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82話 監獄都市
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レギルは所長室の窓から外を眺めていた、高い場所にある建物からは景色がよく見えた。下のほうには人が群れをなして労働している。その中で悠々と椅子に座っていることができる身分、それが英雄というものだ。
ただ椅子に座っているレギルの内心は穏やかではなかった。彼はただ待ち続けていた。自らを窮地から救いだす吉報を待っていたのだ。しかしそれはいつまで経っても訪れなかった。
約束の期日になってもニースからの連絡はない、それどころか完全に途絶えていた。もはや残虐王との会談までほんのわずかな猶予しかなかった。明日にまで迫っている。ここに至ってレギルはとうとう本国への通信を試みた。
何度か電話を取り次ぎ、たどり着いた相手はパラディソスの宰相の位にある男だ。
「イリナ姫が残虐王に捕らわれ。その解放条件として監獄都市の亜人の全開放を」
苦し気に口にする。宰相は機械的な冷淡な声で即座に答えを返した。
『イリナ姫の開放を優先せよ。これは最優先事項である。彼女はパラディソスの第一王女だ。条件を飲み亜人を解放せよ』
他の者と合議する必要もないほど、それは重要事項だということだ。
「しかしもし万が一、残虐王が裏切った場合は。亜人を解放しても姫を解放しなかったら」
『こちらが要求通りに相応の対価を払えば残虐王は必ず姫を返す。手元に置いても持て余すだけだからな。彼にはイリナ姫を殺すことができない理由がある。絶対にな』
「……それはいったい?」
『君の知る必要のないことだ』
ある程度の秘密を知り得る立場にあるレギルでさえ、イリナ姫がなぜ特別なのかは知らないことだった。考え込むレギルの耳に宰相の次なる言葉が届いた。
『君には失望したよ。その椅子は君には少し荷が重かったのかもな』
ぶつん──唐突に通信は終わった。無情な機械音が聞こえるのみであった。
「ふざけるなよ!」
だんと机を力任せに叩く。
──何が失望だ。血筋ばかりで無能なやつらが上からものを言いやがって。俺を誰だと思ってる、残虐王を倒した英雄だぞ。
だがそのレギルとて世界から見ればまだ駒の一つでしか過ぎない。だからこそ従順に従いながらも機を待ち続け、邁進し続け、積み上げ続けてきたのだ。それがこんなところで。
このままではレギルの野望が潰えてしまう。
「まだだ」
そんなことを決して認めるわけにはいかなかった。
『お前はシルセス家の人間だ。常に一番であれ』
一番でなければならない。常にトップを突き進み、栄光をつかみ取らなければ。
「まだチャンスはある」
最終的にはイリナ姫が重要なのだ。上層部のあの慌てようからしてイリナ姫はやはり重要な位置に居る存在だ。彼女を落すためにもはや手段など選んでいられなかった。ニースが提案したようなことをしてでも。
そして晴れてイリナを手に入れたあとはあの上層部の人間たち──エル・デ・ラントに冤罪を着せた秘密組織『賢人会議』も目障りな存在だった。今は大人しく従っているが彼らがいては自らの天下はいつまで経っても訪れない。いずれは始末しなければならないという思いがあった。
レギルは目的のためには使えるものは何でも使う、そして邪魔なものはすべて排除する。そういう人間だった。
◇◇◇◇◇◇
薄暗い地下牢はただわずかな松明の明かりによって照らされていた。火に揺られて影がざわざわとうごめく。少しひんやりとした室内には湿気が多く石壁が苔むしていた。
その場にいるのは4人の男女だ。2人は手かせと足かせによって拘束されている男で、その他の2人は看守の制服を着ている男女だった。そのうちの1人は看守長、黒い制帽と同じ漆黒の軍服をまとう。飾り気は一切なく、唯一胸にある階級章が光り輝いていた。淡い栗色のしなやかな髪はショートカットでアメジストのような瞳は酷く冷たい色をしている。
「英雄が負けた」
