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71話 孤独
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少し息を整えてからレイチェルの部屋の扉をノックする。中からはすぐに返事が戻ってきた。
「は、はい。どうぞ」
来るのが分かっていたかのようだった。レイチェルの声は緊張で強張っていた。部屋を覗き込めば、彼女はベッドで毛布を被り、全身を震わせていた。
「大丈夫か?」
声をかけると彼女はベッドから這い出て、その場で跪いて頭を下げた。
「申し訳ありません。どうかお許しください。主様」
涙ながらに必死に懇願する。世界の終わりかのような悲痛な表情だ。
「お願いです。私を見捨てないでください」
「顔をあげろ」
手を差し出して立たせてやって、ベッドに座らせた。それでも不安そうな表情で俺を見つめていた。
「最も大切なものを穢された、それで怒るのは当然だ。お前は間違ってはいない」
「しかし、お怪我を」
「すぐ治る。気にするな」
闇魔法には治癒を阻害する力が込められている。しかし聖属性が得意なイリナ姫に払ってもらったため言葉通りすぐに治るだろう。
「俺は絶対にお前を裏切ることはしない。だから俺にだけは嘘をつくな」
「は、はい」
「ウィルといたのは嘘なんだろ?」
出かけたあとにウィルと合流したと考えにくい。予想通りレイチェルはこくりと頷いた。
「そして部屋にもいなかった」
「少し、外に出たくて。散歩を」
ばつが悪そうに視線をそらして言う。
「でもそれだけです。他のことはしていません。私は主様に逆らうことはしません」
「分かった。信じよう」
頭を撫でてやると、レイチェルは安堵して胸をなでおろした。
あまりにも過剰な恐怖感を覚えている。その理由は明白だ、俺だけしか信じられないからこそ、俺に見捨てられることをここまで恐怖するのだ。それは依存に近かった。
だからこそきっと、他にも信じられるものがあれば彼女の救いになってくれることだろう。
レイチェルもそうだが住民たちにも動揺が大きくなっていっている。急ぎ隠れている敵をあぶり出さなければならない。今夜こそはそのための明確な作戦があった。
「都市全体に結界を張る。時空間魔術で今夜この都市の時間を記録する」
光系統の魔術により映像を残す端末などはあるが、それとはまったく別の原理の時空間術式だ。そして夜中の映像を残す。この方法ならば間違いなく犯人を特定できる。もちろん魔術を感知される可能性もあるが、それはそれで次なる犯行への抑止力になる。
「しかし、そうすると」
アステールが心配そうに俺に目線を送る。
「ああ。かなり力を消耗することになる。敵が出た場合はお前たちに対応してもらうかもしれない」
「そういうことならばお任せください」
『ええ。この騒ぎも今日終わらせてみせます』
魔術を行使すると、都市の全貌がそのままミニチュア模型のように薄い光で形作られた。人の動きなど、リアルタイムで外の光景がそのまま流れている。
そしてまたしても見張りで潰される夜が始まった。俺はともかく他の者には昼間に仮眠を取らせているがいずれ終わるともしれない作業は精神的、体力的な消耗も計り知れない。
結局俺が魔術によってどの程度疲弊するかは終わるまでは分からず、肝心な時に動けない可能性を考慮したら仲間に頼る以外はないだろう。
近距離ならば念話というテレパシーがある、だが大量に飛び交う念話は敵にもキャッチされやすい。そこで見張りにはエルフが1人ずつ傍についていた。いざという時は彼らの笛で内密に連絡を取り合う。俺にはセレーネがついている。俺たちは市長室で椅子に座り、じっとミニチュアを眺めていた。
「なんとか今日、見つかるといいのですが」
「そうだな」
会話にリソースを裂くほど気が回らず、ぼんやりして返すと、それきり沈黙が流れた。だが気にもならずに、ただただ待ち続ける。それから1時間ほど経過した時だろうか。
「今日は少し暑いですね」
というセレーネの言葉に引っかかりを覚えた。彼女は先ほどからもう何度か同じような言葉をくり返していた。彼女に目を向ければ、セレーネは気まずそうにパッと視線を足元に落とした。そして曖昧に言葉を発する。どうやら今まで必死に話題を探していたようだった。
「緊張してるのか?」
「い、いえ。その」
セレーネは言葉を濁した。
