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105話 お祭り
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暗殺者の脅威もなくなり、久しぶりにみなが活気を宿し屈託なく笑い合っていた。都市は祭りの様相を呈してきた。今日は祭事の当日である、朝からいつになく賑やかだった。
メインの催し以外は好きにさせているため、最後の準備に多くのものが駆けずり回っているのだ。投票で優勝した催しには褒賞を与えると明言したせいでやや過熱してきていた。
当初の目的であったあぶり出しというのは意味がなくなってしまったが、娯楽を作るという意味でも重要なことだ。予定通り開催となった。
「もう危険はないと考えていいですね」
「ああ。保障する」
秘書のメリッサの問いに椅子に拘束されているベインが答えた。罪人たちのリーダーとして尋問していたのだ。彼らの処遇はもうだいたい決まっている。ここに置いておいても持て余すだけだ、赤の魔帝のとこりにでも送ってしまえばいい。
「ところでリリーはどうなった。まさか殺したのか」
「監獄都市に帰った。自分の意思でな」
答えると彼の張りつめた表情もいくぶんか和らいだ。
「なあ聞いてくれよ。俺たちは脅されてたんだ。あんたを殺さないと死ぬって。このまま捕まえられてたら死んじまう。こんなのあんまりだ」
わざとらしく「う、ううう」と嗚咽を漏らし始めた。
「助けてくれ」
「分かった。働きに応じて考えてもいい」
「本当か!」
分かっていたが演技だったようだ。すぐに食いついてきた。
「ザルドに面倒みさせるから、言うことをちゃんと聞いていろよ」
「もちろんだとも」
開放するだけなら俺にまったく損はない。命を狙われたとはいえ、そんなことは日常茶飯事のことだ。時と場合が変われば昨日の敵と協力し合うこともある。戦場とはそういうものだった。
「それにしてもどういうことだったんだ。あんた都市長だったのか。なのに何でレストの傭兵の証を」
「俺はレストの傭兵だけど、旦那は違う」
ことのあらましをザルドが話していく。
「ほほう。そうだったのか。いやあ、見事な手際だった。御見それした」
「おべっかは結構だ」
この男たちを開放して、今度は逆スパイとして利用する手もある。今はレゾットに大きな負担を強いることになっているため、新たに送るのも手なのだが。結論は急がなくてもいい、今はまだ保留だ。
これで話は終わりだと、ザルドたちを下がらせる。今日の仕事はもう終わりすべく手早く片づけをすましていく。こんな時ぐらいは早めに終わらせるべきだ。
「メリッサ。今日はもう休んでいい」
「はい。お言葉に甘えて。お菓子屋巡りでもしてみます」
「ルディスはどうする?」
「私もいろいろ見回ってみる。最近ずっとこの世界の歴史と文化を記録しているんだ。今回の祭りのことも全部書いておくつもりだよ。自由都市の歴史として。亜人も協力的だし、彼らの文化の研究もできる」
「大変そうだな」
「いやいや、面白いからやってるんだ。歴史書の編纂者として今なら誰でも名を残せる。燃えないか?」
「そうですね。面白い試みです。私の手記も役に立って良かったです」
自分のことばかり考えてきた俺とは違って、実に行動力のある二人だった。彼らがあがったところで俺も戸締りをして、町へと下りていく。あとひとつ俺には用事があった。
細くて狭い路地裏に入り、転がる鉄くずや廃材を越えて進む。しばらく歩くと汚らしい比較的建物が現れて、人がたむろしていた。来訪者を察知して警戒したが、俺が手を挙げるとすぐに警戒を解いた。中に上がり込むと、人型の機械の巨体を弄っている男がいた。埃とオイルで服がすっかり汚れていた。