看守長はぽつりと呟いた。署長であるレギルが亜人の開放に向け動いていることで、もはやそれは歴然たる事実として突きつけられていた。
「残虐王とは、やはりそれ程の存在か」
──なんたる巨悪か、そんなやからが野に放たれている現状に虫唾が走った。昂った精神を嗜虐性に変えて発散する。天井から下がる鎖に繋げられた男たちに向かって鞭を振るった。肉を打つ鋭い音と悲鳴がこだまする。囚人である彼らは3日間ろくな食事も睡眠も与えられず拷問じみた暴力を浴びていた。限界寸前だろう。
「看守長! それ以上は死んでしまいます!」
非難するように言ったのは新任で入った真面目すぎる男だった。看守長の趣味に口を出すのは今ではこの男ぐらいなものだった。
「これは教育だ。彼らには必要な教育なんだ。誰が主で、自分が何の価値もない塵だってことを教え込ませるんだ。一度真っ新にして、それではじめて人間に戻れる」
いっそう強く鞭を振るうと、またも絶叫が響き、壁にまで血しぶきと肉片が飛び散った。
「くくく」
どんな仕事も顔色一つ変えずに淡々とこなし、氷の看守長と呼ばれる彼女が感情を高ぶらせるところを見るのは人を痛めつけている時ばかりだった。
「お前らがなぜここにいるか分かるか」
男たちが答えずにいると看守長は言った。
「去年の最悪の犯罪者だ。お前は強盗に殺人、お前は少女の連続誘拐、人身売買。まったく下劣極まりないな」
一息ついた看守長はパイプ椅子に腰かけて足を組んだ。
「こいつらの拘束を外せ」
「しかし規則ではそういったことは」
「今ここでは私が規則だ。早くしろ」
男の看守が拘束を恐る恐る外す中で、看守長はただ静かにそれを眺めている。事態が理解できていない囚人たちは、いったいどういうことだと困惑して顔を見合わせる。
「塵ども。命乞いしてみろ」
看守長は乱れた髪を整えて帽子を被り直すと冷徹に告げた。
「そうしたら懲罰房から出してやろう。ただし一名だけだ。言っている意味は分かるな? もしおかしなことを考えたならば……」
見せつけるように剣をわずかに抜いた。刀身が鈍い輝きを放っている。それを使う機会が訪れることを望んでいるようでもあった。
「こ、こんな拷問は許されない! 本国に戻ったら訴えるぞ」
「馬鹿気たことを。この世界での犯罪者の処遇は我々に一任されている。お前らは人ではないのだ。塵の妄言など誰が取り合うと思う」
あまりの横暴に囚人たちは完全に怖気づいていた。
「お、おい。協力してこいつを人質にするんだ!」
「ああ。そうだな」
一人の囚人が一縷の希望を求めて提案し、もう一人もそれに賛同した。一緒に協力すると、そうやって見せかけることで隙を作り出した。次の瞬間には背後から強烈な一撃をお見舞いした。無警戒に攻撃を受けた男は地面に転がった。
「な、なんでだ」
「黙れ! 俺のために死ね!」
さらに馬乗りになって殴打を連打する。裏切られた哀れな男の顔面がすっかり腫れ上がるまでそれは続いた。もう抵抗する力もつきたところで、拳を止めて看守長の前に跪いた。
「助けてください」
「ならば誓え。私のものになると」
「ち、誓います」
「お前の命は私のものだ」
「は、はい。その通りです」
言われた通りに服従を続ける。
「よし。いいだろう。お前をここから出そう」
楽しくて仕方ないといった表情で看守長は愉快気に笑う。そして部下である男性看守に問いかけた。
「なぜという顔だな」
「は?」
「私のやり方が気に食わないのだろう。言いたいことは好きに言えばいい」
彼は躊躇いながらも答えた。
「いくら卑劣な犯罪者相手とはいえこれはやり過ぎです。罪を裁くのは我々ではありません。彼らは法に従ってここに罪を償いに来ているのですから」
「罪を償うだって。馬鹿馬鹿しい。これだけの罪を犯して牢獄に入れられて暮し、ここにいるこいつは今何をした。自分が助かればそれでいい、だ。こいつらの頭にあるのは自分のことだけじゃあないか。アレーテイアでの過ちから何も学ばず、何も変わってはいない、自分のために他のものを傷つける屑だ。そんな人間が更生するか? はたして生きる価値があるか?」
あまりの剣幕に男性看守はたじろいだ。
