようと、光が見えたら縋りつきたくなる。それが人間だ」

 言葉の意味に気づいて顔色を変える。全ての殺しも初めから腕利きの護衛をつり出すための囮にすぎなかった。ただそれだけのために人を殺したのだ。相手は誰だ。残虐王か、それとも。

「追うものは追われることに慣れてない。だから簡単に巣穴にお宝を残して出かけちまう」

 男が手を上げた、するとさらに二人の男が現れて出口を固めた。そしてフードの男が距離をつめてくる。絶対に逃がさないという慎重さを感じさせた。

「待ってください!」

「時間稼ぎか?」

「違います。聞いてください」

 イリナは必死になって言い募る。

「私はあなたたちを助けることができるかもしれません。こんな争いを終わらせて、一刻も早くこの地を平定するんです。統一連合も支援します。そうすればきっとみんな平穏に──」

 言葉が止まる。なぜなら男が鼻で笑ったからだ。

「平穏に暮らす? それがなんだ。俺たちは狼だ。毛皮を変えても本性は変わらない。奪って殺して、楽しむ。俺は俺の思うままに生きる。それが罪だろうが関係ねえ。それが生きるってことだろ。姫様よお」

「っ! 爆ぜろ」

 気迫に飲まれそうになって攻撃する。足に向けて放った魔術は氷の障壁によって遮断されていた。

「あなたはまさか。ニース・ラディットですか」

「さてね。答えはあとで教えてやるよ」 

 もしイリナが捕まれば最大限その身を利用されて、また多くの犠牲が生まれることだろう。それだけは許しておけなかった。心の中で火が燃え上がる。

「私はあなたを止めてみせます。絶対に」

 マナを爆発させる。部屋の温度がぐんぐんと上昇し、熱気が包む。火の粉が飛び回り、やがて炎が形となって現れる。炎でできた翼を広げた鳥だ、部屋の中を羽ばたいて旋回し、イリナの腕に止まった。
 
「……まさか精霊? はったりか?」

 炎の鳥はその存在だけで辺り一面を火の海にした。しかもまだこの攻撃魔術は始まってすらいない。火は破壊と再生の象徴だ。自然エネルギーであるマナを燃やし尽くし、あらゆる魔術を阻害する。この熱波を防ぐことができるものなど、そうはいないはずだった。氷使いとの相性は最良、もしくは最悪とも思える。

 窓から橙色の光が外に漏れていた。建物にも火がつき始めている。火事かと住民たちの騒ぎが少しずつ起こり始めていた。騒ぎを聞きつけて護衛たちが戻ってくるのも時間の問題だろう。

「さあ踊りましょう。お付き合いくださるかしら」
 
「なんつーじゃじゃ馬だ。ダンスは男側から誘うもんだぜ」

「あら、意外とマナーにお詳しいのね」
  
 余裕を見せるために微笑むと、男は身をひるがえした。

「ふん。今回は引かせてもらう。不利な賭けはしない主義なんでな」
 
 男の判断は早かった。そのまま部下らしき男たちを連れて早々に引き上げていったのだった。
 


 それからイリナは大火事になる前に火を消した。今になって恐怖感が襲ってきて胸に手を当てて深呼吸する。ふうと大きく息を吐いた。そんなうちに護衛役が帰ってくる。一番最初に戻ってきたのはエル・デ・ラントだった。

「どうやら嘘の情報だったらしいな」
 
 荒れ果てた部屋の有様を眺めてそう口にした。

「一人にしてすまなかった。怖かっただろう」
 
「怖くはありませんでした」

 もちろん本当に怖くなかったかと聞かれれば嘘になる。

「私が本当に怖いのは死ぬことじゃありません」

 血の罪は血でしか贖えない、殺しにきた相手に情けをかける余裕などありはしない。敵は殺さなくてはならない。その理屈はよく分かる。

「誰かが手を差し伸べれば救えるはずだったかもしれない人を殺すこと。それは悲劇です。私はやっぱり殺す覚悟なんてできません。敵は全員殺すべきだなんて、私にはそうは思えないんです」

「……そうか」

「ただ私は愛すべき民と人のために。この命捧げる覚悟ならばあります。私は諦めません。例え危険でも、無謀でも、できる限り殺さないですむ方法があるのなら、その道を探します。甘い考えであることは分かっています。傲慢な考えであることも。だけど私も戦います。戦わせてください」

 剣士はため息をついた。

「殺す覚悟もなしに戦場に立ちたいなんて無茶を言うお嬢さんだな。世界最強にでもならなきゃ到底無理な話だ」

 あまりの大言壮語に呆れられたのかと思いきや。

「君は綺麗だな」

「え?」
 
 唐突な発言にポカンとする。今まで幾人にも言われてきた耳慣れた言葉だったが、なぜからしくもなく恥ずかしく感じた。

「君は俺の目には眩しく映る。今まで見た他の誰よりも精霊に愛されているのが分かる。世に語られる英雄とは君のような人なんだろう。きっと君は人を救う人間になるのだろうな。俺と違って。俺にできるのは殺すことだけだ」

「そんなこと」

 ないと断言できるほど彼のことを深く知っているわけではなかった。

「実戦を教える。君に死なれたら困るからな」

「は、はい」

 それから、イリナは彼から実戦を教わることになる。魔術師としての立ち回り、いざという時の接近戦の護身術、そして総合力な判断力を磨くこと。すべて実戦経験のないイリナには欠けているものだった。

 教えを乞い学ぶ中で彼のことを少しずつ知っていった。あまり多くを語らない青年だった。基本的におべっかやお世辞などは口にしない、しかし戦いのことに限って聞けばよく話す。

 王族を相手にしていると考えれば非礼とも思えるほど厳しい先生だっただろう。だがそれにイリナはついていったのだ。そうすると彼は、

「よく頑張った」

 と頭を撫でて去っていく。王族の体に許しもなく触れるとは無礼な行いだった、しかし咎める気などおきはしなかった。なぜなら心の中は嬉しさでいっぱいだったから。

 ◇◇◇◇◇◇

 イリナの中で一つの答えは出ていた。残虐王たちの監視を掻い潜り殺しを行う、目撃者の一人すらいない鮮やかな手際。今残虐王たちは仲間を引き連れて謎の暗殺者を追いに行っていることだろう。この自由都市に宝を残して。

「こんな真似ができる人間は」

 確信があった。あの男は氷に加えて闇系統に属する魔術も使う。障壁突破の武具も当然持っていることだろう。

「俺ぐらいなもんだよな」

 鍵がかかった部屋のはずなのに唐突に声が横から聞こえた。

「あなたの仕業だったのね」 

 その気配に振り向きもせずに言い放つ。

「ニース」

 視線の先には予想通りの男の顔が。軽薄な笑いを浮かべていた。
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