「エリック。何か用か」
情報屋である彼から相談ごとがあると呼び出しがあった。
「魔導兵のブラックボックス。突破したぜ。中にはこんなもんが」
「これは」
エリックが手に持った物体を放り投げる、黒い光が軌跡を描いて飛んでくる。それを受け取るって、すぐに禍々しい力を感じた。だがどこか懐かしい力も。
「長い長い暗号を突破した先には謎の物体がありましたとさ。ここからはもう俺の専門外だ」
物体の正体は黒い水晶。ニースが使用したものと同種に近いものだ。これが魔導兵の核となるものだ。短い間にずいぶんと技術が発達したものだと思ったが、何やら裏がありそうだ。小型の動力源もそうだが、細かな命令をできるシステムなど、以前では考えられない。
「じゃ、俺も今日は楽しむとするかな」
エリックは用件はそれで終わりだと、背を向けた。
「あ、そうだ言い忘れてたが」
「どうした?」
エリックは途中で足を止めて振り返った。まだ何かあったのかと問い返す。
「ドワーフとか鬼人族の女でも紹介してくれよ。あの種族ってめちゃくちゃエロい体してるだろ。でもだいたい気難しくて不愛想で、取り付く島もなくてな」
「さっさと行け」
彼の働きは確かなものだから、それぐらいは請け負ってもいいが。もう少し時と場合を選んでもらいたいものだった。
夕方になると時計塔が重低音の鐘の音を鳴らした。とうとう祭事の始まりだ。町の中央の広場で待ちぼうけていると、夕日に染まる道を歩む少女たちを見つけた。日差しと同じ紅い色の髪を跳ねさせて、ルシャが俺のもとへと駆けてきた。遅れてラナやレイチェルも到着する。
普段はやや装いに無頓着な傾向のあるルシャとラナの二人だったが、今日はアステールや秘書のメリッサなどに玩具にされていたため、だいぶ気合いが入っている。それぞれ華やかな衣装を身に付けていた。
「マスター。マスター。どうですか。大人のレディですか」
はしゃいで、くるりとその場で一回転する。
「そうだな。ずいぶん大人びたな」
まだまだ子供だが、ちらと女性らしい面も見える。
「ありがとうございます!!!」
ルシャは満面の笑みを浮かべて飛びついてきた。やはり子供っぽいところがある。
「ラナもよく似合ってる」
「ありがとうございます」
ラナも照れくさそうに言う。目が合うと恥ずかしそうに俯いた。
「私はあまり変わってなくてすいません……」
普段から身だしなみを完璧に整えているレイチェルは髪型を変えているぐらいだった。それも時々見たことがある。なぜか申し訳なさそうにしていた。
「あ、でもいつもとリボンの色が違うんです。普段はブラックなんですけど、今はミッドナイトブルーです。お祭りだからちょっと明るい色にしたんです」
残念ながら違いが分からない。
「レイチェルはそのままが一番いい」
「え! それってもしかしてプロポーズですか!?」
「違う」
フォローするだけ無駄だった。
「それじゃあ好きに遊んでくるといい。俺はアステールと見回りをするから」
「はい」
ルシャたち三人が去ってしばらくしてアステールがやってきたので、彼女と肩を並べて散策を始める。俺たちはたいして変わった服装はしていない、動きやすさ重視だ。人混みの多い中央街もすいすいと人の波を避けて進む。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
アステールが感慨深げに言った。
あのでかい龍たちが薪を囲んでキャンプファイヤーするわけでもあるまい。なかなか奇妙な光景だ。だからもともと龍人として生きた時代に経験したのだろう。
「君は龍人として何年過ごしたんだ」
「20年だったかな」
「ずいぶんと早いんだな。みんなそんなものか」
「いいや、私は特別だ。古代龍王の血を引いていたからいろいろとあって──」