「だからこそ悪には徹底的な教育が必要なのだ」
殺気すら混じる視線を跪いている囚人に向けた。
「さてと塵。お前の命を貰う」
囚人の男は絶望的な顔をした。
「なぜ……」
「今誓っただろう。私に全てを捧げると。己の意思で。ならば殺したところで私の自由だ」
「ここから出すはずじゃ」
「もちろん約束は守る。出してやるとも。死んだあとだがな」
「ふ、ふざけるなこのガキ!」
看守長は囚人の男の首を掴み持ち上げた。対格差を覆す膂力だった。
「誓いはなった」
耳をつんざく絶叫が響き渡る。看守長の掴んだ首から男の生気が失われ、干からびて老人のようにやせ細っていく。そして最後の一滴までも失った男は息絶えていた。
「俺も殺されるのか」
残りの囚人、顔中血まみれの男が諦観まじりに言う。
「いいや。殺さない。お前は同胞を傷つけるより敵を倒すことを選んだ。いい心がけだ」
看守長は「彼を治療してやれ」と職員に連絡を入れた。
「だが矛先を間違えたままでは駄目だ。よく考えろ、誰のせいでこんな目にあっているのか。本当に私のせいか?」
「お、俺自身の行いのせいだ」
「そうだ、よく気が付いた。ならばなぜ私があの男を殺したか分かるか」
「自分のことしか考えない屑だったから」
「そうだ。その通りだ。お前は自らを正当化して我々を憎んでいる。だが違う。敵を学べ。敵はお前自身の中にいる。そして世界中にいる。それは罪をなす塵どもだ。以前のお前と同じように」
「……」
「私はそれを気づいてもらうためにこんな真似をしなければいけなかったのだ。酷い目にあわせてすまなかった。だが私はお前の味方だ。これから励め。お前ならば生まれ変われる。お前はこんな場所でも人間性を失わなかったのだから」
予想外に優しい言葉と、治療。そして暖かな食べ物が与えられた。男は涙を流していた。その瞳にすでに看守長にたてつく意思はなかった。
──ザザッ。ノイズが響く。無線での連絡だった。
『看守長。レギル様がお呼びです』
看守長はすぐさま立ち上がった。
「戻るぞ」
看守長たちは囚人を他の職員に任せて地下牢から出て行った。道すがら部下の看守は呟く。
「あれが更生ですか……。極限状態でのすり込み。むしろ洗脳では」
「どっちも同じだ。やつら罪人相手ではな」
「かわりの手袋を寄越せ」と看守長は嫌悪感をあらわにして血で汚れた手袋を部下に投げ渡した。
ただ椅子に座っているレギルの内心は穏やかではなかった。彼はただ待ち続けていた。自らを窮地から救いだす吉報を待っていたのだ。しかしそれはいつまで経っても訪れなかった。
約束の期日になってもニースからの連絡はない、それどころか完全に途絶えていた。もはや残虐王との会談までほんのわずかな猶予しかなかった。明日にまで迫っている。ここに至ってレギルはとうとう本国への通信を試みた。
何度か電話を取り次ぎ、たどり着いた相手はパラディソスの宰相の位にある男だ。
「イリナ姫が残虐王に捕らわれ。その解放条件として監獄都市の亜人の全開放を」
苦し気に口にする。宰相は機械的な冷淡な声で即座に答えを返した。
『イリナ姫の開放を優先せよ。これは最優先事項である。彼女はパラディソスの第一王女だ。条件を飲み亜人を解放せよ』
他の者と合議する必要もないほど、それは重要事項だということだ。
「しかしもし万が一、残虐王が裏切った場合は。亜人を解放しても姫を解放しなかったら」
『こちらが要求通りに相応の対価を払えば残虐王は必ず姫を返す。手元に置いても持て余すだけだからな。彼にはイリナ姫を殺すことができない理由がある。絶対にな』
「……それはいったい?」
『君の知る必要のないことだ』
ある程度の秘密を知り得る立場にあるレギルでさえ、イリナ姫がなぜ特別なのかは知らないことだった。考え込むレギルの耳に宰相の次なる言葉が届いた。
『君には失望したよ。その椅子は君には少し荷が重かったのかもな』
ぶつん──唐突に通信は終わった。無情な機械音が聞こえるのみであった。
「ふざけるなよ!」
だんと机を力任せに叩く。
──何が失望だ。血筋ばかりで無能なやつらが上からものを言いやがって。俺を誰だと思ってる、残虐王を倒した英雄だぞ。