俺も配慮が足りなかった。セレーネの性格からすれば妙に気負ってしまうのは分かり切っていたのだから。セレーネはぼそぼそと言い訳染みたこと口にする。
「ただ主様と二人きりになるのは初めてのことなので、力が入ってると言いますか」
「いつものままでいい。前も言ったが最初に会った時と同じでもいい」
「主様。どうかそれはもうお忘れください」
冗談を飛ばすとセレーネも気がほぐれたのか、しばらく穏やかな会話が続いた。心なしか時はゆっくりと刻み、やがて夜がふけていった。
事態が動いたのはレイチェルの部屋の窓が開いたのが確認できてからだ。彼女はまたしても出かけるようだった。
「どうしますか。主様」
「あとをつけるぞ」
今度は迷わずあとをつけることを選択した。レイチェルは道に悩むそぶりもなく目的地があるように真っすぐに進む。やがてたどり着いたのは時計塔だった。レイチェルが建物に入り階段を登っていくのを見届けて、俺は時計塔の壁を背にして立ち止まり、魔術を使う。ミニチュア模型と接続して時計塔の内部のビジョンが頭の中に流れた。
レイチェルは時計塔の屋上で、ぺたりと座り込んだままじっとしていた。そのままぼうと夜空を見上げて歌を口ずさんでいた。子守唄だろうか、優し気な音色だった。
「セレーネ。ここで待っていてくれ」
「承知しました」
俺も階段を上り始めた。足音が聞こえていたのだろう。上階に到着し、俺が顔を見せるとすぐレイチェルは歌うのをやめて目を合わせた。
「疑われておられたのですか?」
意外にもそれは穏やかな声だった。
「いいや。お前を信じていた。だからあとをつけた」
悪気はなかった。もはや彼女ではないという確信があったからだ。思えば昨日の時点でそうするべきだった。そうすれば俺が説得力のある言葉でレイチェルを庇ってやれた。
「もしお前が俺の命令に逆らい、俺に嘘をついていたというのなら。俺がその責任を取らせなければいけなかったからな。その点レイチェルは安心だ。お前が俺を裏切ることはない」
「もったいないお言葉です」
レイチェルは静かに空を見上げた。
「ここは落ち着きます。月が近い場所は。……主様は知っていましたか。この世界には本国と同じ星座が見えるんです」
「そうなのか」
同じ星座とは面白いものだ。確かに遠い言い伝えでは、監獄世界とは古き神々の力によってアレーテイアの世界を模して作られたものだという。
俺たちが監獄世界と呼ぶこの場所は四方を海に囲まれている巨大な大陸だ。この世界を探索しつくした者などいるとは思えないが、ここにも海を渡れば他の大陸などがあるのだろうか。
「私たち真祖の吸血鬼は昼夜ともに寝る必要がありません。眠るのは大きく力を消耗した時だけ。だから求めるんです。一緒に夜を過ごしてくれる人を。夜になると一緒に星空を眺めたりして過ごします。そのためか吸血鬼の一族は星に詳しいと言われています」
座る彼女の傍に寄り添って、続きを待つ。
「お姉ちゃんは月が好きな人でした。凄く綺麗な人で優しくて、強くて頭が良くて、蒼月の姫君と呼ばれる自慢の姉でした。私たちはよく一緒に星空を眺めて過ごしていました」
人間の数十倍の長き寿命を持つ彼女らの愛情は苛烈だ。彼女らにとっての禁忌は愛するものを奪うこと、奪われること。その恨みや憎しみは深く決して失われることがないという。吸血鬼の伴侶を殺すような真似をすれば延々と地の果てまで追われ続けることになる。
「それだけで幸せだった。とても」
レイチェルはぽつりぽつりと語り続ける。
「一人で過ごす夜は寂しいです。主様。一人は辛いんです」
自分の身体を腕で抱くようにして震えていた。
「でも月を見ていると安心します。寂しさが紛れるんです」
彼女を安心させようと頭を撫でると、くすぐったそうに笑いながらも無防備に身を預けてきた。
「レイチェル。言ったはずだ。周りを見ろと。お前は一人じゃない。だが憎しみのままに剣を振り回せば周りから人はいなくなる。当たり前のことだ」
他人を信用せず、他人を愛さず、他人を慮ることなく、感情という剣を振りかざすような人間は孤独になる。信用されず、愛されず、尊重されることはない。何も与えない人間が何かを与えられるほど甘い世界ではない。
だから俺達は裏切りに怯えながらも、他者とともに生きなければならないのだ。
「しばらくしたら戻るぞ。それまで何か話したいことでも話せ。普段みたいにな。今ならいくらでも聞いてやる」
「主様は昔から、こういう時は優しいんですね」
くすりと笑った。
「ただ、少しお変わりになりました」
「そうか?」