続く言葉を沸き上がった歓声が打ち消した。場所は拳闘会場からだ。獅子族が開催しているが血生臭いものではない、相手を地面に倒したら勝ちという変則ルールだ。過度な流血と殺生を禁止したため、妥協によりこの形になった。
舞台の上では獅子と牛鬼が取っ組み合い、白熱した争いになっている。俺たちも足を止めて動向を見守った。そしてやがて決着の時は訪れた。
「勝者、ライオット」
またも歓声と拍手が巻き起こる。ライオットは地面に転がっていた牛鬼族の男に手を差し伸べた。戦いが終わればノーサイドだ。互いに健闘をたたえ合う。
ライオットは舞台から降りて観戦場所に戻ってくる寸前に足を止める。彼の視線の先では獅子族の幼い子供がエルフに取り囲まれていた。まだ普通の獅子の子供とそう変わりないように見えるほどの年齢だ。
別に剣呑な雰囲気ではない。エルフの女性たちが可愛い、可愛いと、きゃあきゃあ騒いでいるのだ。彼女らはエルフの踊り子たちだ。竪琴などを抱えているものがいる。金の腕輪が動くたびに、しゃらんと控えめに音がなった。
知らない大人たちに囲まれた獅子族の子供は、
「がおー」
と周囲を取り巻く彼女らを威嚇するべく声を発する。
「可愛いー!」
「がおーだって」
「ぬいぐるみみたい」
圧倒的な熱量にライオットは困り果てて立ち尽くしていた。
「こらこら、はしたない。エルフたるもの、いかなる時でも自制心を持つのだ」
そんな彼女らをいさめたのはエルフの指導者であるセレーネだった。
「助かる」
「いや、こちらこそ身内が迷惑をかけた」
セレーネは獅子族の子供に視線を向ける。
「その子は?」
「末の弟だ。まだ言葉も喋れない」
それでも助けてくれたのは分かったのか、彼はセレーネのことをつぶらな瞳で見つめていた。セレーネは目を逸らして、こほんと咳払いした。きっと煩悩を打ち払っているのだ。
「おはよ、セレーネ」
そこに一人の女性が現れる。病的なほど青白い肌をしている彼女はセイレーンだ。セイレーンは日中でもよく眠るため、いつも挨拶はおはようなのだと聞いた。どうでもいいことだが。
「ああ。おはようリート。もう夕方だがな」
「ライオットちゃんもおっはよー」
「あ、ああ」
元気すぎる挨拶に対してライオットは少し引き気味に返した。
「やけに機嫌がいいな。どうかしたのか」
「だってさ嬉しいじゃない、こんな機会があるなんて。ドキドキするね。人間にも私たちの歌を聞いてもらえるなんて夢みたい」
「まあ、確かにあまり考えたことはなかったな」
「ね、せっかくだし決着をつけようよ。どれだけ観客を集められるか勝負。踊り子といったら私たちセイレーンなんだから。歌って踊れて可愛い、これって最強でしょ!」
指を二本立ててピースサイン、そしてパチリとウインクした。
「その前にその丸出しのお腹と足をなんとかしろ。破廉恥極まりない」
セレーネが指摘したのは露出度の高い踊り子用の衣装だ。エルフのものとは肌の見える度合いが違う。
「ふふん。そんなこと言ってると大差付けちゃうぞ」
「構わん。私たちは無駄な争いは好まないのでな」
「争いだなんて大げさなぁ。まあ、私も楽しいのが好きだけどね。だからセイレーンが優勝したら、みんなハッピーになれる褒賞を主様からもらおうと思ってるの」
「それは良いと思うが」
「週に1日だけ全員語尾にニャンとかワンってつけて過ごすのがいいかもってみんなで話しててね! どお、楽しそうじゃない!?」
「だ、断固拒否する」
「えー。それならピョンでもいいよ」
「そういうことを言っているわけではない! だいたい余計に悪くなってるだろう!」
柳に風で受け流しリートはお互いに頑張ろうね、と言い残して去っていった。
「応援する。協力できることがあったら言ってくれ」
「ああ。この勝負、決して負けるわけにはいかない」