だがそのレギルとて世界から見ればまだ駒の一つでしか過ぎない。だからこそ従順に従いながらも機を待ち続け、邁進し続け、積み上げ続けてきたのだ。それがこんなところで。
このままではレギルの野望が潰えてしまう。
「まだだ」
そんなことを決して認めるわけにはいかなかった。
『お前はシルセス家の人間だ。常に一番であれ』
一番でなければならない。常にトップを突き進み、栄光をつかみ取らなければ。
「まだチャンスはある」
最終的にはイリナ姫が重要なのだ。上層部のあの慌てようからしてイリナ姫はやはり重要な位置に居る存在だ。彼女を落すためにもはや手段など選んでいられなかった。ニースが提案したようなことをしてでも。
そして晴れてイリナを手に入れたあとはあの上層部の人間たち──エル・デ・ラントに冤罪を着せた秘密組織『賢人会議』も目障りな存在だった。今は大人しく従っているが彼らがいては自らの天下はいつまで経っても訪れない。いずれは始末しなければならないという思いがあった。
レギルは目的のためには使えるものは何でも使う、そして邪魔なものはすべて排除する。そういう人間だった。
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その場にいるのは4人の男女だ。2人は手かせと足かせによって拘束されている男で、その他の2人は看守の制服を着ている男女だった。そのうちの1人は看守長、黒い制帽と同じ漆黒の軍服をまとう。飾り気は一切なく、唯一胸にある階級章が光り輝いていた。淡い栗色のしなやかな髪はショートカットでアメジストのような瞳は酷く冷たい色をしている。
「英雄が負けた」
看守長はぽつりと呟いた。署長であるレギルが亜人の開放に向け動いていることで、もはやそれは歴然たる事実として突きつけられていた。
「残虐王とは、やはりそれ程の存在か」
──なんたる巨悪か、そんなやからが野に放たれている現状に虫唾が走った。昂った精神を嗜虐性に変えて発散する。天井から下がる鎖に繋げられた男たちに向かって鞭を振るった。肉を打つ鋭い音と悲鳴がこだまする。囚人である彼らは3日間ろくな食事も睡眠も与えられず拷問じみた暴力を浴びていた。限界寸前だろう。
「看守長! それ以上は死んでしまいます!」
非難するように言ったのは新任で入った真面目すぎる男だった。看守長の趣味に口を出すのは今ではこの男ぐらいなものだった。
「これは教育だ。彼らには必要な教育なんだ。誰が主で、自分が何の価値もない塵だってことを教え込ませるんだ。一度真っ新にして、それではじめて人間に戻れる」
いっそう強く鞭を振るうと、またも絶叫が響き、壁にまで血しぶきと肉片が飛び散った。
「くくく」
どんな仕事も顔色一つ変えずに淡々とこなし、氷の看守長と呼ばれる彼女が感情を高ぶらせるところを見るのは人を痛めつけている時ばかりだった。
「お前らがなぜここにいるか分かるか」
男たちが答えずにいると看守長は言った。
「去年の最悪の犯罪者だ。お前は強盗に殺人、お前は少女の連続誘拐、人身売買。まったく下劣極まりないな」
一息ついた看守長はパイプ椅子に腰かけて足を組んだ。
「こいつらの拘束を外せ」
「しかし規則ではそういったことは」
「今ここでは私が規則だ。早くしろ」
男の看守が拘束を恐る恐る外す中で、看守長はただ静かにそれを眺めている。事態が理解できていない囚人たちは、いったいどういうことだと困惑して顔を見合わせる。
「塵ども。命乞いしてみろ」
看守長は乱れた髪を整えて帽子を被り直すと冷徹に告げた。
「そうしたら懲罰房から出してやろう。ただし一名だけだ。言っている意味は分かるな? もしおかしなことを考えたならば……」
見せつけるように剣をわずかに抜いた。刀身が鈍い輝きを放っている。それを使う機会が訪れることを望んでいるようでもあった。
「こ、こんな拷問は許されない! 本国に戻ったら訴えるぞ」
「馬鹿気たことを。この世界での犯罪者の処遇は我々に一任されている。お前らは人ではないのだ。塵の妄言など誰が取り合うと思う」