俺は動揺を打ち消して、平然と返す。
「以前は常にずっと遠くを見ておられるようでした。何があろうと前へと進み続けた。それでもほんの時々振り返って私を見てくれる。それだけで良かったのに。どうしてこんなにも……」
噛みしめるような言葉をつむぐ。
「主様。もう、どこにも行かないでください。私を一人にしないでください」
レイチェルは捨てられた子供のような目をしていた。ふと過去の記憶がよぎった。大切なものを唐突に失ってしまった時のことを。それがどれほどの痛みをもたらすか俺はよく知っていた。
その日には結局、敵が姿を現すことはなかった。俺の結界に気づいたのか、それとも初めから力の消耗を狙っていたのか。狡猾にして残酷、この手口はまさしくニースのやり口に他ならなかった。後手に回り続けている。
だがとうとう一つの朗報がもたらされた。
「被害者の首の骨付近から小さな鉄の破片が見つかりました。おそらく凶器の一部です」
「そうか。よくやった」
俺は勤めて落ち着いた口調で彼らを労った。そして小さな破片に向かって魔術を行使する。
「時間支配」
破片がふらふらと独りでに持ちあがり、宙を舞った。ある方向に引かれて飛んでいく。そこで魔術を解くとポトリと地面に落ちた。
「いけるな」
魔術は思った通りの挙動をしてくれた。
時間を戻し続ければ欠片は元に戻ろうと本体である凶器を持つ敵の場所まで案内してくれる。だがこれも秘術だ。丸1日以上時間を巻き戻すことを考えると敵と接敵するまで力を消耗し続けることになる。身体を休めたいところだが、そうするとまた犠牲者が出る。
レイチェルの仕業であることは考えていなかったが、やはり刃物が凶器であることから人間の仕業だろう。最も可能性として高いのはニース・ラディットだ。
ニースは甘い男ではない、隠れ家には幾多もの罠が張り巡らせていることだろう。またも狙撃される危険性もあった。さすがに強力な魔術を使っている最中には俺の索敵能力も著しく落ちる。
となれば他に仲間を連れていくしかあるまい。相手は英雄に数えられる男だ、まともに戦ってもかなりの戦力を有している。抜かりなく準備せねばならない。
「なんとしても今日、仕留めるぞ」
アステールにセレーネ、亜人たちの中でも戦力になりものを見繕い同行者として選ぶ。
これ以上は人を傷つけ、その心を弄ぶような真似を許してはおけなかった。俺はアステールたちをともなって、導かれるままに敵のもとへと向かっていった。
「は、はい。どうぞ」
来るのが分かっていたかのようだった。レイチェルの声は緊張で強張っていた。部屋を覗き込めば、彼女はベッドで毛布を被り、全身を震わせていた。
「大丈夫か?」
声をかけると彼女はベッドから這い出て、その場で跪いて頭を下げた。
「申し訳ありません。どうかお許しください。主様」
涙ながらに必死に懇願する。世界の終わりかのような悲痛な表情だ。
「お願いです。私を見捨てないでください」
「顔をあげろ」
手を差し出して立たせてやって、ベッドに座らせた。それでも不安そうな表情で俺を見つめていた。
「最も大切なものを穢された、それで怒るのは当然だ。お前は間違ってはいない」
「しかし、お怪我を」
「すぐ治る。気にするな」
闇魔法には治癒を阻害する力が込められている。しかし聖属性が得意なイリナ姫に払ってもらったため言葉通りすぐに治るだろう。
「俺は絶対にお前を裏切ることはしない。だから俺にだけは嘘をつくな」
「は、はい」
「ウィルといたのは嘘なんだろ?」
出かけたあとにウィルと合流したと考えにくい。予想通りレイチェルはこくりと頷いた。
「そして部屋にもいなかった」
「少し、外に出たくて。散歩を」
ばつが悪そうに視線をそらして言う。
「でもそれだけです。他のことはしていません。私は主様に逆らうことはしません」
「分かった。信じよう」
頭を撫でてやると、レイチェルは安堵して胸をなでおろした。
あまりにも過剰な恐怖感を覚えている。その理由は明白だ、俺だけしか信じられないからこそ、俺に見捨てられることをここまで恐怖するのだ。それは依存に近かった。
だからこそきっと、他にも信じられるものがあれば彼女の救いになってくれることだろう。
レイチェルもそうだが住民たちにも動揺が大きくなっていっている。急ぎ隠れている敵をあぶり出さなければならない。今夜こそはそのための明確な作戦があった。
「都市全体に結界を張る。時空間魔術で今夜この都市の時間を記録する」