ライオットとセレーネはそんなふうにして決意を新たにしていた。
「意外と上手くやってるのかな」
「そうだな」
どうやら仲直り計画もある程度は効果があったのかもしれない。
メインの催し以外は好きにさせているため、最後の準備に多くのものが駆けずり回っているのだ。投票で優勝した催しには褒賞を与えると明言したせいでやや過熱してきていた。
当初の目的であったあぶり出しというのは意味がなくなってしまったが、娯楽を作るという意味でも重要なことだ。予定通り開催となった。
「もう危険はないと考えていいですね」
「ああ。保障する」
秘書のメリッサの問いに椅子に拘束されているベインが答えた。罪人たちのリーダーとして尋問していたのだ。彼らの処遇はもうだいたい決まっている。ここに置いておいても持て余すだけだ、赤の魔帝のとこりにでも送ってしまえばいい。
「ところでリリーはどうなった。まさか殺したのか」
「監獄都市に帰った。自分の意思でな」
答えると彼の張りつめた表情もいくぶんか和らいだ。
「なあ聞いてくれよ。俺たちは脅されてたんだ。あんたを殺さないと死ぬって。このまま捕まえられてたら死んじまう。こんなのあんまりだ」
わざとらしく「う、ううう」と嗚咽を漏らし始めた。
「助けてくれ」
「分かった。働きに応じて考えてもいい」
「本当か!」
分かっていたが演技だったようだ。すぐに食いついてきた。
「ザルドに面倒みさせるから、言うことをちゃんと聞いていろよ」
「もちろんだとも」
開放するだけなら俺にまったく損はない。命を狙われたとはいえ、そんなことは日常茶飯事のことだ。時と場合が変われば昨日の敵と協力し合うこともある。戦場とはそういうものだった。
「それにしてもどういうことだったんだ。あんた都市長だったのか。なのに何でレストの傭兵の証を」
「俺はレストの傭兵だけど、旦那は違う」
ことのあらましをザルドが話していく。
「ほほう。そうだったのか。いやあ、見事な手際だった。御見それした」
「おべっかは結構だ」
この男たちを開放して、今度は逆スパイとして利用する手もある。今はレゾットに大きな負担を強いることになっているため、新たに送るのも手なのだが。結論は急がなくてもいい、今はまだ保留だ。
これで話は終わりだと、ザルドたちを下がらせる。今日の仕事はもう終わりすべく手早く片づけをすましていく。こんな時ぐらいは早めに終わらせるべきだ。
「メリッサ。今日はもう休んでいい」
「はい。お言葉に甘えて。お菓子屋巡りでもしてみます」
「ルディスはどうする?」
「私もいろいろ見回ってみる。最近ずっとこの世界の歴史と文化を記録しているんだ。今回の祭りのことも全部書いておくつもりだよ。自由都市の歴史として。亜人も協力的だし、彼らの文化の研究もできる」
「大変そうだな」
「いやいや、面白いからやってるんだ。歴史書の編纂者として今なら誰でも名を残せる。燃えないか?」
「そうですね。面白い試みです。私の手記も役に立って良かったです」
自分のことばかり考えてきた俺とは違って、実に行動力のある二人だった。彼らがあがったところで俺も戸締りをして、町へと下りていく。あとひとつ俺には用事があった。
細くて狭い路地裏に入り、転がる鉄くずや廃材を越えて進む。しばらく歩くと汚らしい比較的建物が現れて、人がたむろしていた。来訪者を察知して警戒したが、俺が手を挙げるとすぐに警戒を解いた。中に上がり込むと、人型の機械の巨体を弄っている男がいた。埃とオイルで服がすっかり汚れていた。
「エリック。何か用か」
情報屋である彼から相談ごとがあると呼び出しがあった。
「魔導兵のブラックボックス。突破したぜ。中にはこんなもんが」
「これは」