あまりの横暴に囚人たちは完全に怖気づいていた。
「お、おい。協力してこいつを人質にするんだ!」
「ああ。そうだな」
一人の囚人が一縷の希望を求めて提案し、もう一人もそれに賛同した。一緒に協力すると、そうやって見せかけることで隙を作り出した。次の瞬間には背後から強烈な一撃をお見舞いした。無警戒に攻撃を受けた男は地面に転がった。
「な、なんでだ」
「黙れ! 俺のために死ね!」
さらに馬乗りになって殴打を連打する。裏切られた哀れな男の顔面がすっかり腫れ上がるまでそれは続いた。もう抵抗する力もつきたところで、拳を止めて看守長の前に跪いた。
「助けてください」
「ならば誓え。私のものになると」
「ち、誓います」
「お前の命は私のものだ」
「は、はい。その通りです」
言われた通りに服従を続ける。
「よし。いいだろう。お前をここから出そう」
楽しくて仕方ないといった表情で看守長は愉快気に笑う。そして部下である男性看守に問いかけた。
「なぜという顔だな」
「は?」
「私のやり方が気に食わないのだろう。言いたいことは好きに言えばいい」
彼は躊躇いながらも答えた。
「いくら卑劣な犯罪者相手とはいえこれはやり過ぎです。罪を裁くのは我々ではありません。彼らは法に従ってここに罪を償いに来ているのですから」
「罪を償うだって。馬鹿馬鹿しい。これだけの罪を犯して牢獄に入れられて暮し、ここにいるこいつは今何をした。自分が助かればそれでいい、だ。こいつらの頭にあるのは自分のことだけじゃあないか。アレーテイアでの過ちから何も学ばず、何も変わってはいない、自分のために他のものを傷つける屑だ。そんな人間が更生するか? はたして生きる価値があるか?」
あまりの剣幕に男性看守はたじろいだ。
「だからこそ悪には徹底的な教育が必要なのだ」
殺気すら混じる視線を跪いている囚人に向けた。
「さてと塵。お前の命を貰う」
囚人の男は絶望的な顔をした。
「なぜ……」
「今誓っただろう。私に全てを捧げると。己の意思で。ならば殺したところで私の自由だ」
「ここから出すはずじゃ」
「もちろん約束は守る。出してやるとも。死んだあとだがな」
「ふ、ふざけるなこのガキ!」
看守長は囚人の男の首を掴み持ち上げた。対格差を覆す膂力だった。
「誓いはなった」
耳をつんざく絶叫が響き渡る。看守長の掴んだ首から男の生気が失われ、干からびて老人のようにやせ細っていく。そして最後の一滴までも失った男は息絶えていた。
「俺も殺されるのか」
残りの囚人、顔中血まみれの男が諦観まじりに言う。
「いいや。殺さない。お前は同胞を傷つけるより敵を倒すことを選んだ。いい心がけだ」
看守長は「彼を治療してやれ」と職員に連絡を入れた。
「だが矛先を間違えたままでは駄目だ。よく考えろ、誰のせいでこんな目にあっているのか。本当に私のせいか?」
「お、俺自身の行いのせいだ」
「そうだ、よく気が付いた。ならばなぜ私があの男を殺したか分かるか」
「自分のことしか考えない屑だったから」
「そうだ。その通りだ。お前は自らを正当化して我々を憎んでいる。だが違う。敵を学べ。敵はお前自身の中にいる。そして世界中にいる。それは罪をなす塵どもだ。以前のお前と同じように」
「……」
「私はそれを気づいてもらうためにこんな真似をしなければいけなかったのだ。酷い目にあわせてすまなかった。だが私はお前の味方だ。これから励め。お前ならば生まれ変われる。お前はこんな場所でも人間性を失わなかったのだから」
予想外に優しい言葉と、治療。そして暖かな食べ物が与えられた。男は涙を流していた。その瞳にすでに看守長にたてつく意思はなかった。
──ザザッ。ノイズが響く。無線での連絡だった。
『看守長。レギル様がお呼びです』
看守長はすぐさま立ち上がった。
「戻るぞ」
看守長たちは囚人を他の職員に任せて地下牢から出て行った。道すがら部下の看守は呟く。
「あれが更生ですか……。極限状態でのすり込み。むしろ洗脳では」
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