光系統の魔術により映像を残す端末などはあるが、それとはまったく別の原理の時空間術式だ。そして夜中の映像を残す。この方法ならば間違いなく犯人を特定できる。もちろん魔術を感知される可能性もあるが、それはそれで次なる犯行への抑止力になる。
「しかし、そうすると」
アステールが心配そうに俺に目線を送る。
「ああ。かなり力を消耗することになる。敵が出た場合はお前たちに対応してもらうかもしれない」
「そういうことならばお任せください」
『ええ。この騒ぎも今日終わらせてみせます』
魔術を行使すると、都市の全貌がそのままミニチュア模型のように薄い光で形作られた。人の動きなど、リアルタイムで外の光景がそのまま流れている。
そしてまたしても見張りで潰される夜が始まった。俺はともかく他の者には昼間に仮眠を取らせているがいずれ終わるともしれない作業は精神的、体力的な消耗も計り知れない。
結局俺が魔術によってどの程度疲弊するかは終わるまでは分からず、肝心な時に動けない可能性を考慮したら仲間に頼る以外はないだろう。
近距離ならば念話というテレパシーがある、だが大量に飛び交う念話は敵にもキャッチされやすい。そこで見張りにはエルフが1人ずつ傍についていた。いざという時は彼らの笛で内密に連絡を取り合う。俺にはセレーネがついている。俺たちは市長室で椅子に座り、じっとミニチュアを眺めていた。
「なんとか今日、見つかるといいのですが」
「そうだな」
会話にリソースを裂くほど気が回らず、ぼんやりして返すと、それきり沈黙が流れた。だが気にもならずに、ただただ待ち続ける。それから1時間ほど経過した時だろうか。
「今日は少し暑いですね」
というセレーネの言葉に引っかかりを覚えた。彼女は先ほどからもう何度か同じような言葉をくり返していた。彼女に目を向ければ、セレーネは気まずそうにパッと視線を足元に落とした。そして曖昧に言葉を発する。どうやら今まで必死に話題を探していたようだった。
「緊張してるのか?」
「い、いえ。その」
セレーネは言葉を濁した。
俺も配慮が足りなかった。セレーネの性格からすれば妙に気負ってしまうのは分かり切っていたのだから。セレーネはぼそぼそと言い訳染みたこと口にする。
「ただ主様と二人きりになるのは初めてのことなので、力が入ってると言いますか」
「いつものままでいい。前も言ったが最初に会った時と同じでもいい」
「主様。どうかそれはもうお忘れください」
冗談を飛ばすとセレーネも気がほぐれたのか、しばらく穏やかな会話が続いた。心なしか時はゆっくりと刻み、やがて夜がふけていった。
事態が動いたのはレイチェルの部屋の窓が開いたのが確認できてからだ。彼女はまたしても出かけるようだった。
「どうしますか。主様」
「あとをつけるぞ」
今度は迷わずあとをつけることを選択した。レイチェルは道に悩むそぶりもなく目的地があるように真っすぐに進む。やがてたどり着いたのは時計塔だった。レイチェルが建物に入り階段を登っていくのを見届けて、俺は時計塔の壁を背にして立ち止まり、魔術を使う。ミニチュア模型と接続して時計塔の内部のビジョンが頭の中に流れた。
レイチェルは時計塔の屋上で、ぺたりと座り込んだままじっとしていた。そのままぼうと夜空を見上げて歌を口ずさんでいた。子守唄だろうか、優し気な音色だった。
「セレーネ。ここで待っていてくれ」
「承知しました」
俺も階段を上り始めた。足音が聞こえていたのだろう。上階に到着し、俺が顔を見せるとすぐレイチェルは歌うのをやめて目を合わせた。
「疑われておられたのですか?」
意外にもそれは穏やかな声だった。
「いいや。お前を信じていた。だからあとをつけた」
悪気はなかった。もはや彼女ではないという確信があったからだ。思えば昨日の時点でそうするべきだった。そうすれば俺が説得力のある言葉でレイチェルを庇ってやれた。
「もしお前が俺の命令に逆らい、俺に嘘をついていたというのなら。俺がその責任を取らせなければいけなかったからな。その点レイチェルは安心だ。お前が俺を裏切ることはない」
「もったいないお言葉です」
レイチェルは静かに空を見上げた。
「ここは落ち着きます。月が近い場所は。……主様は知っていましたか。この世界には本国と同じ星座が見えるんです」
「そうなのか」
同じ星座とは面白いものだ。確かに遠い言い伝えでは、監獄世界とは古き神々の力によってアレーテイアの世界を模して作られたものだという。