エリックが手に持った物体を放り投げる、黒い光が軌跡を描いて飛んでくる。それを受け取るって、すぐに禍々しい力を感じた。だがどこか懐かしい力も。
「長い長い暗号を突破した先には謎の物体がありましたとさ。ここからはもう俺の専門外だ」
物体の正体は黒い水晶。ニースが使用したものと同種に近いものだ。これが魔導兵の核となるものだ。短い間にずいぶんと技術が発達したものだと思ったが、何やら裏がありそうだ。小型の動力源もそうだが、細かな命令をできるシステムなど、以前では考えられない。
「じゃ、俺も今日は楽しむとするかな」
エリックは用件はそれで終わりだと、背を向けた。
「あ、そうだ言い忘れてたが」
「どうした?」
エリックは途中で足を止めて振り返った。まだ何かあったのかと問い返す。
「ドワーフとか鬼人族の女でも紹介してくれよ。あの種族ってめちゃくちゃエロい体してるだろ。でもだいたい気難しくて不愛想で、取り付く島もなくてな」
「さっさと行け」
彼の働きは確かなものだから、それぐらいは請け負ってもいいが。もう少し時と場合を選んでもらいたいものだった。
夕方になると時計塔が重低音の鐘の音を鳴らした。とうとう祭事の始まりだ。町の中央の広場で待ちぼうけていると、夕日に染まる道を歩む少女たちを見つけた。日差しと同じ紅い色の髪を跳ねさせて、ルシャが俺のもとへと駆けてきた。遅れてラナやレイチェルも到着する。
普段はやや装いに無頓着な傾向のあるルシャとラナの二人だったが、今日はアステールや秘書のメリッサなどに玩具にされていたため、だいぶ気合いが入っている。それぞれ華やかな衣装を身に付けていた。
「マスター。マスター。どうですか。大人のレディですか」
はしゃいで、くるりとその場で一回転する。
「そうだな。ずいぶん大人びたな」
まだまだ子供だが、ちらと女性らしい面も見える。
「ありがとうございます!!!」
ルシャは満面の笑みを浮かべて飛びついてきた。やはり子供っぽいところがある。
「ラナもよく似合ってる」
「ありがとうございます」
ラナも照れくさそうに言う。目が合うと恥ずかしそうに俯いた。
「私はあまり変わってなくてすいません……」
普段から身だしなみを完璧に整えているレイチェルは髪型を変えているぐらいだった。それも時々見たことがある。なぜか申し訳なさそうにしていた。
「あ、でもいつもとリボンの色が違うんです。普段はブラックなんですけど、今はミッドナイトブルーです。お祭りだからちょっと明るい色にしたんです」
残念ながら違いが分からない。
「レイチェルはそのままが一番いい」
「え! それってもしかしてプロポーズですか!?」
「違う」
フォローするだけ無駄だった。
「それじゃあ好きに遊んでくるといい。俺はアステールと見回りをするから」
「はい」
ルシャたち三人が去ってしばらくしてアステールがやってきたので、彼女と肩を並べて散策を始める。俺たちはたいして変わった服装はしていない、動きやすさ重視だ。人混みの多い中央街もすいすいと人の波を避けて進む。
「お祭りなんて久しぶりだなぁ」
アステールが感慨深げに言った。
あのでかい龍たちが薪を囲んでキャンプファイヤーするわけでもあるまい。なかなか奇妙な光景だ。だからもともと龍人として生きた時代に経験したのだろう。
「君は龍人として何年過ごしたんだ」
「20年だったかな」
「ずいぶんと早いんだな。みんなそんなものか」
「いいや、私は特別だ。古代龍王の血を引いていたからいろいろとあって──」
続く言葉を沸き上がった歓声が打ち消した。場所は拳闘会場からだ。獅子族が開催しているが血生臭いものではない、相手を地面に倒したら勝ちという変則ルールだ。過度な流血と殺生を禁止したため、妥協によりこの形になった。
舞台の上では獅子と牛鬼が取っ組み合い、白熱した争いになっている。俺たちも足を止めて動向を見守った。そしてやがて決着の時は訪れた。
「勝者、ライオット」
またも歓声と拍手が巻き起こる。ライオットは地面に転がっていた牛鬼族の男に手を差し伸べた。戦いが終わればノーサイドだ。互いに健闘をたたえ合う。
ライオットは舞台から降りて観戦場所に戻ってくる寸前に足を止める。彼の視線の先では獅子族の幼い子供がエルフに取り囲まれていた。まだ普通の獅子の子供とそう変わりないように見えるほどの年齢だ。
別に剣呑な雰囲気ではない。エルフの女性たちが可愛い、可愛いと、きゃあきゃあ騒いでいるのだ。彼女らはエルフの踊り子たちだ。竪琴などを抱えているものがいる。金の腕輪が動くたびに、しゃらんと控えめに音がなった。
知らない大人たちに囲まれた獅子族の子供は、
「がおー」
と周囲を取り巻く彼女らを威嚇するべく声を発する。
「可愛いー!」
「がおーだって」
「ぬいぐるみみたい」
圧倒的な熱量にライオットは困り果てて立ち尽くしていた。
「こらこら、はしたない。エルフたるもの、いかなる時でも自制心を持つのだ」
そんな彼女らをいさめたのはエルフの指導者であるセレーネだった。
「助かる」
「いや、こちらこそ身内が迷惑をかけた」
セレーネは獅子族の子供に視線を向ける。
「その子は?」
「末の弟だ。まだ言葉も喋れない」
それでも助けてくれたのは分かったのか、彼はセレーネのことをつぶらな瞳で見つめていた。セレーネは目を逸らして、こほんと咳払いした。きっと煩悩を打ち払っているのだ。
「おはよ、セレーネ」
そこに一人の女性が現れる。病的なほど青白い肌をしている彼女はセイレーンだ。セイレーンは日中でもよく眠るため、いつも挨拶はおはようなのだと聞いた。どうでもいいことだが。
「ああ。おはようリート。もう夕方だがな」
「ライオットちゃんもおっはよー」
「あ、ああ」
元気すぎる挨拶に対してライオットは少し引き気味に返した。
「やけに機嫌がいいな。どうかしたのか」
「だってさ嬉しいじゃない、こんな機会があるなんて。ドキドキするね。人間にも私たちの歌を聞いてもらえるなんて夢みたい」
「まあ、確かにあまり考えたことはなかったな」
「ね、せっかくだし決着をつけようよ。どれだけ観客を集められるか勝負。踊り子といったら私たちセイレーンなんだから。歌って踊れて可愛い、これって最強でしょ!」
指を二本立ててピースサイン、そしてパチリとウインクした。
「その前にその丸出しのお腹と足をなんとかしろ。破廉恥極まりない」
セレーネが指摘したのは露出度の高い踊り子用の衣装だ。エルフのものとは肌の見える度合いが違う。
「ふふん。そんなこと言ってると大差付けちゃうぞ」
「構わん。私たちは無駄な争いは好まないのでな」
「争いだなんて大げさなぁ。まあ、私も楽しいのが好きだけどね。だからセイレーンが優勝したら、みんなハッピーになれる褒賞を主様からもらおうと思ってるの」
「それは良いと思うが」
「週に1日だけ全員語尾にニャンとかワンってつけて過ごすのがいいかもってみんなで話しててね! どお、楽しそうじゃない!?」
「だ、断固拒否する」
「えー。それならピョンでもいいよ」
「そういうことを言っているわけではない! だいたい余計に悪くなってるだろう!」
柳に風で受け流しリートはお互いに頑張ろうね、と言い残して去っていった。
「応援する。協力できることがあったら言ってくれ」
「ああ。この勝負、決して負けるわけにはいかない」
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どうやら仲直り計画もある程度は効果があったのかもしれない。
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