俺たちが監獄世界と呼ぶこの場所は四方を海に囲まれている巨大な大陸だ。この世界を探索しつくした者などいるとは思えないが、ここにも海を渡れば他の大陸などがあるのだろうか。
「私たち真祖の吸血鬼は昼夜ともに寝る必要がありません。眠るのは大きく力を消耗した時だけ。だから求めるんです。一緒に夜を過ごしてくれる人を。夜になると一緒に星空を眺めたりして過ごします。そのためか吸血鬼の一族は星に詳しいと言われています」
座る彼女の傍に寄り添って、続きを待つ。
「お姉ちゃんは月が好きな人でした。凄く綺麗な人で優しくて、強くて頭が良くて、蒼月の姫君と呼ばれる自慢の姉でした。私たちはよく一緒に星空を眺めて過ごしていました」
人間の数十倍の長き寿命を持つ彼女らの愛情は苛烈だ。彼女らにとっての禁忌は愛するものを奪うこと、奪われること。その恨みや憎しみは深く決して失われることがないという。吸血鬼の伴侶を殺すような真似をすれば延々と地の果てまで追われ続けることになる。
「それだけで幸せだった。とても」
レイチェルはぽつりぽつりと語り続ける。
「一人で過ごす夜は寂しいです。主様。一人は辛いんです」
自分の身体を腕で抱くようにして震えていた。
「でも月を見ていると安心します。寂しさが紛れるんです」
彼女を安心させようと頭を撫でると、くすぐったそうに笑いながらも無防備に身を預けてきた。
「レイチェル。言ったはずだ。周りを見ろと。お前は一人じゃない。だが憎しみのままに剣を振り回せば周りから人はいなくなる。当たり前のことだ」
他人を信用せず、他人を愛さず、他人を慮ることなく、感情という剣を振りかざすような人間は孤独になる。信用されず、愛されず、尊重されることはない。何も与えない人間が何かを与えられるほど甘い世界ではない。
だから俺達は裏切りに怯えながらも、他者とともに生きなければならないのだ。
「しばらくしたら戻るぞ。それまで何か話したいことでも話せ。普段みたいにな。今ならいくらでも聞いてやる」
「主様は昔から、こういう時は優しいんですね」
くすりと笑った。
「ただ、少しお変わりになりました」
「そうか?」
俺は動揺を打ち消して、平然と返す。
「以前は常にずっと遠くを見ておられるようでした。何があろうと前へと進み続けた。それでもほんの時々振り返って私を見てくれる。それだけで良かったのに。どうしてこんなにも……」
噛みしめるような言葉をつむぐ。
「主様。もう、どこにも行かないでください。私を一人にしないでください」
レイチェルは捨てられた子供のような目をしていた。ふと過去の記憶がよぎった。大切なものを唐突に失ってしまった時のことを。それがどれほどの痛みをもたらすか俺はよく知っていた。
その日には結局、敵が姿を現すことはなかった。俺の結界に気づいたのか、それとも初めから力の消耗を狙っていたのか。狡猾にして残酷、この手口はまさしくニースのやり口に他ならなかった。後手に回り続けている。
だがとうとう一つの朗報がもたらされた。
「被害者の首の骨付近から小さな鉄の破片が見つかりました。おそらく凶器の一部です」
「そうか。よくやった」
俺は勤めて落ち着いた口調で彼らを労った。そして小さな破片に向かって魔術を行使する。
「時間支配」
破片がふらふらと独りでに持ちあがり、宙を舞った。ある方向に引かれて飛んでいく。そこで魔術を解くとポトリと地面に落ちた。
「いけるな」
魔術は思った通りの挙動をしてくれた。
時間を戻し続ければ欠片は元に戻ろうと本体である凶器を持つ敵の場所まで案内してくれる。だがこれも秘術だ。丸1日以上時間を巻き戻すことを考えると敵と接敵するまで力を消耗し続けることになる。身体を休めたいところだが、そうするとまた犠牲者が出る。
レイチェルの仕業であることは考えていなかったが、やはり刃物が凶器であることから人間の仕業だろう。最も可能性として高いのはニース・ラディットだ。
ニースは甘い男ではない、隠れ家には幾多もの罠が張り巡らせていることだろう。またも狙撃される危険性もあった。さすがに強力な魔術を使っている最中には俺の索敵能力も著しく落ちる。
となれば他に仲間を連れていくしかあるまい。相手は英雄に数えられる男だ、まともに戦ってもかなりの戦力を有している。抜かりなく準備せねばならない。
「なんとしても今日、仕留めるぞ」
アステールにセレーネ、亜人たちの中でも戦力になりものを見繕い同行者として選ぶ。
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